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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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幕 鬼灯(一) 富山の館にて継直と

 秋も深まり、いよいよ吹く風に身が震えるようになってきた。


 一年程も身元を隠し通せた藤ヶ崎の館で、よもやあれほど簡単に正体を見抜かれる事になるなどと、流石に予想もしていなかった。


 失態だった。本当は、まだ戻る予定ではなかったのだ。しかし、そのせいで富山に戻る事になった。


「転んでもただでは起きぬ女だな、鬼灯(ほおずき)。主の言葉通りであったぞ」


 富山の館の奥、板張りの評定の間で、継直公――いや継直と私は対面していた。他には幾人かの小姓しかいない。


 継直は私の顔ではなく頭、より正確には髪に挿した(かんざし)を見ながら、そう語りかけてきた。


 私の通り名――鬼灯の元となった愛用の簪だ。


 本名などとうに忘れた。里で修練を積んでいた時には、もうすでに名乗っていなかった。


「それはようございました。……もうすでにご処分なされたので?」


 そう尋ねると、継直は庭のある方の障子に向かって顎をしゃくる。


「ほら、そこで反省をしておるぞ?」


 それを受けて、一人の小姓が「開かれよ」と閉じられた障子の向こうに向かって声を発した。すると、外廊下に控えていた者がすっと障子を開ける。


 それと同時に、室内へと冷たい風が吹き込んできた。その風に目を細める。確かな死臭が鼻を突いた。


 にわかに乱れた髪を耳へとかけ、流す。そして、開かれた障子の方を見た。


 するとそこには、土気色の生首で作られた塔のようなものがあった。評定の間の脇にある白い玉石の庭には、そこを中心にどす黒く変色した染みが広がっていた。


 ぱっと見百以上はありそうな生首だった。それが冷たい風に晒されている。


 よくよく見てみれば、それらの首はどれ一つとして目も閉じられていなかった。刎ねられた時のまま、どれもこれもが目を見開き歪んだ表情のままで固まっている。そしてそのすべてが、何もかもを呪うような白化し濁った目をこちらに向けていた。


 おそらく処刑されて二、三日といった所だろう。


 それにしても、なんとも趣味のよい事である。


「……」


 私がその生首の塔を黙って眺めていると、継直は言葉を続けた。


「儂が誰を謀ろうとも許される。しかし、儂を謀る事は誰にも許されぬ」


 継直は私の目を真っ直ぐに見据えながら、薄ら笑い一つ浮かべず真顔でそう言った。


 この悪趣味な演出は、おそらく私への警告のつもりなのだろう。


 先日も、攻めていた筈の藤ヶ崎の勢力に、二水、須郷の町とその周辺の村落を奪われたと連絡があったばかりだ。そして現在三沢の町にも軍が来ているという。おそらく三沢の町とその周辺も奪われるだろう。


 そのせいもあってか最近継直の機嫌はすこぶる悪く、今まで以上に私に対する疑心を育てていた。


 この男は剛胆なのか、逆に肝が小さいのか――判断に迷う。


 金崎の勧めに従い、私を借りて内に入れるような大胆な真似をする一方で、この様な小心な真似もする。


 この男を表現する一番妥当な言葉は狂人だが、時に恐ろしいほど合理的で計算高くもなる。本当に矛盾だらけの男であった。


「それがようございます。蟻の一穴という言葉もございます故……。この大事に用心をして、しすぎるという事はございませぬ」


 だから、少しでも話を合わせておく。この者の疑心が、この者中での私への利用価値を上回る事がないように。私が信用される事は永遠にないだろうが、その辺りの微妙な均衡が私の身の安全に繋がるのだ。


 それに――――、私の”雇い主”にとっては、この話の流れの方が都合がよいのだから、そう言わぬ手はなかった。余計な事を言う必要はない。


 此度、偶然に手に入れる事が出来た情報を継直に伝えた最大の理由も同じだった。失態の埋め合わせ――と継直には言ったが、当然そんなものは表向きの理由だった。



…………――――藤ヶ崎で若い男に正体を見破られ一時町に身を潜めていた時に、北の砦が落ちた。


 藤ヶ崎からは、先日出陣したばかりだった。それなのに、まるでとんぼ返りをしてきたように、すぐ戻ってきた。


 それを妙に思い、危険を承知で町に出た。すると、わざわざ調べるまでもなく、町はその話で持ちきりだった。嘘だろうと思ったが、どうも本当に落したらしい。先触れの使者はもうすでに館に届いており、館からすでに発表があったとの事だった。本当に驚かされた。


 凱旋する藤ヶ崎の軍を迎える町人達に混じり、更に様子を探った。


 すると、凱旋する藤ヶ崎の軍の中に、こちらの兵が大勢混じっているのを見つけた。それを見た私は、余りにも早い砦の陥落と合わせて、北の砦の兵らの造反を疑った。


 だから、例え身の危険を冒す事になったとしても、その辺りを徹底的に調べあげたのだ。もう堂々とは館の中に入る事は出来ないが、闇に紛れて再度侵入もした。


 その結果、造反ではないという事が分かった。予想は外れた。普通に砦を落され、捕虜になったようだ。


 ただそれでも、ただの捕虜というにはどうにもおかしかった。藤ヶ崎の者らが、その者たちをもてなし始めたのだ。


 おかげで、大人しく身を隠してなどいられなくなった。なんの冗談だというような話である。


 しかし、そうしてもてなされ楽しげにしている砦の兵らを見ていて、ふと気づいたのだ。


 町で見た砦の兵はもっと多かったな――――と。


 だから更に調べた。館の者らの何気ない会話に聞き耳を立てながら、それらしい話が聞こえてくるのを待った。


 しかしそれは、それ程待つ事もなく割とあっさり知る事が出来た。宴が開かれている部屋からは離れた、厨の天井裏で。


 侍女らが食事の支度をするに当たって、その足りない者らの話を始めたのだ。


 その話に従って、その者らが集められているらしい場所へと私は向かった。すると話にあった通り、本当に武家町のとある屋敷の中に一纏めされて押し込まれていた。


 それを見た時に、この状況が理解できた。


 これは、藤ヶ崎が継直に対して仕掛けた罠だと。


 驚いた。心底驚いた。


 武士達が、こういう戦い方をするのを見るのは初めてだった。――――継直を除いては。


 だから、これからこの藤ヶ崎の勢力は強くなるだろう――と漠然とではあるが、そう感じた。


 継直と似た手を使う。


 継直の奇策や卑劣な罠は、この勢力には通じにくいかもしれない。それに今回のこれを見る限り、やり様も藤ヶ崎勢の方が洗練されている様に思えた。


 我が雇い主殿は、煮え湯を飲まされ続けた先代の水島当主の謀殺が成功して大層喜んでおられたが、その結果もっと厄介な敵を生んでしまったのかもしれない。


 そう思った。


 もっとも、例えそうであったとしても、それならそれで構わなかった。


 表向きの依頼内容の方でさえ、雇い主殿からの私への依頼は、継直に協力をする事であって藤ヶ崎を滅せという事ではないのだ。新たな依頼を金崎が重ねて来ぬ限りは、私には関係のない話だった。


 だから、私は私の”請け負った”仕事をこなす事にした。


『北の砦の兵は”すべて”藤ヶ崎に降りました。しらばくすると、藤ヶ崎の内意を受けて、その一部が開放されたと言って、ここ富山に帰ってくるでしょう』と。


 それを聞いた継直は、「そうか」とだけ答えた。


 そして、目だけを異常に血走らせてうっすらと笑ったのである――――…………。



 それからしばらくして、私が伝えた通りに北の砦に配属されていたの兵のうちの一部が富山へと帰還した。


 おそらくは、藤ヶ崎への投降を最後まで拒んだと思われる者たちだ。


 しかし彼らは武器を持ち、泥一つ返り血一つ付いていないよく磨かれた鎧を纏って帰ってきた。――――北の砦が落ちた戦から半月近くも経ってから。


 藤ヶ崎で詳しく情報を掴めていなかったら、私も間違いなく藤ヶ崎の術中に嵌まった事だろう。それ程に人の猜疑心を刺激する――とりわけ継直のような輩には、特に有効であろう見事な謀だった。


 それについ先日も、東の砦攻略に出た軍の大将――種田忠政の塩漬けの首が桶に入って富山の館の門前に置かれたばかりである。


 雰囲気の作り方、時の見極めも見事だった。


 疑いの目が向く環境がよく整えられていた。


 その結果がこれだ。


 戻った者たちは今こうして首となって塔を作り、私の前にあった。


 私がこの者たちを見たのは、帰還してきたその時が最後だ。以降どのような過程を経て、こうなったのかは全く知らない。


 が、どれもこれも同じ表情を浮かべているこの首たちが、その空白の時間を容易に想像させてくれた。


 警告に動じない私に継直は刹那片眉を上げる。が、すぐに深く口角を曲げ、嫌らしい笑みを浮かべた。そして、


「その通りだな。”一匹の蟻”でも、恐ろしいものだ」


 と、囁く様な口ぶりで、私の目を見ながらそう言った。

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