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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第百一話 千賀のお出迎え でござる その一




 そんな事を話しながら、街道沿いに藤ヶ崎へと戻ってくる。もう間もなく、町の南門へと到着しようとしていた。遠くにはすでに町の端が見えている。


 往路では、早朝東の砦に向かって、手前の鷹見山に着いたのが陽が暮れた後だった。


 故に当然ではあるが、朝向こうを発って、今は赤く染まった秋空にカラスが鳴いている。砦に行った時よりも、行軍を急いでこれだった。町にも食事を作る煙が幾筋も棚引いていた。


 それは、北の砦から帰ってきた時に目にした光景と同じものだった。


 平和な光景に、ああ無事戻ってきたと実感する。


「ふう。ようやく到着か。ほんとにこちらは、移動にいちいち時間がかかって困る」


 安堵に任せて、そんな愚痴のような軽口を零してみた。すると伝七郎は、そんな俺の言葉に反応する。


「武殿の国では違うのですか?」


「ああ。説明するのはちょっと難しいが、この位の距離だと、鉄の馬に乗って一刻も待たずに到着するよ」


 車に乗って高速をぶっ飛ばせばあっという間だよな――などと頭の中で考えながら、そんな伝七郎の質問に答える。


「一刻ですか?! それに鉄の馬……。」


 すると目を丸くして、絶句したようにそう感想を漏らした。


 ははは。多分今こいつの頭の中にあるのと、現実の車とでは随分の差があるのだろうな。


 そんな事を考えながら俺は、


「あれが良いか悪いかは人によって判断が分かれるだろうがな。まあ、速さだけは間違いなくあちらの方が上だろう」


 と、答えてやった。


 俺たちは街道をのんびり歩む馬の背で、そんな大して意味も益もない雑談を交わしていた。見える町並が心を安んじてくれていた。結果、自然と口も軽くなっていたのだ。


 まだ行軍中とはいえ、周りの兵らもずいぶんゆったりとしているように見える。皆等しく、いつも通りの町の平和な光景にほっとしているようだった。


 将らの様子を見渡せば、爺さんはそんな俺たちの会話を黙って聞いていた。たまに周りを見回した時に視線が合う事もあったが、面白そうに話を聞いているだけで話しに混じってくる様子はない。


 又兵衛は常に俺たちの側に控えしっかりと警護を務めてくれていたし、源太は兵列の先頭で先導し、与平は殿(しんがり)で普段は信吾が務めてくれている任にあたってくれていた。


 なんのかんので、今この軍の中では俺たちこそが一番緩んでいると思われた。もっとも伝七郎に問えば、「一緒にしないで下さい、武殿」と言うかもしれない。だから問う気はなかった。緩んでいるのは『俺たち』である。


 俺超頑張ったし、戻っても忙しいし。


 それが終わってもすぐに計画書作って東の砦に行かないといけないし――――先の事は余り考えたくなかった。ちょっとぐらい休憩していても罰は当たらない筈である。


 そんなこんなで、そろそろ南門だった。


 すると前で、伝七郎が首を伸ばすような仕草をした。何事かと覗き込むと、奴は目を細めるようにして前方を遠目している。


「…………あれ、姫様ではありませんかね?」


「何?」


 いや、まさか――と、俺も伝七郎の後ろで背筋を目一杯伸ばした。危うく馬の背から落ちそうになったが、それでも頑張った。


 伝七郎と同じようにぐっと目を細めて、視点を遠くにやってみる。


 確かに、いくらかの人の集団があるのが確認できる。しかし俺の目は、こいつら程には見えない。悔しいが、人の判別までは全くつかなかった。ただ、もしあれが千賀だとすると、侍女衆といくらかの護衛を連れて出てきているものと思われた。人数的にはそんな感じに見える。


 そうして考え込んでいると、先頭の影が上下に動き始めた。よくよく注意してみれば、その影は随分と小さいような気がした。


 うむ……、随分とこんまいな。


 それが上下に動いていた。その動きは、おそらく飛び跳ねているものと推測できた。


 あれは千賀だ――――と確信した。


「そう……だな。あれは、千賀……だな……」


 口から漏れる言葉がぎこちない。


 当然である。


 いま藤ヶ崎には、茂助らがいるのだ。なんたる不用心なと思った俺を責められる奴はいないだろう。


 まあしかし、だ。


 どうせあれが言う事を聞かなかったんだろうなとは思った。皆を散々困らせて出て来たに違いなかった。


 まったく、あの馬鹿たれは……。


 笑顔で出迎える――――千賀とはそう約束をしたが、この状況で何も外まで出迎えに出てくる事はないだろうに。


 そうは思わずにはいられなかった。


 だが、顔は苦笑を作るばかりで怒りは全く湧いてこなかった。げんこ一発で許してやろうと思う。危ない事は危ないから、まったく怒らない訳にはいかないのだ。


「ああ、姫様。出迎えてくれるのは嬉しいのですが…………」


 そんな事を考えていると、隣でも伝七郎が似たような感想を漏らしている。


 考えている事は同じようだ。が、こいつでは千賀は叱れまい。


 なにせ甘やかし担当だ。現実今も、困ったような顔をしているばかりである。やはり、俺の役割のようだった。


 まあでも、しゃあないっちゃあしゃあないんだがな。


 なにせ――――。


 ちらりと横目をやれば、そこには伝七郎と同じく喜びと困ったという感情が半々に交じったような顔で、爺さんが苦笑していた。


「へ~~ぇ~~じ~~ぃ~~ッ!!」


 いよいよ南門に近づくと、到着を待ちきれなかった千賀が道を転がるように駆けてくる。


 源太の指示なのか、兵たちが空気を読んだのかは分からないが、兵列は割れ真ん中に道を作っていた。そこを脇目も振らず、真っ直ぐに駆けてくるのだ。


 おおう……。結構なスピードで走りやがんな、あのチビ。道理で死にそうになった訳だ。爺さん気をつけろよ? それは当たるととても痛いぞ?


 突っ込んでくる千賀に、思わず我が息子が縮こまる。


 爺さんの方へとちらりと目線を送って注意を促すが、当然爺さんはこちらなど見てはいなかった。しかし、すでに下馬の動作に入っていた。


 そしてすぐに千賀は到着し、思った通りそのままの勢いで爺さんに突貫する。


 だが爺さんは流石だった。俺とでは年季が違った。


 千賀が到着する直前には馬の手綱を近くの兵へと渡し、千賀が飛びかかった時には抱きとめる態勢を、しっかりと整え終わっていたのだ。


 爺さんは、飛びつく千賀をふわりと抱きとめる。


 爺さん、やるな。


 俺は素直にそう思った。あのチビの扱いに関して、格の違いを見せつけられた気がした。完璧に呼吸が合っていた。


 一方飛びついた千賀はと言うと、爺さんに抱き上げられ、すぐにその首っ玉にかじりつく。そして、


「平じいっ! なんでだまって行ったのじゃ。だまって行っちゃ、やーなのじゃっ! めーなのじゃっ!」


 と、目に大きな水玉を浮かべて、爺さんを責めたて始めた。


「おお、おお。姫様。申し訳ござらん。じいが悪うございました。謝りますから、泣き止んで下さいませ」


 爺さんはそう言って、抱いた千賀の背を軽くぽんぽんと叩きながらあやす。その姿はすでに歴戦の将ではなく、ただの好好爺(こうこうや)だった。


 俺は他の皆同様に、そんな二人を黙って眺めていた。すると、


「武殿、お帰りなさいませ……」


 と、そう声をかけられる。


 そちらを振り向く。


 すると、おそらくは千賀を追って後からやってきたのだろうお菊さんが、少し瞳を潤ませながら、俺に向かってそっと小さく頭を下げていた。


「ああ、ただいま。お菊さん。親父さんは、確かに連れ帰ったよ?」


 なんとなく照れくさかった。


 だから、少し巫山戯て聞こえるようにそう言った。


 それと同時に、ふところから懐紙を取り出す。


 刀を借りた時から、「これも必要ですから、持っていて下さいね」と渡されたものである。借りた刀はもうまさに日本刀そのものといってよい反りのある刀だったので、切れ味が命であるのは明白だった。斬れば、すぐに血脂を拭く必要があるのだろうと容易に想像がついたので、以降は言われた通り常備していたのだ。


 そしてその取り出した懐紙を、そっとお菊さんの目の端に当ててやった。


 お菊さんにとって、千賀は本当に可愛い妹なんだな――――と、濡れて灰色に変わる紙を見ながら切々と感じた。


 千賀が不安そうにしているのを見るのは、さぞ辛かった事だろう。爺さんと再会して喜びを溢れさせている千賀を見て、感極まっている事からもそれが窺い知れるというものだった。


 俺が目の端に紙を当ててやると、お菊さんはしばらくの間、驚いたように潤む瞳を見開いていた。しかしすぐに、顔をまっ赤に染めてしまう。


 あー、やべー。もしかして、俺はまた何かを間違えたのか?


 リアル恋愛経験のなさがネックだった。漫画や小説、ドラマでしか恋愛など知らない。バイブルは『女を口説く百の方法』だ。あの本の通りにやって、口説けた事はただの一度もなかったが、あれしか参考書はなかった。


 不安になる。


 馴れ馴れしすぎたのか? いやでも、男子たる者、目の前で女を泣かせっぱなしという訳にもいかんし……。うーむ……。


 互いに知らない間柄でもないという――実に微妙すぎる距離が俺を困らせていた。反省しようにも、よかったのか悪かったのかの判断すらつかない。


 何せ当のお菊さんも、顔をまっ赤にしながらも、嫌がる素振りはまったく見せずに、されるがままになって、こちらを見ている。


 これをどう考えるべきか、俺には難問過ぎた。ぶっちゃけ、砦落す方が簡単だったとすら思える。


「あー、その、大丈夫?」


 恐る恐る、そう尋ねてみる。


 すると彼女は軽く微笑み、


「はい、大丈夫です。武殿、有り難うございます」


 と答えた。


 一瞬その時のお菊さんの顔が、無防備に笑う千賀の顔とダブって見えた。


 俺は目をこしこしと擦る。そして、とりあえず最悪の事態は免れているらしいと、胸を撫で下ろした。


 一息がつけたところで、念の為に聞いておく。


「それで、だけど。あれは、またあのチビが我が儘を?」


 と、千賀と爺さんの方に向けて、親指を立てて握った拳を二度ほど振って聞いてみた。


「申し訳ございません……。高俊殿からも、武殿らがお戻りになるまでは奥から出ない様に伝えられてはいたのですが……。いえ、姫様も今日まではきちんとそれを守っておられたのですよ? しかし早馬の報せを聞いた後は、出迎えると言って聞いて下さらなくなって……」


 らしくない歯切れの悪いしゃべり方をしながら、お菊さんは俺にそう答える。


 高俊殿? 爺さんがいない間の藤ヶ崎の責任者を務めていた者だったっけか。まあ何にせよ、やはり皆が止めても聞かなかったと言う事らしい。


 ただ、そう申し訳なさそうに言うお菊さんであったが、千賀の方に視線をやっては困ったような顔をしながらも暖かな視線を注いでいた。吹き始めた夜風に髪を抑えながら、とても優しげな目で千賀を見つめている。


 そして俺は、そんな彼女の横顔に、なぜか胸が高鳴りを感じた。


 お菊さんが千賀を見守っている姿なんて、もう何度も見ている。別になんて事ない筈の光景だった。


 なのに……。


 その感覚に、俺は戸惑った。改めて彼女を見てみる。


 彼女はそんな俺の視線に気付く事なく、今もまだ爺さんに抱かれながら、泣いて理不尽な事を喚き続けている千賀を見つめていた。


 いつも通りに綺麗だった。そして、かわいかった。それは間違いなかった。


 ホモでもない限り、そりゃあ無反応という事はないだろう――――とは思う。


 だが……。


 何というか、そういう事ではないのだ。何も分からなかったが、なぜかそれだけは確信を持ってわかった。それはとても不思議な、今までに感じた事のない感覚だった。

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