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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
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幕 伝七郎(二) 鳳凰の雛 その三

 その後も武殿と私は地図を前にし、検討を重ねていく。


 彼が地図を見ている間に彼の要求を処理しておこうか。彼も言っていたが、今は時間を有意義に使いたい。


「誰かある。源太、信吾、与平の三人をここへ。あと、佐々木の家の者を誰でもいいので呼んでください」


 指示をした兵が外に出て、ほとんど入れ違いのように声が掛けられる。


「伝七郎様。庄三です。お呼びだとか?」


「ああ。庄三ですか。入ってください。それにしても、早かったですね」


「はい。たまたま近くに居りましたので」


 郎党として私が幼い頃より佐々木の家に奉公してくれている彼は、その謹厳実直な事、他の追随を許さない男だ。簡潔に言うならば、絶対的に信用の出来る男である。


 そして、そんな私の感想が間違っていない事を示すかのように、こんな貧乏くじを引いたような戦いにも付き合ってくれている。普通ならば逃げていてもおかしくはない。現に今回の一件でいくらかは姿をくらませている。


 そんな彼の忠義に胡坐をかくようで実に申し訳なくは思うのだが、こんな状況では彼のように信頼できる人間が近くにいるというのはそれだけで心強い。


 さて、武殿はまだ地図を睨み、唸っているな。今のうちにこちらはこちらでやっておこう。


「そうですか。それでですね。先程頼んだ偵察の他に、更に人員を割いてもう一度偵察を行ってほしいのです。今度の対象は敵本隊に関してです。本隊のおおよその数、陣の位置、あとは他にも探れる情報は何でもいいので持ち帰って欲しいのです」


「はっ。では、すぐにそのように手筈致します」


「頼みます」


 彼はその性格がよく表れている簡潔な応答を返すと、足早にその場を去って行った。


 よし。偵察の方はこれでいい。将もあの三人を呼んだ。先程、武殿の出した条件であれば、改めて考えるまでもない。あの三人でいい。私の選択は間違っていない筈だ。


 見れば、武殿は時々頭を掻き毟りながら、まだ地図を睨みつけている。


 そこで再び谷の出口で待ち伏せをしてみてはと意見してみるも、それはやめるべきだと彼は言う。曰く、道永の騎馬隊が問題だそうだ。好ましくない結果につながるかもしれないと彼は言った。


 なるほど。彼の意見を詳しく聞けばもっともだ。


 それにしても、戦というものがこれ程先を読む必要があるものだとは目から鱗だ。これでは、彼を知らずに彼と戦う者はほぼそのすべてが再起不能の敗戦を味わう事になるだろう。


 私たちは真に幸運だった。彼に出会った事もそうだが、彼と戦わずに済んだ事自体が幸運だ。そう思わずにはおれない。


 その時、ちょうど私の放った偵察が戻り、報告を上げてくる。


 彼はその報告を目を瞑り黙って聞いていた。対策を考えるに当たり何か役に立つ情報があったのだろうか?


 私が報告をくれた兵を下げても、しばらく瞑目したまま、彼はなにやら思案し続けている。


「どうです? 何か良い知恵は浮かびましたか?」


「いや、残念ながら、まだこれといったものは浮かばんな」


 私は頃合いを見計らって彼にそう尋ねるも、彼の返事は素気無いものだった。


 とは言え、当たり前か。


 焦り、であろうな。戒めているつもりではあるが、私もまだまだ精進が足りない。


 いくら彼でも、そうそう湧き出る様に対策案が出る訳がないのだ。現に彼は情報一つとっても私に追加の偵察を出させたではないか。


 例え吹けば飛ぶような寄せ集めの軍であろうと、この軍を指揮しているのは私だ。


 本来私のような若造が負うようなものではない。しかし、現実の問題として、今私がこの軍と姫様たちの命を預かっているのだ。


 故に冷静でなければならない。万に一つもあってはならない。


 他に何とかする方法は、どれほど私が頭を捻っても見つける事が出来なかった。


 しかし、彼と出会い、彼の話を聞き、私は彼の中に私たちが生き残れる明日を見た。


 だからこそ、私は彼のその大胆不敵な態度と発想力に、私たちの未来を賭けたのではないのか?


 で、あるならばだ。私がすべきは、彼を最後まで信じる事だ。


 悩み、苦しもうとも、それを見せずに不敵に笑う。そして、私たちを引き連れて壁を乗り越える。


 それを私が信じないならば、これ程彼が報われない事もあるまい。それは、あまりにも無礼が過ぎる行為だ。


 そう。私たちは彼を信じればよいのだ。今私たちがすべきは、彼が英雄になるのを助ける事だ。──なぜなら、彼は私たちの為に英雄になるのだから。


「んー、よし。伝七郎。陽が暮れる前に現場を見て回ろう。特に隘路の部分を見たい」


 こうして私が己を戒めている間も、彼はずっと地図を睨んでいた。


 そして、然程間もなく、今度は現地の視察に移ろうとする。


 ここまでの様子から、彼はとても情報を重視しているのが分かる。多くの情報を集め、その情報から効果的な攻撃、あるいは防衛をするのが彼の戦なのだろう。


 源太たちには悪いが、しばらく待っていてもらおう。陽が暮れる前に彼に現場を視察させるべきだ。私の感もそう言っている。




 現場は秋の気配が濃厚で、山沿いに吹き上がる風はかなり強い。


 武殿は現場に着くと、相も変わらずの真剣な表情で周りの観察を始めた。藪を確かめ、崖を見下ろし、私たちに吹きつける風にさえも意識を向けて思案している。


 ここまで違うものなのだな、私たちとは……。


 彼の視察は一か所では終わらない。周辺の地理、そして、谷の底なども、彼は気になる場所を次々と挙げ、それらを周らせてくれと私に要求してきた。


 もちろん、私に否やはない。それらを周り、最後に谷底の狭道を見終わった後、一言彼はこう言った。


「伝七郎? 戻ろうか」


 どうしたのだろうか。


「もうよろしいので?」


 そう彼に尋ねた。すると、彼は口の端を上げて、私を見ると挑戦的な笑顔をして言う。


「ああ。方針は多分これで決定だ。その可否をお前と決めねばならんだろ?」


 それはどういう意味なのだと口が動きかけるが、理解が追いついてなかった私の頭に一つの仮定が浮かぶ。


「!? で、では、何か思いつかれたのですか?」


「行くぞ?」


 私の言葉を無視するように立て続けにそういう彼の背中がとても頼もしく見える。彼は思い浮かんだのだ。この状況を打開する方法を。




 その後、陣へと戻る道すがら、武殿から起死回生の案の全容を聞くに至り、彼を知らずに彼と戦えば、正直私たちは百戦して百敗すると知った。知らずに戦えば再起不能の敗戦を味わうなどと結論した私はまだ温かったと、そう教えられた。


「基本は包囲と遠距離攻撃だ。まず、隘路に陥穽、落とし穴だな、これを用意する。これで、おそらく先頭で来るだろう騎馬を止める。奴が心底馬鹿なら何も考えずに突っ込んで来る。少し頭が回わるならば、騎馬を先頭にして突っ込んで来る。本当の切れ者なら、俺の策を読んで足軽と工兵隊の混成部隊が先頭だ。が、聞いた限り、ここはおそらく騎馬の筈」


 彼は滔々と語り、案を展開していく。


「そして、騎馬の足を止めたら、枯草や小枝で作った球に火をつけて転がし、隘路を塞ぐ。ここは三点で、狙うは騎馬と足軽隊の分断だ。道永の奴がどちらにいるかは賭けになるが、もし騎馬の方に居れば、だいぶ楽になる筈だ。いなくても基本は変わらない。そして、炎の壁作ったら、崖の上から投石する。矢の数が足らんから投石が主体だ。仕留めれない奴を矢で狙う。もともと弓隊というより、猟師の集まりなんだ。訓練してない組織戦より、そっちの方が得意だろう」


 戦の作法などと言ってる人間がこれに当たれば、どうする事も出来ずに戦う事なく負けていくような戦。私たちの世界にはない戦。


「そして、機転がきく奴はおそらく道の横の藪へと逃げる。低木やなんかもあっていくらかの遮蔽効果が期待できるからな。そこに枯草を準備しといて、火をつける。これで火で焼け死ぬか、落石の嵐の中に身を躍らせるかは、奴らに選択させる」


 そして、気が付いた時には進む事も退く事もできずに、死に方を考える羽目になる。それを強要する戦……。


 すごいな。戦というものに対する基本的な考え方が、私たちとはまるで違う。


 足踏みしていた私も他を笑える立場ではないが、慣習という言葉に囚われている私たちは、ただ己の武のみを頼りに戦を行い、また、それを誉としていた。


 だが、戦というものの本質を問えば、そんな誉よりも優先すべきものがある筈なのだ。なのに、なぜ私たちはそれを見なかったのだろう。いや、見る事を恐れたのだろう。


「……と、いう訳だ。お前はどう思う? つか、話に聞く限り、おまえらの常識からすれば悪辣極まると思うが、正直完全に汚れきらねば終わる」


 彼は真剣な表情で私を見据える。決断しろと無言のまま訴える。


 彼の言っている事は正しい。実際この彼の案を実行すれば、少なくとも私たちが当たり前に道永の軍と戦うよりも、遥かに高確率で姫様を守れる。そして、当初はまったく期待してもいなかった、私たちの命を守る事すらできる可能性が高い。


 その代わりに捨てるのが名誉……か。いや、それが名誉であるとする価値観か。


 でも、そんなものは彼と出会ったあの戦いで私は捨てた筈。今更悩むような事ではない。頭はそう理解する。しかし、こうして、あれこれ頭を過る事自体、割り切れてなかった証拠か……。


「……すばらしいですね。正直、私では思いつく事もできなかったでしょう。確かに、それならなんとかできてしまいそうですね……。だから──やりましょう」


 今度こそ、私は意味のない慣習に別れを告げよう。


 私たちは、このどん底の状況から身を立て直さねばならない。名だけではなく実を伴った新たな水島の主に姫様を据える為にも、私たちはこれから何度も死線を潜らねばならない。古きしきたりなど、今私たちが後生大事に抱きかかえていてよい代物ではないのだ。


 それを聞いた彼はニヤリと口の端を上げながら言う。


「わかった。どれほど世間に叩かれても、やるんじゃなかったとは後悔させんよ。それだけの結果をおまえにくれてやる」


 その姿は自信と確信に溢れているように私には見えた。


 一人の将として、ああ在りたいものだ。


 彼は私とほぼ同年齢のように見える。いったいどういう環境で育つと彼のようになるのか。本当に興味の尽きない御仁だ。

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