幕 信吾(一) 神森武という男
「また考え込んでる。ほんと信吾は考え込むの好きだね?」
「おまえが物を考えなさすぎるだけだ」
与平の奴が茶々を入れて楽しんでいるが、しっかり修正しておく。俺はおまえほど軽くないだけだ。
「まあまあ、それくらいにしておけよ。それで、さっき伝七郎様たちは出て行ったばかりだそうだから、一刻ぐらいは大丈夫じゃないかと思う。それ以降は待機しておいてくれ。俺は馬を洗ってやらないといけないからもう行くが、確かに伝えたぞ?」
「はいよ」
「わかった。そのようにしておこう。手入れが終わったら、こっちこいよ。近くにいるから」
「ああ、わかった」
源太は手を軽くひらひらとさせながら、馬が繋いである場所に向かう。おそらく、近くの小川へと連れて行って手入れをするのだろう。他の騎馬隊の面々が陣の外に馬を引いていく姿もいくらか見える。
「それにしても、伝七郎様なんの用だろうね? おまえなんかやった?」
「やるかっ。おまえじゃあるまいし。まあ、でも、確かにちょっと気になるな」
今日の所はとりあえず完勝だ。戦自体の事に関しては問題あるまい。
目下一番の懸念事と言えそうなのは、光とともに現れたあの男だ。しかし、その本人と伝七郎様自身が今一緒である訳だから、これでもないだろう。
となると、やはりなぜ呼ばれたのか見当がつかない。まあ、いいか。その時になればわかる。
「なあ、信吾。話も話だが、おきよさんとこ顔出してこなくていいのか?」
「ん? きよの奴も忙しいだろうからな。飯の後にでもこっそりと顔見せにいくさ」
「いや。俺ら戦に行ってた訳だし、無事だけでも伝えてこればいいのに」
「馬鹿。本来はこんな所で会う事などできないんだぞ? 他の皆に悪いだろ。たまたま、きよは姫様付きの侍女なだけなんだから。こういうのは気を使わないと」
「そんなもんかね。やせ我慢は体に悪いぞ?」
与平の奴は肩を一つ竦めると、さっさと水を汲みに行ってしまった。
全面的にお前の意見は正しいが、やっぱここは自重しておくべきだ。
さあて、枝でも拾って湯でも沸かすか。
沸かした湯を飲みながら、しばらくは与平ととるに足らない話に興じる。
そろそろ半刻と少々ってところか。
馬を繋いである場所の方から、源太がこっちにやってくるのが見える。馬を洗い終えて、水をやり終ったのだろう。
「ああ。ここにいたか。庄三さんからなんだが、そろそろ奥で控えていて欲しいそうだ」
「思ったより早かったな。視察に出たのではなかったのか?」
「いや、視察に行っている筈だぞ」
「まあ、どうでもいいじゃない。来てくれというなら行くまでさ」
確かに与平の言う通りか。火の始末だけして、俺らは陣の奥に向かう。そこには机が一つ置いてあり、縁の方にはいろいろな荷物が山と積まれている。
「ここで待てばいいのか?」
「ああ、多分。さっき庄三さんはそう言っていた」
「んじゃ、待つとしましょうかね」
与平の奴は、その場所に着くと早々に縁の方へと向かい胡坐をかいた。俺と源太は、与平らしい、その態度に苦笑いを一つ漏らすと奴に続いた。
それから俺たちは、しばらく待つ事になった。こんな事なら、もう少し後で呼んでくれてもよかったのにと隣で与平がぼやいている。まあ、気持ちはわからなくもない。
そんな事を考えていると、向こうから、伝七郎様ともう一人、若い男が話している声が聞こえてくる。
来たか。さて、どんな話なのやら。
「待たせましたね? 源太、信吾、与平。ご苦労様です」
「はっ」
「はっ」
「伝七郎さんこそ、お疲れ様です」
伝七郎様が一人の若い男を連れて、陣奥の間まで戻ってくる。
全身黒づくめの男。着ている衣服が黒一色なのも目を引くが、何より見た事もない衣装だ。すっきりとしていて引き締まった印象があるが、どうにも奇妙。
その纏う衣服の印象とは逆に、どこか軽い感じのする男。
全くぶれない、しかし、どこかぼうっと眺めるような視線。鼻から下だけ見ると、軽薄そうに見えるどこかニヤついた口元。だらりと力が抜けている姿勢。
総じて軽薄そうだと言える。だが、はっきり言って印象を聞かれたならば、俺はこう答える。大胆不敵を絵に描いたようだ、と。
一つ一つ見ていくと、己がそう評した事が何かの間違いであろうと思える程、軽そうな男に見える。でも、一つに纏めるとそういう印象になる。そんな不思議な、でも面白そうな男だ。
「三人とも、こちらは神森武殿だ。まだ年若いが、私たちに協力してくれる賢人にして武人だ。貴方達も見ていただろうが、先程三島盛吉を討ち取った方だ。そう心得て対応してほしい」
ほう。伝七郎様をして賢人と言わしめるか。しかも、賢者で武人か。
面白い。面白いなあ。今の我らの状況を考えれば、この男が我々の起死回生の鬼札になる……という事であろう。
伝七郎様自らが伴について周り、そして、このように紹介するという事は、そういう事で間違いない筈。
見れば、源太の奴も顔に出さないようにはしているようだが、あれは驚いている。当然その内容は、伝七郎様が語った内容ではなく、伝七郎様自身の態度に関してだろう。
与平の奴は目を見開いて、好奇心むき出しだな。
そして、その話題の男だが……入ってきた時とまったく変わらぬ態度で、相変わらず、黙って俺たちを見ている。
ああ、そうか。大胆不敵だと感じたのは、これだ。俺たちの視線が集まっても、彼の態度はまったく変わっていない。まったく動かない。間違いなく、これも理由の一つだ。
「武殿。こちらの三人が、先程の武殿の指示に合った者たちです。左から源太、信吾、与平です」
伝七郎様は、彼に我々を紹介していく。その間も彼は黙って頷くだけだ。そして、紹介が終わった時、はじめて彼は口を開いた。
「よろしく。神森武だ。神森でも武でも、好きな方で呼んでくれて構わない」
「源太と申します。武様よろしくお願いします」
「信吾と申す。武殿よろしくお願いします」
「与平と言います。武様よろしくしてやってください」
見た目が飛びぬけて若い者というものはいる。異常と言える程極端ではないが、与平だって年齢よりは少々年若く見える。同じ類かと脳裏をよぎるが、その線は薄そうだ。声も若い感じだ。それになんとなく気配が同年代の気配だ。
となると、俺らと同年代で、敵将を一人で討ち取る猛将。更に伝七郎様にそう言わしめる程の賢人という事になるのか……化け物かよ。
やはり、世の中は面白い。小さな村の中だけでは、決して巡り合う事のない面白い事で溢れている。
「ん。で、さっそくなんだが、おまえら今から将軍様だから。以降そのつもりで」
「はっ??」
…………。
世の中面白すぎるだろう。
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