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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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幕 鬼灯(二) 神森武の奇妙な行動


 神森武は、将兵らを前にして檄を飛ばしている。口を読むと、狩りがどうとか言っていた。


 東の砦の様に蹂躙せよという事なのだろうか。


 東の砦を経た藤ヶ崎侵攻作戦では、継直の軍はほぼ全滅し、金崎家の三森敦信率いる軍も敗走という惨憺たる結果となった。報告書を読んだ限り、書かれている内容以上に完敗しているように思えた。


 通常、勝利者は己の勝ちをより大きく誇り、敗者は自分の負けをより小さく語るものだ。美和の町へと逃げ戻った兵らが語ったという言葉を草が書状にして届けた物や、藤ヶ崎の兵らが酒場で酔って語った自慢話、そして東の砦に人を送り作らせた調書――それらを総括してみると、どう取り繕っても繕いきれぬ完敗という文字が浮かび上がった。


 いや、惨敗と言った方がより確かかも知れない。藤ヶ崎を制圧するべく出した筈のこちらの大軍が、徹底的に情け容赦なく打ち破られていた。


 そして、あの戦をこの驚異的な結果に導いた人物――――それが、この神森武らしい。


 富山からの逃亡途中で、神森武は千賀姫らに合流したようだ。酒に酔った藤ヶ崎の兵曰く、「天から降りてこられた」との事だが、そんな事あり得ない。が、それ以前の神森武に関する情報は、今のところ何一つ出て来ていない。


 なんとも不思議だらけの人物だった。


 だがその神森武は、合流以降はすぐに軍の主要な人物となっていったようだ。そして報告書を読んだ限りでは、藤ヶ崎勢の快進撃は奇しくもここから始まっているように思える。


 実際に反撃を受けたのは北の砦からではあるが、戦う度に手痛い目に遭うようになったのは、神森武が千賀姫の家臣となった直後からだ。つまり、救出軍とは名ばかりの道永率いる千賀姫討伐軍が、道永以外一兵残らず皆殺しにされた所からである。


 時期的に見て、これは神森武が指揮をしてやったと見るべきだろう。そして、軍を率いていた佐々木伝七郎も、神森武がそうする事を許したと見るべきだ。


 そして、結果は道永以外誰も生き残らなかった。


 神森武が導いたと思われる戦果も、佐々木伝七郎の判断も、非常識極まる。が、彼らの反撃の前に、我々は大敗した。それが結果だ。


 そこから今の状況が始まったのだ。


 今では永倉平八郎と共に、その二人共が藤ヶ崎の勢力の中心にいる。


 そしてその神森武が今こうして再び兵を前にし、狩りすると言っている。兵の士気を煽っている。


 再度の侵攻だろうか。その可能性は低くない。


 そうなると、あまり悠長に構えているのは不味いだろう。早めに某かの手を打たないと、また後手後手を踏んで、気がついた時にはもう手遅れという状況になってしまいかねない。


 だが、私としてはやるべき事は何も変わらないか。急ぐ必要はあるかもしれないが、私の役目を考えれば、する事に変化はない。


 まずは報告。そして可能ならば、少しでも侵攻が遅れるように攪乱する事。


 次に、一刻も早く今の藤ヶ崎の内情を探る事。


 それから防衛後の反撃に備えて、藤ヶ崎を崩す為の穴を見つけるなり、方策を練るなりして上申する事。


 将兵の前で声を張り上げている神森武を見ながら、今後すべき事を整理していく。


 そしてとりあえずは、目の前の軍の動向について、もっとはっきりとさせる事が最優先だとの結論に至る。


 そうこうするうちに、目の前の『軍』に動きがあった。将らの馬が連れてこられたのだ。そのうちの一頭に神森武は乗ろうとする。


 しかし、神森武が乗ろうとした馬は突然暴れだし、神森武を振り落とした。その為、軍は動こうとする気配を止めた。


 三人いる将らしき人物の内、一人が神森武の乗馬を手伝っていたが、残る二人も神森武の落馬を見て慌てて駆け寄っている。そしてその三人の男らは、神森武の無事を確認すると、そのままもう一度馬に乗ろうとする神森武を手伝った。


 しかし、である。神森武は馬に跨がるが、手伝っている将が離れると、すぐに振り落とされたのである。何度も何度も。


 これは……。


 神森武は馬に乗れない――特に何に役立つ情報とも思えないが、面白い情報ではあった。あれ程の男がよもや馬にも乗れないとは、と思わず笑みが漏れた。


 その後も何度か神森武は騎乗を試みるも、ことごとく失敗した。結局、将と思われる一人の後ろに乗る事にしたようだ。


 そして、それと同時に目の前の軍が動き始める。


 痛い目に遭わされた神森武の、思わぬ間抜けな弱点に溜飲が下がったが、このまま呆けている訳にも行かない。軍が動き始めると、その動きを見守る自身の目に自然と力が籠もるのを感じた。


 軍は、そのまま訓練場である原っぱを出ていく。


 やはり侵攻か。


 本当に油断のならない将だ。先程不格好に何度も馬から落ちる姿を見ていてさえ、そう思う。なんというか、隙間を見つけてそこを突く事に長けている。今回も、おそらくは我々の気持ちの隙間を狙っての行動に違いない。


 そんな考えが頭の中を駆け巡る。が、今焦って動く訳にはいかない。


 移動中の今、五百にも及ぼうかという兵たちの視線が自由になっているからだ。今動くのは、見つけてくれと言っているようなものである。


 万が一にもそれらの視線に触れられぬよう、林の中でしゃがんだ姿勢を更に低く、無理に畳む。少々苦しい姿勢だが、見つかる訳にもいかないのでやむを得ない。


 そして、移動する兵列の最後尾が原っぱを出てしばらくしてから、私は林の中から外に出た。少し遠くに、まだ兵列の尻尾が見える。


 その様子を眺めながら、体に纏わり付いた枯れ草や枯れ葉をはたき落とした。


 覚悟はしていたが、着物がなかなか酷い事になっていた。枯れ枝にひっかけたり土に汚れたりで、大変無体な事になっている。が、仕方なかった。


 一つ深い呼吸をして、気持ちを入れ替える。


 あの分だと、あの軍の向かった先は北の門だ。町から出るには北か南しかないが、軍は北門へと続く道を歩いている。


 そうなると、その後は街道沿いに北上して北の砦を経由しての継直領へ進むか、御神川を渡りそのまま街道沿いに進み金崎領へと進むかのいずれかになるだろう。状況的には、七三(ななさん)で継直領といった所か。


 よし、ならば――――。


 私は三幻茶屋に急ぎ戻る。そして、着物の下に枯茶色の忍び装束を纏った。そして、数日凌げる最低限の旅支度をし、再び茶屋を飛び出る。


 茶屋に飛び帰って、朝っぱらからバタバタと旅仕度を急ぐ私に、紅葉は「姉さん?! いったいどうしたの?」と目を丸くしていた。が、細かく説明している時間がなかった私は、「ん、ちょっとね」と誤魔化し、もしかしたら幾日かは戻らないかも知れないがよろしくとだけ言葉を残し、すぐに藤ヶ崎の兵の後を追った。


 個人ではなく、軍の移動である。遅いものだ。この程度の時間の経過ならば、まず大丈夫だとは思われたが、急ぐに越した事はなかった。うっかり見失ったりでもしたら、大失態である。


 大丈夫。下手をしたら、まだ町の外に出ていないかもしれない。


 逸る気持ちを、そう落ち着かせながら、誰かに見られても怪しまれぬように、走らず足早に歩き北の門へと向かった。


 案の定、神森武が率いる軍はすぐに見つかった。まだ町の中という事はなかったが、町の北門を出てすぐの、街道上にその最後尾を見つける事が出来た。


 よし。


 とりあえず、これで一安心である。ほっと胸の息を外に吐きだした。


 そしてそのまま、つかず離れずの距離を保ちながら後をつけた。


 神森武率いる軍は、しばらくは街道に沿って北上していた。しかし、四半刻もしないうちに街道から外れて北西方向に進みだす。細い枝道へと入り、その道を進軍し始めたのだ。


 どういう事だ?


 神森武が何を考えているのか分からない。


 まだこの辺りは、藤ヶ崎の連中の勢力下だ。そして、このまま進んでも何もない。記憶が確かならば、この道はもっと細くなり、更に細い道へと別れていたと思う。遠回りにはなるが、道を選べば北の砦近くに出る事も出来た筈だ。


 だが、今この道を通る理由に見当が付かない。もし継直領を攻めようというならば、何も今の時点で、こんな枝道を通って移動する必要はないだろう。ここはまだ藤ヶ崎の連中の勢力下なのだから。堂々と街道を通って北の砦まで出てしまった方が、圧倒的に時間も早く移動できるし、労力も少ない。


 訳が分からなかった。


 頭が混乱した。


 だが、詭計を得手とする神森武の行動である。何かあるに違いなかった。訳が分からない時こそ、絶対に油断をしてはいけないと自分を戒めた。




 その後も後をつける。


 だが、街道なら兎も角ここらの枝道となると、女の一人旅というのは一気に珍妙なものになってしまう。着物こそ先程までとは違う地味な物へと変えてはきたが、それでも存在の奇妙さ加減で、目立つ物は目立つ。


 だから、ここからの追跡には、より一層の注意を払う必要がある。


 そうして注意深く、後をつけ続けると、しばらくして神森武の軍は止まった。とある山の麓で、簡易的な陣を敷き始めたのである。


 ますます訳が分からなくなる。


 あの山に何かあるのだろうか?


 ただ、記憶している限りでは何もなかった筈だ。


 山は枝道が通っている場所から更に少し奥にあり、村や里からもやや離れている。この場に至る細道に沿って流れている小川の水は澄んでいた。奥で何か大掛かりな事をやっている気配も、今のところ感じられない。


 では、なんでこんな何もないところへ?


 山の木々は彩りを競った日々を終え、冬支度を始めようとしている。季節の趣はある。人の気配も少なく、野を愛でるにはいいかもしれない。だが、それだけだった。それ以外には、これといった特徴も見出せないどこにでもあるような山だった。とてもではないが、わざわざ軍がやってくるような場所とは思えない。


 それでも、必死で考える。


 目の前の山を、遠く近くと眺めてみる。しかしどれ程考えても、わざわざここに陣を敷く理由が見当たらない。それこそ、さっき神森武が言っていた狩りぐらいしか、ここでやる事などないだろう。


 まさか……。


 軽く頭を振る。


 いやいや、たかだか狩りでこんな数の兵など動かす訳がない。


 何にしても、もっと詳しく調べてみないと何も分からない。山の中ならば隠れる場所にも事欠かないし、あの陣を見下ろせる場所もいくらでもあるだろう。


 私は道を逸れ林の中へと入ると、それまで纏っていた着物を脱いで忍び装束となった。そして、脱いだ着物を包んで背中に背負う。


 そののち林を分け入って奥へと進み、神森武が陣を敷いた山へと、大きく回り込んで入山した。

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