表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
26/454

幕 伝七郎(二) 鳳凰の雛 その二

 武殿と歩行中も打ち合わせを行いながら、陣奥へと急ぐ。武殿は地図にとても拘っているようだ。おそらく私が、いや、この世界が想像する以上に地図というものは、戦場において重要なものなのだろう。


 この世界でも戦場を決めるのに必要ではある。あるが、戦そのものには然程重要という認識はない。


「い~や~~じゃぁぁああ。暑いのじゃ。そんなに着とうないのじゃあぁぁあ」


「駄目です。姫様。湯上りにそんな恰好のままでは、お風邪を召されますよっ!」


「かぜひかなくても、頭がぼ~っとして倒れるのじゃあぁああ。菊も咲も鬼なのじゃあっ!」


「姫様、人聞きの悪いこと言わないでくださいませ」


 奥から姫様と菊殿の声が聞こえてくる。内容を聞く限り、咲殿も一緒にいるようだ。


 ああ、姫様。また、そんな我儘を……。そこは菊殿の言う事をちゃんと聞いてください。こんな所で風邪でも引いたら大変どころではすみませんよ? 


 でも、もし本当にこんな状況で風邪をひくような事になったら、どうやって医者や薬を調達しようか? 頭が回ってなかったが、これは早々に考えておかなければならないな。姫様はまだ幼い。突然熱が出る事だってあるかもしれない。


「おい?」


 武殿は並び歩く私を横目で見て、深く溜息を吐かんばかりの仕草と声音で私を呼ぶ。


「はい……」


 歩を進める度に地を摺る二つの草履の音がぱたりと止んだ。そういえば、彼の履物はまた一風変わっている。さすがは異世界人というところか。


「よくこんな場所で風呂炊く水があったな。薪はともかく」


「ええ。近くに小川がありましてね。姫様一人分くらいなら、大した量にもなりませんし」


「甘やかしてるなあ」


 姫様をこんな戦場で風呂に入れてる事でからかわれる。そうは言ってもですね? 武殿。姫様を埃まみれ汗まみれにしときたくないじゃないですか。あんなに愛らしいのに。


 本気で言っている訳ではないのは顔を見れば一目瞭然だ。おそらく彼も他愛のない雑談で気持ちにゆとりを持とうとしているのだろう。その証拠に肩を竦め、俯く首を振る仕草が大層芝居がかっている。


 それに応えて、私も軽口で返す。


 だが、どうも失敗したようだな。彼には私が必死に言い訳をしているように聞こえたようだ。


 お前の軽口はつまらんとよく言われる。どうやら、私はそちらの才能を著しく欠いているらしい。酷い時には軽口を言っていると気がついてもらえない事もあるくらいだから、多分本当に才能がないのだろう。


 でも、私の軽口も全くの失敗という訳でもなかったのかもしれない。


 その言葉を聞いた後、武殿は何かを思案するように深く考え込む。しばらく黙って彼の邪魔をしないようにしていたが、彼はその場に立ち尽くしたまま、思考の海からいっこうに戻ってくる気配がない。真剣な表情で何かを思案し続けていた。


 仕方なく、彼に呼びかけてみる。


「武殿? 武殿? 武殿!」


 三度呼んでようやく彼は私が呼んでいる事に気が付いたようだ。


「ああ。すまない。少々考え事をしていた。急ごう」


 彼は申し訳なさそうにそう言う。いや、謝るなどとんでもない。私たちの為にこれ程真剣になってくれている人に謝られては、私たちはそれに何と答えればよいのであろうか。


 彼はどこかばつが悪そうにしながら、頬をかいている。大胆であったり、慎み深かったり、なんとも不思議な御仁だ。




 奥にある机の前まで急ぎ戻ると荷物が山積みになっている一角から地図を探す。一応ここに陣を張った時に参考にしたので、この辺りにあるはずなのだが……。ああ、これだ。


「これです。見てください」


 地図を開き、私たちはそれに噛り付く。武殿に道永らが通ると思われる道を詳しく説明していく。


「今私たちがいるのはここで、敵はここを通ってやってきます。ここ以外を通ろうとすると山を大回りする事になります」


 彼は一つ一つ熟考しつつ、深く頷きながら私の説明する内容を検討していく。地図の上を縦横に目まぐるしく走る彼の視線は、私たちが戦場で地図を見る時のそれとは明らかに違った。


 これ程真剣に地図を見て検討するとは……。彼が地図に拘る訳だ。


 私にはその意図まではわからない。だが、彼にとって地図から得られる情報が重要だという事ぐらいは、この彼の様子で理解できた。


「なるほど。隘路の出口で張って、一度にぶつかる数を減らしたのか。でも、これ、お前ら的にはまずい戦い方じゃなかったのか?」


 彼の探るような視線と私の視線がぶつかる。


 ……。流石だ。何も説明しなくても、私が何を考えてここに陣を張り、何を狙って盛吉の軍と戦おうとしたのか、一瞬で見抜かれた。


「そうですね。私はこの世界の常識的に戦の作法を無視した恥知らずとして名を残してしまうでしょう。しかし、私は勝ちました。姫様を守れました。それで満足です」


 だから、私は気負う事なく、素直な気持ちで彼に語れた。


 なぜなら、彼はそれを肯定している。むしろ、私が当たり前に盛吉と戦っていたら、今失望されているのではなかろうかと思える程に。


 それは、どこか私を測るように尋ねる彼の視線が何よりも雄弁に物語っていた。あえて正誤を問うまでもない。間違いなくそうだろう。


 そして、彼は言う。


「上等だ。おまえにその覚悟があるなら、俺たちは負けん。水島の名を戦国史に高々と残してやろう。最狂にして最強。恥知らずの悪魔の軍として」


 もう確定だな。やはり、彼は私がこちらの戦に拘るのか拘らないのか、それが知りたかったのだろう。


「ははっ。悪魔の軍ですか。姫様には似合いそうもない」


 彼の気配がすっと変わる。


「あれに似合わぬと言うなら、俺が悪魔になろうかね? 胡散臭さなら、悪魔も異世界人も似たり寄ったりだろ?」


 口調は軽い。だが、その視線は口とは正反対に鋭さを増す。多分、冗談じゃなく本気でそうするつもりなのだろう。本気で悪魔になろうとする男、か。面白いな。


「くくっ、武殿は面白いな」


「そう言うな。それにそういう戦いなら、俺たちはこの世界で一歩先んじている筈だ。なにせ千賀を守り切れば、俺たちとしては何がどうあれ勝ちだろ? ついでに最後まで勝ち抜いて、俺たちこそが正しかったと後世の歴史家に実力で認めさせれば、歴史的にも完全勝利ではないか」


 ああ、そうか。彼のような人間を千里眼というのか。言葉は知っていたが、そんな人間を本当に目の当りにするとは思いもしなかった。


 何をどうするべきで、どうしたらそれをなしえるのか、その結果どうなるのか、それらが彼の目にはすべて見えているのだろう。


「綺麗事並べて主君を死なせる臣は、臣下としては最低だ。俺はそう思うから、お前を認める。主君はともかく、臣下は主君の為に汚れてなんぼだろ。そして、臣下がそうするに足る主君だからこそ尊いんだ。そうじゃない者を主として戴くのは、大層不幸な事だと俺は思うぜ?」


 …………。本当に面白いな、武殿。『育った環境もあって、今更誰かに奉公する事はできない』と言った人間がそれを理解し、そう私を説くか。


 彼は私の目を見据えたまま、腕を振り、時に拳を握って、熱弁を振るった。その間、彼の視線が私の視線から逃げるような時間は、刹那の時すらも存在しなかった。


 彼は熱く、熱く私を説く。そうであるべき。そうであれ、と。


 私は腹の底から笑いが起こるのを止める事が出来ない。いい。いいな、武殿。


 貴方は、まさに私が渇望した人そのものだ。力を合わせる事が出来る仲間として、共に歩んでみたいと願った人物そのものだ。


「あはははっ。実にいい。まさに私が望んだ人だ。先程姫様の前で、『育った環境もあって、今更誰かに奉公する事はできない』などと言っていたくせに、それが理解できるのですか。ふふっ、ええ、いいでしょう。悪魔にでもなんにでもなりましょう。そして、姫様を守り抜いて、私たちが正しかったと証明しましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ