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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
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幕 信吾(一) 迎撃初戦の勝利と佐々木伝七郎

 これは厳しいな……。


 今日は何がどうなったのかはわからんが、幸い俺たちは勝利を収める事が出来た。相手が勝手に崩れたから。一方的であったと言ってしまっても問題ない。


 俺たちは今その勝利に酔いしれてはいる。しかし、現実的な問題として、それでもまだ奴らの方が圧倒的に数が多いのだ。


 今日破る事が出来たのは良しとして、次同様にできるのかと問われれば甚だ疑問だ。


 今日このように勝てた理由は、まず伝七郎様が姫様を守るという事だけに徹したから。俺たちは今日戦をしてない。奴らを襲っただけだ。故に戦をしてどうなるかは、まだまったくわからない。


 次にあの激しい光、そして、音。その直後に、奴らの指揮官は討ち取られていた。この二つは無視できない要素だ。


「おーい。信吾何さっきからブツブツ言ってんだ? 気持ち悪いぞ?」


「気持ち悪いとはなんだ。気持ち悪いとは」


 横で与平がにししと笑い声を漏らしている。その顔は汗と土埃でどろどろだ。しかし、相変わらず妙に軽い。ここはまだ戦場なんだが。


「とりあえず、奴らも撤収したし、俺らにも撤退命令が出たみたいだよ。難しい顔して奴らのしっぽを睨んでいても、今日の晩飯にはありつけんぜ? さっさと帰ろう」


「ああ。で、源太の奴ももう戻ってきてるのか? さっき騎馬隊も敵足軽に突っ込んでいったと思ったが」


 両手で持った槍を杖代わりに、身を(もた)れかけるようにしている与平に尋ねる。戦が終わった直後だというのに、相も変わらずの飄々としていて大したものだと言いたいが、こいつの場合はただの地だ。


「あー。騎馬隊はもう撤退しているみたいよ? でも、騎馬隊と言えば、奴らの騎馬隊の逃げっぷりと言ったら、ちょっとなかったよなぁ。あれのせいで、あんだけいた足軽隊が揃って木偶の坊だ」


「そう言うな。楽に勝てたんだから、結構な事じゃないか」


「その割には浮かない顔してるじゃないか」


「ん? まあ、な」


 なるべく考えないようにはしているが、現状の厳しさは如何ともしがたい。


「さ、俺達も戻るか」


 怪訝な表情を浮かべている与平をそう促し、陣へと戻る事にした。




 陣に戻ってみれば、源太の奴がかちゃりかちゃりと鎧胴を鳴らしながら、こっちに走ってくる。どうかしたのだろうか。


「信吾。与平。お互い無事で何よりだ」


「おう」


「源太も無事でよかったね」


「ああ、ありがとう。それでなんだが。伝七郎様から俺たちに指示が出ている。なにやら、誰かを戦場視察に連れて行くから、伝七郎様らが戻るまで俺たちは陣近くで待機。戻る頃に来てくれという事らしい」


 源太もどういう事かはわからぬというような顔をして伝令の内容だけを告げる。


 それにしても、今更戦場の視察とはいったいどういう事なのだろうか。与平もなんでだという表情で首を傾げている。


「ああ、わかった。そうしよう。それにしても、今更視察とは伝七郎様も何をお考えなのか……」


「なんでも、さっきの戦いの時にいきなり現れて敵将を討ち取った男と一緒に出掛けたようだぞ?」


「ああ、あのすごく光った奴かー。なんか、すごい音もしてたし」


 ほう。あの時に現れた男とか。


 伝七郎様も必至なのだろうな。なんとか姫様を守り抜く為に、何か方法はないかと模索しているのだろう。


 ただ、その男がどういう男なのか、誑かされねばよいが……。


 いや、あの方を誑かせる者など居らぬか。


 確か伝七郎様は我々と然程歳は変わらぬ筈。それほど若いにも関わらずあの方の頭の回り様はすごい。まず余程の智者でないと太刀打ちできまい。


「ま。なんにしても伝七郎様が相手しているなら、何も問題ないでしょ」


「与平の言う通りだな」


 与平は地面に胡坐をかいて欠伸をしながらそう言った。源太もしきりに頷きながらそれに同調する。


 まあ、それには俺も同意はするがな。




────俺たちと伝七郎様の付き合いは彼此もう三、四年程になるか。時が経つのは早いものだ。


 俺たちがやっと洟垂れから悪餓鬼になったくらいの春先。俺たちが初めて出会った日であり、後から考えれば、俺らにとって特別であった、その日。


 あの日は確か、酒のつまみを獲りに山に入っていたのだったかな? 我が事ながら、小僧が何を粋がってんだと思うが、当時は俺らが呑んで何が悪いくらいにしか思ってなかったな。


 そして、猟を終えて山から下りてきたら、水島家のご一行が猪に襲われている場に出くわしたんだよ。確か。


 その日は生まれて間もない姫様を連れて、水島家ご一家が神社にお参りに来ていたんだと、伝七郎様は言ってたな。


 まあ何にしても、妻、赤子、侍女が大半で護衛は数える程。この時はさぞお館様も肝を冷やした事だろう。如何せん、子連れの猪は気が荒い。


 おお、奇しくも子連れの親同士の意地の張り合いになったようなものだな。


 確か、俺はその場を見てすぐ飛びかかったんだったな、元気よく。つまみが豪華になると。……青かった。


 源太も後に続いてくれたんだっけ。あいつは俺が始めてしまったから付いてきてくれたんだろうな。


 与平は顔を手で覆い、天を仰いでいた。まあ、何がと指摘するのがめんどくさいほどの駄目っぷりなだけに、今なら気持ちが分かる。


 危ない。お前は猪を全滅させるつもりか? 山の恵みを何と心得る。猪相手に正面から突っ込むな阿呆などなど挙げればきりがない。


 まあ、そうは言えども、これは今の理屈だ。


 与平の指示で獲物を追い詰め、体の大きい俺と源太が獲物に相対する。それが狩りにおける俺たちの役割分担だ。もしこれで事足りなければ、とどめに与平の弓を使う。


 それがいつもの俺たちの狩りであったし、今回もそれができると、この時俺は信じて疑ってなかった。


 しかし、胃袋に突き動かされて戦う若人でも、子連れの猪は別格だった。その凶暴な事と言ったら、対猪の戦歴の中では最高の激戦であったと今でも思う。


 この時俺たちにそのような意図はなかったが、幸か不幸か水島のご一家から猪の注意を逸らすことには成功していたようだ。


 だが、野生の獣と正面を切っての力比べをするというのは、流石に分が悪かった。逆にじりじりと押しこまれる。


 猪自体がかなりの大物だったというのもあるが、そういう事は襲う前に確認しろと今俺は当時の俺に忠告してやりたい。


 あれはまさに生き残りをかけた戦いだった。


 そんな状況で、俺たちを救ってくれたのが伝七郎様だったなあ。


 この時、伝七郎様は見習いとして、ご父君についてきていたのだと言っていたっけか。


 当時のあの方は今よりも更に体は細く、力もあまりなさそうだった。


 しかし、我々を使い、兵を使い、猪を追い詰めていった。その様に与平の奴も感心していたから、猟としても余程うまかったのだろう。とても自分らと同じ年頃の若人とは思えない指揮ぶりだった。


 俺たちはなんとかその猪を組み伏せた。そして、その折、お館様の目に留まったのが切っ掛けで、水島の家に仕える事となったのだ。


 確かこの時の功績で、伝七郎様も姫様の守り役になったと言っていた。


 俺達にとって、いや俺達だけではなく伝七郎様も含めた皆にとって、この日の猪の一件はいろいろな転機になったと言えるな────。


 伝七郎様とはそれ以来の付き合いだ。


 あの方自身が気さくであった事も、年が近かった事も、一度共に戦った事も、そのすべてが理由であるとは言える。ただ、一つの結果として、水島の家に仕えた後も我々とあの方との付き合いは、深まる事はあっても途絶える事はなかった。


 そうして俺たちは、お互いの信頼を深めてきたと自負している。


 それ故の参戦だ。もちろん、拾ってくれたお館様への恩義と忠義もある。明るく元気で愛らしい姫様への想いもある。だが、これもそれに負けない理由であると俺は思っている。

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