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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
30/454

幕 信吾(一) 将

「おまえら今から将軍様だから。以降そのつもりで」


 見事に疑問の声を三つ重ねた俺たちを見て、目の前の男はまったく気にする事なく、同じ言葉を真顔で繰り返した。


「い、いや。お待ちください、武様。それはいったいどういう事で?」


「武様。そりゃまた、いきなり過ぎますよ。俺らが将軍って、一体全体なにがどうなって、そうなったんです?」


 とてつもない事を、なぜか当たり前のような顔で告げられる。俺たちが混乱したとして、いったい誰がそれを責められようか? 


 伝七郎様は口を閉じたまま何も話す気配がない。つまり、これは伝七郎様も承知しているという事。決して、この男の妄言ではないのだ。


「……。仰せなら、もちろん否やはございません。取り立てていただけるのは真にありがたい事。しかし、またなぜ急にと、お聞きしてもよろしいですか?」


 しかし、解せない。なぜ急に、そんなとてつもない大出世を? 裏を疑うなという方が無理な話というものだ。常識で考えたら、こんな事は、まずありえない話なのだから。


「ん。まあ、当然のなぜ? だわな。今のうちの状態は、俺なんかよりお前らの方がずっと詳しいだろう。まあ、それでも敢えて口にすると、だ。彼我の戦力差は比較するのも愚かしい程であり、なんとか逃げ回っているのが現状だ」


 伊達に伝七郎様に賢人などとは言われてない、か。現状はしっかり把握している。敵将を討ち取るという大功を立てて、逆上せあがっている訳でもない、と。


「はっきり言おう。ありえんな。おまけにそんな状態でありながら、戦場ではただの力比べに従事している。大人と子供が喧嘩でもしているのか? 違うよな? という事は、だ。はっきり言って、やる前から結果が出ていて戦を続ける意味すらないと言ってしまっても過言ではない」


 だがっ、いくらなんでも、それは言い過ぎだろう。我々が命を賭して挑む戦を、力比べだの、喧嘩だのとっ。挙句に意味がないなどと、それは暴言が過ぎようぞ。姫様をなんとしても逃がしたいという我々の想いを愚弄するつもりかっ?


 この男は、そんな男なのか? なぜ、なぜ、何も言わないのです。伝七郎様……っ。


 横を見れば、与平は拳を握りしめ歯を食いしばっている。よく堪えている。いつもの奴なら、こんな事を言われたら、食って掛かっただろう。


 源太も顔にこそ出してないが、こんな事を言われて何も感じないような腑抜けた男ではない。腹の中は煮えたぎっている筈だ。


「そんな状態で戦っているのが、この軍だ」


 目の前の男はそんな我々を見ながらも、まったく顔色一つ変えずに更に言葉を続ける。


「不満か? そらそうだ。おまえらは命張ってんだ。千賀の為に。己の主の為に。それを無駄な事と言われれば腹の一つも立とう。まして、突然降って湧いたどこの馬の骨とも知れぬ俺に言われればな。が、現実ってのは残酷だよな? 気持ちだけでは事実を変える事はできない」


「「「………………」」」


 ぬぅ……それがわかってて、なお言ったかっ。


 悔しい。あまりにも悔しい。あまりにも不甲斐ないぞ。百万の言葉を返したいのに、ただの一言すら言い返せぬ。


 ──どれほど口惜しくても、奴の言ってる事は事実だからだ。


「…………」


 伝七郎様は相も変わらず、口を開かない。腕を組んだまま、じっと目を閉じ、静かに聞いているだけだ。


「だが、気持ちだけでは変えれないという事は、気持ちだけじゃなければ変える方法があるという事だ。その為の大方針として、俺は、俺たち水島の『軍』は、戦場の常識を捨てる」


 この男はいったい何を言ってるんだ? いや、何が言いたいんだ? 


「その軍は組織で動く。今までのように個人が戦場で暴れて、力の強いものが多く倒し、そうやって多くを倒した方が勝利を収めるという戦いに、俺たちは別れを告げる。そしてその軍を、伝七郎を筆頭とする参謀が意のままに動かす為には、参謀の意を理解し、忠実に動き、強力で、あらゆる意味で優秀な手足がいる。それがおまえらだ。おまえらは頭である参謀の意思を兵に伝えて、腕を振わせ敵を倒し、迫る敵には立ちはだかり主を守る。そんな主の剣となり盾となるんだ」


 なんと言う……。


「そして、これが最後の理由だ。俺は伝七郎に将の選抜を頼んだ時に、最も重要な要素として、伝七郎自身が信用できる人間を選べと言った。伝七郎がお前らを選んだ。わかるか? これがおまえらを将にすると言った最後にして最大の理由だよ」


 ……そう言う、そう言う事か。この男、いや、武殿は分かっているんだ。このままでは、我々が渇望する願いは叶わぬという事が。そして、それを無理やりにでも叶えるにはどうするべきなのかも。


 だから、彼は俺たちに現実を突きつけた。一切言葉を飾る事なく、そこにあるものをありのままに。


 そして、言ったんだ。お前らの願いを叶える方法はある。代わりに捨てるものはあるが、お前らの願いは叶う願いなのだと。


 伝七郎様が一切口を挟まなかった理由も分かった。伝七郎様は、我々よりも先に現実を突き付けられたのだ。そして、決断を促されたのだろう。


 そして、そのような重大な決断をするに辺り、伝七郎様は我々を選び、あの日以降、全く変わる事のない信頼を、今日また我々にくれたのだ。


 ……ぬう。この場で、ただの農民出身の我々を選ぶか。なんと豪胆な事よ。そして、なんと光栄な事よ。これに応えずして、何が男か。


 武殿も武殿だ。すべてを描いた最後の最後で、伝七郎様への信頼だけを示している。

彼はついさっき突然現れた人間だ。それなのに、なぜこんな真似ができるんだ。


 この戦に負ければ、我々、引いてはそれと共に行動をする己がどうなるのかが分かってないなどという事はありえない。今の話を聞いただけでも、それは間違いない。


 それでも伝七郎様の選んだ者こそが正解だと言い切っている。己の知見に自信があろうと、この場の人間を知らぬ己の意見など、全く考慮していない。


 たとえ理屈を理解する者でも、この場と状況で、己の命を賭け金に、そう言える人間がどれ程いようか?


 ──『俺はお前らを知らない。だが、お前らをよく知るものが、お前らならばと言っている。だから、お前らなのだ』。これも事実と選ぶべき答えだろう? ──


 そう言外に言っている。


 そして、『これが俺の選択だ。お前らはどうするんだ?』と、決断を要求している。


 この状況で、すべてを理解し、それを言ってのけ、やってのける……。正直、尋常の肝の座り方ではない。


 俺たちは、こんな男たちと肩を並べる事が許されるのか……。


「「………………」」


 彼が何を意図して、これを我々に言ったのかは、源太も与平も理解はできてはいるようだ。しかし、驚きの方が勝っていて、口を開けたり閉じたり、呆然としたままだ。気持ちは理解できる。


「……わかり申した。犬上村の信吾謹んで拝命いたします」


 信じて賭けてみよう。そして、応えて見せよう。この二人の信頼に。


「!? はっ、謹んで拝命いたします」


「おっと、俺も謹んで拝命いたします。武様」


 呆然としていた二人も、俺に続く。


 まあ、そうだろ。こいつらの性格上、こう言われて否やはない。知ってか知らずかは分からぬが、武殿は我々の急所を一突きにしたようなものだ。

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