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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
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第二話 トンネルを抜けるとそこは戦場だった でござる


『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』というのは、極めて有名な川端康成先生の小説雪国の冒頭である。


 しかし、トンネルを抜けた向こうが綺麗な雪景色であるのと光る槍の穂先であるのとでは、あまりにハンデがありすぎはしないだろうか? はっきり言って差別だと訴えれるレベルだと俺は思う。


奇怪(きっかい)なっ!」


 有無を言わさず迫る槍先。


「ちょっ……まっ……ちょおっ」


 言葉にならない声が俺の口から漏れるが仕方ない事だろう。むしろ何が起こったのか頭がついていかず、声も出ず、槍に刺されるというのが普通の展開ではなかろうか? それを考えれば、言葉にならずとも声が出せた俺は褒められるべきである。


 俺はとっさに自転車を横倒しにしつつ、サドルに足をかけて飛んだ。迫る地面。左手を着き、地面の上を転がるように受身を取る。


 昔から運動でも勉強でもやればなんでもできた。いわゆる神童とご近所で呼ばれて、努力をしないで真っ直ぐにただの人に突き進んでいる俺である。このぐらいはわけなかった。


 ちなみに余談だが、こういう時、漫画やアニメみたく言葉でいろいろ考える時間はないが、感覚的にいろいろな物がスローになるというのはこの時初めて知った。


「……びっくりした」


 体は土の上を転がり埃だらけ。怪我も最初に地面に着いた左の手の平にちょっと深い切り傷を負ってるだけで大した怪我はない。


 大きな怪我がないせいもあるが、アドレナリンがどっぱりと出ている今の俺はやはり痛みにはかなり強いはずで、実際は言うに及ばず、もう少し派手に怪我をしていても痛みを感じなかったかもしれない。


 怪我をした手の平にじわりと滲み湧く己の血を見ながら、そんなどうでもいい事を考えてる俺。そして、そんな俺をわりと冷静に見てる俺。


 まあ、所謂賢者タイムと同じ類ものだな。はっはっはっ。


 はい、若干錯乱しておりますとも。


 しかし、そこから無理やり現実に戻す光景が目に飛び込んでくる。


 ……わーい。おっさん、死んでーら。


 さながら桜花か廻天か? 我がママチャリは槍のおっさんの乗った馬目掛けて果敢な特攻を見せた。馬にぶち当たる。馬おっさん振り落とす。全力で疾駆する馬からおっさん前にダイブ。とても重い鎧を纏ったおっさん加速つけて強烈なヘディング、地球に。


 まあ、あれだろ。なんというか、首の骨折って死ねる。当たり前に。


 変な方向に首がねじれて、目を開いたまま瞬きの一つもしない。口からヤバイ色の血吐いてる。決定的だ。詳しく調べなくても分かる。あれは死んでる。


 もうね。勘弁してくれ。確かに俺はわりとタフな神経してる自信はあるよ? けどね、たかだか十七年しか生きてない人間にこの仕打ちはないのではなかろうか? 俺のライフはもうゼロよ?


 などと嘆いていたら、おお、法螺貝の音が聞こえるよ。ぷおぉぉおおおんって。察するに突撃の合図か何かかね? もう正直なんでもこいやああとしか脳みそが叫んでいない。THE 焼けうんこ だな。


「各々方っ!好機でござるっ!この機を逃してはなりませぬぞっ!!」


 若い男が俺のすぐ後ろで叫ぶ。おお、やっぱ合戦かね。つうか、あの声はイケメンだな。イケメンてなんとなく声もイケメンだよな。そう、ブサイクは声もキモイの法則の逆だよ。女の言葉って刃物が仕込まれてるよな絶対。あ、涙出てきた。


 振り返ってみる。あ、くそ。想像以上のイケメンだったわ。死ねばいいのに。


 立派な大鎧と羽織に身を包んだ痩身長躯な色男がこちらに小走りでやってくる。引立烏帽子がこれまた小憎らしいほどに似合っていた。(引立烏帽子ってのはほれ、ちょっと高さのある烏帽子で白鉢巻で絞める奴である。大河ドラマの合戦場の陣でのシーンなんかでよく見かける、あれだ)


 だが、ここは突っ込んでおくべきだろう。戦始まってるんだから、兜被れよ。これだからイケメンは……。




 女にもてない十七年。それでもだ。蹴リニモマケズ、平手ニモマケズ、罵声ニモ氷点下ノ視線ニモ負ケヌ丈夫ナ心臓ヲ持チ、嘘ハナク不条理ニ怒リ、イツモ(ちから)イッパイ愛ノ言葉ヲ飛バシテル……未だに壁に向かっての投球練習ばかりでキャッチボールになった為しがないが。なんとままならぬ世の中である事か。


 俺は宮沢先生もまっ青なポジティブ人生を歩いてきたつもりである。なのに世の女は、イケメンであるかないかそれが問題だとシェークスピア先生を万歳(マンセー)しやがる。賢治じゃ駄目なのか? やはりイ○ローモン○ーは白人様には勝てんのですか? 


 ……で、そのイケメンの張り上げた声のせいかどうかは分からないが、とにかく俺の脇を通って、これまた槍持った騎馬の小隊が大変な勢いで俺の後方から前方に駆け抜けていく。


 よく見ると、さっき逝ったおっさんの突っ込んで来た方向にたくさんの騎馬武者が見えた。


 その後ろにも雑兵だろうか、武者と違って素人目にも明らかに装備の格が劣る歩兵がたくさんいる。百ぐらいだろうか。


 そんな事を考えているとイケメンが声をかけてきた。


「ご助力かたじけない。私は佐々木伝七郎と申す。しかし、驚きました。敵将迫る正にその時、光と共にいきなり現れて、我らを救ってくださったのだから」


 などと、口元で光を零れさせながらそれはもう爽やかに笑いおる。


 くそ、腹が立つけど様になってやがる。こころなしか目までキラキラさせやがって。


 つーか、別に救いたくて救ったわけではないんだが? 緊急事態だったというか、いくつか出た選択肢が全部同じ内容だったというか……。


 照明要らずな光り輝くイケメンへの憎悪のせいで、ずいぶんと正常な思考状態と心理状態に戻ってきた、俺的に。


 よし、それはいい。そういう事にしよう。が、まったく、なんなんだ? ほぼ間違いなく、ここはリアル戦場。血の匂いが生々しすぎる。噴き出ている血はあきらかに人工血糊ではない。胃袋の中身が先ほどからスタンバっているのが何よりの証拠だ。


 となると……ついにか。来るべき時が来てしまったようだ。マジで来ていいものなのかやや不安になるが、やはり時来たれり、なのだろう。


「ああ。問題ない。俺は神森武だ。こんな戦場のど真ん中で暢気に話しこけているわけにいかんだろ? ここよりマシなだけでいい。話ができる場所はないか? 正直、聞きたいことが山のようにある」


 我ながら、こんな状況下で恐ろしいほどに冷静なものだが、これは常日頃からの訓練の賜物だな。この俺にとってタイムスリップぐらい動じる事ではない。もうすでに千回は経験しているはずだ、妄想で。

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