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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百十話 千賀の部屋にただいまを言いに行く でござる その二

 しばらく撫で繰り回した後で、まだあうあう言っている千賀に向かって言う。


「流石に今日は無理。明日な?」


「むー」


 それまで俺の誤魔化しに大人しく付き合ってくれていた千賀だったのだが、その一言でむくれた。顔がぱんぱんである。


 だがすぐに、


「ならなら、明日はしてくれるのかや?」


 と作戦を変えてきた。めげない。しかも、必殺の上目攻撃つきだった。


 どうも分かってやっている臭い。俺がそれに弱く、何度も我が儘を聞いてしまったのが原因だろう。


 どこかパブロフ的なものも感じるが、きっと自分の意思でやっているに違いない。流石に犬扱いは躊躇われた。


「ああ、約束だ」


 俺は苦笑いを堪えながら、千賀にそう約束をする。


 すると、千賀は「おおーっ」っと小さく両拳を握って喜びを表現した。


「ぜったいのぜったいじゃぞ」


 そして、念を押してくる。


 よほど俺は信用がないようだな。まあ、俺の約束には『約束(真剣)』と『約束(笑)』があるのは認めざるをえない。千賀は何度か、これで煙に巻かれているので、その予防措置なのだろう。


 チビのくせにまったく生意気な事だ。


 とは言え、まあやってやれなくもない。戻ってきた今、暇と言うほどでもないがそこまで時間に追われている訳でもなかった。だから、承諾する。


「はいはい」


 すると、千賀はすぐにぱっと表情を輝かせた。機嫌は直ったようだ。そのまま飛び跳ねて喜びを表現し始めた。


 堪えていた笑いが漏れる。思わずぷっと吹き出してしまった。あまりに現金すぎて。


 だが、こいつがこうして元気に暴れているのを見るのは、正直好きだった。


 千賀は、まだドスン、バタンと飛び跳ねている。


 その千賀から視線を切って奥にやると、今まで千賀の遊び相手をしていたお菊さんと婆さんも、喜び飛び跳ねている千賀を優しい顔をして見ていた。


 俺はそのまま奥へと進み、そんな二人に声をかける。


「お菊さん、婆さん。ただいま」


「おかえりなさいませ」


 お菊さんはそっと座り直すと、三つ指をついた。そして、極上の微笑みと共に迎えてくれる。


「うむ。おかえり」


 婆さんも、いつものお小言ではなく労いの言葉で迎えてくれた。流石に、仕事帰りの俺にまで憎まれ口を叩かない。


 こうして、迎えてくれる人があるってのは本当に良いものだと思った。


 もっとも俺は鍵っ子という訳ではなかったので、親父は仕事に出ていたが母ちゃんはいつもこうして迎えてくれていた訳だが。ただ、俺がそれに気がついていなかっただけだ。


 あちらの世界では、女縁こそなかったけど家族には恵まれていたよな。


 こちらに来てから、そう思うようになった。


 千賀という、親を奪われた子を間近で見ているせいかもしれない。し、里心の様なものかもしれない。


 いずれにせよ、家族というものを考えさせられる事は多くなった。


 とはいうものの、戻る方法も見当がつかないし、仮に見つかったとしても多分帰る事は出来ないだろう。こちらの世界にも、容易に捨てられないしがらみが出来つつあるから。


 それにもし、もしもだ。その時に、俺に嫁さんでもいたら?


 その娘に、俺の選択の苦痛をなすりつけるだけになる。


 俺はちらりと、お菊さんの方を見た。


 彼女はまだ先程三つ指をついた姿勢のままだった。


 なんというか、もう圧倒的に美しかった。にも関わらず、変な意味ではなく、どことなく色っぽい。


 武芸の心得のせいだろうか。


 艶とも呼ぶべき女の柔らかさと温かさを残したまま、清冽な雰囲気を纏っていた。


 思わず目を奪われた。見入ってしまった。


「あ、あの、武殿? どうかされましたか?」


 あまりにもマジマジと見過ぎたせいで、お菊さんは顔を赤く染めてしまう。


 ダメじゃん。しっかりしろ俺。


 大事な時期がどうとか言いながら、この体たらくはない。


 俺は軽く首を横に振って、気持ちを切り替える。


「あ、ああ。ごめんごめん、お菊さん。何でもないんだ」


 思わず見とれてしまったんだよ――とは流石に言えなかった。


 あちらの世界で、女の子に声をかけている時には言えてたんだがなあ……。今、お菊さんに向かっては言えない。


 なぜなのか、自分でも分からなかった。


 困惑する。だが、それが真実だった。


 仕方がないので、混乱する自分を隠して、俺は兎に角笑った。


 不躾すぎたのは間違いないのだ。言い訳のしようもない。誤魔化すしかなかった。


 すると、お菊さんではなく婆さんが、


「ふぁっ、ふあっ、ふぁっ。おうおう、いつも不遜な態度の小僧がのお。青い青い」


 そう言って、呵々と笑う。お菊さんはいよいよ顔を真っ赤にしてしまった。


 ダーッ。余計な事を言うんじゃねぇ! せっかく人が必死に誤魔化しているってのに、台無しじゃねぇか!


 俺は慌てて婆さんの方に目をやった。


 が、アイコンタクトはとれなかった。というか、婆さんの方に俺の意思をくみ取ろうという気がそもそもなかった。畜生めっ。


 だがしかし、捨てる婆ありゃ拾う童ありと申します。


 千賀が俺の腰のあたりをパシパシと叩き、


「みんな、どうしたのじゃ?」


 と尋ねたきた。


 ナイスだ、ガキンチョ。すばらしい横槍だと思います。


 しかし心底不思議そうに、首をコテンと傾げてしまっていた。


 ぐっ、まずい。


 あれこれ必死に考える。が、良い答えが思い浮かばない。


 しかし、俺は天に見放されてはいなかった。


「な、なんでもございませんよ? 姫様」


 お菊さん、マジ女神。


 ナイスフォローである。軽くパニクって言葉に詰っていた俺には、本当に救いの女神様だった。


 ただ、当の女神様も妥当な言い訳は思い浮かばなかったようで、笑って誤魔化すのが精一杯だったようだ。


 まあ、無理もない。お菊さんとて、つい先程まで顔を真っ赤にして固まってしまっていたのだし。千賀が出て来た為にそのまま固まっているわけにもいかず、無理やり再起動した感じである。


 だが、そのお菊さんの言葉が一石になってくれた。俺の脳みそも動き始める。


 再び千賀の頭の上に手を置いて、撫でるふりをしてグイングインと回してやった。


「お、お、お? 目が、目がまわるのじゃー」


 千賀はまた撫でこ撫でこされるものと思っていたらしく、突然の俺の暴挙に対応できずにそのままされるがままになった。俺の手から逃れられたのは、程よく回った後になってしまう。


 千賀は、きっちり目を回した。


 ふらふらと頼りない千鳥足の千賀を、お菊さんが慌てて抱きとめた。


 千賀はお菊さんの膝で休憩と相成った。


 そして俺は、むろん婆様のお説教を受ける事となった。


 マジで、鬼婆みたいに髪の毛逆立てて怒りやがったとです。


 とはいえ、まあ、当然と言えば当然のお説教だったので、俺も無視するわけにもいかず、黙ってそれに付き合いました。


 もともとちょっと目が回っただけなので、千賀はすぐに回復し元気になった。


 もう部屋の奥の指定席に座っている。お菊さんと婆さんは千賀の左右に分かれて座って、同じくこちらを見ていた。


 俺もそれに対座し、


「えー、こほん。まあ、改めてただいま。今戻った」


 と口を開いた。


 改めて、当主様への帰還の報告である。


 ただ、その当主様はややご立腹であった。ちっこい眉根に皺を寄せて、じっとりとした視線でこちらを見ている。


「それはさっき聞いたのじゃ。まだ目がくるくるするのじゃぞ?」


 責めてござる。


「うむ、悪かった。許させてやろう」


 俺は鷹揚に頷く。


 すると千賀は、


「菊、たけるがごめんなさいしないのじゃ」


 と、よりにもよってお菊さんに言いつけやがった。適当に煙に巻こうと思っただけなのに。


 東の砦から最初に戻ってきた時にも、このチビは伝七郎に言いつけていた。俺のスパルタ教育の賜物か、どうも最近は知恵をつけてきたようなのである。


 子供の成長って早いよね。


「あいや、待たれよ。ごめんなさい」


「はじめから、そう言えばいいのじゃ」


 ふふんと小さな鼻を鳴らして、勝ち誇ってござった。


 ぐぬうう。この幼女があっ。


 横でお菊さんが懸命に笑いを堪えているじゃないかっ。ババアは遠慮なく大笑いしているしっ。どうしてくれようか。


 とはいうもの、どうする事も出来ない。仕方がないから、また誤魔化す事にする。


 くっそ、今日は誤魔化してばかりだな。


 とはいえ、それしか出来る事などないのが哀しいところだった。


 軽く溜息が漏れるくらいは許して欲しかった。


「はいはい。俺の方の用事は顔見せだけだ。まったく。顔出しただけで、とんだ恥をかいたわ」


「たけるが悪いのじゃ」


 しかし、今日の千賀は調子にノリノリであった。思わず漏れた言葉にも、そんなすげないお言葉が戻ってきた。


 駄目だ。今日はどうにもならん。こういう時はケツをまくるに限る。


「はいはい……って、ああそうだ」


 そう言いながら、俺は腰を上げかけたのだが、一つ思い出した。爺さんが開いてくれると言っていた宴会の事だ。


 何か美味しいものを作ってやると約束をしてやれば、「おいしいもの、おいいしいもの」と喜び跳ねていた千賀だ。知れば、きっと喜ぶだろう。


「どうしたのじゃ?」


 腰を上げかけたまま固まった俺に、千賀は再びそう尋ねてきた。


 が、今度は余裕で答えられる内容だったので、困るような事は何もなかった。普通に宴の事を教えてやる。


「爺さんが三日後に今回の戦の祝勝会を開いてくれるそうだぞ。よかったな、千賀。ごちそうだ」

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