第十話 水島の三本旗誕生 でござる
俺たちは刻一刻過ぎる時間を惜しむように、まわりを広く見渡せる山の高台へと急ぐ。出した偵察は当然まだ戻っていないが、あまり猶予がない事だけは確かだ。
奴らがここに着くまでに、策を確定し、準備も終えておかなければならない。あまり大がかりな事をしている時間もなく、また労働力も物資も十全ではない。
となると地の利を味方につけるのが一番手っ取り早い。
周りは秋深く、紅葉した木々が山を彩っており、赤に黄に緑にとさまざまな色合いに満ちている。
そんな山を感慨深く眺めていると、たまに強く駆ける風が俺の髪を躍らせる。伝七郎の言っていた通り、風が山肌に沿って吹き上がっている。その風に枯草の藪はザーザーカサカサと、強く弱くひっきりなしに音を奏でた。メルヘンなら、さながら演奏会だと表現しそうな感じだ。
さて、この隘路を形成している谷が浅いと結構やばくなる訳だが……。絶妙の深さだな。六~八メートルって所か。これなら、こちらの安全もかなり確保される。問題ない。
最悪、こっちまで巻き添えになりかねないし。あいつらの常識的に、合戦の時間帯は十中十まで昼間だろうからな。
その他にも近辺の地理を確認して周り、最後は実際に谷の底に立って見上げてみる。崖の上はここからは手の届かぬ遥か向こうの世界だな。
崖の幅で四、五メートルくらいしかないだろう。道の両縁は藪になっている。実際の道幅は遠目に見た時以上に狭く感じた。
通れて馬二、三頭ってところか。競馬じゃないし。そして、落ち葉が降り積もっているが、地面は土……か。比較的しっかりしてる割に、爪先で叩くとちゃんと抉れる。
────いける。キマれば、俺たちの勝ちだ──……。
「伝七郎? 戻ろうか」
「もうよろしいので?」
奴は大丈夫なのかと不安そうに俺を見る。まあ、ついさっき何も思いつかないとか言われてれば当然だな。
「ああ。方針は多分これで決定だ。その可否をお前と決めねばならんだろ?」
俺は片目を瞑り、自信ありげに見えるようにそう答えてやった。やっぱ、こういうシーンではそうあらねばならない。俺の信仰する厨二の神の教えにそうある。経典にだって書いてあった。『躊躇うな。ヤレ。さらば道は開かれん』と。
「!? で、では、何か思いつかれたのですか?」
俺は何も答えずに半身に構え、手の平を上にして手招いてやる。
「行くぞ?」
「え、ええ。参りましょうっ。是非そのお考えを聞かせていただきたいです」
奴はさっさと頭を切り替えたのか。すぐに俺の後を追ってきた。
よし。後は、なんとしても準備を間に合わせねば。これは突貫作業になるぞ?
陣に戻ると、すでに夕刻。侍女たちは総出で食事支度をしているようだ。お菊さんも咲ちゃんも忙しそうにあっちこっちとパタパタ走っていた。今は婆さんが千賀についているのかな? 婆さんの姿は見えない。
まあ、こんなサバイバルのキャンプでは食事支度も通常以上に大仕事だ。
「……と、いう訳だ。お前はどう思う? つか、話に聞く限り、おまえらの常識からすれば悪辣極まると思うが、正直完全に汚れきらねば終わる」
山からの帰り道、伝七郎に策の全容を語って聞かせた。
話を聞き終わった奴の顔は驚愕に彩られていた。まあ、気持ちはわかる。俺らの世界の人間にとっては真新しいものではなくとも、こいつらにとっては、やっちゃいけない事のオンパレードだ。そもそも儀礼上忌避されて、戦いにおける発想として出てこない類のものの筈だ。
しかし、こいつにはその殻を破ってもらわねばならない。先程とは違って、具体的な策を提示したから、さすがのこいつでも今内心で葛藤しているのだろう。
しばらく何かを考えるようにしていたが、奴は……。
「……すばらしいですね。正直、私では思いつく事もできなかったでしょう。確かに、それならなんとかできてしまいそうですね……。だから──やりましょう」
伝七郎は何かに決別するかのように深いため息一つ吐くと、俺の策を承認した。
「わかった。どれほど世間に叩かれても、やるんじゃなかったとは後悔させんよ。それだけの結果をおまえにくれてやる」
陣に戻ると知らない若い男が三人待機していた。待たせておいてくれと伝えていた奴らだな。
「待たせましたね? 源太、信吾、与平。ご苦労様です」
「はっ」
「はっ」
「伝七郎さんこそ、お疲れ様です」
三者三様に伝七郎に応えている。なんとなく全員同年代っぽいな。雰囲気的に。だが、信吾って奴。おまえ本当の年齢はいくつだ? 一人だけすごくおっさん臭いぞ? 残る二人の態度で同年代と思ったが、そうじゃなければ若者二人を引き連れるおっさんだ。
他に顕著な特徴は源太と呼ばれた奴と信吾と呼ばれた奴はガタイが凄くいいって所か。こちらで見かけた人間の背丈からすると常人離れしている。こっちでは、百七十半ばの俺でさえ普通よりはかなり高い部類になるだろう。それよりもはるかにデカい。源太で一八〇半ば、信吾は多分一九〇代だろう。
個別に見ていけば、源太と呼ばれた男は俺の、いや世の大半の男の敵で間違っていないはず。伝七郎とはタイプこそ違うが、こいつもやばいレベルのイケメンだ。長身、がっしりと筋肉のついた体。おまけに凄くバランスのいい体つきしてやがる。ギリシャ彫刻かよ? 更にその体格によく似合う彫の深いびしっと整った顔。間違いない。敵だ。
信吾と呼ばれた男はおっさんだが、俺の友になれるおっさんだ。とてもとても大事な事だから二度言いました。糸目で角顔でこの中にあって、唯一俺の傍にいる事が許される男だ。顎に手をやって、開いているのかよくわからん目でこっちを興味深げに見ている。
与平ってのは、二人と並ぶと小柄に思えるが、まあ普通だな。俺よりやや低い程度だ。もっとも、そう錯覚させているのは横の二人のせいだけじゃなくて、あの童顔のせいでもあるだろう。なんかすごく少年っぽい。お姉さま方に愛でられそうな顔だ。パーツも整っているし。こいつも敵だな。
以上を踏まえて、ここに俺は声を大にして言わねばならない事がある。
どうして、こっちはイケメン率がこんなに高いんだ? 俺への当てつけか、これはっ。いよいよもって信吾との友誼を大切にせねばならんようだ。あいつらは敵っ。これ絶対っ。
だがしかし、ただ一つ救われているのは、こいつら全員雑兵臭いって所だな。それぞれがそれぞれの意味で中身と落差ありすぎだが、間違いなく雑兵A、B、Cの筈だ。これで伝七郎みたく、地位も持っていたとしたら、作戦会議なんぞより、世の不条理についてという議題で一晩時間をとるべきだと俺は主張しただろう。
「三人とも、こちらは神森武殿だ。まだ年若いが、私たちに協力してくれる賢人にして武人だ。貴方達も見ていただろうが、先程三島盛吉を討ち取った方だ。そう心得て対応してほしい」
「武殿。こちらの三人が、先程の武殿の指示に合った者たちです。左から源太、信吾、与平です」
「よろしく。神森武だ。神森でも武でも、好きな方で呼んでくれて構わない」
「源太と申します。武様よろしくお願いします」
「信吾と申す。武殿よろしくお願いします」
「与平と言います。武様よろしくしてやってください」
おお。イケメンに様付されたよ。なんか気分いいぞ。
そして、信吾。おまえは、そのしゃべりも最高だ。重い、重いよ。その低く重い威圧感のある声がとっても素敵だ。女が逃げ出しそうな声とそのごつい体に角顔と糸目。女にもてる要素がとんと見当たらない所に、俺の好感度は鰻上りだ。
他の腐れイケメンどもはもっと信吾を見習うべきだと思う。
まあ、それはいい。よくはないが、いい。本題に入ろう。
「ん。で、さっそくなんだが、おまえら今から将軍様だから。以降そのつもりで」