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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
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第十二話 転迷開悟 でござる その一

 それからはもう大変だった。急いで晩飯を食うと、兵を二つに分けて、途中交代で夜間も作業に当たらせる。突貫作業を続ける事になりそうだ。


 昼間は当然全員稼働させるしかないし。まいったなあ。大丈夫だろうか。


 ほんとは戦闘に備えてもっと兵に休養を取らせたい。でも、敵の到着に間に合わなかったら元も子もない。やむを得ない、か。


 各所に指示を飛ばし、具体的な作業を各現場で詳細に説明する。それを終えると、俺は伝七郎とともに千賀の元へと赴き、三人を水島の将とする旨、承認するように依頼する。


 一緒にいた婆さんはそんな事を勝手に決めてどうたらと噛みついてきたが、伝七郎のとりなしでしぶしぶ引き下がった。


 もう一人。同じく一緒にいたお菊さんは、黙ってじっと俺の顔を見ていた。とても澄んだ瞳で見つめられる。最初の時みたく睨まれている訳ではないのだが……。


 美人に見つめられるのは非常に落ち着かない。もっとも美人じゃなければいいかというとそういうものでもないが……。如何せん、俺の経験の中に女に見つめられるという経験そのものがない。精々鬼のような顔した母ちゃんに説教された時のそれくらいしか記憶にない。


 落ち着かないので、思わず手を握ってデートにお誘いしたくなったが、今はじっと堪えた。我慢ができる子な俺って偉いと思うのです。


 だいたいこの切所を乗り切らねば、デートも糞もないのだ。この神森武ともあろう者が、デートの一つも誘えぬ程追い込まれようとは……情けない。


 親父の葬式となら、デートを優先する気満々のこの俺が、だ。……屈辱だ。


 まあ、俺の限界は見えているが、それは見て見ないふりをしておきたい。母ちゃんの葬式だと祟られそうだから、親父だけになっている事には俺も気がついている。


 その昔、俺の屍を越えてゆけっっと吠えていた親父なら、きっと理解してくれるであろうが、そんな親父と俺の熱い親子の触れ合いを冷めた目で眺めていた母ちゃんはきっと駄目だろうと、私めは思うのであります。


「ん~。眠いのじゃ。それで、たける。その三人を妾のしんかにすればよいのかや?」


「おう。近いうちにパパッと任命してやってくれや。これからの為には絶対に必要だからな? 千賀の、水島の為にはそうしておくべきだ」


 婆さんは俺が千賀と呼ぶたびに顔を般若のようにする。が、俺は姫様なぞと呼ぶ気はさらさらないぞ? 当の千賀はなんも気にしてないしな。つか、なんも感じてないだろう。


「む~。でんしちろーもそれでよいのかや?」


「はい。それでよいかと思います」


「う、みゅ。わかったのじゃ。じゃあ、しんかにするのじゃあ……」


「では、姫様。彼らの作業が済み次第、任命式を執り行いましょう。こんな状態ですので、略式にもなりはしませんが、姫様がおられれば、式の形式など然したる問題ではありません」


 伝七郎がそう段取りを決める。千賀は一生懸命堪えてはいるが、もう半分舟をこぎ始めている。時間がなかったから、こんな時間に訪ねてしまったが、幼子はもう寝る時間だ。


「すまなかったな。こんな時間に訪ねちまって。でも、本当に大事なことだから、勘弁してくれな? じゃあ、千賀。おやすみ」


 俺は部屋を出る前に、千賀の傍に行き、そう言いながら頭を一つ撫ぜた。


「…………」


 千賀は驚いたのか、さっきまで微睡んでいた目をパチッと見開くと、きょとんとした顔で俺を見上げてくる。そして、その直後、にぱっと笑った。


「たける。おやすみなさいなのじゃ」


 千賀は愛らしい笑顔でそう返してきた。




 伝七郎とともに陣内に新たに作った作戦会議室に戻る。作戦会議室などとはいっても奥の一部を更に陣幕で区切っただけではあるが。


 天井のない部屋の空には星が輝き、風は今、山より吹き降りている。


 あの三人も、兵たちも懸命に作業を続けてくれている事だろう。


「さて、これで後は偵察が戻るのを待つのみか。奴らが早く到着しないように心静かにお祈りでも捧げておくか?」


「ははっ。お祈りですか?」


「人事を尽くして天命を待つって奴だな。もう最大限急いだ。これでなお準備完了前に到着される事になろうものなら、神様張り倒す方法を真剣に考える所存だ」


「くくっ。貴方は面白いな。武殿」


「そうか?」


 実際、偵察が戻らないと次のアクションは取れないし、もっと言うなら、準備が終わらないとどうにもならない。まあ、一応最悪の事態を考えて、準備の順番は指示してあるが……。


「今日はもう寝ておくか。作業してる奴らには申し訳ないが、無駄に体力使うのは愚かすぎる。休めるうちに休んでおかないと、いざという時に不覚をとるはめになるかもしれん」


「そうですね。今日はもう休みましょうか」


「ん。ところで俺はどこで休めばいいんだ? ここで寝てもいいのか?」


「あー、はい。あまり余裕がなくて、姫様たちの所以外は場所も仕切ってなかったのですよ。雨になれば屋根がある所に移動しなくてはいけないですし。そもそも、そんな贅沢考える余裕がなかったので……。すみません。ここでも、どこでも結構ですので、お許しください」


「あー。まー、そりゃそうか。つか、雨は大丈夫として、こんな所で寝て、露と虫は大丈夫か?」


 俺は率直な疑問として奴に尋ねたつもりでした。当然だと思います。しかし、奴は目を逸らして、こんな事を言いやがりましたっ。


「……。住めば都と言うくらいです。慣れれば都ですよ。武殿」


 なんてこった……。




 まあ、なんのかんの言いつつも、俺も今日は色々な事がありすぎた。つか、今日の俺ほど密度の濃いイベントこなした奴はそうはいないに違いない。結局、横になった瞬間、夢すら見ない深い眠りに落ちる事となった。


 翌朝目を覚ますと、侍女たちが朝飯を作ってくれている。昨日の晩飯は正直何を食ったのかも覚えていない。ただ、なんかをかき込んだ記憶があるだけだ。今朝は、穀物の粥のようだな。それに川魚……だろうか? 魚を焼いている匂いがする。


 そんな料理をする侍女たちを眺めていると、伝七郎も部屋の縁でむくりと身を起こした。


「ああ。武殿。おはようございます。よく眠れましたか?」


「ああ、おはよう。疲労は最高の睡眠薬だな。合う合わんの問題ですらなかった」


「そうですか。まあ、なんにしても眠れたなら、結構なことです。慣れてないと野宿に近いこれは結構大変ですから」


「だろうな」


 伝七郎とそんな他愛のない話をしていると、お菊さんが顔を洗う水とともに、朝飯を運んできてくれる。やはり、粥と焼き魚のようだな。こんな状況では贅沢なぞ望めん。食えるだけましと思うべきだな。


「やあ。おはよう。お菊さん。今朝もお美しい」


「……おはようございます。武殿。食事と洗面用の水はこちらに置いておきますね」


 さらっと受け流されて、事務対応。ぐ、ぐう。厳しいな。でも、俺負けないもん。あれ?


「伝七郎。おまえ魚きらいなのか? こんな状況で好き嫌い言ったら、お父さん許しませんよ?」


「は? ああ、いえ。近くに川があるとはいえ、こんな状況ですから。私たちは粥だけです。姫様と武殿だけですよ」


 う……。かなり恥ずかしい勘違いをしてしまったんだぜ。つか、そこまで気を使わなくてよろしい。


「わかった。今回はおまえらの気持ちとして、有難くこの魚は戴こう。でも、次からは皆と同じでいい。えーと、お菊さん。そう言う事だから。以降は千賀だけでいい」


「……はい。畏まりました。武殿」


「武殿……。気を遣わせてしまってすみません」


「構わん。つか、むしろおまえが気の使い過ぎだ。この状況で贅沢させろなどとは言わん。つか、贅沢できるように俺がしてやるわ。楽しみにしてろ。まー、その前にここに向かっているなんとかいう屑どもをおもっきりシバキ倒さねばならない訳だが」


「……武殿。ふ、ふふっ。はい。楽しみにしてます。頑張るとしましょう」


「……………………」


 俺たちは粥をザブザブとかき込み、更に俺は頭からバリバリとその小さな魚の焼きものを胃に収めた。




 午後、作業はまだ続いている。現在の予定では今日の夕刻作業終了だ。俺が考えていたより大分早い。


 作業の進み具合は極めて順調だ。


 でも、時が進むにつれ、気持ちがどんどん、どんどん焦ってくるのを感じる。ただ単純に焦っているのか、それとも、俺の耐えられる限界を超えた緊張が焦燥感を生んでいるのか。それもだんだん分からなくなってくる。


 そして、遂にはそんなある意味では前向きともとれる焦燥感だけに留まらず、隠れていた逃げだしたい、投げ出したいという弱い心も再び姿を現し、じわり、じわりと育ちだす。


 色々と具体的な対応を考えている間は良かった。そんな事に費やす余分な脳みそはなかったから。


 でも、様々なものが俺の手から離れて、余計な事を考える時間ができてしまうと、それらが一斉に羽化しようと蠢きだす。


 更に皮肉な事に、普段よりも神経質になっていると認めざるを得ない今の俺の感覚がそれらの一つ一つを認識してしまう。


 そして、更なる侵食へと繋がっていく。次々と心を揺さぶりだす。


 決戦の時は容赦なく近づいてくる。一秒近づけば一秒分、俺の心に要るもの要らないもの関係なく様々な思考が降り積る。


 だんだん、だんだん今の自分の気持ちが自分でも分からなくなってくる。なんか、いろいろ混ざりすぎて真っ黒だ。


『まだだ。まだ着くなっ。早く終われ』


 心の声は相変わらず焦ったままそう繰り返し、願い続けている。今の状況では、適切ではないが順当な感情ではある。決しておかしくはないだろう。でも……。


『もうやめよう。俺には関係ないじゃないか。投げて逃げてしまっても、俺にはなにも損はない』


 ちょっとした隙に囁いてくる。


『信頼を裏切るつもりか?』


『勝手に信じたのはあいつらだよ』


『違うっ。俺が信じさせたんだろうがっっ!』


 やると決めた筈なのに、弱い自分が(そそのか)そうとする。


『他人のせいにするのは楽だけどな? 信じさせるだけ信じさせて、ちょっと追い込まれたら、すぐにケツをまくる……そういうのなんて言うか知ってるか? そういうのの事をかっこ悪いって言うんだよ』


『耳触りの良い事言うのも、いかにもかっこいい事を言う事も、楽だし簡単だよ。言うのはタダだからな。でも、平和な日本でのほほんと暮らしていたお前に人が殺せるのか? 殺せと命じる事ができるのか?』


 否定する為の理由、やれない理由を次から次へと用意する。


()らねば()られる。必要なら()るさ、当然だろ』


『頭で理解するのと、実際に手を血で染め上げるのはまったく違うぞ?』


『違うから……違うから、なんなんだよっ!』


 そんな俺の心はみんなには見えない。だから、俺の言葉を聞いてくれている。信じてくれている。頑張ってもくれる。俺の予想では、作業は今日の夜半前ぐらいまではかかるだろうと思っていた。それ故に最悪間に合わないかもしれないとすら考えていたのだ。


「ほんと、みんなよく頑張ってくれているよ。ぽっと出の俺なんかの指示に従って。そりゃあ、実際はおまえを信じてやっているんだろうが、あの三人は確実にこれが誰の案なのか知っている訳だからな……」


「彼らも納得してやっているという事でしょう。本当に有難い事ですね」


 伝七郎が俺の独り言に相槌を打つ。でも、その通りだ。本当に有難い事だ。


 ────でも、今の俺にはそれすらも重く感じるんだ……。


 おかしい。こんなの俺らしくない。


「それで……」


 偵察隊はまだか? と聞こうとした。そしてまさにその時、とうとうその声が飛び込んで来る。


「偵察戻りましたっ。八島道永率いる足軽二百騎馬二十。ここより北西に二里。狭道の入り口にて陣を張る模様。前線より撤退した兵は全員後方に下げて、今回連れてきてはいないようですっ」

11/26 千賀への任命依頼のシーン

武 明日にでも→近いうちに

伝七郎 明日の昼にでも→作業が終わり次第


に変更 意味は通じるのですが、違和感があると思いますので。実際の任命式は翌々日です。作業優先です。これは意図してやったのではなくうっかりです。幕間の執筆中に気が付きまして、修正させていただきます。失礼しました。

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