第十四話 いざ尋常に勝負 でござる
「よっ。おはよう」
「ん……。おはようございます。早いですね?」
「ん。ちょっと朝日がな」
空はスカッと晴れ渡り、雲一つない気持ちのいい朝だ。
寝ていた半身を起こし、その空を眺めていたら、伝七郎の奴も目を覚ました。
今日で決まる。そして、勝つとしたら短時間で決まる。そうならないようなら失敗だ。
やっと手に入れたトリップ権だが、いきなりハードな展開な事だ。
これで失敗すれば、この世界における俺の死と共に、俺の命そのものが次元の狭間に消える事になる気がしてならない。実際どういうものなのかはわからんが、都合よくあっちの世界に戻って目を覚ますなどという事はおそらくないだろう。
妙にリアルだしな。俺自身の命はこっちに移ってしまっているんじゃなかろうか? 胡蝶の夢的な話じゃなくて。なんか、あらゆるものが肉体ごとごそっと移動している気がする。存在の方はわからんが。
あちらに俺のいた痕跡は残っているのだろうか? もしそうであるなら、両親に大層親不孝なことしているな、俺は。あれでどちらも結構子煩悩な親だったしな。
すまんな。親父。母ちゃん。
とは言え、どうする事ができる訳でもない。それにどのみちいずれは巣立ちの時を迎えるものだ。
連絡途絶えて顔見せれぬという点が非常に大問題な気がするが、気にしたら負けだ。せめて、どこだろうが精一杯生き残る努力をしてみせるだけだろう。
神森の遺伝子を残せるかどうかも相変わらず微妙な所ではあるが、そこはあっちの世界に居続けようと小指の先どころか猫の髭の先程も変わらない話なので容赦してもらうとして、だ。
よし。さあ、頑張ろうか。
「伝七郎。顔洗って飯食ったら、あいつら三人の将軍任命式をやろう。千賀がいればいい。そして、その足で戦場だ。糞どもを待ち伏せるぞ」
「はい。絶対に勝ちましょう」
「当然だ。今回何があろうと負けは許されん。俺らが明日を生きる為に。何を捨てても勝利をつかむ。明日を生きる権利を俺たちが手にするんだ」
侍女たちに今日の朝飯はいつもの倍出すように言ってある。まあ、雑穀粥だからたかが知れているが、それでも今の俺たちにとっては大盤振舞だ。
それを腹に収めると即座に任命式を開いた。もちろん式とは名ばかりのものではある。だが、俺と伝七郎は最低限の祝福を三人に送れるように知恵を絞った。
罠を仕掛けた隘路の出口に谷の上へ上る為の梯子をかけたのだが、その片方が頂上付近で階段状になっていた。そして、そこに少しばかりスペースがあった。下から眺めると、さながら高舞台のように見える。
俺たちはここで任命式を行うよう進言し、実行した。
千賀と婆さん、伝七郎、そして、俺、わずか四人を前に主役の三人を迎えて任命式を行う。兵たちと他の侍女たちは下に全員整列してその様をじっと見ている。
俺は詰襟の黒の学ランを着の身着のままだから、いまいち様にならず、伝七郎に陣羽織を借りた。そして、それを学ランの上から羽織って、少し長めの白鉢巻を締める。使わないだろうが予備の刀も一本貰った。意外に白基調に金糸で縁取られた陣羽織は黒い学ランに映えて悪くはなかった。
多少は指揮官っぽく見えるかねぇ? 戦場でははったりも大事だからな。
こんな状況では鎧や具足なんぞ望めんから、これで十分だ。
式が始まると、千賀はよくわからんなりにペコリと頭を下げて、
「よろしくたのむのじゃーっ」
と言いだす。
伝七郎や周りの侍女たちの教導がよいのだろう。ただ、あれは人としての教えと主としての振る舞いが区別できてないけどな?
けど、今はそれでもいい。
婆さんは慌てて千賀の頭を上げようとしていたが、それでも俺には好ましく映る。今は人としてまっすぐ育っている事の方が好ましい。主としての振る舞いなど、これからいくらでも学べる。が、人間性は帝王学以上に一朝一夕ではいかないのだ。
三人だって困惑はしていたが、その顔を見る限り決して悪い感情を抱いてはいまい。むしろ、昨日までよりも更に五割増くらいで働きそうな顔をしている。悪い事など何もない。結構な事だ。
「ご苦労さん、千賀。あとは危ないから、陣に戻っててくれな?」
「お疲れ様でした、姫様。あとは陣で吉報をお待ちくださいませ。必ず勝利の報告をお届けします」
そう言うと、伝七郎は先に下へ降りて行った。
奴が下に着くのを確認し、俺は千賀を抱きかかえながら、梯子を伝って舞台より下りていく。すでに奴はこちらを見ながら、万一に備えて待機していた。
梯子を下りだすと、千賀は目をぎゅっと瞑って俺にしがみついた。 しかし、この女童ホントに人見知りせんな? 一応深窓の令嬢的存在だろ? 姫なんだから。だったら、もう少し人見知りしそうなものなんだが。会っていきなり涙目にさせたってのに……子供ってこんなんだったっけか? もう少し警戒心強かったような気がしたんだが。
「……。なあ、たける?」
「んあ? な、なんだ?」
俺がそんな事考えていると、千賀はいつの間にか瞑っていた目を開いていた。そして、これでもかと不安を湛えた瞳で俺の目をまっすぐに見つめ、こんな事を俺に尋ねる。
「みんな、いなくなったりしないじゃろ? そうじゃろ?」
子供特有の感か。俺たちがこれから戦をするのは千賀も分かってはいるだろうが、どういう戦をするのかは知らない。もっとも言ったところで理解もできない。
でも、なんとなく皆の雰囲気を察して、大変な戦いをするのだと不安になっているのだろう。再び自分の周りから自分の好きな人たちがいなくなるかもしれないと。
「するわけないだろうが? お前はいったい何を心配してるんだ? お前も聞いてただろ? 俺は奴らの武将を一発で始末した男だぞ? 絶対に勝ぁーつっ! 万に一つの負けもないわ。はっはっはっ」
いなくなったりしないと言い切らないのは大人の狡さだよな……。でも、そのまっすぐな瞳で見つめられると、そうごまかすのが精一杯で。嘘を言ったら見透かされそうで。
「そうかっ。うむ。そうじゃ。その通りじゃな。たけるはすごいやつなんじゃったな? うはははは」
うむ。子供は元気よく笑っている方がよい。嘘は言ってない。絶対にそうなるようにしてやる。
時に……これ死亡フラグじゃね? 今ふと気になったんだが。
な、なるほど、その状況に放り込まれると、無意識に立てちまうもんだな……死亡フラグ……駄目じゃん……。
「は、ははっ、あはははっ。当然ですよ? おぜうさん?」
ちょっぴり不安がぶり返してきたが、そんなフラグの存在は頭の隅に追いやっておく。要は思い出す前に勝ってしまえばよいだけの事だろう? そういうのは比較的得意だっ。
地面に降りると俺は千賀を降ろし、頭をわしわしっと撫ぜる。よーし、やってやるぞお。
「たける。やめるのじゃあ。頭くちゃくちゃなのじゃあ~」
千賀はさっきの泣きそうな顔はどこに行ったのか、妙に楽しそうに笑っている。頭をくりんくりんと振って、嫌なのか楽しいのかはっきりせんか、この幼女はっ。このこのっ。
ただ、婆さんがやばい。視線で殺されそうな勢いだ。
でも、何気にこの婆さんもすごいよな? あの時、一発皮肉言われただけで、以降は俺大して何も言われてないぜ? 終始睨まれているけど。
忍耐力はんぱねぇな、ババア。でも、あんたの根性は報われるだろう。俺がそうする。
「では、三人ともおめでとさん。これで名実とも将軍だ。キバってくれよ?」
三人とも誇らしげに胸を張って、俺の前に立っている。
「「「はっ。必ずやご期待に応えて見せます」」」
おお。気合十分だねぇ。
「じゃあ、伝七郎。号令を……」
「いえ、武殿。今回は貴方がかけるべきだ。貴方のこの水島での初陣です。見事果たされるがよろしいでしょう」
横で静かに俺らを見ていた伝七郎にそう促したのだが、奴は一つ笑って首を横に振ると俺にやれと言う。
為らば……。
「ん。では、各々方っ。いざ参らん。我らが約束された勝利の為にっ。決定された敗北を奴らに告げる為にっ! 我らは修羅とならん。完全なる勝利を我らが主に捧げる為にっ!!」
俺は身を正して、腹の底より声を張り上げ、号令を発する。
「「「はっ!!」」」
三人が完全に呼吸をそろえて返事を返してくる。その声が谷に響くと、槍兵たちは持ってる槍の石突きで地面を叩き、その他の兵たちも足を踏み鳴らし気勢を上げた。
「えいえいっ」
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!」
そして、最後に掛け声をかけると、谷を揺るがさんばかりの大音声で兵たちの戦意が返ってくる。士気はばっちりだっ。
「出るぞっ!」
2012.11.10 千賀を高台から降ろすシーンをちょっと大きめに文章修正