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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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幕 鬼灯(二) 藤ヶ崎の訓練場にて




 翌朝、陽が昇る前に茶屋を出る。


 このところ藤ヶ崎勢の動きが活発なようだ。一度、自身の目でも見ておかなければならない。


 昨日銀杏からの報告書を読んだ後、里の草から届いた書簡にも目を通した。そこに書かれていた事も気になった。



『水島家は、体制そのものを大きく変更している可能性あり――――』



 そう記されていた。


 町にやってくる足軽やら同心やらの話を拾ったり、それとなく館の人間の様子を探ったりしてみたところ、その可能性が極めて高いと思われるという報せだった。


 集められた情報が列挙されており、そう思うに至った経緯は記されていなかった。書簡の最後に、ただ一文で体制変更の可能性について言及されていたのである。


 通常草から上がってくる情報には、草の意見が記される事はない。それを判断するのはその情報を受け取る側であり、余計な意見はその情報の意味をねじ曲げる恐れがある為、意図的に省かれるのだ。だが、今回はそれがあった。つまり、記載されていない部分で、間違いないと確信出来る状態であるという事なのだ。


 それに、昨晩の紅葉の言葉も気にかかる。


 私がこの藤ヶ崎に戻ってくる少し前に、町の通りに高札が立ったらしい。


 内容は――水島家の統治下では、士族、農民、町民関係なく、領民すべてに戸籍を登録する事を義務づける――というものだったとの事だ。


 この話を聞いた時には、三幻茶屋をはやめに作っておいてよかったと心底思った。


 町民すべてに戸籍が出来た後では、草を忍ばせる事すら今よりもずっと難しくなるだろう。まして茶屋のような拠点を作ろうとするならば、なおの事である。かと言って、慌てて作業を進めようとすれば、戸籍と照らし合わせて簡単に足が付いてしまう。


 これを回避できただけでも、御の字だったと言うべきだ。


 そんな事を考えながら、水島の館がある方へと足を向けた。


 館で下女をしていた頃とは化粧を変えているし、話し方も大きく変えている。館にいた時もなるべく目立たないように気を配っていた。


 かつての同僚に真正面からまじまじと見られでもしない限り、まず気付かれる事はない。


 問題はない。


 考え事をしていて、さっきまでどこを見ていたのか思い出せない視線を天に向けてみた。空は秋晴れで、青く広かった。


 その時、ヒュウッと木枯らしが吹き抜けていく。ぷるりと身が一つ震えた。


 ああ、そろそろ冬も近いか――――そう感じた。




 風の冷たさを感じながら、館のある方へと歩いて行くと、具足に身を包んだ足軽の姿を見かけた。


 その姿を確認すると、怪しまれないように自然を装い道の端へと寄った。そして、そのまま歩く速さを落とし後をつける。某か得るものがあればいい――そう思いながら。


 男は私がつけている事には気がつかず、そのまま普通に歩いて館の方へと向かっていた。欠伸をしつつ、尻を掻きながら気怠そうに歩いている。


 具足姿の割には、少々緊張感に欠けていた。


 なんだろう。


 気取られぬように、つかず離れず、そのまま尾行を続ける。


 しばらくすると、足軽仲間なのか、一人合流して増えた。示し合わせたような様子もなく、ただの偶然のようだ。その合流した方の男も、やはり具足姿で長槍を持っていた。


 解せない。


 戦? だが、二人ともこれから戦場に向かうような顔つきではない。


 警備だろうか? 館の警備ならあり得るかも知れない。しかし、当主のいる館の警備で雑兵を使うのだろうか。体制が変わったとの事だから、そういう方針になったのかも知れないが、少々考えにくい。かといって、館以外の警備となると向かう方向が変だ。


 やはり納得のいく答えが出ない。


 もう少し探ってみた方がいい。


 そう結論すると、もう少し後を追う事にした。


 しかし、程なくこのまま後をつけるのは、諦めざるを得なくなった。兵らは、水島家が兵の調練に使っている原っぱのある方向へと向かったのである。


 ただの町女が向かう場所でも、偶然通る場所でもない。


 ちっ。


 思わず、小さく舌が鳴ってしまう。


 とは言え、このまま放置という訳にも行かない。あの緊張感のなさ具合だと調練の可能性も低くはないが、ここ最近の藤ヶ崎勢の活発な動きが、ここで引き返す事を私によしとさせなかった。


 なにせ完全に戦支度が済んだ姿である。仮に調練だったとしても、只の調練である訳がないからだ。


 視線を前方から戻し、自分の身なりを確認する。


 装いは町娘然としたものだ。町娘を装って探るつもりだったのだから、当然である。


 だが、桔梗の描かれたこの空色の着物は、隠れようとすると逆に目立つ。人の中に紛れるにはよいのだが、単純な隠密行動には極めて不向きな色合いだ。


 だが、今から着替えてくる時間もない。このままでなんとかするしかないだろう。


 私は心を決めて道から逸れる。横の藪の中へと分け入った。低木の枝や枯れた蔦などが着物に引っかかる。が、構わず奥へと進んだ。


 そして大きく回り込みながら、水島家が調練に使っている原っぱが見える位置まで移動していく。


 あの二人が向かった方角から見当をつけたのだが、大当たりだったようである。すでに、大変な数の兵たちがそこにいた。


 自分の感を信じて良かったと、本当に思った。ぱっと見ただけでも、そこには五百程の数の足軽がいると思われた。小さな町くらいならば、十分に攻め落とせる戦力である。


 もしかすると調練ではなく、本当にこれから攻め込む為に集まっているのかもしれない。この前仕掛けてきた侵攻から間をおき、継直の所の将兵らがほっと気を抜く瞬間を待っていたのかも知れない。


 あんな侵攻計画を立てたり、北の砦の兵たちを使って継直に罠を仕掛けたりするような奴らである。そんな事を考えていたとしても、何も不思議はなかった。


 これは絶対油断をしてはいけない相手だ。忍びとしての感がそう言っている。


 気がつくと、無意識にぎゅっと拳を握っていた。


 いけない。冷静になろう。


 静かに、しかしやや大きく呼吸をする。そして、身を低く伏せ木の陰に隠れながら、注意深く観察を続ける事にした。




 多分それ程の時間は経っていない。が、それでも緊張のせいか、もう随分こうして隠れているような気がする。


 相応しくない出で立ちで林の中に屈み隠れながら、先程からずっと原っぱの様子を眺めている。


 足軽ばかりではなく、将もいた。兵たちの前に立っている三人。あれは、おそらく将の筈である。


 にも関わらず、目の前の将兵らはまだ誰かを待っているようだった。


 誰を待っているのだろう。永倉平八郎か佐々木伝七郎か、それとも……神森武か。


 佐々木伝七郎と神森武。この二人には特に気をつけろと道永は言っていた。名将と名高い永倉平八郎よりも厄介だと言っていた。佐々木伝七郎は伏龍、神森武は鳳雛との二つ名で、ここのところ藤ヶ崎の町でも庶民がその名を口にしている。その二人だ。


 伏龍・佐々木伝七郎の方は、今考えれば水島家の前当主が健在の頃から、すでにその才能の片鱗は見せていたと道永は言っていた。ただその片鱗が『知』であった為、当時の道永や家中の将のほとんどは、それを軽んじたそうだ。


 間抜けが過ぎたと、苦々しげに吐き捨てた道永の表情がとても印象的だった。まるで肝でも舐めたかのように、その顔が歪んでいたのである。


 あれは、自分の知っていた八島道永という人物がしたものとは、とても思えない表情だった。追い込んだつもりが逆に追い込まれて、完全に人が変わってしまったようである。


 もう一人の危険人物――鳳雛・神森武。


 千賀姫を連れた佐々木伝七郎が館に到着してから、急に館でも町でも名前を聞くようになった男。気になり近づいた私を一目で間者と見破った男。そして、道永をあそこまで変える程に追い込んだ張本人。


 とにかく非常識な人物ではあるが、恐ろしい程に切れるとか。


 鷹のような目と、敵の急所を一噛みにする獅子の牙を持つ知将――道永は神森武をそう評していた。


 それにしても皮肉なものである。あれほどに自信家で自惚れが強く、武一辺倒の嫌いがあった道永が認めた若者が、共に知を武器に戦う者だというのは。


 そんな事を考えていた。


 すると、一人の男が将兵らの方へと歩いて行くのが見えた。


 神森武……か。


 今日の自分は本当に幸運だったと思う。こんな大物が、町の一つも攻め落とせそうな数の将兵らの前に出て来たのだ。何もない訳がない。


 これを見逃していたらと思うと、ぞっとせずにはいられなかった。

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