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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百七話 再び東の砦へ でござる

 それから三人で頭を付き合わせて、ああでもない、こうでもないと議論を続けた。


 ただその内容は、いつまでにある程度の完成を見込まなくてはならないか、工期を何期に分けるか、そして手がける優先順位をどのようにするのかといった内容が主だった。


 伝七郎も爺さんも、草案に記された計画の内容に関しては要不要を論じなかったのだ。内容に関しては、今までの自分たちとの違いをただ驚き、それぞれの目的の説明を求めただけであった。


 その信頼に、ただただひっそりと心を引き締める。


 そして、その内容を再度頭に思い浮かべてみた。



――――今回の防衛計画は東西南北にある計四つの砦の改修に関するものだ。


 その四つの砦は、大きく分けて立地条件が二つに別れていた。南北の砦の様に山の中腹にあり四方がオープンな状態と、東西の砦の様に山と山の間に走る谷道の脇に造られているパターンである。


 故に今計画では、それぞれの条件に合わせて二通りの計画を立てる。


 一方、両条件に共通する方針もまた当然ある。例えば、この四方の砦を関とする点などだ。


 これは痛し痒しな部分と言える。


 今まで通りのままでは、怪しい人物も容易に素通りしてくるだろう。軍すらも。


 かといって、それを止めるべく関を作れば、今度は商人らの足が遠のきがちになり、商業活動の不活性化へと繋がってしまう。これは間違いなく税収に直接ダメージが来る。


 どちらを選ぼうと、そうするしかなかったからそうしたという選択になる案件だ。だが結局、俺は俺たちの置かれている状況を鑑みて関を作る方を採用する事にした。


 そして、それを今計画の骨子とする。


 あとはその方針に沿って、砦兼関を通らないと、特に軍のような集団は藤ヶ崎に至れないように計画したのだ。間者などの侵入に関しては、回り込まれて山中を行けば入られてしまうが、これはとりあえずは見回りの強化などでの対応とする。


 施設そのものの話としては、東西の砦は、現街道に土塁を築き完全に封鎖する予定となっている。


 これで、関を迂回しようと現街道の方を使おうとすると、土塁で行軍速度が落ちた所に、弓櫓から矢の雨をくれてやれるようになる。そして現在の砦を、街道のある崖下まで拡張する事にした。そうする事によって、城へと続く道の後方へ、守備側だけが回り込めるようにするのだ。


 南北の砦は、思い切って現在の砦を廃棄する案を立てた。


 正確には、砦としては使わないという意味で、また別の用途を模索しようとは思っている。おそらく補助施設として、使用する事になるだろう。


 そして現在の砦を廃棄する代わりに、北は藤ヶ崎にやってくる者から見て、御神川にかかる橋を渡ってすぐ、南は山間の谷道を出てすぐの所に、新たな砦を造る事を提案する事にした。


 構造的に四つの砦すべてに共通させたのは、砦を関所として使うという骨子の部分と、門の両脇に大型の弓櫓を設置する事、そして落石計や陥穽の策の為の準備をそれぞれの立地条件にあわせて前もって用意したぐらいだろうか。


 北の砦だけは堀も造る事にした。


 北の砦付近は、今回の領土拡充に伴って前線から外れた。目の前が川である上に土地の高さがほぼ同じである為、水を引く手間が他と比べて極端に少なく済みそうであった。


 これらの理由により、比較的簡単に手を出す事が出来ると思われたからだ。他の砦では空堀すら作るのは難しい。


 勿論、他にもやりたい事は沢山あった。


 だが、あれもこれもと考えればキリがなかった。それらをすべて実行しようとすると結局膨大な計画になってしまうので、物には順序というものがあると己に何度も言い聞かせた。今回は諦めるしかなかったのだ。


 今はそこまで手広く何でもやれる程、金も時間も余ってはいないのである。それに、目の前で工事をしているのを、攻め込んできた金崎がのんびり指を咥えてみているとは思えなかった。――――



 他にも色々あるが、大体はこんな所だったな。我ながら、よく頭から煙を噴かなかったと思う。


 あと、この計画を練っていた時に一人心密かに決めた事がある。


 それは――――、最終的には東西の砦を難攻不落の関にしてやろうという事だ。目指せ虎牢関といった所である。天下の英雄様達も手こずった関を再現できたならば、最高というものだろう。


 もっとも、仮にそれができたとしても、そこまでにするには途方もない時間がかかると思われた。


 ただもしそうできれば、藤ヶ崎の守りやすさは現在と比べれば段違いになる。ただの思いつきではなく、四方が開けた藤ヶ崎の町の立地条件を考えると、やるだけの価値が大いにあるのだ。


 藤ヶ崎は、大河脇にあり四方に太く伸びる街道の交差点にある。


 町が発展する要素には恵まれすぎる程に恵まれているが、その反面極端に外部からの侵攻には弱いという特徴を持った町なのだ。


 東西の出入りに関して、地形を利用しこちらでコントロールできれば、有事には少ない兵力で封鎖できる。そうしておいて、恵まれた経済力に支えられ育てられた膨大な兵力を、南北のみに集中できるようになるのだ。


 俺が考えた中で、これがこの藤ヶ崎にとって最も理想的な形だった。だからそうなるように、段階を踏んで育てていこうと決めたのである。


 もっともこれは、俺がその完成を見られるかどうかもわからない大きな話ではあったが。


 まあなんにしても、今回の草案はそういった考えのもとに作られたものだった。そりゃあ、こちらの人間が見れば、伝七郎や爺さんでなくとも驚く代物だろう。基本コンセプトからして、こちらにはない発想が満載である。


 あ、いや。むしろ、この二人だから驚いたという見方もできるか。


 二流どころでは理解できないに違いない。超一流と一流の差はまた別だが、一流と二流の差は柔軟性の差だと俺は思うから。


 そして、それ以下ならば考える事自体を拒むだろう。


 いずれにせよ、俺はついていた。少なくとも二流以下を相手に、しなくてもいい苦労をする必要はないのだ。


 仲間に能力があるから、俺程度でも安心して全力で仕事に向かえるのである。もしこれが怪しい場合、俺は常に一人で正解を選び続けなくてはならなくなる。そんな地獄みたいな環境は考えたくもなかった。


 そうして三人で、ああでもないこうでもないと検討した結果、北と東は工期二年の八期、南と西は工期三年の十二期の工事にする事に決まった。ただし、これは初回計画分の完成までの工期である。最低限の防衛機能は、どこも半年以内で改修する事とした。だから砦を放棄し、新しく新設する南北砦は、今回の工事分は全部仮設施設となった。


 これらが御用部屋で決定された。


 俺は草案から正規の計画書へと変わったそれを持って、会議の終わったその翌日には、東の砦へと向かう事にした。




 行きは、信吾と砦の責任者を交代する爺さん麾下の百人組長――高木高俊ともう一人の百人組長が、配下の兵とともに俺の護衛役を担ってくれた。今回は、町で募った人足も二百人ほど一緒に連れている。全部で四百人ほどでの行軍であった。


 今回俺は体裁も考えて徒歩での行軍を選んだが、朝に町を出て星が輝き始めた頃には、無事東の砦へと到着した。道中トラブルに見舞われる事のない、快適な行軍だった。少々疲れたが。


 俺たちが砦の門に近づくと、信吾が出迎えに出て来てくれた。


「武殿、お疲れ様です」


 泥で薄汚れた顔に笑みをのせ、信吾は軽く頭を下げてきた。


「お互いにな。お疲れさん、信吾。いやあ、結構かかっちまったな。待たせた」


 思いの外、計画の作成に時間がかかったので、そう言って”その事だけは”信吾に詫びる。そして、


「いやあ、まいったぜ? お前をここに置いていったら、俺たちの中にお前がいない事に気づいたおきよさんが顔を青くしてさあ。悪い事しちゃったよ」


 と軽く肩をすくめながら、そう伝えてやった。


 そう、伝えたのである。断じてこれは、それ程に愛してくれる女がいる事に対するやっかみなどではない。悪い事をしてしまったなあという話である。他意はない。


 ちょっぴりちんまくてもあれだけの美人が、この熊の奥さん……。


 俺は今以て信じたくはなかった。故に、このぐらいの事は俺の心の安定の為に許されて然るべきだとは思うが、それとこれとは別の話である。


 が、顔の筋肉は、時に言う事を聞かなくなる事がある。


 ニヤニヤと、いやらしい笑みが自然と浮かんだ。


 だが、既婚者は強かった。


「きよが? ……そうですか。あれには心配をかけてしまいましたなあ。でも、これは任務ですから仕方ありません。後で謝っておきます。あれも分かってくれるでしょう。それに、ここに残ってくれた兵たちだって条件は同じですよ」


 信吾は苦笑を造りながら、余裕の態度でそう言ったのだった。


 俺の嫉妬など、どこ吹く風だった。なぜか鼻の奥がツンとして、信吾の顔が滲んで見えた。


 ものすごい敗北感が、俺の身を包んだのである。


 俺も早く、そういう女を口説き落とそう。


 天に輝く星に、それを強く誓った。


 つか、あちらの世界ほど、今俺女に縁なくないしぃ。悔しくなんかないやい。


 もう少しで信吾に向かって、「バーカ、バーカ」と言いそうになる自分を懸命に抑えていた。流石にそれをやってしまっては、THE 負け犬である。


 でも冷静に考えて、本当にこちらの世界での俺の女縁は、向こうの世界にいた時とは比べる事ができない。


 比較論から言えば、良すぎである。零には何をかけても零なのだ。大体、まず話しかけても女が逃げていかないというだけで、夢の広がる話ではなかろうか。


 しかも、あのお菊さんとは最近いい感じである。今までの俺からするとあり得ない話だ。どう見ても高嶺の花レベルの彼女なのに、なぜかチャンスがあるような気がしてならない。


 まずこれが、女縁がどうこういうレベルの話ではないだろう。


 たとえそれが僅かなものであろうとも、十分に大事件と言える。とても無視してよい内容ではない。


 そう、チャンスはあるんだ。チャンスだけは。ちょっと無理ゲー気味な相手ではあるけれど。


 ルートは間違えていない筈だ。頑張れ。頑張れ俺。


 そんな前向きな気持ちと、後ろ向きな気持ちを抱えながら、俺は信吾に案内されて砦の中へと入っていった。


 連れてきた兵や人足を解放し、俺とここの指揮官となる高木高俊の二人は、まず最初に信吾の案内で、砦の中を一通り巡った。無論作業の進捗状況を確認する為である。


 各郭に溢れていた死体は、すでにきれいに片付けられていた。


 これは、俺が特に念を押して指示をした内容だった。疫病が怖かったのだ。故に、必ずすべて火葬しろと伝えてあった。


 ここはまだ使う砦である。人がいる場所で、未処理のまま放置する訳にはいかなかったのだ。細かい事は分からなくとも、そうしておかないとマズイという事だけは知っていた。ネットに、この手の話は腐るほどあったからだ。


 どの程度の数までならば、そのまま土葬でも大丈夫なのか。そんな事までは流石に俺には分からなかった。だから知ッタカして失敗するくらいなら、たとえ結果だけの知識でも、馬鹿になって従おうと思ったのだ。


 また、なくなっているのは死体ばかりではない。焼け落ちた建物もすでに片付けられていた。


 そして今、兵たちは先に伝えておいた街道を土塁で塞ぐ作業と、東西両門の脇に小屋を建てる作業に入っていた。小屋は仮設事務所である。しばらくは、関所としての仕事もこの小屋で行われる予定だった。


 弓櫓の敷設も指示をしてあったが、流石にこちらはまだ手付かずのようだ。基礎工事らしき物がしてあるだけである。


 しかしながら、パッと見た限りではあるが、かなりの手際だった。作業の進捗状況は想定を遙かに超えている。


「へぇ、かなり順調に進んでいるなあ」


「『ウチ』のは、小器用な者や某か技術を持った者が多いですからなあ」


 信吾は少し誇らしげに、俺のその問いに答えた。


「あ、そうか。今回『ウチ』のも置いていったんだっけか」


「はい」


 無論、俺から出される無茶ぶりにも応えて共に戦ってきた『ウチ』の兵たちの事である。通りで――――と、妙に納得がいった。


 今回藤ヶ崎から連れてきた者たちは、そういった技術を持っている者たちを選んで連れてきている。当然だ。やる作業はすでに分かっているのである。きちんとそれを得手とする人間を選んであった。


 だが『ウチ』の兵たちを含む残していった兵らは、そういった専門の者たちではない。にも関わらず、そんな彼らにも負けないと思われる程の仕事をしてくれていたのだ。


 それを見て、ふと思う。


 もしかすると俺は、チートをもらえなかった訳ではないのかもしれない、と。チートされたのが、俺のパラメータではなかっただけなのではないか、と。


 その真実はわからない。


 が、伝七郎、爺さん、信吾、源太、与平、次郎右衛門、又兵衛――――そして、この兵たち。どれも立派にチートな気がする。


 そんな事を思う秋の夜だった。




 そんな余りにも順調に進んでいる作業の様子に、俺は少々予定を変える事にした。


 本来は、一週間程いるつもりだった。しかしこれならば、細かい指導はいらないだろうと思ったのだ。


 ここまでできているならば、現場レベルで作業の引き継ぎをしてもらうだけでよい。特に修正を要する部分は、現段階では見つけられなかった。


 そう判断した俺は、早々に信吾から高木高俊への引き継ぎ作業をしてもらう事にした。


 持ってきた防衛計画書の写しも渡す。細かい注意点などの説明も行った。そして最後に、もし何か分からない事があれば、直接俺に人を寄越してくれとも忘れずに伝えた。


「はっ。では、この計画書通りに作業を進めます。おまかせを」


 それらの話が終わると、ナイスミドルなおっさんである高木高俊は、そう胸を叩いて良い笑顔を浮かべた。相も変わらず、どこか憎めない雰囲気を持ったおっさんだった。


「ええ、頼みます。高木殿。俺たちにとって、この砦を含めた四方の守りは極めて重要です。宜しくお願いします」


 いくら仕事とはいえ、先の藤ヶ崎の件に続き嫌な顔一つ見せずに若造に使われてくれる彼に、俺も頭を下げ頼んだ。


「はっ」


 そしてそれにも、高木高俊は気持ちのよい返事で応えてくれた。


 結局引き継ぎの全作業は、僅か一日ですべて終わってしまう。砦に着いた翌日中には、もう片付いてしまったのだ。


 故にその翌朝、俺と信吾は砦に残していった兵たち全員を連れて、藤ヶ崎へと戻る事にした。

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