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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
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第十五話 舐めるな爺vs舐めるな小僧 でござる その一

 ────隘路は曲がりくねりながら、北に向かって延びている。


 その出口より少し入った崖の上、俺たちは四箇所に別れて獲物を狙う。


 俺たちは千賀らと別れると、即座に所定の位置に移動し伏せた。そして、奴らが来るのを待ち構える。


 偵察からの報告だと、間もなくここに到着する筈だ。


 奴らは騎馬隊を先頭に、足軽隊をそのすぐ後に着け、ほぼ団子の状態でこの隘路を通っているらしい。伝七郎の手柄だな、これは。隘路の出口で強襲されたのが余程堪えたんだろう。


 対するこちらは東の山側手前に伝七郎・俺率いる足軽隊十弓隊十。そして、奥に信吾率いる足軽隊二十。西の山側手前が源太率いる足軽隊十に騎馬を降ろした兵十。そして、その奥が与平率いる足軽隊十弓隊十。


 いくつも用意された枯草と小枝で作られた直径二メートルはある球。そして、油の入った壺。更に脇に積まれた川からとってきた一抱えほどもある石の山。油壷と石の山はおよそ十メートル間隔で目算百五十から二百メートル程の距離の間にいくつも用意されている────。




 これで迎え撃つ。もう何度も確認した。脳内シミュレートの数も数えきれない。最低限の用意は整っている筈だ。


 本当にあの三人も兵たちもよく頑張ってくれたと思う。なんとかその頑張りに報いてやりたい。


 ただ、ちょうど俺たちの目の前あたりに用意した陥穽は、すでに落ちている。


 獣か? それとも敵の偵察が落ちたか? まさか……な。いずれにしても、直接数を減らす罠としては機能しないな。直接的には……だが。


 さあ、早く来い。獲物を追って来るがいい。


 この場に着いたその時が、おまえらの最期だ────……。




 谷を風が吹き抜ける音だけが聞こえる。待機してそろそろ小一時間ってところか。たまに小石が崖を転がる音と風が草木を揺らす音、そして、この身の内で高鳴る心臓の音だけが今この場のすべてと言えた。


 伝七郎も兵たちもみな、決戦の時を待って、ただ静かに伏せている。


 今はまだ敵の影も形も見えない。が、そろそろか。


「敵軍来ましたっ。先鋒は八島道永自身を含めた騎馬隊二十。その直後に足軽隊二百が続いております。隊は騎馬隊がやや突出。足軽は三列程度でそれを追走させております」


 谷に響く馬蹄の音は徐々に大きくなっていき、ついには俺たちの視界にも奴らの姿が入る。


 来た。偵察の情報通り騎馬を先頭に突っ込んでくる。やはり、か。いや、相手を分析する事と舐める事は違う。舐めて油断する事だけはするまい。気を抜くのは奴らを全滅させてからだ。


 握りこむ拳に汗が滲む。見れば横にいる伝七郎もしきりに額を擦る仕草をしている。


 お互い落ち着こうか? 俺は奴を見て、口の端を上げる。奴も俺の言いたい事が分かったのか、静かに頷き返してくる。


 視線を再び敵に戻す。うねる狭道を駆けてきた騎馬隊の先頭が見える。信吾と与平の隊は予定通り騎馬隊を見送り、今頃は足軽隊を襲うタイミングを計っている事だろう。


 さあ、ここからだ……しくじるなよ、俺。


「伝七郎、やるぞ。俺の合図とともに太鼓を鳴らせ」


「承知しております。いつでも、どうぞ」


 俺と伝七郎は小声で最後の確認をする。長引いたら負けだ。一気に行くぞっ。




 先頭を疾駆する騎馬隊が予定の位置付近に達しようとした。


 だがその時、騎馬隊全体が突然襲歩から駈足、速歩、並足へとギアを落としていく。そして、ついには止まる。


 それを見た伝七郎は眉を潜め、苦々しげな表情をする。


「ふんっ。笑止。姑息な落とし穴などにかかる俺ではない。いるのだろう? 出てこいっ」


 あれが道永か? 壮年後半と思しき一際立派な武者姿の男が声を張り上げている。


 つまり、あの陥穽を落としたのは相手の偵察だったという事か。やっぱり偵察が落ちたのか? なんという……。いや、いい。バレるにしても、まさか、そんなバレ方をするとは思わなかったがそれはいい。


 ただ、それを除いても、やはりこいつらはこの手の戦術に弱い。──今はっきりとわかった。


 たかが幅三メートル弱、深さ一メートル程の落とし穴だ。場所がわかっているなら、駆け抜けてしまえばよかったんだよ。たとえ抜かれた後、俺たちがどうするのかまで読めてたとしても、その対応が正しい。でも、おまえらは足を止めた。終わりだっ。


「今だっ! 着火っ。転がせっ!!」


 俺の掛け声とともに、太鼓が鳴らされ、それぞれの隊から油をかけた枯草玉に何か所も着火され、谷底に向かって転がされる。球は崖を転がるうちに瞬く間に全体に炎を纏って巨大な炎の球となる。


 俺の目の前では、穴に向かって俺らの隊と源太の隊が落とした球が転がっていく。そして、道を完全に塞いだ。底に着く頃には灼熱の炎を巻き上げ、落ちた周りを焼く。


 哀れな敵兵たちは、炎の檻に入れられ大混乱に陥いる。そして、先頭と最後尾付近では何頭かの馬が乗り手を振り落とし大暴れをしていた。


 おそらく、信吾と与平の隊からの球もそれぞれ道を塞いでいる筈。あちらは最後尾を塞ぐ与平が合図を送っているが、おそらく然して変わらぬ状況だろう。いや、あちらの方が敵の数が多い分だけ、もっと混乱が激しいかもしれない。


 俺は火玉を三か所に落とすように指示した。騎兵と足軽を分断し、かつ、進むも退くもできないように進路退路ともに塞ぐような形で落とす。上空からその様を見下ろせば、さながら騎馬隊と足軽隊を火玉でサンドイッチにしたように見えるだろう。


 谷から吹き上がる風は、燃え上がる炎の球の熱気を崖の上まで伝えてくる。


 崖が低すぎても反撃されたり、最悪燃え上がる火の粉によって山火事になる可能性もある。この高さが絶妙すぎた。


 策のないこの世界で、そして、この状況で、この地形が用意されてた事は最大のチートだ。


「かかったっ」


「武殿。道永に落とし穴を見抜かれている事がわかっていたので?」


 伝七郎はただ只管に驚き固まっていた。まあ、無理もない。俺は策の全容を語った時、あくまで正規ルートにおける策の始まりから終わりしか語ってはいない。故に奴にとっては、この展開そのものが青天の霹靂だ。


「いや。三通りの予定を用意していただけだ。足止めを見破られた後、奴らが力尽くで突破にくるのとそうでないのの二つ。あとは見破れず奴らがその落とし穴の獲物となるので三通りだ」


 俺は伝七郎の目の前で拳の裏をかざすと小指から指を一本ずつ立てていき、そう説明してやる。


「なんと……」


 奴はよほど驚いたのか、口を開けたまま固まっている。


「驚くのは後にしろ。屑がお呼びだ。出るぞ?」


「っ?! はいっ」


 奴はハッと我に返ると、その顔を引き締め、俺に頷き返してくる。


 くそっ、イケメンだけあって、こういう表情させると流石に絵になりやがる。が、今は許してやろう。それどころではないからな。


 俺と伝七郎は身を起こして、崖の縁に立つ。胸を張り、堂々と。


 水島の将、神森武と佐々木伝七郎として。おまえらは俺らと対等ではないと言外に示し、奴らを上から見下ろす。


「やあ。ご機嫌はいかが? 幼女の尻を追い回すロリペドなおっさん。なかなかいい顔しているじゃないか? 気に入ってもらえたかい?」


 俺は陥穽を見破ってドヤ顔していたおっさんにご挨拶をしてやる。千賀の真似して、俺が神森武であるぞってやってやろうかしら?


 奴はさっきまでの人を馬鹿にする気満々だった表情を一変させ、驚愕のあまりに目を見開いて固まっていた。まあ、おまえらの戦の作法にはないわな、これは。


 でも、そんなの俺の知った事ではないんだよ。


「おいおい。おもてなしに感動してくれたのは、うれしいがね? 出てこいと言ったくせに、出てきてやったら口も開かずにだんまりとか、人としてどうなのよ?」


 俺は思いっきり挑発するように嘲る。口も態度も表情も。


 すでに事が始まった今、敵指揮官が冷静さを欠けば欠く程俺らに有利になる。使える場面はすべて使ってやるぞ。


 外っ面は大胆不敵に。でも、内面は怜悧冷徹に。


 すべては勝利に向けて。他の事は二の次だっ。


「!? き、貴様、何者だ? それに横にいるのは伝七郎か? 青二才とは言え、戦の作法も知らぬのかっ。このような卑怯な振る舞い……恥を知れっ!」


 奴は、我に返ると俺らを睨み付けて、そう吠える。


 俺は奴に応える事なく、ただニヤニヤと薄笑いを浮かべたまま、胸に手を当て一礼して、伝七郎に舞台を譲ってやった。


「いやあ。道永殿。久方ぶりですな。お元気にしておられましたか? ええ、私はまだまだ小僧なので、道永殿ほど作法に通じてはおらんのですよ。まあ、若気の至りとでも思って、ご年配の道永殿には大目に見ていただきたいものですね。それに……貴方に恥を語られるとは思ってもみませんでしたよ?」


 ははは。伝七郎の奴もノリノリじゃないか。両の掌を空に向け、肩を竦めるようにして、ヤレヤレと首を振っている。ものすごいオーバーアクションだ。でも、それだけでは終わらなかったね。


「…………お館様を裏切り、その娘の命を狙う元水島の臣下が、私に恥を語るつもりかっ。貴様こそ恥という言葉の意味を学び直すがよいっ。この痴れ者がっ」


 おまえに恥を語られるとは思わなかったと言った後、奴はひとつ大きく息を吸い込む。そして、腹の底から溜りに溜まった怒りを吐き出すように、烈火の怒声とともに反駁を加えた。


 まあ、所謂キレたって奴だな。はっはっはっ。


「小僧がっ。調子に乗って……」


 さて、調子に乗ってるのは誰なのだろうね? この俺がただおしゃべりに付き合っているだけだとでも? おまえの部下たちは炎の檻に閉じ込められて大層浮き足立ってるぜ?


 奴の意識が俺らとの罵り合いに夢中になる頃合いを見計らって、俺は腕を振って合図を出す。それに合わせて、再び太鼓が打ち鳴らされる。


「!? な、何事だっ。い、石だと?」


 奴の言葉を待たずに、今度は崖の上から人が一抱えにできるサイズの石を落とす、落とす、落とす。


 源太の隊も反対側の崖から落としている。あちらは弓兵がいない分、投石要員の数が多い。つまり、目の前では両側合わせて三十人が石を投げ落としている事になる。


 ビルの三階あたりから、そのサイズの石をそれだけの量落とすとどうなるか? 


 どうなるんだろうねぇ? おっさんよ。


 戦場に悲鳴と怒号が響き渡る。


 逃げ道を塞いだ状態で一方的な虐殺が始まった。


 頭に当たるような事があれば、思わず顔を背けたくなるような音を立てて即死する事になる。


 その投石の雨の中、幸か不幸かはわからぬが未だ命長らえている者も、状況判断の甘い者から順に投石によって怯え狂った馬たちに振り落とされ、踏みつぶされ、その多くが黄泉路を歩んだ。


 そんな中、機転がきく者たちはさっさと下馬して横の藪に跳び込み少しでも落ちてくる岩より身を守ろうとした。道永もすでに藪に身を隠しているようだ。




 でもね……。


「次っ!」


 俺は顔色一つ変える事なく、更なる指示を出す。また太鼓が鳴る。その音は、下の奴らにはどう聞こえているのだろうな? それに思いを馳せても、意思の揺らぎを微塵も感じない。


 おっさんよ。若造の不退転の覚悟、とくと味わうがいい。


 兵たちは等間隔に設置された油壷から柄杓で油を汲むと、下の藪めがけて油が撒かれる。


 そして、その藪には天然ものの枯草の他に、余所からもあの枯草玉を作った原料がそのまま運び込まれており、藪の中にまんべんなく散らして捨てられている。


 つまり、そこに松明でも投げ込むと、だ。




 よく燃えるんだわ。




 炎の湯加減はどんな塩梅だ? 道永のおっさんよ。

2013 1/17 描写を若干追加 微調整

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