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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
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第十八話 守れたもの でござる

 誰かが言ってた。泣いたらお日様に笑われるって。


 だから、俺、もっと強く生きようと思うんだ……。思うんだが、お前らそろそろ人の話を聞く気はありませんか?


 あれから俺たちは崖を降り、全軍合流と相成った訳だが、ぶっちゃけ人の話を聞かない奴が倍に増えただけでございました。


 ええ、そりゃあもう、見事なスルースキルだと思います。無論、無視されている訳ではございません。


 しかし、人の話を聞かずに、勝手にどんどん、どんどん話をエスカレートさせていくのもある意味スルーだと、この私めはそう思うのでございます。


 だって、何を言っても本当に聞いてくれないんだよ、こいつら……。




 俺たちは勝ち鬨を挙げ、まだ高ぶる勝利の余韻はそのままに陣へと引き返す。


 小さな胸を不安でいっぱいにして待ってる我らが主殿が、さぞ首を長くしていようからな。


 伝七郎を見やれば、やはり考えている事は同じか。向こうもこっち見てら。


 少々気恥ずかしくなり、互いに苦笑いをする羽目になったが、俺たちは何を口にする事もなく軍を纏めて陣へと凱旋する事にした。


 寡兵だがそれがどうした? そう胸を張って言いたくなる程、どの顔も実に良い顔をしている。この軍は水島家自慢の軍に育っていくだろうな。兵たちの顔に自信と矜持のようなものが見られる。


 驕る事なく、ただやり遂げたという満足感のようなものを感じさせるその表情。絶望的な窮地に立っても主を守ってみせたというその誇りが、今の顔をさせているのだろう。


 悪くないな。軍に真の意味での誇りを持たせる事が如何に難しいか。ちょっと歴史に興味を持って調べれば、誰にでもわかる。


 意図した訳ではないが、その種を手に入れる事が出来たのは、今後の水島の軍にとって僥倖だ。法を定め、更に練磨しながら、もっともっと大きく育てていけば、乱世においてすら十分通用する軍に育つのではなかろうか。


「でんしちろぉ~~っ、た~~け~~る~~っ」


 待ちきれなかったのか。先触れの連絡を受けている千賀が侍女たちを連れて、総出で俺らを出迎えてくれる。どの顔も喜びと安堵に満ちていた。


 千賀の奴はパタパタと駆け寄ってくると伝七郎に飛びついた。伝七郎も千賀を抱き留めて、静かに降ろしてやっている。降りた幼女は飛びついたくらいでは興奮冷めやらぬのか、飛び跳ねながら体いっぱいに喜びを表現していた。


 咲ちゃんなんかは泣いているな。伝七郎の傍までいくと、よかったよかったと繰り返して、笑いながら涙を流している。伝七郎の阿呆はそれ見て、オロオロしてやがるしっ。戯けがっ。オロオロ出来る事を幸せに思いやがれ。


 俺なんか、母ちゃんに頭大丈夫か? と正気を疑われた事以外、女に心配してもらった事がないんだぞ? バレンタインのチョコを母ちゃん以外からもらった事がないのと同じレベルで凹める話だぞ、これ。


 新米将軍三人衆も侍女たちに囲まれている。イケメンどもめ、死ねばいいのに。なっ、なんだと!? 信吾。おまえは、おまえだけは心の友だと信じていたのに何やってんだよっ。奴のせいで更に小さく見える小柄な侍女さんと楽しげに、親しげに談笑してやがりますよ? これは大いなる裏切りではないでしょうか?


「……何肩を落としているのです? 私たちを勝利に導いた異界の英雄さん?」


 本気でイケメンどもと裏切り者をどう呪い倒してくれようか考えようとした訳だが、まさにその時の事。すぐ近くで静かに語りかけてくる、鈴を転がすような声。


 はて? 俺の経験上あまり記憶にないシチュエーションなんですが? どういう事ですか? ……ごめんなさい。見栄張りましたっ。過去にただの一度もございませんっ。


 ────あー、つまりこういう事かね? 頭の中でいきなり小芝居始まるくらいの一大事という事でいいか? 俺よ?


 さすが俺。わかってるなっ! さすがの俺も驚きを禁じ得ないよっ? 女ってのは、もっと心凍るような、温度を感じない声で俺に話しかけるものだろう?


 ────おーけーおーけー。俺よ、落ち着こうか。お菊さん放りっぱなしだぞ?


「えっと、お、お菊さん?」


「はい。お疲れ様でした。本当に」


 彼女は今まで見た中で一番優しげな顔をしている。語りかける声音同様に。


 凛々しい表情も素敵だったが、やっぱり女の子は(まなじり)を決しているよりは、柔らかい表情の方がいい。そう思う。


「いや。まあ、なし崩しで巻き込まれた感はあったが、俺が生き残る為にも必要な事だったからなあ、あ、あはは」


 大丈夫。誤魔化せてるよな? 心臓バクバク言ってるんだけど? 正直、攻めるのは得意だが、受け方はまったくわからんっ!


 攻めるのは簡単だよ。いつも一言目でスルーされるから。はっはっはっ。……思い出すと哀しくなってくるから、やめようか。


「それでも、ですよ。貴方はいざとなったら、きっと逃げだす……調子の良い事を言って、藁にもすがる思いだった姫様や伝七郎殿を誑かしてるのだと、そう思っていました。でも、貴方は逃げなかった。逃げずに姫様を守ってくれた……」


 お菊さんは俺の顔を見ながら静かにそう語る。


 舞い上がってて気が付かなかったが、優しげに微笑む彼女の顔……よく見るとほんの少し、ほんの少しだが影が差している。


 …………もしかして、後悔させちゃったのかな? 最初に会ったあの時の後も、何か窺うようにこっちを見てる事多かったものな……。それを気にしちゃったのだろうか。


 でも、まあ当然そう思われても仕方がない存在だよな、俺。うん。むしろ、お菊さんが普通で、あいつらが警戒心なさすぎなんだよ。


「ははっ。そりゃまた、酷い言われようだ」


 どこか影を落とした彼女の微笑みを見ていると、浮つきざわめいていた心がゆっくりと鎮まってくる。


「ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに俯き加減で立つ彼女は、静かに深く頭を下げる。


「いいさ。そう思われても、なんら不思議のない存在だしな、俺。実際信用に足る根拠など何一つなかったんだから」


 ただ、ね? この先は少しだけでも信用してもらえるとうれしい、かな? 言葉にせずに、そんな気持ちを込めて、掌を上にそっと右手を上げる。


「……!?」


 彼女は差し出された手を見てハッと頭を上げると、目を丸く見開いた。そして、そのまま、きょとんとした顔をする。


「握手。こっちにはそんな習慣はない? これからよろしくねって事」


「い、いえ。はい。よろしくお願いします」


 彼女は何やら戸惑っているようだったが、しばらくして、そっと両手で俺の手を取った。女の手なんぞ握った事などなかったが、細くて小さいんだな。


「ん。こちらこそ。さっ、この話はここまでにしよう。あっちに行こうか。千賀が暴れてる」


 向こうでは、まだ千賀が喜びいっぱいに飛び跳ねている。伝七郎は咲ちゃんの相手で忙しい。婆さんや他の侍女たちが諌めようとするも、まったく聞く気がなさそうだ。


「あ、いけない。あの、すみません。それでは失礼します。姫様っ。そんなに飛び跳ねては危のうございますっ」


 お菊さんがパタパタと走って千賀の元へと向かう。やれやれ。忙しい事で。




 ……………………あ。お菊さんデートに誘うの忘れた。


 まっ、いいか。




 お菊さんは千賀に走り寄って、すばやく捕獲すると説教を始めた。


 ははっ。千賀はお菊さん苦手か。よく懐いているが、よく怒られてもいるのだろう。


 捕獲され説教されている千賀は、べそをかいて涙目になっている。それを見る周りの侍女たちの目はとても暖かい。やはり、あの子はみんなにとても愛されているのだろう。


 両親が伝七郎の話にあったような事になって、婆さん筆頭に千賀とどう接するか、知恵を絞った結果があれなのだろうか? それとも千賀の両親公認で元からああだったのか? ……それはわからない。


 使う言葉も丁寧だし、千賀を主としている事に変わりないんだが、俺が見た限りでは主従というより家族に近い。孫を溺愛する婆さんと、歳の離れた妹が可愛くて仕方のない姉と言った方が余程得心できるというものだ。


 何より、丁重なだけの主従関係なんぞ比べものにならない程、千賀に対する思い入れが強い。そう感じる。あの、俺が豪快に失敗した最初の会見一つとっても、それがよく分かるというものだ。


 べそをかいていた千賀が、お菊さんの隙をついて伝七郎の背中へと逃走する。甘やかし担当は伝七郎か? くっくっくっ。


 ────ああ、悪くない。とても暖かい景色だ……。俺はこれを守ったんだなあ。

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