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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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第二百九話 惨敗 でござる

「神楽という里で、ありふれた山里だと思われるのですが、四日前に送った五十名が戻ってきていません。その七日前にも同じく五十名を出しているのですが、これも行方不明です。二度。合わせて百。偶発的な事故とは思えません。ですから武様の判断を仰ごうかと……」


 と与平の奴にしては珍しく、ばつが悪そうに語尾を濁した。。そして「時間がなくて十分と言えるだけの調査は出来ていませんが……」と前置きをして、袂から取り出した書き付けを見ながら説明してくれる。


 神楽の里――――


 人口七百人くらいで、場所は朽木の町から北東に行った山の中にある。山里としてはなかなかの規模と言えるが、国の重要な施設がある訳でもなく、普通ならばこれといって取り上げられるような場所ではない。強いて挙げるならば、竹細工や薬の産地だそうだ。それらを作り、朽木の町で売っているらしい。朽木の町ではそれなりに有名なのだとか。


 俺が聞いていても、別段引っかかるような部分はなかった。ごくごく普通の山里のように思える。


 だが与平の言うように、送った兵が二度もそっくり消えたら、それは偶発的な事故とは言えない。何かがあるのは間違いないだろう。


 俺は腕を組みながら考える。


「うーん……。変だな。なんでそんな場所で兵が消える? 一人も帰ってこないという事は、基本捕らえられたか全滅かだぞ?」


『全員』という部分が非常に気になった。


 神楽に向けた兵は二度とも五十名という話だ。そして、二度とも全員が行方不明。


 何事かなければ、そんな事はまずあり得ない。全員帰還せずとは、基本そういう事である。


 だが、そうなるとだ。その何事かとは何なんだという話になる。


 うちの兵五十がこうもあっさり処理されるという事になると、その敵は百人以上の精鋭部隊か、数百規模の兵力というような事になるだろう。それ以下ならば、一兵残らずなどという負け方はしないはずだ。信吾らが丹精込めて鍛え上げてくれた兵である。今のうちの兵はそこまで弱くはない。


 しかし、そんな兵力など確認されていない。


 確かに、与平や八雲が難しい顔をするだけの内容だった。


 その後、俺は二人と真剣にこの件についての検討を行った。だが、現状では分からぬ事だらけで結論を出す事は不可能だった。結局、与平が白虎隊の百名と兵二百をつれて確認に行くという事で話が決まった。


 これ以上、無駄に兵を失いたくなかったからだ。だから俺は、手持ち最強クラスの札をいきなり切る事にしたのである。




「忍びだあっ!?」


 ぶっちゃけ、たまげました。


 ちょっと奥様。忍びですってよ、忍び。忍者ですよ。


 勘弁してください。


 割と本気で錯乱しそうになった。だって、それはそうだろう。ああいう人たちって、相手するのすんごく大変なんですよ? 信長の息子の一人(彼は能なしだったそうだが)が伊賀の里を攻めた時なんか、万近い兵が二、三千の忍軍に敗れたらしい。


 嫌すぎる。出来れば戦いたくない相手の中でも、かなり高ランクの方々である。


 が、現実逃避をいくら重ねようとも、辛い現実は何も変わらない。正面から向き合わないといけなかった。


 何せ目の前には、四日前に送り出した与平が、傷まるけの埃まみれといった酷い姿で座っているのだから。


 最強の札を惜しみなく切って本当に良かったと思う。与平でなかったら、またも兵を無駄に失っていたところだ。


 その与平は疲れきった表情で、


「いや~、あれはない。酷すぎる。参りました……」


 と力なく首を横に振っていた。話しぶりこそはいつもの与平だが、その言葉には力がない。本気で参っているようだった。


 だが、それも無理はなかった。精兵である白虎隊の面々こそ、ほぼ欠ける事なく戻ってきているものの、連れて行った足軽たちの方は結構な数の死傷者を出してしまったのである。


 四十三名――今回の神楽の里侵攻における、こちらの死者の数だ。連れていった兵の十五パーセント近くにあたる。分母を足軽隊だけに限定すれば二十パーセントを超える大被害だった。与平や白虎隊がいなければ、二百の足軽隊はまたしても全滅の憂き目にあっていた事だろう。


 そんな状態で帰ってきて元気一杯でいられる訳がない。与平のこの状態も納得だった。


「いきなり襲われたのか? 金崎家にそんな部隊があるなんて報告の中にはなかったが……」


 俺は、与平を失わずに済んだ事にひどく安堵しながら尋ねた。もしそんなヤバい部隊があるのなら、某かの情報があがってきていてしかるべきだと思うのだが、本当にそんな情報などなかったのだ。忍びの部隊だけに、金崎家のとっておき――隠し球だったのだろうか。


 だが与平は、俺のその言葉に少し考える仕草を見せた後、首を横に振った。


「いや。あれは忍びの部隊があって、それが送られてきたって感じじゃあなかったですね」


「と、言うと?」


「神楽の里に近づこうとすると崖で岩を落とされ、山道では落とし穴に填まり、忍びたちが昼夜を問わず雑木林から襲いかかってくる。火を放ってくるわ、矢をこれでもかと雨のように降らせてくるわ……この時点で、俺もすぐに敵は武士ではないと気づきましたよ。あそこに武士がいるとすれば、それは金崎家の者になりますからね。上から下まで虚栄心の塊のような金崎家の者が、あんな戦い方をする訳がない」


「ふむ」


「で、相手は腕だけは立つ山賊か何かだと思って対応しようとしました。相応に警戒は強めたんです」


「それで?」


「でも、こちらの被害は増える一方でした。神楽の里に近づけば近づく程に、奴らの罠も襲撃もより悪辣で過激なものになっていったんです。それで、すぐに神楽の里が奴らの拠点だと分かりました」


「なるほど」


「もうこの時点では、こちらにもかなりの|死人〈しびと〉が出ている状態でした。だから、本気で神楽の里を落としに行ったんですよ。ですが……」


「ですが?」


「まー、この里の周りが罠の山でしてね。しかもかなり巧妙で。猟師でもあんな罠の仕掛け方はしませんよ。今回出してしまった死者の六割は、この里の周りの罠で命を落としていると思います。穴、杭、丸太、矢、岩……なんでもござれって感じでしたね。ご丁寧に、矢に毒まで塗られていましたよ」


 うーわー。もう俺、おうち帰りたい。


 完全にゲリラ戦しかけてきているじゃねぇか。


 俺は、


「それはまた……」


 と言うだけで精一杯であった。他にどんな言葉をかけられようか。


 だが……うん。与平が『送り込まれた忍びの部隊』ではないと言った理由はよく分かった。


 まず、こちらの武士とはかけ離れた戦い方であること。


 罠とか不意打ちとかでもとんでもない筈なのに、戦における毒の使用は決定的だ。そんな物を戦で使ったなんて世に知れたら、武人としての名は地に落ちる。何よりも名誉を重んずる者たちにとって、それは受け入れられないだろう。だから、敵は間違いなく武士ではない。


 次に仕掛けられていた罠の量。作動していない罠もまだまだ沢山あったに違いない。つまり、与平の話以上に膨大な数の罠で神楽の里は守られていたという事になる。


 しかし、普通ならそんな事をする理由はない。なぜなら、神楽は戦略上特別な意味を持つ場所ではないからだ。


 仮に、守っていたのではなく俺たちを攻撃する為に神楽で罠を張っていたのだとすると、今度はもっと辻褄が合わなくなってくる。俺たちが神楽を避けてしまったら、それで終わりになってしまうからだ。


 朽木攻略があるので実際には神楽の里を避けて通る訳にはいかないが、敵はそれを知らない。各里の制圧も、田島の町を中心にして満遍なく全方位に行っていたので、制圧方向から目標や進路を読まれたという事もないだろう。


 と、なるとだ。段々と答えが見えてくる。


 奴らは『神楽の里』そのものを守っていた。戦略上意味のないあの土地を。


 そんな土地を守る理由があるとしたら、その土地『そのもの』が守るべきものである場合しかないだろう。信仰の対象、何かの隠し場所、そして帰るべき場所……。


 多分与平も、そう考えたのではないだろうか。だからさっき、『あの忍びの部隊は送られてきたって感じじゃない』と言ったのだと思う。


 そしてそれが結論であるならば、そこから導かれる答えはこれしかない。


 神楽の里はただの山里なんかではない。忍びの里なのである。


 そう考えてみれば、以前与平が調べてくれた神楽の里の情報の中にも怪しい部分を見つける事が出来た。与平は、神楽の里は『薬』や『竹細工』で有名だと言っていた。忍びの里ならば、さもありなんである。


 マジで涙目になりそうだった。


 忍びの里とか、制圧しようとすれば一苦労どころでは済まない。継直の津田領侵攻に関して、三浦・徳田と交戦しながらジリジリと進んでいるという報せが届いている。そんな最中に、これは勘弁して欲しかった。


 しかし、イヤイヤ言っていても仕方がない。早急になんとかしなくてはいけなかった。ここでのんびり忍者たちと戯れている訳にもいかないのである。一刻も早く朽木にたどり着いて、伝七郎の奴と合流しないといけないからだ。さもないと、継直との生き残りをかけた戦いに敗れてしまう。


 だがとりあえずは、損害を最小限に止めて兵を連れ帰ってきてくれた与平を労うべきだろう。


「もう、なんというか災難だったと言うしかないな。それでもよく無事で帰ってきてくれた。多くの兵を失ってしまったが、それでもそのおかげで敵を知る事が出来たんだ。決して無駄死になんかじゃあない」


 俺はそう言って与平の肩を叩いた。


 与平の奴は力なく、


「すみません」


 と頭を下げる。将として、気にするなと言われても「はい、そうですか」とはいかないのだろう。その気持ちも分かった。


 だから、言い訳は代わりに俺がしてやる。


「得体の知れない相手にいきなり襲われたにしては、よくやった方だよ。最小限の被害に止められたと言ってもいい。それにさっきも言ったが、今回の犠牲は決して無駄な犠牲なんかじゃあない。お前たちが命を張ってくれたおかげで、俺たちは敵が里とその忍軍であると分かったんじゃないか。次はそういう相手だと思って、それなりに準備をして戦える。これは立派な戦果だよ」


「そう言っていただけると少しは救われます。何より、死なせた部下たちも浮かばれる。あー、でも、糞っ。正直、俺は悔しいっす」


「形の上では一方的にやられたまんまだからな」


 俺がそう言うと、与平は項垂れるようにして素直に頷いた。勝敗は兵家の常とはいえ、戦に敗れて悔しくない将などいる訳がないのだ。

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