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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百三十五話 巽屋 でござる その一

 翌日俺は、源太と数人の兵を連れて巽屋へと向かった。


 鎧は脱がせた。源太は俺と同じ裃半袴の姿で、兵たちは下男を装って貰っている。


 道を歩きがてら空を見上げると、前日までの晴天から一点、空はどんよりと薄曇っていた。まるで本日の交渉の行く先を暗示するかのようで、暗澹たる気持ちになる。只でさえ気が滅入っているのに、勘弁して貰いたかった。


 巽屋は、巽門を潜ってそのまま道沿いに、まっすぐ北西に進んだところにある。田村屋から向かうならば、この二水の町で一番太い道にぶつかるまで宿前を道なりに進み、あとは巽門の方に曲がって少し行けば着く。


 ぱらぱらと人通りのまばらな大通りを巽門の方へ進むと、一目であれだと分かるような店が見えてきた。流石にこの町一番の実力者の店だけあって、店構えも立派だった。


 木造二階建ての瓦葺き――その基本構造はどこにでもある商店のそれと変わりないが、十分に手入れが行き届いた建物は、この店が十二分に儲かっている事を示していた。また、道沿いに連なるように近接して建てられている他の商店と比べて、店先の幅が倍ほどあった。


 金を持っている事も勿論だが、そういった特権を有する事に他が文句を言えぬ程、巽屋が力を持っている事が窺える。


 この町で巽屋だけが儲かっている訳ではないだろう。だが、他の店は一律判で押したように店先の幅は同じだった。


 店が儲かっていれば、どこの店だって、極力店は広く持ちたいものだ。その方が商品の種類も多く持てるし、何より目立てばそのぶん客を呼べる。


 にも関わらず、商店街の店の店先の幅は同じである。


 儲かっている店ならば店をより広くしたいだろうに、まるで某かの枷があるのかのように、そうなっていなかったのだ。


 巽屋以外は。


 そういう事なのだなとしか、解釈できなかった。


 だがとりあえずは、巽屋為右衛門の権力の乱用に関してはとりあえず置いておく事にする。今騒ぎ立てても、得るものはない。


 少なくとも伝七郎からは、こんな制限を新しくかけたとは聞いていないし、もし従来の法が制限しているというならば、さっさと取っ払う必要がある。これは商業振興の邪魔だ。だから、戻ったらその辺りの事を伝七郎に確認して、ここは変えさせようと記憶に止めた。


 それはそれとして、そんな規則的なものがあるように見えるこの景色の中、一軒だけ店先が広い巽屋はとてもよく目立っていた。


 あー、糞。どんどん嫌な予感が強くなりやがる。


 すでに頭を掻きむしりたい思いで一杯だった。しかし、今更帰る訳にも行かない。


 俺は重い足を引きずるようにしながら、『巽屋』と書かれた巨大な看板の下にぶら下がっている暖簾をくぐった。




 店の中に入ると、すぐ正面に番頭席があった。


 それにしても広い。


 店の中を見回して、そう思う。もちろん元いた世界の感覚によるものではない。こちらで見た商店を思い返して、そう思うという事である。


 藤ヶ崎にはこれよりも大きな店がいくつもあったが、あの町の商店と、他の町の商店を同じレベルで比較してはいけないだろう。つか、藤ヶ崎レベルで見ても、この店は決して小さくはない。つまりそれは、この町にある商店だという事を念頭に置けば、超大型店舗という事に他ならないのである。


 店内にある商品も店の構えに負けずに、ちゃんと選べる程度にはある。この世界の商店としては十分すぎるものだった。


 ただ売られている品は――――、ぱっと見、米、酒、煙草、塩に砂糖などの嗜好品……。そのほとんどが、昔の日本では『専売品』となっていたものだ。おそらくは、こちらでもそうである筈だ。それらは無意味に専売品になっていた訳ではないからだ。


 それに、少なくとも米、酒、煙草、塩は、水島家でも専売品に指定にしている。全部の指定品目を知っている訳ではないが、これは伝七郎や爺さんと話していた時に聞いたものだから間違いない筈だ。


 専売品ってのは、要するに権力を持っている所がその品の商いを独占している品だ。だから、確実に儲かる。


 もちろん物流の安定とか、色々他の面もある専売制度だが、儲けという面でも独占はやはり強力だ。リスクが全くない訳ではないが、余程下手な事をしない限りはまず必ず儲かるのである。たとえ、専売品を扱う御用商人から見て、儲けの一部を権力に吸い上げられるシステムになっていても、だ。


 そういった品――専売品を、この巽屋では扱っている。その品々が、今こうして目の前に並んでいる。


 その意味するところは、前領主の頃からずっと、継直も、そして伝七郎も、この店にその許可を与えているという事である。新たにその許可を取ったという事はまずない。時間が足りないからだ。


 なるほど……。なかなかに強かな人物のようだ。


 商人ならば、大なり小なりそういう部分は持ち合わせているだろうが、この二水の地は千賀の親父さんから、継直、そして千賀と、領有する者が短時間でころころと変わっている激動の地である。


 それでもその激動の中、御用商人であり続けているという事は、中々にすごい事だ。たとえ、この町にもこれらの品を扱う者が必要だという統治者側の思惑があったとしても、その激動に負けずに御用商人の地位を維持し続けたという事は、巽屋為右衛門という男が相当なやり手の商人である事を示していると思う。


 絶対に一筋縄ではいかないだろうなあ。


 そう思わずにはいられなかった。より一層頭と心が重くなった事は言うまでもない。




「すまないが、ちょっと良いだろうか?」


「いらっしゃいませ、若旦那様。何かお探しでしょうか?」


 俺は(とも)と下男を連れた男を演じている。座って帳簿のような物をつけていた番頭の男は、お世辞も兼ねてだろうが、商人らしい愛想を振りまきながら、頭を上げつつそう尋ねてきた。


 源太は自分の役に徹するように黙ったまま後ろで俺を守っているし、警護の兵たちもいつでもこちらに駆け寄れるように準備しながらも、同行した下男宜しく店先で待機している。だからこの番頭の男がこちらを見て、どこそこの良家のボンボンかと当たりをつけても何も不思議はない。


 俺はとりあえず狙った通りに誤魔化せているのを確信し、心の中でほくそ笑む。


「塩を買いたいのだが、欲しい量が量でなあ。ここにある程度では足らずに、少々困っている」


 俺は、酒樽ほどもある木桶に山と積まれた塩を眺め、腕を組みながらそう言った。


「はあ。若旦那様も商売をなさっておられるので?」


「いや。そうではないが、ちょっとばかり入り用でね。この店にあるのは、これで全部か?」


 正確な必要量を伝えずに鎌をかけた。


 最終的には、巽屋為右衛門との交渉になるのは間違いない。その前に、相手の手札を少しでも知っておきたかった。こちらが『水島』でなければ、ある程度ストレートにやってもいいのだが、困った事にこちらは『水島』である。こんなところから始めなくてはならなかった。


 在庫量、もしくは水島以外を相手に販売可能な量を、巽屋為右衛門との交渉の前にどうしても知っておきたい。


「いえいえ。うちは小売りの他にも、問屋もやらせていただいておりますので。余程の量でもない限り、大丈夫だと思いますよ。如何ほどご入り用でございますか?」


 大取引の匂いを感じ取ったと思われる番頭が、もみ手をしながら作り笑顔を一層深いものへと変えた。姿勢も微妙に前傾に変わった。


 正直な人だな。そんなに分かりやすいのは、商売人としてはどうなんだろう。


 そう思いはしたが、それ以上に申し訳なく思った。


 確かに成立すれば大取引には違いないが、後で彼が巽屋為右衛門から雷を落されるであろう事を思うと、少々気の毒に思わずにはいられなかった。とはいえ、こちらも余裕がある訳ではないので、方針を変えるつもりはない。


「むしろ逆に聞きたい。どれくらいまでなら用意できる?」


 もしここで、この番頭がもう少し切れる男だったら、少なくともこちらの素性を先に探ろうとしただろう。


 あまりにも大きな事を言う相手である。先に素性を確認しようとする筈だった。実は、俺もそれに備えていた。しかし、俺にとっては好都合な事に、この男はそれをスルーしてくれた。


 まったく危ぶまずに、


「確か百石くらいは蔵にあったと思います。ですので、お客様のお望みの量をお出しできると思いますよ」


 と、胸を張って誇らしげに答えたのである。


 俺の問いが、彼の大店の番頭としてのプライドを擽ってしまったのかもしれないが、合掌である。巽屋為右衛門の雷は、まず最初にここに落ちるだろうなと、俺は確信した。


 それはともかく百石か。


 一石が十升で、確か塩一升が二キロ弱だったっけ。とすると、二トン弱か。


 昔何かで見たという程度の記憶しか残っていないが、間違っていなければ、普通の人が普通に生活して、一人で年間十キロぐらい塩を使ったと書かれていたと思う。で、今うちの人口は、確か全部で二、三万ってところだった筈だ。とすると……。


 うん。まったく足りないね。


 やはり、今ある分を押さえるだけでは話にならない。とはいえ、無いよりは遙かにマシだ。


 それに、ここはウチにとって最高に非協力的な土地のようだが、なんと言っても塩が採れる泉と製塩施設がある。方針は間違っていない筈だ。


 場合によっては、強権を発動させてもいい。その価値はある。


 もっともそれは、もう本当に他に手がなくなった時の最終手段にしたいが。それをやったら、以降は力で押さえつけ続けねばならなくなるのは間違いない。この地が、水島家に心を開く事は絶対になくなるだろう。


 番頭の口から出た数字から始まり、俺は必死になって頭の中で電卓を叩いていた。


「あの……。どうかされましたか?」


 話の途中で、突っ立ったまま固まっている俺を見て、番頭がそう恐る恐る声をかけてくる。


 多分俺は、知らず知らずのうちに険しい表情をしてしまっていたのだろう。


 変な客が来てしまったなあと思われているぐらいならいいが、話す言葉の信頼性が損なわれる程に怪しまれるのは得策ではない。


 そろそろ正体を明かす頃合いかな。数字も聞けたし、そろそろトップにお出まし願うとするか。


 俺は腹を決めて、俺は番頭の方へと振り向く。そして、真顔で伝えた。


「ん? ああ、いや、すまんすまん。百石だったな。分かった。全部くれ」

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