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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百二十九話 水島家と二水の町 でござる

 二水の町――――北の砦より更に三里弱ほど、つまり十キロぐらい北にある町。周囲は藤ヶ崎同様に山々に囲まれ、盆地に町が開けている。ただ、こちらは藤ヶ崎と違い、大河が町を貫いているなどという事はない。あっても、せいぜい小川程度だ。


 元々はごくごく普通の農村だったらしいが、それが大きくなって町と呼ばれるまでになったとの事だ。その為か、山を開いた土地に田畑を作り、米や芋などを作って生計を立てている者も少なくないとの話である。


 人口は二千人前後らしい。少し前――と言っても、二十年程前だそうだが、その頃はこの倍はいたという。まだ戸籍が出来上がっていないので、正確な数字は分からないが、確実にその規模は一昔前よりも小さくなっているようだ。


 だが今の規模でも、こちらの町としては、平均よりはやや大きいかなといったところである。


 ここまでであれば、ちょっと大きめだけれども、よくある町の一つだねという話で終わるのだが、この二水の町には他の町にはないものがあった。


 それは塩だ。


 この二水の町は、塩の生産で農村から町と呼ばれるまでに発展した場所との事だった。


 四方を山に囲まれた二水の町で塩? と、この話を伝七郎から聞いた時には俺も思った。だが、聞き直しても答えは同じだった。本当に製塩の町なのだそうである。


 なんでも、その正確な場所は関係者の秘中の秘だそうだが、とある山の洞窟の中にしょっぱい水が湧いているらしい。


 その話を聞いて、ピンと来た。ああ、そう言えば……と、思いだしたのだ。


 それは、俺が厨で二な病のピークを迎えていた頃の事だ。


 あの頃は、もしもの時に備えて必死で知識を溜め込んでいた。もしも突然異世界に飛ばされたら、あるいは飛行機が落ちたり船が沈んだりしたら、若しくはある日とつぜん闇組織の人間に攫われ、未来で崩壊する文明に人は適応できるかというサンプルとして無人島に置き去りにされたら――――。


 塩は極めて重要な物質である。その重要性に気がついていないような世界ならば、これ一つ押さえるだけで無双出来るレベルの品物だ。


 その為に、生産チートの種として徹底的に調べあげたのだ。そして、そのとき調べていたWeb資料の中に、それはあった。


 山の中に突然湧いている食塩水の温泉――食塩泉である。


 あちらの世界でも、古くはこの塩分の高い温泉から製塩していた場所もあったという話だ。二水の町の近くにも、これと同じか、それに近いものがあるのだと、すぐに分かった。


 そう当たりをつけ尋ねてみれば、ビンゴだった。伝七郎は目を丸くし、よくご存じでしたねと驚いた。異世界から来たのに――という事なのだろうが、そりゃあ、その異世界に似たようなものがあるなどとは思いもしないだろう。


『二水の町』の『二水』も、ここから来ているらしい。普通の水と塩の水の、『二つの水』が湧く町という意味だとか。古くは『仁水の村』と呼ばれていたそうだ。


 ただ、人口が半分ほどになっている所からも分かる通り、今では昔ほどには栄えていないとの事だった。


 その理由ははっきりしていた。千賀の爺さんが大和の国を統一した時に、水島家――大和の国が海を手に入れたからだそうだ。


 勿論、だからといって二水の町が町の宝である食塩泉を失った訳ではない。だから、今まで通り製塩の町として続いてはいる。


 ただ、相対的な価値が下がったのである。


 海辺にある富山の町などから大量に塩が供給された為、統一以前のように二水の町が塩で一人勝ちできなくなったのだ。まさに栄枯盛衰を絵に描いたような話だった。


 だが今の俺たちの状況を鑑みると、これを使わない手はない。当然伝七郎ほどに頭の切れる奴が、これを見落としたりなどしなかったのだ。で、しっかりと掘り起こしてきたのである。


「このまえ奪い返した、あの町がなあ……」


「はい。その水は、本当に海の水のような塩辛い水だそうですよ。ただ、なぜそんなものがあるのかは誰にも分かりませんが」


 まあ、そりゃそうだろうな。あっちの世界でも、全部が全部説明できている訳ではないんだ。こっちじゃ、そういうのはまだ無理だろう。


「ふーん。ま、何にしてもこれで塩の問題が解決するなら万々歳ってね。で、俺は二水に行って塩を買い付けてくればいいのか?」


「まあ、そうなのですが、そう簡単にもいかないのですよ」


 パンと一つ膝を叩き、俺は伝七郎に尋ねたが、その伝七郎の反応は今ひとつだった。眉を八の字にして、困ったような顔をしたのである。


 はて?


「なぜに?」


 納得いかずに尋ねる。すると伝七郎は、そう簡単にもいかない理由を説明し始めた。


 その理由は、大きく分けて二つあった。


 一つ目は、そもそも買いつける事自体が容易ではないだろうという事。水島家は過去に二水の町の恨みを買っているという点である。


 逆恨みみたいなものではあるが、町の衰退を招いたのは水島家の大和統一がおおもとの原因であると、二水の町の民は思っているだろうと伝七郎は言った。町は水島家に降っている為、まったく協力しないという事はないだろうが協力的ではないだろうと、伝七郎は言った。そして、そんな町に下手にこちらの手を晒すと、どんな難題を代償として要求されるか分からない、とも。


 ああ、なる程――と思える話だった。


 只そうは言っても、町の大事な財産たる食塩泉の位置を強引に調べあげて、取り上げる訳にもいかない。そんな事をすれば、即離反しかねないからだ。それに、もし仮に離反までいかなかったとしても、町の反感を買う事は必至である。今後の統治に悪影響しかもたらさないだろう。


 故に、これがまず一つ目の理由だと、伝七郎は語った。


 二つ目が、二水の町の協力を得られても、それで問題解決とはならない事。確かに二水の町は塩作りで発展した町ではあるが、その塩の源はしょせん泉の水であるという点だ。


 海水に比べれば、すでにある塩水の量も、湧く水の量もたかが知れているとの言だった。つまり、生産量が消費量に追いつかないだろうというのである。


 とはいえ、外側からの供給は大半が絶たれていて、辛うじて細々と入ってくる塩も領内の塩不足の気配を察した商人らが値を釣り上げている現状では、たとえ十分な量を確保できなくとも無視は出来ない。


 だから二水の町の塩は、今の俺たちにとって必要ではあるが、仮にそれを確保できても問題の解決には繋がらない。


 要点を掻い摘まむと、こういう事だった。


「……って事は、二水の町には一応塩があるが、あからさまにこちらの弱みを見せないように注意しつつも、なんとか協力を取り付けない事にはその塩は手に入らず、そして仮にその塩が手に入っても、それで十分という事はなく、まだ全然足りない……と」


 確認の為に口にする。


 すると、それには爺さんが答えた。


「そういう事だ。苦労の割にはその場しのぎでしかない。只それでも、今打てる一番現実的な手でもある」


「それで手に入れられる時間が貴重……って事か」


 俺の呟いたその言葉に、伝七郎は頷いた。


「その通りです。所詮は一時しのげるだけですが、今の私たちにとっては、一時しのげるだけでも価値があります。今のままではどうにもなりません」


 そして、改めて俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。助けてくれ――――と。


 伝七郎の声ならぬ声が聞こえてくるような視線だった。


 そりゃあ、出来るもんなら助けてやりたいが、正直これはかなり難しいような気がしてならない。ただ、かといって、俺にこの件に対する代案はない。


 正直この件は、こんな案でも出て来ただけで大したもんだと思えるような難しい問題だった。案をひねり出せただけでも、ラッキーなのである。もし、二水の町を奪い返していなかったならば、今以上に困った問題になっていただろうし、下手したら詰んでいたかもしれないのだ。


 と、なると、だ。


 またもや出来る出来ないではなく、やるしかないのである。最近こればかりだった。延々と綱渡りをしている気がしてならない。


 どんだけ長い綱だっつーのっ。


 心の中で大声で愚痴った。ただ、愚痴るだけ愚痴ったら、後はやるしかない訳であり……。


「ハァ……。分かった。安請け合いができるような簡単な仕事ではないが、なんとかしてくる。なんとかしないとどうにもならない以上、やるしかねぇよ」


 俺は思わず漏れた溜息とともに、承諾の言葉を口にした。


 すると伝七郎は申し訳なさそうに、


「毎度まいど大変な役目ばかり押しつける事になってしまって、申し訳ありません」


 と、頭を下げて謝ってきた。


 まあ確かに、やたらキツイ役目ばかりまわってきているような気がしなくもない。が、それは伝七郎のせいではない。強いて言えば、少々クサイが運命(さだめ)ってやつのせいである。状況が、俺にそれを強要しているだけであった。


 だから俺は、少し巫山戯ながら伝七郎の言葉を否定してやった。


「別にお前のせいじゃないよ。いいさ。早いとこ面倒くさい事は片付けて、国を安定させたら満足するまで自堕落な生活を送ってやるんだ。俺はその為に、今頑張ってるんだよ」


 綺麗な嫁うんぬんの部分は端折(はしょ)った。それを口にして思い浮かぶ顔が顔だけに、爺さんの前でそれを言う事は憚られた。


 ただ、そんな日が来るのはいつになるだろうなあ。いや、そもそも本当に来るのだろうか――とは思う。


 それは分かっている。ただ、こんなに苦労しているんだから、ささやかな希望を持つ事くらいは許されるべきである。


 だが爺さんは、そんな俺の心を見透かしたようだった。大層悪い笑みを浮かべた。しかも意地の悪い事に、口を開かずに、だ。


 その顔には、こう書いあるように俺には見えた。


 まー、無理だな。だが、望むだけならば自由だぞ――――。

5/2 人物紹介の所に、藤ヶ崎の町の周辺地図を追加致しました。宜しければ、ご覧下さいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が出来すぎでチート野郎でないところ。あるある感がちょうど良い。 [気になる点] 視点を変えた話がちょっと長い。
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