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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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幕 鬼灯(一) 登用




 継直との謁見後、私はすぐに金崎領と現在継直の領土である旧水島領の境にある村落へと向かった。


 少々用事があり、継直にもう少し現在の藤ヶ崎勢の情報を掴んでおきたいと時間をもらったのだ。


 無論その用事は、藤ヶ崎勢の情報の入手などではない。それはそれで行う予定ではあるが、今回の主目的ではなかった。




『里』の草からの情報では、ここの筈である。


 富山から街道を何日も歩き、街道を外れて更に山を二つ程越えた所に、この寒村はあった。


 村は山間にあり、家屋はまばらにしか見つけられない。人影も畑仕事をしている幾人かの農民たちだけであり、人の行き来はほとんどなさそうだ。


 しかしそれでも、この辺りはまだ『里』の力の及ぶ地域なので、近隣の土地には溶け込んでいる草もいる。


 それ故に、この情報の精度は期待できた。


 それに、ここまで見事に何もない村ならば、確かに身を隠すにはもってこいだとも言える。


 そんな事を考えながら、村へと入っていった。


 私の姿に気がついた村人は、皆揃って私に訝しげな視線を向ける。やはり思った通り、人の行き来がほとんどない村であるようだ。


 顔を隠していた頭巾を軽く払いのけながら、その不審げな視線を向ける農夫の一人に声をかける。その男はお世辞にも立派とは言えないぼろ小屋の脇で、干しあがった藁の束を運んでいた。


「もし、そこの方。最近この村にやってきた殿御の家はどちらでしょうか?」


「あ~ん? ッ、おおっ?! こりゃおでれぇた。えらい別嬪さんじゃねぇか。あんたみたいな別嬪さんが、こんな何もねぇところまで一人でやってきたのか?」


 男は私の顔を見て相好を崩した。大概の男には、この手が一番手っ取り早い。


 そして、それを利用して先を促す。


「まあ、お上手。それで……」


「ああ、最近やってきた男……だったか? つうと、村はずれにあばら屋建てて居着いているあの落ち武者しかいねぇが……。なあ、あんた。悪い事は言わねぇから、あそこには近づかんがええぞ? 特にあんたみたいな別嬪さんがあんな男に近づいたら何されるかわかんねぇぞ。来た時も全身やけどを負って血まるけで、でも目だけがものすごく凶暴そうでなぁ。誰も何も言えねぇうちに居着いてしまったくらいだ。なあ、そんな事よりこの村には宿なんかねぇ。もしよかったらうちに泊まっていかねぇか?」


 初めの、めんどくさそうな応答は何だったのかというような態度だ。口は良く動いてくれていた。


 どうやら間違いなさそうだ。


 目の前で下心丸出しの愛想笑いを浮かべる男を適当にあしらい、一つ礼を言って私はその場を後にした。無論話にあった、村はずれに建てられたというあばら屋に向かう為だ。




 その小屋は、本当に村の外れも外れにあった。まるで廃材を貼り合わせて作った様な外観をしており、それを求めて探していなければ、視界に入ってもそのまま流してしまいそうな代物だった。


 その粗末な小屋の、出入り口と思しき場所の前に行く。そこには、所々腐って穴の開いた筵が、扉代わりに掛かっていた。


 そんな小屋の中の気配を、まずは探る。


――――確かにいる。


 しかも、向こうもこちらに気がついており、気配を殺しながら、こちらの様子を窺っていた。


 互いが相手の殺す気配を察して、次の動きがとれなくなっていた。


 しかしその硬直は続かず、三拍程の後すぐに解かれた。筵の向こうから、私に向かって声がかけられたのだ。


「……何者だ? 儂に何か用でもあるのか?」


 くぐもった低い声で、そう問われた。若干の威圧も含んでいた。


 小さく一つ息を吐き、それにすぐに応える。


「……はじめまして。八島道永殿――――で間違いございませぬか?」


 そう言うと、目の前の筵を軽く手で払いのけながら、くぐる様にして一歩だけ中へと入る。


「……女? 何者だ? それとそれ以上は近づくなよ? 死にたくなければな」


 小屋の中では、血と膿の滲む薄汚れたさらしを全身に巻いた男が、片膝を突いて鯉口を切っていた。今にも刀を抜かんとする姿勢ではあるが、見た目の痛々しさはかなりのものだ。まさに、手負いの獣が威嚇している様を彷彿とさせた。


 顔は半分ちかくさらしに隠れ、表に肌が出ている部分にもやけどのものと思われる皮の引き攣れが見えた。


「失礼致しました。私は金崎家に雇われている者で、雇い主の指示により、今は継直様にご協力させていただいている者にございます」


「やはり継直の手の者か。それにしてもご苦労だな。任務こそは失敗したが、追っ手をかけられる程の事はした覚えはないが……。よもや儂を気遣ってなどという事は、あの男に限ってなかろうに」


 道永は、継直の名を私が出した途端、警戒を更に強めた。それに……。


 ”継直”、か。


 話が早そうだった。


 しかしながら、態度は硬化してしまった。このままでは、話の早い遅い以前の問題である。


 この道永の反応は当然といえば当然ではあるが、このままでは話の進めようがなかった。


 そこで、もう少しこちらの立場を晒す事にする。


「まあ、そうですね。継直様に協力しているとは申しましたが、本日こうして訪ねたのは、継直様の命によるものではございません」


 そう、わざと勿体ぶった言い方をしてみせた。すると道永は、ほとんど表情が見えないにも関わらず、怪訝な様子がありありと窺える程に目を細めた。


「どういう事だ?」


「何、難しい事ではございません。”継直”の意思で、私は動いていないというだけの事ですよ。私は金崎家に雇われている忍びです。先程も申し上げた様に、継直の元へは雇い主の意向で出向いているだけです」


 そう言うと道永は、さらしの巻かれた顔でかすかに笑った。ただ、その眼光は更に強くなった。


「ほう……」


 ふむ。意外に頭が回る。


 本当に、意外に意外だった。が、その思いを隠し、そのまま言葉を続ける。


「藤ヶ崎を落すのに協力する事。それと同時に、継直の陣営と藤ヶ崎の情報を集める事……。そして、可能ならばその両者の弱体化を図るのが、私の役目にございます」


 そして私がそこまで口にすると、強くなっていた道永の眼光は射貫かんばかりに鋭くなった。


「多弁だな。儂がそれを継直に告げたら、お前はただでは済まんぞ?」


「貴方はもう継直の元には戻らない。戻っても碌な事にはならない事を、よくご存じでいらっしゃる。それに、そもそも――――戻れない」


「……ほう、どうしてだ?」


 私の言葉に、道永は手の中にある鯉口を切ったままの刀をカチャリと鳴らした。


 私はそんな道永を真っ直ぐに見据えながら、そっと微笑む。


「無論、今からする話をお受けいただけない時には、私が貴方を消すからです。五体満足の時の貴方ならば容易な事ではございませんが、今の貴方ならば大した労もなく殺せます」


 すると道永は、意外にもその言葉に血を上らせたりはしなかった。むしろ逆に、話を信用したかの様に興味を示しだす。それは、道永の目が語っていた。


「随分と自信があるのだな。それにやたらと高圧的な割には、儂がその話とやらを聞けば断らないと確信もしている様だ」


 そして、冷静にそう言ったのである。


「意外にしっかりと見ていらっしゃるのですね。もう少し気の短い方だと思っておりました」


 それに応えて、私も遠慮のない言葉を返す。すると道永は心底忌々しそうに、


「それが祟って、この有様よ。体中にさらしを巻いたまま、同じ過ちを繰り返す程には愚かではないつもりだ」


 と吐き捨てた。


 余程痛い目に遭わされた様だった。自分で見た八島道永とも、話に聞いていた八島道永とも、大分様子が違っていた。


 もっと短慮で荒々しく、力に頼る男だと思っていたのだ。


 しかし、それならばそれでむしろ都合がよかった。


「左様にございますか。それはようございました。ならば尚の事、貴方は私の話を断らない。戦う術は心得ておりますが、不要な戦いで命を危険に晒すのは、私の流儀ではございません。助かります」


 少しいらつきながらも、話を聞く体勢だけはしっかり保っている道永に、私はそう応えた。


 すると道永は、フンッと鼻を一つ鳴らす。そして、


「それで? 話というのは何なんだ? いい加減本題に入れ」


 と話の先を促してきたのである。


 この時、今回の来訪目的の成功を確信した。


「では、単刀直入に申し上げます。金崎惟春(かねざき ただはる)様の幕下に加わっていただきたいのです」


 継直陣営の事を知り、しかもあの劣勢から息を吹き返しつつある藤ヶ崎勢との交戦経験もある将を、労なく手に入れられるかもしれない――――。


 そう、草より入った情報をそのまま書状にして送ってやった。そうしたら惟春は、すぐに引き抜きの手配にかかれとの返事を、即座に送って寄越したのである。

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