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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百六話 給料貰えるよ やったね でござる


 それからしばらくは、千賀の相手を時々しつつも藤ヶ崎防衛計画の作成に励んだ。


 その間はずっとお菊さんと二人っきりの時間が満喫できたので、俺的にはなんの文句もない。仕事の方が忙しく、色っぽいイベントなど一つも発生しなかったが、それでも美少女と二人っきりの時間だった。かつての女砂漠な日々を思えば、十二分に幸せな時間であったと言い切れる。


 その様に幸せを噛みしめつつ仕事に没頭していたら、時間は瞬く間に過ぎていった。気がつけば、計画作成に手をつけて、はや一週間が経つ。


 手元には出来たばかりの草案があった。


 やり遂げた達成感があった。


 目の前には、「ご苦労様でした」とお茶を入れてくれているお菊さんもいる。そりゃあ、達成感の一つも覚えるというものですよ。


 もっとも、俺にはこの仕事に要した時間が多かったのか少なかったのか――それは分からない。如何せん、仕事というものをした事がないので、比べる物が俺の中になかったからだ。資料を当たったり、関係部署に問い合わせた報告を待ったり、何より俺自身慣れない作業のせいで手間取ったり――――草案の完成まで、自分で考えていたよりは遙かに時間がかかってしまった事が分かっているだけだった。


 ただそれでも満更ではなかった。というのも、この仕事をしていて、この世界における俺の武器を更に一つ見つける事ができたからだ。


 それは算術である。


 計算に関して、この世界基準だと俺は相当に長けている部類の人間になる様だった。お菊さんや、報告や資料を持ってきてくれる者たちは唸っていた。


 とはいっても、確かに俺自身は理数系が割と得意な方ではあったが、あくまでも自分の中ではという程度である。そのままでも世間に通用する様な天才肌だった訳ではない。ごく普通の高校生が、「俺数学得意なんだ」と言うレベルを超えている様な事はなかった。


 ところが、こちらではまだそちらの学問が十分に進んでいない様で、こんな国の中枢にいるような人間たちに混じっても、単純な加減乗除を暗算ですらすらとできるだけで、十分に凄い部類に入ったのだ。そんな状態の所に、ごく普通の高校レベルの数学を修めてはいる俺が入る。そりゃあ、大層なものに見えてもなにもおかしくはなかった。


 結果として俺は、この手の仕事に極めて適正のある人間という事になってしまうのだ。


 これは俺にとって、とても大きな発見だった。


 いざとなったら、これで飯が食える。仕事が出来る。そうすれば、とりあえずは生きていける――――。


 そんな事実は、足場が心許ない今の立場よりも、余程俺を安心させてくれた。言ってみれば、人間電卓や人間算盤の様なものだが、この世界ではそんな事でも飯が食えるのだ。


 そんな後ろ向きな姿勢を、なんと情けないとは思わなかった。些細な事ではあるが、心の拠り所が出来た事が素直に嬉しかった。


 まあ、それは兎も角だ。


 そんなこんなで作った草案を持って、伝七郎が待っている部屋へと向かう事にする。


 そこには爺さんも待っている筈であった。三人でこの草案を叩き台にして、実行性のある計画を作り上げる予定なのだ。


 その部屋は、家中では通称『御用部屋』と呼ばれている。そしてその部屋は、政務機関ではあるが、館と隣接して建てられている政治の中枢――政務棟ではなく、館の中にあった。


 御用部屋は、所謂各セクションの頂上機関を纏める部署であった。水島の頭脳であり、心臓とも言える部屋である。故にそこの責任者は、今は伝七郎となっている。


 そんな部屋だけに、周囲には警戒の為に常時何人もの人が控えている。


 流石にここらの警備は、当主である千賀の部屋を守っている者らと同じ、近習たちが担当している。身元も腕も確かなエリート中のエリート達ばかりだ。それだけに俺の立場というものも細かく説明を受けているらしい。


 部屋の前に着いた俺は、その者らに襖を開けてもらって中へと入っていった。


 フリーパスどころか、下には置かぬようなお偉いさんに対するような対応である。大変尻の痒い思いをした。だがこれも、追々慣れていかなくてはならない事なのだろう。




「おまたせだ。やっと上がったよ」


「お疲れ様です」


「いやあ、マジで疲れた。と言っても、お菊さんも付きっきりで協力してくれたからなあ。流石に文句は言えん」


 部屋に入ると、もうすでに爺さんも来ていた。二人して部屋の中央で開いた地図を見ながら、何やら話していた様だ。


 すでに来ている爺さんの姿を見て、「よくぞお菊さんを送り込んでくれた。伝七郎、お前は偉い」というセリフを削って呑み込んだ事は言うまでもない。


 未だ地図から目を離さずに、何やら考え込んでいる爺さんにも声をかける。


「爺さん早いな」


 すると爺さんもようやく顔を上げ、こちらを向いた。


「おう。主も、はよこっちに来い。町の防衛計画の検討も大事だが、それに負けない大事な話が届いておるぞ。吉報だ」


 んあ? 吉報?


「へえ、どんな報せ?」


「源太と与平からだ。無事、須郷の町の奪還に成功したそうだ。近隣の村も、すでに幾つかは押さえたらしい。もう少し付近を固めてから戻るそうだが、次郎右衛門の方と合わせると、これは一大事ぞ。継直との戦いにおいて、この町一つで始めるのと比べれば随分と楽になる。主の『策』とやらの大勝利だ」


「おー、そいつは目出度い。うまくいったか。やっぱ、あいつら流石だよ」


「小僧。これは目出度いどころの話ではないぞ? 大金星だ」


 爺さんは俺の反応に異議があるのか、そう言って返してきた。一見落ち着いているように見えるが、爺さんは結構興奮しているようだ。


 そんな爺さんは腕を組むと、再び地図の方へと目を落した。思わず手に入った領土の運営と防衛について、真剣に検討しているのだろう。


 そんな爺さんに言う。


「大金星になったのは、次郎右衛門殿と源太や与平のおかげさね。案は所詮案だ。それが成功するかどうかは、手足の優秀さ次第なんだよ」


 そんな俺の言葉を、爺さんは否定も肯定もしなかった。まるで聞いていないかのごとく、地図に没頭している。


 だが、そんな爺さんの代わりに、伝七郎が俺に答えた。


「ふふ。まあ、それはそれとしてです。今の言葉、直接彼らに言ってあげれば、さぞ喜ぶと思いますよ?」


「馬鹿言え。そんな事を言った日には、『でしょう? 頑張ったのですよ? だから、今度奢って下さいね?』などという言葉が返ってくるに決まっているじゃあないか。そんな、自ら負けにいく様な真似ができるか」


「はは、確かに。そう言えば、おごって――と言えば、今までなし崩しにご協力を戴いていましたが、武殿の給金もそろそろきちんと決めなくてはいけませんね」


「おっ。給料くれんの? やったね」


 爺さんから吉報だと言われて話を聞いていたら、なぜか俺の給料の話になったでござる。マジ吉報。


 お菊さんの事といい、ここの所の俺は何かが憑いているのではと思える程の、悪魔的なツキを誇っていた。


 伝七郎は真顔で、


「それは当然です。武殿はなんでもなさそうに熟しておられますが、これだけ働いていただいて無報酬では、組織としても問題になります。他の者たちに勲功が与えられなくなりますから。姫様をお連れしての、ここ藤ヶ崎までの戦い。平八郎様との折衝。北の砦、東の砦の攻略。そして今回の策によって、すでに次郎右衛門殿が二水の町を。源太と与平が、須郷の町を。三沢の町も、おそらくは計画通りにこちらのものとなるでしょう。二水を落した次郎右衛門殿が三沢に向けて出陣したという報はすでに受けております。――――さて、どうです? 最後の三沢の町の件を除いても、すでになしたものだけでこんなにもあるのですよ? どれ程の勲功とすればよいのか頭が痛いくらいです。どう検討しても、勲功なしとする訳にはいきません」


 と、少し興奮気味につらつとら俺の功績を列挙しだした。


 どれも俺一人の功績とは言いがたいものばかりだが、確かに俺の功績でもあるものばかりである。こうして列挙されてみると、この短い間で結構な事をやったものだと思えた。俺、ずいぶんと頑張ったよなあ、と。


 だが、とりあえずは興奮している伝七郎を鎮める事にする。少々気恥ずかしい。部屋には爺さんばかりか、高級官僚の皆様が何人もいるのである。


「おー。分かったから、そう興奮するなって。今度時間がある時にでも、適切に評価してくれればいいから」


 俺の成果を列挙して、勢いがついてしまった伝七郎が鼻息を荒くしている為、自分の事なのに思わず一歩引いてしまう。


 ただ、伝七郎の言いたい事は分かった。


 要は信賞必罰に類する事だ。俺の功をきちんと評価しないと、他の将兵の勲功を妥当に賞する事が出来なくなる――とそういう事なのだ。そして伝七郎の評価として、俺の功績が大きすぎる為、何をどうやって報いればいいのかと俺に当たっておられるのである。


 そんな俺たちの話をしっかりと聞いていたのだろう。地図に没頭していると思っていた爺さんが再び顔を上げる。そして、大層可笑しそうに大笑いをした。


 その後、一瞬目を光らせてこう言ったのである。


「がはは。まあ、人間生きるのに物を食わねばならんし、衣も着なくてはならん。…………それに、主も国家の重臣となって行く身だ。望むと望まざると、このまま進めばおそらくはそうなって行く。なれば、嫁もとらねばなるまい。家臣も持たねばなるまい。金は必要になる一方だぞ? 正当に評価されて得る金だ。きちんともらっておけ」


 そして、俺の肩をばしばしと叩いた。


 痛いよ、爺さん。


 だが、言いたい事はよく分かった。ごもっともな話である。人生の先輩として、まだまだ嘴の黄色い俺に教えてくれているのだ。


 ただ、先程一瞬鋭くなった爺さんの目が、俺は気になった。しかし、爺さんが余りに何度も何度も俺の肩を叩くので、それに文句を言っている内にその事を尋ねる機を逸してしまった。

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