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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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幕 鬼灯(二) 銀杏の手紙




 大和国・旧水島領の外れの村で八島道永を金崎に誘った後に、そのまま金崎家本拠のある美和の屋敷へと向かった。当主の金崎惟春に道永を面通する為だ。


 そしてその後に、私は再び藤ヶ崎へと戻る事にした。


 道永の引き抜きが成功した件では、惟春も大いに喜び大変満足そうにしていた。あの分ならば、始めはそれなりに扱われる事だろう。あとは道永次第だ。それ以上は私が心配する事ではない。


 そもそも私としては、雇い主殿が満足したのならば、それでいい。仕事は果たした。それで十分である。


 ただ、これで後は知らぬという訳にもいかないだろう。私が惟春に繋いだという事実のせいでもあるが、何より八島道永という男の為人(ひととなり)のせいだ。


 あの男は極めて野心の強い男である。今回の鞍替えにもそれは強く現れているが、継直の所の情報を集めていた時から、それは分かっている。野心的で欲が強い男。しかし強く、それなりに頭もまわる男。それが、私が見た八島道永という男だ。


 道永は確かにあの藤ヶ崎勢と直接刃を合わせた経験を持つ貴重な人材ではあるが、その起用には注意が必要なのだ。粗末に扱いすぎても、重用しすぎても不味い人材なのである。


 とはいえ、私らの方に影響がない内は、多少の事には目を瞑っておけば良い。そこまで気にしてやるほど金崎に義理を感じてはいない。私としては、契約に則って粛々と仕事をすればよいだけの事だと考えている。


 それに今回の件で、道永の資質以外の部分にもやっかいな問題を抱える事になるのだ。あまり道永本人のみに(かかずら)ってばかりもいられないのである。


 あの男は旧水島家でも足軽大将を務めていたし、継直の元でも同様だった。更に千賀姫の追撃隊の大将を任された。


 これは、その程度には名前が通っていたという事を意味している。


 そしてそんな男が、追撃隊を率いて実際に千賀姫を襲った。その事により、いま藤ヶ崎にいる水島家の連中との交戦経験を得た。


 これは金崎家から見て魅力的な部分であると同時に、非常に厄介な問題点をはらんでいる部分でもあるのだ。


 水島家から見ると、幼い当主を実際に襲った奸賊である。それを幕下にいれれば、先の東の砦襲撃の件で交戦状態にある藤ヶ崎勢の感情をひどく刺激する事になるだろう。それは即ち、今後の金崎家と藤ヶ崎の水島家との関係が決定してしまうという事である。もう、継直との同盟によりやむを得ずといった建前なども通用しなくなるのだ。


 継直の所にしても同様である。


 継直にとって道永一人などどうでもよい事であろうが、継直を裏切った事自体は決して許さないだろうし、裏切らせた事が継直の知るところとなれば、私にも当然危険が及ぶ。


 一将軍の動向がもたらす影響としては、決して小さくはない。


 結論として、『八島道永』は金崎家にいてはいけないのである。


 まずこれを、絶対になんとかしなくてはならなかった。




「鬼灯様。お帰りなさいませ」


『三幻茶屋』に戻ると、紅葉がそう言って出迎えてくれた。


「『由利(ゆり)』? この町にいる時は、私は『葉月(はづき)』だよ。何時どこに目や耳があるか分からない。普段から私たちは姉妹。分かるね?」


「あ、はい。姉さん。おかえり」


「そう、それでいい。ただいま、由利」


 つい、ではあろう。紅葉は、班の長としての私の名で呼び、その様に応じようとした。


 しかし”今の”私たちの関係としては、それは不自然で不適切なものだ。だから、それを注意したのである。


 私たちは今、三幻茶屋の三姉妹――葉月、由利、美空なのだ。


「まだ美空は戻っていないのかい」


 私たちからは大きく歳が離れた末妹役を務める――『銀杏(いちょう)』という娘がいる。紅葉の本当の妹である娘だ。


 その娘の姿が見えなかった。


 銀杏はまだ子供ではあるが、諜報に関してはすでに頭角を見せ始めている見所のある娘だ。自身の幼さまでをも利用して情報を集めてくるのだ。


 だから二水の陥落を聞いてすぐに、そちらの情報収集に当たらせていた。


「えっと、先日手紙が来てたかな? 姉さんの机の上に置いてあるよ。けど、本人はまだ帰ってきていないね」


「そうかい」


 そう紅葉に返事をすると、”私の”机がある部屋へと向かう。


 本来そんな物があるのは不自然なのだが、草や里とのやり取りがある以上どうしても必要だった。無論、そんな机を置くことが出来る部屋共々の話だ。


 その為、この茶屋には隠し部屋が造られているのである。忍び屋敷と比べれば、仕込まれた絡繰りの数などは大した事がないが、この茶屋にもそういった仕掛けもいくらかは施してある。


 居間の壁の一つを押すと壁が回る。その先は、茶屋の建物に併設された隠し部屋へと繋がっている。茶屋のすぐ隣には納屋があるが、その納屋との間の狭い隙間に、細長い隠し部屋が造ってあるのだ。もちろん人一人分の横幅しかない、とても狭い部屋だ。


 灯した油皿を持ち、隠し扉の向こうへと進む。数歩程度はむき出しの土と木の壁しかないただの空間だが、突き当たって右下あたりの壁を押すと、ここも回るようになっている。そして、そこの中が隠し部屋となっているのだ。


 部屋の広さは一畳半ほど。本当に小さな小さな部屋である。


 そしてその中に、小さな机が一つと筵が一枚だけ置いてある。


 手紙などは読んだらすぐ燃やす必要があるものがほとんどなので、この程度の広さの部屋でも十分用が足りた。しかし、物によっては保管しておく必要があるものもある。そういった物はまた別の場所に保管するようにしている。そういった物は、より厳重に秘密を守る必要がある為、この程度の部屋では不安だからだ。


 隠し小部屋に入ると、紅葉が言っていた銀杏からの手紙――報告と、もう一つ。封がされたどこぞからの連絡らしき書簡が机の上に置いてあった。


 銀杏の方は、右下に銀杏の葉の絵が描いてあるのですぐに分かった。が、もう一つの方は、表にも裏にも何も書かれていなかかった。


 油皿を机の上に置き、机に前に座る。そして、慎重にその書簡の裏側右下あたりを、その油皿の火で炙ってみる。


 すると、うっすらと『神楽(かぐら)』の文字が浮かんだ。『神楽の里』の者の印である。おそらくは、草からの連絡だ。


 とりあえずそれぞれの出所が確認できて、ほっと一つ息を吐く。


 そして腰を収まりよいように動かした後、銀杏の方の報告から目を通していく事にした。




 銀杏からの報告の内容は、二水の町陥落前後についての町民達から集めた情報と、二水から三沢に向かった藤ヶ崎の軍の様子について書かれていた。


 いま現在では、この二水を落した軍勢が向かったらしい三沢の町も、すでに落されている。その情報は届いていた。だからこの報告は、現時点での藤ヶ崎勢の挙動という意味では情報の価値はない。


 しかし、ここ藤ヶ崎を本拠とする水島本家の軍を測る事が出来る極めて貴重な情報であった。


 銀杏を送り込んでよかったと思う。期待通りのものをもたらしてくれた。


 そして、その報告に目を通していくと痛切に感じる。


 やはり違う、と。それがよく分かった。


 ここまで組織的に、且つ迅速に動く軍勢など私は知らない。当の水島家ですら前当主の頃にはそんな軍勢はなかった筈だ。


 当時の水島家も名将永倉平八郎に率いられ、すばらしく強かった。


 が、それと比べても、今の藤ヶ崎の兵は比較にならぬ程強い。いや、これは語弊があるか。兵は同じ筈だ。挙動が違うのだ。


 この報告書は、今後に向けての極めて価値のある資料と言えるだろう。継直を補佐する為にしろ、金崎の依頼をこなす為にしろ、継直、金崎の間を上手く泳ぐ為にしろ――価値がある。


 目線を書状から切り、机の上の油皿をぼうっと眺め考える。


 目の前で灯る油皿の明かりのように、私たちの立場は小さく儚い。一扇ぎされれば、容易に消え、すぐに真っ暗な闇の世界だ。


 そんな私たちにとって、情報はただ一つの力だ。銀杏が寄越した報告書を読みながら、改めてそれを噛みしめた。


 ”今の”藤ヶ崎の勢力の印象を固めるべく、もう一度報告書を読み直す。


 読めば読む程、従来の士族の軍とはほど遠い軍。動きが速い。まるで軍の運用は風のようだ。無駄が少ない。


 書かれている文字を追えば追うほど鮮明になる異常さ。あっという間に町を三つも落した訳だ――――との感想しか出てこなかった。


 定石を無視して動かしている人物がいる。それが明確に見て取れる。


 佐々木伝七郎――俊英と名高い佐々木家の跡取り。千賀姫の守り役。その噂に違わず、彼は見事千賀姫を富山から連れ出し、藤ヶ崎まで百名足らずの兵で見事逃げ延びてみせた。彼だろうか?


 だが、神森と呼ばれていた若い男。あの男も怪しい。あっさりと私の正体を見破った慧眼。永倉平八郎相手にまったく引かなかったあの肝。なにより、あれ程の事がやれる人間だというのに、今までその名をまったく聞いた事がない。しかも、その名が出ると同時に、藤ヶ崎の水島軍の挙動がガラリと変わっている。こちらの方も臭う。


 まず間違いなく、この二人のうちのどちらかが原因の筈だ。今後更に情報を集める必要がある。


 いずれにせよ、厄介な相手である事だけは確かなのだ。


 だが、私は悲観していない。


 むしろ、


 ――――面白い事になる。


 そう思っている。自然と頬が緩んだ。


 一応金崎に雇われている身としては、敵である者たちが手強いのは嬉しい事ではない。しかし、私、いや私たちは忠義をもって仕えている訳ではないのだ。ただの雇われ者――金崎の銭に仕えている身である。


 だから、我が身をより高く売れる機会が訪れたという事は、ただただ喜ぶべき事なのだ。

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