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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 菊(一) 藤ヶ崎の館攻防戦 その三

 日が昇ると同時に、再び敵がやってきた。寒風吹き付ける中、今日も激しい戦いが待っているらしい。助之進は今休んでいる。館の裏側は、もう一人残ってくれていた百人組の組長が担当してくれる事になっている。館の南側半分を私が、そして北側半分を彼が受け持つのだ。


 私は正門前の櫓の上に陣取り、兵たちに細かい指示を出し続ける。回り込もうとする敵を矢で狙わせたり、見回りにやった兵や、館東端の戦場からくる指示の確認や報告に追われる事になった。休む暇は全くない。


 父上も武殿も伝七郎殿も、いやその下の将たちにも感心してしまう。女子(おなご)の身では想像するしかなかったのだが、思っていたよりもずっとずっと大変だった。


「あの者たちを近づけてはいけません! 集中的に矢を射かけなさい!」


 昨日同様に門を壊そうと丸太を抱えて突っ込んでくる敵に矢の雨を降らせる。門の左右の櫓から矢が飛び、一番前の敵兵を射貫いた。そのせいで、門を破砕する為の丸太を持っていた敵兵たちは丸太もろとも地面に転がった。


 そこにも矢が射かけられる。さらに何人かを矢で射殺す事に成功した。


 それにしても……。


 私は門の向こう側を見渡す。


 どう見ても賊にしか見えない。野卑としか言いようがない男たちばかりだ。


 だが動きが妙である。それぞれが塀を上ろうとしたり、矢を射かけてきたりするのは普通だと思うのだが、門の前にいる者たちと塀を上ろうとしている者たち、そして館の西北を政務棟の方から破ろうとしている者たち……全部異なる指揮で動いているかのようだ。おかげで、こちらは一息吐く間もなくなっている。


 まるで正規軍のようだった。それぞれが一隊一隊のように動く。しかし、その割には規律はなさそうだった。動きは賊そのものである。


 不可解だった。


 裏手の百人組の組長からの報告も合わせると、いま館を囲んでいるのは四つか五つの隊のように思える。それに合わせて昨晩の忍びの者たち。


 幸い武殿の手により館内から館外に攻撃する術が用意されていた為、こちらは何とか少ない人数で応戦できている。準備が出来ていなかったらと思うと空恐ろしい。櫓や、垣根で簡易的に造られた虎口(こぐち)だったか……十分機能し、矢にて敵に一方的な攻撃を加える事が出来ている。


 だがそれでも、延々と続く戦闘にこちらにも死傷者が出始めた。


 かなり厳しい。


 カンッ。カンッ。


 手にした長刀で、私に向かって飛んできた矢を二つほど払い落としながら戦場を見渡す。気持ちは焦るが、それを無理矢理に押さえつける。


 武殿はすごいな……。この藤ヶ崎に着く前から、ずっとこんな……いや、もっと厳しい戦いを伝七郎殿と共に指揮してきた。


 怖くなかったのだろうか。


 いや、怖くない訳がない。これだけの命を背負って恐ろしくない訳がない。何かを失敗すれば、瞬く間に自分だけでなく多くの兵、そして姫様や私たちが殺されてしまうという状況だったのだから。


 あの人の気性では、それが何よりも怖かっただろう。普段はおどけているけれども背負ってしまう人だから。


 でも、あの人はそれに耐えて戦った。姫様や私たちの為に戦ってくれた。


 たった数日を耐えるくらいで泣き言を言っていては笑われてしまう。


 ともすれば弱音を吐きそうになる自分を戒める。弱音を吐いても勘弁などしてもらえないのだから。


「菊姫様ッ! 政務棟方面が突破されかかっています。援軍を!」


「菊姫様ッ! 北側からの定期報告です。敵襲は続いているが侵入は許さず。状況は維持されているとの事です」


「菊姫様ッ! あちらをご覧下さい! あやつら門の脇だけでなくあのような所からも侵入を試みてますぞ!」


 見れば、ちょうど正門と政務棟の間あたりの塀をよじ登ろうと、はしごが掛けられていた。


 本当に忙しい。


「槍隊十はすぐにあちらに向かって下さい! 貴方たちは上ろうとしている敵を矢で射落として!」


 私は正門の裏で、突破された時の為に備えている槍隊二十のうちの十を、塀を上ろうとしている敵のいる所へ向かわせる。それと同時に、自分がいる櫓の弓兵に牽制させた。


 そして、その指示の結果を見届ける前に次の指示を出す。


 北側を担当してくれている百人組の組長から寄越された伝令に、


「『ご苦労様。そのまま維持して下さい』と伝えて下さい」


「はっ!」


「政務棟の方には待機している足軽隊二十を回して下さい。弓隊も十名政務棟の方へ!」


「「「はっ!」」」


 私は櫓の下にいた十人組たちに向かって指示を出した。彼らはすぐに応答して、そのように動いてくれた。私のつたない指揮でこれだけ動けるのだから大したものだ。


 やはり、ここ最近の水島はずいぶんと変わった。皆が頑張った成果だ。こんな所で転ぶ訳にはいかない。絶対に守り切る。


 そう決意を改めて、再び戦場を睥睨する。


 それからどれ程経っただろうか。昼を回り、ここ数日やんでいた雪が再びちらつきだした頃、とうとう待っていたものが到着した。


「菊姫様、あちらをご覧下さい! お味方ですぞ!」


 櫓の上からは、はっきりと見えた。


 町中を駆け、こちらにやってくる一団があった。上がり藤一文字の旗も揚がっている。味方だ。一緒にはためく旗印を見る限り高木高俊殿である。


(なんとか持ち堪えられた……)


 肩からどっと力が抜けそうになった。だが、まだ気を抜くには早いと己を叱咤する。


 到着した援軍の数はざっと見て百ちょっと。東の砦にいた兵の数からすると、ずいぶんと沢山で来てくれた。


 高木殿らの姿を見て、塀を乗り越えようとしてた小隊は撤退を開始しだす。正門前にいた者たちは、それなりの数がいた事もあり、近づいてくる高木殿を迎え撃とうと、私たちを無視して高木殿がやってくる方に槍先を向けて備え始めた。


 やはり、この者たちは正規軍ではない……。目先の事にしか目がいっていない。賊らしくなく、いくつかに分隊して攻めてきていたので、もしかしたらと考えてはいたのだが、杞憂のようだった。正規軍ならば、どれ程間抜けな軍隊であろうと、これはしないだろう。


 なぜなら、


「今です! 目の前の敵に矢を浴びせて下さい! 手持ちの矢を使い切るぐらいの気持ちで、どんどん打ち込むのです!」


 まさに敵に背を向ける行為だからだ。射ってくれと言わんばかりである。将に率いられた正規軍ならば、どれだけお粗末であろうとも、ここは一旦引くだろう。私たちと高木高俊殿を、両方同時に相手できるだけの数がいないのだから。


 合流させまいというのは正しい考えだ。しかし、できるかどうかはまた別の話なのだ。


 結果的に、門の前にいた敵は私と高木殿の挟撃を受ける形になってしまった。当然の事ながら、我々には抗しきれない。敵兵たちは余計な犠牲を払う事になった挙げ句、散り散りになって逃げていった。


「菊姫様! ご無事でございますか!」


 高木殿は、敵勢の蓋がなくなり開かれた門から入ってくるやいなや、大声で私を呼んだ。


「おかげさまで、なんとか助かりました。ご苦労様でした。有り難うございます」


 私は櫓を降り、馬を飛び降りて駆け寄ってきた高木殿の元へと歩いて行く。それを見た高木殿は、傍目にもはっきりと分かるほど大きな安堵の息を吐いた。父上に長く仕えてくれている将の一人だけに、私の事も案じてくれていたらしい。


「ようございました。菊姫様がご無事という事はもちろん千賀姫様も……」


「ご無事です。奥で侍女衆がお側について守っております」


 私がそう答えると、高木殿は大きく一つ首肯した。


「流石は名将・永倉平八郎の姫にございますな」


「おだてないで下さい。必死に守っていただけです。それで、あの……」


「はい。私の出陣前に、しっかりと神森様の元へも急使を出しましたからな。今頃は、こちらに向かって疾走している頃でしょう」


「そうですか……」


 高木殿のその言葉を聞いて、ほっとする。あの人の元まで連絡が行けば、必ず何とかしてくれる。必ず。


 すると、私をじっと見た高木殿は、


「あー、なるほど。そういう事にございますか。では、なおのこと今頃は、必死でこちらに向かっている事でしょう。もう勝ったも同然ですな。わっはっはっ」


 と大笑いした。私は、頬が熱くなるのを感じずにはいられなかった。


 そして、その日の夜――。


 北の砦からも援軍が着いた。こちらは百。倒した敵、倒された味方の数を考えると、これで敵が四百ぐらいでこちらが三百と少しになるだろうか。いや、敵方にはわずかながらも忍びの部隊もいるか。


 だが、最初と比べれば天と地の状況だ。ましてや今は高木殿がいる。北の砦からやってきた援軍も百人組の組長に率いられてきた。


 もう、あとは私のような素人――それも女の出る幕ではないだろう。


 これで姫様をお守りする事に集中できる。


 私は、スッとそう思ってしまった。そして、その事に心底ほっとしていた。同僚の皆の力を信じていない訳ではないのだが、兵たちを指揮していても姫様が怖いと泣いていないかと心配で仕方がなかったのだ。


 私の器はその程度という事なのだろう。でも、そんな自分が決して嫌いではなかった。

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