表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
22/454

第十六話 舐めるな爺vs舐めるな小僧 でござる その二

 下馬して藪に身を隠していた道永は炎に炙られ、強制的に道の真ん中に戻されている。


 しぶとい。炎に巻かれずにしっかり出てくる辺りは伊達に脳筋世界の将軍様ではないらしいな。野生本能と身体能力はさすがと言った所か。だとしても、落石と戯れてもらうだけだが。


 と、その時、雷でも落ちたかのようなすさまじい爆音が谷に響く。まさに大地をも揺るがす爆音とは、こういうのの事を言うのだろう。つか、ホントに揺れてね?


 い、いったい何が起こったんだ? 


 発生源はおそらく向こうの方……、信吾や与平らのいる辺りか? 


 道が曲がりくねっているので直接目で確認はできないが、よく見ると黒煙に交じって土煙のようなものが上がっているように見えなくもない。


「こ、こんどは何事だっ???」


 道永のおっさんは相当慌てている。当然だろう。俺も驚いている。余裕の態度を装っているだけで。


 奴らみたく追い込まれている立場じゃ、もう勘弁して下さいと口にしないだけも根性ある方だ。ババ色だろうがな。


 それでも戦場ってのは止まらない。意図的に、あるいは人為的に止めない限りは何があろうと動き続ける。


 目の前では何事もなかったかのように、石が降り続け、狂馬の暴走は続き、藪と退路は炎の壁。道永の兵はもうすでに統率などとれていない。大混乱を来たし、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 道は血と脳漿に(まみ)れ、山谷風は強く死を感じさせる吐き気を催す空気と共に、肉の焼焦げる臭いを俺たちの元まで運ぶ。


 瘴気のカクテルだろ、これ。眉根が寄っているのは自分でも把握しているが、どうにも止める事が出来ん。


 なるほど。戦人が外道に落ちると血に狂うと言うが、こんな空気を当たり前に吸っていたら、そりゃ精神を蝕まれる。常人では正気を保つだけでも難儀な事だ。


 この場に立つには、最低限それに向き合うだけの覚悟がいる。それを肌に教えられているような気さえしてくる。


 それにしても伝令が来る気配がない。何もなかったなどと言う事はないと思うのだが……。


 いや、それも大事だが、今は目の前の事だ。目の前のこれを始末するのは俺たちの隊の役割なのだから。


 とりあえず爆発の事は頭から追いやり、道永らに集中する。なにか緊急事態が起こっていれば、そのうち連絡が来るだろう。


 そう意を決し、攻め手を緩める指示は出さずに己の戦場を睨む。まだそこに生きている敵がいるのだから。


 じっと奴らが一人、また一人と死んでいく様を見下ろし続ける。


 そのような有様の中でも機転の利く良い兵たちは、各々が思いついたあらゆる方法でその身を守り、何とか生き残ろうと懸命に足掻いていた。


 その様はある意味俺たちと同じと言って過言ではあるまい。足掻く姿に、どうしても自分たちが重なって見える。


 でも……、俺はそれを許さない。


「伝七郎っ」


「はいっ! 狙え。撃てっ」


 ビュビュンと弦をはじく音がいくつか続く。ここまでに矢をほとんど消費してなかったのは僥倖だったな。


「ぐ、ぐうっ……」


 抵抗も空しく、我が軍虎の子の弓隊は静かに弓を引き絞り、隙を見つけては次々と射殺していく。もう敵騎馬兵はほとんど残っていない。


 ここより数の多い足軽部隊が相手ではあるが、信吾や与平も同じ方法で処理していってる筈だ。数が多い分大変ではあろうが、密度が高い分だけ効率はさぞよいだろう。もっとも、それはつまり、より悲惨な光景となっているという事ではあるが。


「お、おのれ~っっ。おのれぇぇぇ、伝七郎ぉぉうっ」


 さながら呪詛と聞き紛うような道永の咆哮が谷に木霊する。それにしても、本当にしぶとい。まだ生きてるのか、あのおっさん。


「おい。おっさん。いい加減諦めて死ねよ。もう十分生きただろ? 分不相応な夢まで見て好き勝手しちゃってさ。最後ぐらい潔く逝かんかね?」


 俺は再び崖の縁に立って、おっさんを見下ろす。


「貴様はっ!」


「おう。自己紹介が遅れたな。俺は神森武。千賀を守る水島の客将だ。この名を手土産にとっととくたばれ」


「ふざけるなっ!!!」


 怒りに打ち震えると、奴は手に持っていた槍を投げつけてくる。


 ……すげー。マジすげー。脳筋だけに筋肉マジ半端ねー。


 いや、おい、マジですさまじい膂力だぞ? すごい勢いで顔の横通過したぞ? 幸い距離があったから避ける事は出来たが、これあと少し近かったら、あまり考えたくない事になってた気がビンビンするんだが。


 背中を伝う汗が冷たい。辛うじて余裕の態度を保つので精一杯だ。


「なんだ? この槍くれるのか? なかなか良い槍じゃないか。有難くもらっておこう」


「武殿。大丈夫ですかっ?」


 伝七郎は慌ててこちらに駆け寄ってこようとする。


 馬鹿。今せっかくのこの舞台で、『継直敵にあらず、こちらが上なのだ』と兵たちに見せつけとかなくてどうする? 


 この勝負はほぼ勝ちが見えたが、俺たちが寡兵である事には変わりないんだぞ? 


 今の状況までもってこれたならば、勝敗の行方だけではなく、戦後勝利に沸いて高まるであろう士気を少しでも長く保てるように俺たちは考えるべきだ。


「問題ない。それより慌てるな。ここは余裕を見せておけ。……味方にな」


「? ……ああっ。そういう事ですか。すみません。わかりました」


「ん」


 さすがだよ。理解が早い。


 俺と伝七郎は仁王立ちで地獄を睥睨し続ける。とうとう目の前に残っているのは道永のみだ。


「この卑怯者がっ! ここに降りてこいっ!! そして、私と戦えっ!!!」


 道永はずっと吠え続けている。余程腹に据えかねているだのだろう。


 だが、それを俺が酌量せねばならん理由がどこにあるんだ?


「卑怯? 言ってろ馬鹿者が。お前らの理屈なんぞ俺が知るかよ。お前らはお前らの都合で千賀を殺そうとした。そうだろ?」


「そ、それがどうかしたかっっ!」


「いいや。どうも? むしろ認めてやるよ。おまえらの都合ってやつをな」


「た、武殿?」


 俺の言葉に横で伝七郎が動揺する。


 だから、おまえが動揺するなっ! まあ、信用しろと言える程の付き合いがないのも確かだが。


「ほ、ほう。隣の青瓢箪よりは話が分かるではないか。なら……」


「だーかーらーさー? お前も俺の都合を認めろよ。俺は俺の都合でお前を殺すんだよ。同じ事だろ?」


 奴が厭らしく笑い言葉を更に言い募ろうとするのを遮り、静かに、ゆっくりと、死刑宣告をするように、そう要求する。


 その人間性の出ている面がウザすぎる。この爺に比べれば、横の腐れイケメンの方がまだマシというものだ。


 それを聞いて、伝七郎がやっと落ち着きを取り戻す。


 まったく。俺は俺なりの覚悟を持って、ここに立っているんですよ? このイケメン後でシバくっ。


「俺はあのチビ死なせたくないんだわ。だから、お前が代わりに死んでくれよ。なっ?」


 俺はいい笑顔でそう言い切ってやった。


 奴は顔を真っ赤にして、屈辱に耐えて震えている。


 おい、おっさん。あんまり力むと血管切れるぞ? ま、それならそれで、俺としては楽でいいが。


「こ、小僧どもが私を愚弄しおってぇっ……」


 はんっ、その小僧に簡単に煽られてれば世話ないな?


 アディオス、おっさん。


 俺は弓隊に合図を送る為に、再び腕を上げる。


「何、安心しろ。お前が担ごうとした小汚い神輿は、近いうちに責任もって俺が解体してやるよ。粗大ゴミの心配も無用だ。ちゃんと焼却処分もしておいてやる。だから、安心してくたばれ。…………お前、いや、お前らは千賀の親父さんを裏切った時点で命運が尽きていたんだよ」


「おのれぇぇ。神森武と言ったなああ。その名忘れんぞぉっっ」


「黙れおっさん。むさい爺に名前を憶えられても嬉しくもなんともないわ。そういう事は美少女に生まれかわった後で言ってくれ」


 その俺の言葉に、奴は溢れかえる殺意を撒き散らしながら近くに転がっている槍を拾う。また投擲か?


 だが、奴は今度はそれを投げる事無く、腰溜めに構えながら炎の球に突撃しやがったっ!


「おぉぉおぉおおおおおお!!!!」


 当然炎にその身を焼かれる。焼かれるが、焼かれたまま無理やり押し通りやがった。マ、マジかよ……。


 奴はその身を炎に包みながら、塞いだ進路を無理にこじ開け逃走を図る。


 糞っ、この脳筋があっ。


「くっ! 弓隊、道永を狙えっ!! 逃がすなっ!!!」




 ……間に合わなかった、か。一本か二本、もしかしたら当たってるかもしれないが……。くそっ、失態だ。勝ったつもりで、詰めが甘かった。信じらんねぇ……。


「はっ!? いかんっ。伝七郎っ! 兵を半分、陣へ急がせろっ!! 千賀たちを守れっ!」


 多分ない。ないとは思うが……この事で万に一つの事態でも許す訳にはいかない。その想定外って奴で俺は今あの爺を討ち損ねたばかりだ。これで更に陣を急襲されようものなら、俺は馬鹿の代表として歴史に名を残せるだろう。


 伝七郎はすぐに俺の意図を理解して、即座に兵の半分を千賀たちの待つ陣へと送る。


「……すまん、伝七郎。俺の失策だ」


「なんの。確かに仕留めておきたかったですが、それでも私たちの完勝ですよ? 兵も送りましたし、菊殿はあれで薙刀の腕は相当です。今の満身創痍の道永では、とてもではないが勝てはしません」


「そうか……」


 奴は笑顔のまま静かにそう言ってはくれるが……。たとえ僅かでも千賀を危険に曝して、こいつが平気である訳がない。すまんな、気を遣わせて。


 確かに一応完勝は完勝、か。


 だが、俺としてはここで何があったのかを知る敵を根絶やしにしておきたかった。それもできず、挙句に追い込まれ自棄になっている獲物を守るべきものの方へ逃がすなど……、とんでもない大失態だ。


 戦場を背に思わず天を仰ぐ。彼方を眺めれば一羽の鳥が視界を横切り飛んでいく。地上の地獄絵図と比べて、その青く輝く空のなんと美しい事だろうか。空は高く晴れ渡り、どこまでも広い。


 だが、その一方で、地上からは底を知らぬかのような大量の黒煙が舞い上がり、相も変わらず鼻を衝く死の臭いはいかんともしがたい。


 まさに天国と地獄だな。




 千賀を死なせずに済んだ。俺たちも生き残った。


 今はそれだけで満足するべきなんだろう。伝七郎の言い分の方が正しい。


 ──俺たちは勝ったんだ。


 でも、俺は勝ったのだろうか? 負けたのだろうか? 正直難しい所だなあ……。

2013 1/17 若干描写を加筆 微調整

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ