第十七話 終わりよければすべてよしとは言うが、俺は全くよくないんだよ でござる
いつまでも感傷に浸っている訳にもいかない。まだ仲間たちが戦っている。
「伝七郎。こっちはこれで終わりだ。予定通り、信吾の援軍に向かうぞ。あっちは敵の人数も多い。まだ終わってないだろう。源太の隊も与平の所へ向かわせてくれ。ああ、まだ安全という訳ではないからな。偵察出して周りの様子探らせるのも忘れないでくれよ」
「はい。わかりました。誰かあるっ」
気持ちを切り替え伝七郎に援軍を進言する。奴も先程一瞬緩めた表情を再度引締め、残っている手勢に指示を出す。
そして、俺らは奴らの方へ向かおうとしたのだが、何がどうなったのか。むしろ信吾の隊が歓声を上げながら、こちらに向かって走ってくる。一目見て明らかに敗走ではなさそうだったので、その点だけは安心できたが……どういう事だ?
「お疲れ様です。でも、どうされたのです? やけに早い」
伝七郎も驚いたのか、口調は冷静なものだが、その目は丸く開かれている。
「伝七郎様。武殿。お疲れ様ですっ。いやあ、武殿の立てた策? ですか。すごいものですなぁ。もう我が身がそこにあっても信じられぬような、あっという間の大勝利でしたぞっ。武殿は妖術使いか何かですかな?」
信吾はその容貌に似合わぬ興奮した態度で、捲くし立てる様に口火を切った。
へっ? そんな強力な策を仕掛ける物的余裕も、いや、そもそも能力もないぞ? 詰将棋的な小細工が精一杯だ。同じ策だったよな? お前らなんか余計な事しませんでしたか? なんか突然雲行きが怪しくなってきたのだが。
「そんなに、ですか。こちらも鮮やかなものではありましたが、そちらは実質五倍の数がいた筈ですが?」
ま、まずい。小技が決まったのが、むしろ徒となりそうな……。
「ええ。その通りですな。が、そのほとんどが松明を投げ入れてしばらくしたら吹き飛んで終わりましてな。いやあ、まこと策というもののすごさをまざまざと見させていただきました。すばらしくも恐ろしい」
信吾は興奮冷めやらぬ様子で、そう捲くし立てる様に語る。おい、本来おまえはもっと落ち着いたキャラの筈だろ? おっさんなんだから。クールになろうか?
なんで松明で吹き飛ぶよ? 燃えたの間違いだろ? 言葉は正しく使おうぜ、な?
そもそも、いくらなんでもオーバーすぎる。二百人一発で燃やせる程の火力はなかった筈じゃね? 油が火計に使えるほど十分にはなかったんだから。実質燃え上がるのを補助する程度で、燃料は枯草と小枝だろ?
「ふ、吹き飛ぶとは穏やかじゃありませんね?」
その話を聞く伝七郎は、まったく疑う事を知らない初心な子でした。話に驚愕しながらも目がキラキラ輝いてます。ノォォーッッ!! おまえも落ち着けっ。口から零れてる言葉と態度が全然違うぞ?
「予定通り谷底の藪に向かって油を撒き、松明を放り込んでしばらくしたら、崖が爆発。二百人の敵はその大半が巻き添えになって生き埋めに。あれほど鮮やかな勝利など、私は見た事どころか聞いた事もない。武殿。あれはいったいどういうからくりなので?」
あ、あの時の爆発音かっ?! なんで崖が爆発するんだよ? どういうと言われても、むしろ、Tell me why?
「ただ、きちんと教えておいていただきたかったものですな。あれでは、あわや一緒に昇天する所でしたぞ? がはははっ」
一緒に昇天って……、おまえさんその割にはずいぶんと明るいね? まさかというか、見たまんまというか、おまえもN-筋肉搭載機なのか?
いや待て。突っ込みたいが今はそれ所じゃない。それよりも、二百人の大半が巻き添えになるレベルの崖崩れを起こす爆発って……。
あっ!? ま、まさか、ガス……か? いやそんな、まさか。でも、可能性があるのはガスくらいしか……。
たまたま崖に空いてた洞窟あたりに可燃性ガスが溜まってて、下で盛大に焚き火したら、その火が引火……とか? そういう事なのか? んな、馬鹿な。
本来は、普通に脇の藪を燃やして、無理やり道の真ん中に敵を集めて、そこに落石と弓を射かける……だったよね? 俺らの担当場所と同じ地味ーっな策だった筈だよね?
一撃必殺の策を……とか思ってたけど、一撃必殺すぎだよね? 圧倒的にして劇的なる勝利だけど、ドラマチックすぎじゃね? 斜め上すぎだよね?
「あ、あれか? そ、そうだな。あれは本来ない第三の足的なもので、ついうっかりおっきしてしまったというか。その、なんだよ? そう、運命の悪戯、かな?」
馬鹿……俺の馬鹿っ。なんで素直に予想外でしたって言わないんだっ。何大事な所で混乱して訳のわかんない事口走ってるんだよっ。見ろっ、あいつらの目を。あれは絶対なんか勘違いしてるぞ?
「おおっ。やはり実は三段構えの策だったという事ですかっ。いやあ、素晴らしい。本来使う予定のなかった三番目の必勝の策で倒すに至ったと。確かに運命の悪戯というもの。こんな鬼才を相手にせねばならなかったとは、怨敵ながら道永には同情を禁じえませんね」
伝七郎は相も変わらず目をキラキラさせながら、妙な理屈を捏ねて感心している。
「第三にございますか……。あれを味方として見る事が出来たのは僥倖にございますなあ。そして、奴らにとってはありえない不幸。まさに運命の悪戯と言えましょう。訳も分からず命を落とす羽目になったでしょうからな」
信吾の奴も、俺が意図的にやったと信じて疑ってない。顎に手をやりながら頷き、感心しきりだ。
だ、駄目だ。まったく違うぞ? そういう意味じゃないっ。
「ち、違うぞ? そういう意味じゃなくてね? それは予想外だったんだよ」
言えたっ。言えたよー。俺偉いなあっ、もう。これで誤解は解けただろ。
「それは当然予想外だったでしょうね。誰もが訳も分からず、いきなり命を落とすなどとは思いますまい」
「いかにも、いかにも」
ち・が・うっ。違うんだっ。そういう意味の予想外でもないっ。おまえら、少しは俺の話を真面目に聞けっ。
まずい。まずいぞ。これは死ぬほど苦労するルートに突入しそうな予感がビンビンする。
「いいか? おまえら。それは、だな。あー、そ、そうだっ! それはただの偶然なんだって!」
言った~。言えたあっ。今度こそ、もう大丈夫だろっ。言葉への配慮も完璧の筈っ。
「ははは。そう、ご謙遜なさらずとも。これだけの戦果を出したのですから、もっと誇られてもよろしいと思いますよ? 武殿」
「まこと、その通りですな。このような事、他の誰にも真似できますまい。我々は、武殿が味方で本当によかった。敵方だったらと思うとぞっとする」
なぁ~~ん~~で~~だ~~っ。く、くそう。こいつら人の話をまっったく聞かねぇ。つーかっ、聞く気がねぇっ。
確かに俺は評価も得たかった。ある程度認められねば、この世界で生きていくのにも困るからなっ。だから、俺ものすっごく頑張ったよ?
で、も、な? 過剰に評価されるのも困るんだよっ。身の丈に合った評価をプリーズっ。俺はどんな天才軍師様なの? これ狙ってやれたら歴史に名が残るレベルだよ?
そんな評価のままで仕事させれられるのは断じてお断りだっ。どれだけハードル高くなって、死亡フラグが乱立すると思ってんだっ!
正当なる、正当なる評価をこの私めにっ。誰か助けて……。
見れば崖の向こうで源太と与平の隊も合流して喜び合っている。当の二人も満面の笑みで肩を組み、互いの健闘を称えあってるよ。美しいね。よかったね。お前ら。
この神森めの頬を流れる涙も喜びの涙ぞ。決して、この先の自分の未来を憐れんで流している涙ではない。ないのだ。