第百二十四話 おっぱいがいっぱい でござる
まあそんな事を考えていても、先程から俺の目は、注文した品を持ってきてくれた女の子の胸に固定されてしまっている訳ですが。
しかし、それを誰が責められようか。
現に信吾の奴も、目だけはしっかりとその女の子の胸を見ていた。
糸目だからって誤魔化せると思っては駄目だ。このむっつりさんめ。だが、同じ男として気持ちはよく分かる。これが目の前にあれば、そりゃあ見ざるを得ないだろう。
「……コホン」
はっ。
あまりのおっぱい具合に、思わず失念していた。大きくてマロマロとしているおっぱいに目を奪われている場合じゃなかった。
本能に従いガン見していたが、俺ってば今デート中だった。これは非常にまずい。
女の子と一緒というシチュエーションに慣れていなかったのが敗因だった。いつも通りの感覚で、本能のままに行動してしまったのだ。
恐る恐る視線を横にやる。回す首が、ギッギッと錆び付いたような音でも立てそうだった。
オウ…………。
なんて良い笑顔なんだ。お菊さん……。
はい。それからお茶を飲みつつではあるものの、こんこんとお説教を受ける事と相成りました。「女子の胸をそんなに凝視するのはいかがなものでしょう」という言葉に始まり、なぜか今は「あれ程ではありませんが、私の胸もそれなりにはあります」という話に変わっている。
そう言われて、俺はお菊さんの胸を見てみる。
確かに、印象よりもずっとあるようだった。お菊さんは、立つと俺の口元あたりにおでこがくるので、こちらの女にしては背が高い方である。その背の高さと着物を着ているせいで、確かにそこまで大きくは見えないのだが、よく見ると確かにこう、手の平から少し零れるくらいの大きさなのだ。実に丁度良さそうな感じに実っているのである。
すばらしいじゃないか。
俺は感動した。
が、顔を上げると、お菊さんは顔を赤らめながら、キッとまなじりを決しておったとです。それを見て、自分が一心不乱にお菊さんのおっぱいを凝視していた事に気が付いた。
……やっちまった。
しかし、後の祭りだった。どうしてこうなったと思わずにはいられない。
魔乳のお嬢さんは、お菊さんの更なるお説教が始まると、面白そうに笑ってそのまま店の奥へと戻っていった。
なんというか、多分慣れてるのだろう。あれだし。
こういう男の反応は日常茶飯事なのだと容易に想像できた。なんというかプロだった。
しかしその一方、女がらみで満遍なく素人である俺は、店の前の道を行く女たち――特におばちゃん連中にニヤニヤとした視線を向けられ、若い男どもには嫉妬に満ちた視線を向けられ、恥ずかしいやら情けないやらで大変な思いをする事になった。
俺は吹っ切れも潔さも足りない未熟者なのだと痛感させられた。男として、どう見ても要修行であった。
だが俺としては、一つ糾弾したい事がある。
それは、この場で唯一、この気持ちを分かち合え得る筈の信吾が、触らぬ神にたたりなしと知らぬふりを決め込んでいる件についてだ。警護の仕事に打ち込んでいるフリなんかしていやがるが、小刻みに震えている肩が今の奴の心の内を如実に語っていた。
それを見て、さっき俺同様にけしからん乳を鑑賞していた事を、おきよさんに絶対垂れ込んでやろうと心に決めた事は言うまでもない。
かと思うと、本当に無関心な童もいた。
その童は、団子が運ばれてきて以降、ずっと団子と格闘をし続けている。それはいい。微笑ましい光景と言えよう。
しかし問題は、自分の分を食い終わって、俺の皿に手を伸ばしている事である。
団子を串から一個口の中に入れる度に、「甘々なのじゃ。おいしいのじゃ」と、ほっぺに手を当て目を輝かせていた。
先日の鳥に引き続きの侵略である。
しかしお菊さんは、そんな事は知りませんとばかりに完全にスルーして、人差し指をフリフリお説教を続ける。そのため俺自身による迎撃も一切許されず、一本また一本と減っていく皿の上の団子を、俺は黙って見ている事しか出来なかった。
まだ、お菊さんのお説教は続いている。
そして俺の皿の上から完全に団子が消える頃、先程呼び込みをしていたお姉さんがこちらへとやって来るのが見えた。一息つきに戻ってきたのだろう。
「あら、さっきのお兄さんじゃないかい。何、怒られているんだい?」
店の前までやってきたお姉さんは、お菊さんに叱られている俺を見ながら、目を丸くしてそう言った。
だが俺は答えなかった。というか、答えられなかった。
お姉さんのおっぱいに釘付けだったからだ。
だが、ここで俺は言いたい。
これは先程からおっぱい続きだったせいだ、と。
言い訳ではない。ナチュラルに視線がそちらへと行ってしまっただけなのだ。
そして、おっぱい評論家と化した俺は思う。
やはり、こちらも負けず劣らず立派である――と。
ただこちらは、先程の娘よりも背丈もあるし、全体的に色気があった。仕草や物腰などとバランスがとれていた。そのせいであれ程におっぱい単体のインパクトはない。しかし、改めておっぱいだけを見るとすごいというしかない。
さっきの魔乳を回避していても、多分俺はここで怒られた事だろう。どのみち、今日の俺はおっぱいの事で怒られる運命だったのだ。それが確信できる程度には、お姉さんのおっぱいもご立派でございました。
段々と、この茶店がトラップハウスに見えてくる。怒られると分かっているのに、目が自動追尾で色々と問題のある物を追いかけてしまうこれは、悪質な罠以外の何物でもない。
ここは、どう見てもしごく健全な茶店である。しかし、絶対女連れで入っちゃいけない店なのも間違いなかった。
このお姉さんにしても、おっぱいだけではない。おっぱいこそさっきの娘ほどのインパクトはないが、また別の意味で目を奪われる事間違いなしなのだ。
恐ろしく妖艶なのである。
ややウェーブのかかった背中まである髪を後ろで束ねているが、鬢のほつれをなで上げ、耳にかける仕草などはすばらしく男心をくすぐった。明確に美人と呼べる顔の造形と、口元にあるチャームポイントの黒子が、その艶めきを更に強力にしていた。
そして、そんなお姉さんが色っぽい微笑みを浮かべながら、こちらに流し目を送ってくるのである。
色々とヤバすぎた。
しかし、なんとか止まる。だがそれは、お菊さんに怒られるからではなかった。
通常ならば、俺が踏みとどまれるとしたら、お菊さんの顔が脳裏を過ぎった時だろう。しかし、今回ばかりはそうではなかった。
俺の男の本能は全力で喜んでいたのだが、なぜか頭の遠いところで警鐘が鳴っていて、それが俺を踏みとどまらせているのである。
……だが、おかしい。こんなお姉さんに声かけられたら、いつもの俺ならば無条件で大歓喜の筈……。
自分自身の、あまりの”らしくなさ”に戸惑いを覚えた。
乗りきれずにいる自分――――。
このお姉さんとは、やはりどこかで会ったような気がする。だが、どこで会ったのかが思い出せない。
その気持ち悪さが、乗りきれない原因となっていた。
女優の誰かに似ているのだろうかと改めてそういう目で見てみても、大概の女優よりも圧倒的に美人だとは思うが、似ていると思える対象は出てこない。
やはり、単なる気のせいなのだろうか。
そんな事を思いながら、俺は目の前に立つ呼び込みのお姉さんを見上げ続けた。すると、
「――――んーっ、もうっ!」
「おや、お兄さん。私の顔に何かついているのかい?」
二人の女の声が重なった。お菊さんに至ってはその声だけに止まらず、腕を伸ばして座っている俺の腿をお抓りあそばされた。
いでーっ!!
辛うじて声こそ出さなかったものの、俺の脳はそう叫んだ。
NOーッ。違う、違うぞ。お菊さん。”今は”そうじゃないんだ。大いなる勘違いって奴だっ。
すぐにお菊さんの方を振り向く。が、遅かった。
綺麗に整った顔は、すでに頬がパンパンになるほど膨らんでいたのである。まるで千賀のようだ――と思ったが、とてもそれを口に出来るような雰囲気ではなかった。
そんな俺たち二人を見て、お姉さんは殊更に艶っぽい表情を造る。そして、
「あらあら、お兄さん。駄目だよ。私ではなく、ちゃんとお姉さんの方をみていなくちゃね。失礼ってもんさ」
と、わざとらしく口元に手を当ててからかった。
このお姉さん。なんというか、与平と同じ匂いがする。絶対悪のりが好きなタイプだ。間違いない。
冷静にそんな事を考えているが、これが現実逃避である事は自分でも分かっている。お菊さん、真っ直ぐにじっとこちらを睨んでいます。
そういやー、昔はこんな状況味わってみたいと思ってたなあ。クラスのリア充が女の子二人に挟まれて、やいのやいのやっているのを見た時には、心の底から爆発して死ねと思ったっけ。
リア充ごめん。これ……結構きついな。幸せを感じる反面、同じレベルで苦行だわ。
良い女がいたら、男の生理としてそちらに目が行くものである。しかし女としては、自分が一緒にいるのにそれをされるのは、大変許しがたいのだろう。
ただ、今回のは濡れ衣ではあったが。
といっても、今回ばかりは自業自得な部分もある。何言っても、まず聞いちゃくれないだろう。
困った。
だが、俺は負けん。こんなしょーもない事でお菊さんに嫌われたら、泣くにも泣けんではないか。
根性と執念で、俺は男の生理と戦う覚悟を決めた。
軽く尻をずらし、お菊さんの方を向く。そして、ニッコリと笑って見せた。無論、視線はお菊さんの瞳に全力で固定である。まかり間違っても、お姉さんの方を見ないように必死で気をつけた。
すると俺の誠意が通じたのか、夜叉を背負っておられたお菊さんから、その気配が消えた。
そして、にっこりと微笑んだのである。それなのに、お菊さんから圧倒的な威圧感を感じるのはなぜだろうか。
心臓の毛が、はらはらと舞い散る音を聞いた気がした。
禿げたでござるっ。絶対、心臓さんが禿を作ったでござるっ。
呼び込みのお姉さんの、遠慮なく笑う声が横から聞こえてきた。しかし、気にしない。つか、それどころではなかった。
お姉さんの突然の笑い声に、千賀が俺とお菊さんの間で驚くのも目の端に映ったが、それも捨て置いた。ビクッと体を一つ震わせ、目をパチクリと瞬く姿は愛らしかった。が、それを愛でる余裕は今の俺にはなかったのだ。
放置されている千賀は訳が分からず、俺たちとお姉さんとを交互に見上げている。
そんな中、唯一俺の心情を理解できていると思われる信吾だけが、俺をからかう事もなく見て見ないふりをしてくれていた。千賀の横で、自分の仕事に励んでくれている。
流石は同じ男。数少ない味方であった。
そう思った。だが。
…………。いや、違う。やっぱ、こいつも敵だ。
俺は迅速に考えを改めた。
確かに警護に励んでくれちゃあいる。が、肩を小さく震わせながら笑いを堪えていやがったのだ。
なんという事であろうか。俺の味方は一人もいなかったのである。やはりさっきの件を、おきよさんに絶対垂れ込んでやろうと俺は心の底から思った。
3/22 23:30 このあと人物紹介の更新をしようと思います。
ただ今回の更新は、二話先で始まる鬼灯(二)の幕を含めた物となる為、鬼灯(二)の幕が終わるまでは、 ※人物紹介がネタバレ※ になってしまっています。なので、ネタバレが嫌だという方は鬼灯(二)の幕が終わるまで、どうか人物紹介を見ないようにお願いします。
今回のこれは、作者の手抜き以外の何物でもありませんが、どうかご勘弁下さいませ。