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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第百四話 藤ヶ崎防衛戦 終幕 でござる

 しかしながら、目の前で涙をポロポロと零しつつ、千賀はひたすら伝七郎に言いつけ続けた。


 泣く子には勝てませぬ。


 とうとう根負けし、今度何か珍しくておいしい物を作ってやるから泣き止めと千賀を宥める。


 すると千賀は、先程までのはいったいなんだったんだという勢いで、「本当かやっ?!」とこちらを振り向いた。


 その眼差しはキラキラと期待に輝く。今更やっぱなしなどと言える雰囲気じゃなかった。


 さっきまでの大反抗は何だったのだろうか。


 はっ。もしや拳骨の効果か、それともおいしいもの効果か。


 どう考えても後者だな。


「うそじゃないな? 本当じゃな?」と胸の前で両手とも拳を握り、千賀は何度も俺に確認をする。その期待の程が窺える。


 思わず溜息が漏れた。が、約束は約束だからな。


「ほ・ん・と・うだ。この曇りなき眼を見よ。俺が嘘をついた事があったか」


「たくさんあったのじゃ。はんぶんくらいかの?」


 千賀は真っ赤に泣きはらした目を半眼にして、そう言った。逞しくなったものである。


 小さいうちからそんな目をするのはいけないと、俺は思います。


 結局何度も確認する千賀と、俺は指切りをする事になった。


 いらん事を教えてしまったと言わざるを得ない。が、指切りをして、ようやく千賀の半開きの目がくりっと大きく開いた。


 千賀は嬉しそうにくるりくるりと喜びの舞を舞う。


 それを見て、言う事を聞いて茂助らがいる間は奥に隠れている事を再度言い含める事にした。機嫌も回復しチャンス到来と思ったのも事実ではあるが、浮かれて肝心な部分がどっかに行っていそうな気がしたからだ。


 それ程に、ものすごい勢いで食いついてきた。余程この餌が気に入ったようである。やはりチビでも女の子。おいしいものには目がないらしい。


 もしこの約束を俺が破れば、今度こそ間違いなく、本気で大泣きされそうな雰囲気だった。そう確信できた。そしてその時には、伝七郎も、爺さんも、そしてお菊さんらも俺の敵に回るだろう。


 やれやれ、結局俺の一人負けか。


 とは言え、とりあえずはこれで一安心だった。


 あれは我が儘言いたい放題言って甘えるが、非常に素直な一面もある。だから、ちゃんと言い聞かせて約束さえすれば、何かの拍子にスコンと忘れない限り、律儀に守ってもくれるのだ。この辺りには、お菊さんの教育の成果がよく出ていた。




 そんなやり取りを終え館へと戻ってくる。千賀らにはすぐに奥へと入ってもらった。


 そして俺と伝七郎、爺さんで、爺さんの代わりに藤ヶ崎を守ってくれていた人間の元へと向かう事にした。


 その人物は高木高俊といい、爺さん麾下の百人組長の一人である。


 又兵衛と一緒に、東の砦に向けての出陣の調整に関係各所を廻った折に、俺も面識があった。なんか豪放磊落な性格をしたおっさんだったと記憶している。


 彼の元へと着くと、まずは爺さんがその労をねぎらった。その後俺と伝七郎も、無茶を言って色々と面倒をかけた事を改めて詫び、同時に礼を言った。


 高俊はそんな俺たちに、カラカラと笑いながら、


「いやあ、中々に大変でございましたよ?」


 と、変に含んだり飾ったりする事なく、さっぱりとした態度で応えた。


 そしてすぐに真面目な顔になって、俺たちがいない間の茂助らについての報告をしてくれたのである。


 茂助らは、初日は警戒をしていたそうだ。顔も出さない俺たちの事をしきりに聞いてきたらしい。


 だが豪勢な料理に、藤ヶ崎の綺麗どころ――侍女衆や小間使いの女達に酌をされて、その日の宴が終わる頃には、すでに好き放題言いながら行動を制限された不安も不満も忘れて、宴を楽しみだしたそうだ。


 流石は継直につくような者たちである。欲にひたすら弱い。奴らのような下級武士には過ぎたる接待だったが、いとも簡単に溺れたようだった。


 屑は所詮屑。そんな侮蔑の心が生まれる。が、同時に口角が自然と上がった。


 策が順調に進んでいる事を確信したからだ。


 そして、改めて計画を確認する。


 連日の宴が続いて、そろそろ一週間近くなる。


 その間俺たちは顔を出せなかったが、藤ヶ崎に残っていた者たちが、俺の期待した以上に頑張ってくれていたようだ。後で自分の目でも確認するつもりだが、話を聞く限り、まず骨抜きになっている。思考も鈍り、ただでさえ悪そうな頭は、もはや飾り以外の何ものでもないだろう。


”あれ”も昨日のうちに富山へとやった。馬で移動しているから、明日か明後日には到着する。計画外のものだが、間違いなく駄目押しになるだろう。


 そんな事を考えながら、逆算していく。答えを出して、再度計算し直す。そして決めた。


「――――うん。もう三日程、だな……」




 そのあと部屋で着替えると、すぐに宴が開かれている広間へと移動した。


 宴は、庭など外界との接触が極力少ない館の中央部――いくつかの広間の間にある襖を外して拵えられた大広間にて開かれていた。


 煌々と明かりが焚かれ、部屋には琴や笛の調べが流れる。多くの男達に混じり、宴の華である若い娘らの姿もかなりあった。


「いやあ、下村殿。お招きしたのに永らく顔をお見せせず、申し訳ございません」


 俺はそう言いながら、宴が催されている広間へと入っていく。


 爺さんと三人衆は、表だってはこの件に関わらない事と、すでに決定されていた。


 爺さんは名前が売れすぎていて、相手の警戒心を強めてしまうから顔見せ自体NGだし、三人衆は千賀の警護や裏方としてサポート役にまわって貰う為だ。今まで共に死線をくぐり抜けてきたあいつらならば、俺らとしても今更あれこれ考える必要もなく、安心して無条件で任せる事が出来る。柔軟な対応が必要になるかもしれない今回、俺らにとっては最適の補助要員だった。


 だからいま部屋には、高木高俊が選び今まで頑張ってくれていた皆――接待役の者らや女衆――と、先に来ていた伝七郎に、茂助ほかの虜囚どもがいるだけであった。


 伝七郎は、すでに接待役の一人となって、あちらこちらの席をまわっていた。無論、奴なりにこの馬鹿どもの様子を探りながら。


 俺は、武のない俺の護衛という事でついてくれた又兵衛と共に、下村茂助の元へと近づいていく。又兵衛は常に俺の一歩後ろについてくれていた。茂助の側まで来て俺が止まると、やはりその一歩後ろで片膝を着いて待機してくれる。相変わらずの仕事ぶりであった。


 俺が近づいて声をかけると茂助は、


「ほう……。やっとお出ましか。大した大物ぶりだな」


 と皮肉たっぷりな口調で、酌をするお姉さんの肩を抱きながら、酒に酔った赤ら顔をこちらへと向ける。


「ははは、これは手厳しい。少々他所で呼ばれてしまいまして。申し訳ない。しかし、今までの分を取り戻しますぞ。ささ、是非私にも酒を注がさせて下さい」


「ふん。貴様に注がれる酒よりも、きれいな娘に注いでもらった方がなんぼも旨いわ。のう?」


 そう言って茂助は、俺から視線を切ると、肩を抱いていた娘を更に強く抱き寄せた。

そして、呷って空にした杯をそのお姉さんの方へと乱暴に突きだす。


 しかし、二十も半ばくらいのそのお姉さんはこういう場所で働いている事もあってか、流石に色々と手慣れていた。茂助を適当にいなしながら、きちんと相手も務めている。まったく心配はなさそうだった。


 だから俺は、そんな茂助に愛想笑いを向けながら、広間全体の様子を探る事にした。


 ここにいる者らは皆、捕虜にした者のうち俺たちに降らなかった者たちばかりだ。


 降った者たちはここにはいない。


 その者らは北の砦から戻ってきた時より、今ここで馬鹿騒ぎをしている者らから離してあった。


 奴らは、質素な長屋にわざとすし詰め状態で押し込んだ。そして、俺たちが東の砦から戻ってくるまで労役も課し、囚人並みの一切自由のない生活を送らせていた。監視が楽だという理由もある。が、わざと恵まれない生活環境へとたたき落としたのだ。


 澱んだ心底を根こそぎどぶさらいする為に、一度底を見せてやる事にしたのである。


 そして近日中には三人衆の下に配し、新しい水島に相応しい兵へと生まれ変わるべく、しごきにしごき心身共に鍛え直す予定となっていた。


 一方目の前の『哀れな生け贄』たちは、自身の未来を想像もしないで、誰も彼もが大層楽しそうに宴に興じていた。すでに、いなくなった仲間の事を考えている者など皆無であろう。


 一人ぐらいは、多少頭の働く奴がいてもよさそうなものである。が、ぱっと見た限りにおいて、そんな人間は一人も見当たらなかった。


 演じている者もいるかもしれない――と酒を呑むふりをしているだけの素面の人間を探してみたり、こちらの様子を伺うような視線を放つ者はいないかと探してみたり、それもいないならと、それぞれの前に置かれている膳の料理の減り具合にまで観察の視線を走らせた。


 しかしその結果は――――、全員楽しんでいる、まる。だった。


 作っている愛想笑いが崩れぬようにするのに、かなりの努力を必要としたのは言うまでもない。


 この『元・水島の兵』らは俺の想像していた以上に俗物で、おまけに頭も悪かった。


 これでは千賀の親父さんも苦労した筈である。爺さんの髪が真っ白な理由の何割は、この馬鹿どものせいに違いない。聞かずとも、俺はそれを確信できた。


 周りに気をつけながら、そっと小さく一つ溜息を吐く。胸の内に生まれたこのやるせない思いを、止めておく事は出来なかった。




 以降三日。同じ様に宴を開き、そして俺と伝七郎も同じ様に顔を出した。


 そして今日、約束通り茂助らを解放する事になっていた。と言っても、実際に解放されるのは明日になるが。北の砦の少し先で解放の予定だからだ。


 朝陽が昇ると、奴らはすぐに館の門の前へと集められた。


 また、北の砦までの護送は又兵衛が務める事になっていた。そしてこの任務の後、護送任務に就いた兵共々、北の砦に今いる次郎右衛門に合流する事となっている。


 今回は又兵衛にも次郎右衛門にも、本当に世話になった。こんな大事(おおごと)に最後まで付き合って又兵衛。彼のような優秀な懐刀を気前よく長々と貸してくれた次郎右衛門。どちらにも足を向けて眠れない。


 そんな又兵衛に、俺は何度も礼を言いながら、二通の書状を懐から取り出した。


「これは?」


 又兵衛が尋ねてくる。


「ん。一通は次郎右衛門殿への礼状。もう一通は『北の砦の防衛計画書』だ」


 俺は”そう言いながら”、茂助らもいる”その場”で、その二通の書状を又兵衛に手渡した。


 又兵衛は特に表情を変える事もなく、俺からそれらを受け取る。しかし受け取るその一瞬だけ、そっと俺と伝七郎に視線を走らせた。


 その時、俺も伝七郎もまったく表情を変えなかった。それを見て又兵衛は、そのまま書状を大事そうに懐へとしまい、「確かにお預かり致しました。次郎右衛門様へと間違いなくお渡し致します」と何事もなく答える。本当に出来る人物だった。


 この二通の書状は、無論罠である。


 もっとも成功したらラッキーだねという程度のものではあったが。ただ、必要な労力がこのお芝居だけなのだから、やらない手はない。それだけだった。


 一通は確かに次郎右衛門へと向けた礼状である。ただしもう一通の方には、砦の防衛計画の指示内容と共に、捕虜らの取り扱いと『出陣命令』が伝七郎の署名と総帥印を付して記されていた。


 その命令内容は継直領――北の砦のすぐ北にある二町六村の奪還である。


 ただし、計画はそればかりではない。次郎右衛門の後発で、この藤ヶ崎からもすぐにもう一軍を出す予定となっている。こちらは藤ヶ崎西にある西の砦の更に北西――一町八村の奪還を予定としているのだ。


 電撃戦である。


 この作戦は、こちらが藤ヶ崎一町しか領有していなかったせいで生まれた好機にのったものだった。


 窮鼠猫を噛むという言葉の意味を、俺は継直の糞野郎に教えてやろうと思う。


 継直は寡勢の俺たちが逆に攻め込んでくるなどと事は想定していないらしく、継直領の防衛線がかなり歪な事になっているのだ。他領と接する所には守備軍もしっかりと展開されている一方で、俺たちと接している部分だけが守備軍が極めて小勢になっているのである。その差分が、こちらへの侵攻用の軍として運用されていたのだ。


 そして今現在の状況は、北の砦、東の砦の二カ所でそれらの軍が破られるという――継直にとってあり得ない事態となっている為、防御がスカスカの状態なのである。


 こちらも兵の損耗、疲労は激しい。が、この絶好機を逃がす気は俺にはなかった。


 継直は防衛線の再構築も遅れ気味だった。兵站は完全に死んでいた。物資、食料、水などはおろか兵の補充すら追いついていない。


 それらの情報が、藤ヶ崎に戻ってきてすぐひそかに放った偵察――乱波によって、すでに報告として届いていた。


 さて、掛かってくれるかな。


 俺は顔には出さず、心の中でほくそ笑む。


 しばらくして茂助ほかの捕虜達は、又兵衛に連れられ北の砦へと出発した。館の前から町の北門へと向かって歩き遠ざかっていく茂助らの背中を、俺と伝七郎は見送っていた。俺には奴らが歩み進む道が黄泉路に見えていた。


 すると、伝七郎が横で呟くように言った。


「それにしても……、武殿は本当にすごい。よくそれだけ頭が回りますね」


「そうか?」


「ええ。もしあの者らから『砦の防衛計画書』が砦の責任者へと送られたと発言すれば、あ奴らが油断する可能性は確かに上がります」


「可能性だがな」


「ええ、可能性です。でも、相手が見たいもの――でしたっけ? それが故に、成功する可能性は低くない……」


「ああ。あいつらの想定に乗っかった話だからな。人は見たいものを見るし、信じたいものを信じる。それにそうならなかったとしても、それならそれで構わない。小芝居一つで、より楽になるかもしれないから、とりあえずやってみた……というだけの事さね」


 そう言いながら、俺は伝七郎の方を向いた。


「はい」


 それに気づき、伝七郎もこちらを向く。


「それに……、あいつらはどのみち全員死ぬ運命だ。信じてもらえない絶望を味わいながらな。今更一つくらい作られた背信行為が増えようが、奴らの未来になんら影響はない。助かりもしないし、より苦しむ事もないだろう。今までに用意したネタで、すでに継直の怒りは頂点だろうからな」


 そんな伝七郎に向かって、俺は酷薄な笑みを作って見せた。


 すると伝七郎は、真顔で言う。


「怖いですねぇ。私は貴方が敵に回らなかった事を、心から神仏に感謝しようと思います」


 俺は首を横に振った。


「はっ。やめとけ、やめとけ。あいつらとんでもねぇ奴らだぞ? こんな苦労させるのに、チート一つ寄越さないようなしみったれだ。俺ならば、奴らに感謝するくらいなら、その辺の爺婆をしっかりと拝んでおくね。まだそちらの方が御利益ありそうだ」


 そう言うと、伝七郎は「ちーと?」と首を傾げた。


 だが俺は、その問いに答えず、茂助らの背中の方へと再び目をやった。


 そして奴らの背中に向かって、別れの言葉を送る。


「じゃあな。地獄で悔いろ、馬鹿どもが」

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