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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 菊(一) 藤ヶ崎の館攻防戦 その二



「そちらの壁を越えてきています! 射落として下さいッ!」


「もっと踏ん張って押さえんか! そんなへっぴり腰じゃあ、あっという間に門を破られるぞッ!」


 館の正面玄関前――


 すでに激戦になっている。


 助之進と手分けをして、館内に侵入しようとする狼藉者たちを必死で防いでいた。


 敵は外側から門を叩き(かんぬき)を破壊しようとするばかりではなく、その横に続いている漆喰の塀を上って乗り越えてこようとしてくる。こちらも、それをさせまいと沢山の兵が門を押さえたり、塀を乗り越えてこようとする者を櫓から狙い撃ちにしている。


 幸いにもこの館の門は大きく頑丈である為、持ちこたえられていた。先ほどからドカンドカンとおそらくは丸太のようなもので突き破ろうと試みているようだが、分厚い扉と太い閂は兵たちに押さえられて耐えてくれている。


 それにしても、この者たちは一体何者なのだろうか。身につけている鎧もバラバラで統一感がない。それになにより少々みすぼらしい。だが、ただの賊にしてはやけに統率がとれている。きちんと役割分担がされ、妙に整然と動いているようにも見えた。


 しかし、そうかと思うと、ただただがむしゃらに突っ込んでくる部隊もある。


 武具同様に、統一感という物がまったくなかった。


 それに何よりもおかしいのは、町が襲われている様子がない事だ。時々上がる煙も近場ばかりで、町の方で上がっている様子はない。


 報告では野盗らしい。


 確かにやり口は野盗のものだ。だが、これ程の野盗の集団がいるなどと報告は上がってきていなかったし、野盗ならば町に押し入ったならば狙う先は町そのものの筈だろう。この館を狙う理由などない。割に合わないのは誰の目にも明らかだ。


 となると、継直のところの者だろうか。


 あの者ならば、このぐらいの事は平気でやるだろう。ただ、これ程の集団が領内に押し入ってきていれば、すでに報告されている筈である。


 分からない。この者たちが何者なのか。とんと見当がつかなかった。


 とはいえ、現実に襲いかかってきており、これをどうにかしないといけない。そんなすっきりしない思いを抱えながら、指揮を執り続ける。


 そして気がつけば、夕刻前。日が沈みかけていた。敵襲の報告があったのが昼前だったから、もう? という気がする。ずいぶんと時間が経つのが早い。


 なんとか今日は守り切れた。


 私はほっと胸をなで下ろす。そろそろ敵も下がる頃だろう。野盗の類いとの事なので夜も警戒しなくてはならないが、敵もこのまま私たちを襲い続けるような真似はしない筈だ。すでに館の門が破られているのならば話は変わってくるが、現状敵も攻めあぐねている。一旦体勢を整え直す筈。


 こちらも体勢を整え直せる。


 早ければ明日の夕刻……遅くとも明後日には北の砦や東の砦から援軍が駆けつけてくれるだろう。そこまで耐えられれば、その後にきっと来てくれるだろう武殿や伝七郎殿の援軍まで持ちこたえる事もできる。あの方たちが来てくれれば、野盗ごときには絶対に遅れはとるまい。そこまでの辛抱だ。




 予想通りに敵が引いたのを見届け、現場の指揮を助之進に頼んで私も一度下がる事にした。もう一人いる百人隊長と交代で警戒し続けるので、万一の事態に備えて今は休んでいて欲しいと言われたからだ。


 私を気遣ってくれての言葉であるのは明らかだったが、実際にずっと張り詰めている事など出来はしない。もしそんな事をしたら、いざ戦いになった時に何も出来なくなる。だから、ここで無駄に意地を張るのは止めて、その言葉に甘える事にしたのだ。


 兵も交代で休ませるように頼み、私は一度姫様の元へと戻る事にする。


 姫様の部屋近くまでやってくると、たすき掛けで長刀を持った侍女仲間たちに迎えられた。姫様の侍女衆は、みな武芸を嗜んでいる。そこらの狼藉者などには負けない。だが戦の経験が豊富にあるかと言われれば、それは否だった。みな緊張した面持ちで、息を潜めるようにして姫様の部屋で待機していた。


「お帰りなさい、菊ちゃん。お疲れ様。大変だったみたいね?」


「有り難うございます。ただいま戻りました」


 手前の間から姫様の部屋へと続く障子を開けてくれたおきよさんは、私の顔を見てから足の先まですいっと目を走らせた。


 先ほどまで、必死で声を張り上げていたのだ。こうして後ろに下がり、姫様の部屋まで歩いてくる間も、押し寄せる疲労に足が重く感じたくらいだ。たぶん酷い状態なのだろう。直接長刀を振るってこそいないが、見るに堪えない状態なのに違いない。


 殿方はすごいな……。


 今日ほどそれを実感した事はなかった。


 侍女衆の囲いの奥で守られていた姫様の前まで来ると、泣きそうなのを必死で我慢していたようで飛びついてきた。座って挨拶をする前に、ひしと腰に抱きつかれてしまう。


 私は、白い鉢巻きをした小さな頭をそっと撫でた。


「ただいま戻りました。姫様」


 そう声を掛けるが、姫様は私のお腹に顔を埋めたままこくこくと頷くだけだった。よほど心配してくれていたらしい。


 私は腰から姫様をはがすと、そっと抱きしめた。


「大丈夫です。私は負けたりなどしません。それに、すぐに武殿や伝七郎殿が助けに来てくれます。それまでの辛抱ですよ、姫様」


「う、うむ。もちろん、分かっているのじゃ。たけるも、でんしちろーもぜったい助けに来てくれるのじゃっ!」


 姫様は一度目を両拳でぐりぐりっと擦ると、強がってそう言った。


 富山からずっと怖い目に遭って、ようやく落ち着いたというのに……。


 不憫でならなかった。


 私はもう一度姫様の小さな体をぎゅっと抱きしめると、必ずこのぬくもりを守り抜いてみせると心に誓いなおした。




 その日の夜。館は再び襲われた。


 ただ、どうも昼に襲いかかってきた者たちとは違うらしい。ごく少数の忍びと思われる者たちが、闇夜に紛れて侵入してきたという話だった。


 同時に見回る人数を増やし、決まった道順を決まった時間に決まった早さで回る『線香巡回』。


 武殿が考案された新しい巡回法だが、これが功を奏したようだ。すべての時間においてすべての場所に、最低限見回り組一組がいるように巡回が計画され、燃える線香の目印を見ながら、適切な早さで決められた道順を回っていくのである。


 この敵は一体何者なのだ……。


 再び思考が堂々巡りしそうになったが、助之進の皺の増えた笑顔がそれを引き留めてくれた。助之進は徹夜明けだろうに、その事をまったく感じさせない笑みを浮かべて、いかに撃退したかを誇らしげに語ってくれたのだ。


 胸を張って嬉しげに報告する助之進以上に、私はとても嬉しく、また誇らしかった。


 あの人の功績を数え出すとキリがないが、こうして下の者たちが胸を張って良い仕事が出来たと報告できるという事こそが、あの人の一番の功績だと思うから。


 それによって、あの人自身の力以上に姫様を、皆を支えてくれている。そして今、私の事も守ってくれている。


 それを思うと胸が熱くなった。あの人に出会えて本当に良かったと。


 その思いが諦めずに戦う力を与えてくれる。次に会った時にあの人に褒めてもらえるように、頑張ろうと力が湧いた。


 あと一日。


 今日一日を乗り切れば、援軍の第一陣もやってくるのだから。

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