第九話 一人で千人斬れない凡人は考えるしかないんだよ でござる
わずかばかりの成功とちょっとばかりの不安に押し包まれつつ、俺は更に地図とにらめっこをする。
隘路……出口の待ち伏せは、すでに伝七郎が使った。迂回もない。仮にされたと偵察より情報が入れば、迂回している間にさっさとトンズラすればいいだけの事。
隘路の出口で待ち伏せすれば、その瞬間戦闘に係わっている敵人数の絞り込み自体は地形の構造上どうやってもできるので、相手の方が数が多い時には一定の効果をもたらす事はできる。
しかし、一度痛い目に合わせているだけに次は十分に対策を立ててくるだろう。もっとも、こちらの流儀で、だろうが。
んー、話によると、出てきている将は二名で、さっき一名は討ちとっている。
という事は次は先遣隊本隊が相手という事。
対抗手段を講じられて一定以上の効果は望めない戦術で地道に削るより、一気に片づけたい。
一撃必殺の策を以って完全なる勝利を手にし、奴ら、特に継直を筆頭とする敵将官クラスに見せつけておきたいし、今の状況であれば可能ならそれを目指すべきだ。
こちらの力を実際より大きく見せる為に。軽い気持ちで手を出されない為に。
正直、こちらの戦力を逆に小さく見せて、小勢を釣り続けるような方法もあるにはあると思う。が、俺が推察するに、それで勝利をもぎ取れるだけの体力がこちらにはない。
現状考えると、こういう時定番とも言える釣り野伏せのような戦法や、大にしろ小にしろ偽兵の類の策も今の俺らに適当だとは思えない。
同じく体力的な問題もある訳だが、何より、この場はともかく、前者は逃げた後で千賀が困る事になるし、後者では一時的に相手の行動を抑制はできるが、こちらの地力がなさすぎて、相手がすぐに再起動してしまう。
やはり、ここは奇策を用いてでも、圧倒的にして劇的なる勝利をおさめておきたい。叶うならば、こちらに数倍するだろう今迫っている部隊を完全に殲滅して、その敗北の記憶を奴らの脳裏に焼き付けられたら最高だ。
それに相手は大軍とは言え、あくまでそれはこちらと比べてなんだ。所詮数百レベルの寡数だろ。戦い方とそれに挑む者の資質によっては、個人で撃破できる可能性さえある数じゃないか。
更に言えば、これが小規模戦闘でなくとも、可能性を論じるだけなら、やはり可能であると言える。夢みたいな話だが古今東西、少数で大軍を劇的に破った例がない訳ではないんだ。ただ、俺が知っているそれらの大半は相当運に左右された結果ではある。それは間違いない。間違いないが、実例がある以上、まったくの不可能ではない筈だ。
おまけにこちらならば、成功する確率はあちらの歴史の当時のそれより飛躍的に高いだろうしな。この世界の特殊性ゆえに。
と、なるとだ。それを再現する為には一度見せている策というのは、それだけでどうしても不安になる。失敗する可能性は少しでも下げたい。
そして、今回に限って言えば、一撃必殺が望めないのは当然として、こちらの地力が足りなさすぎて、一定の効果を上げる事すらできずに、逆にやられてしまう可能性すらある。
冗談ではない。そんな事になったら、俺らはただの恥知らずなギャグ要員として、歴史に名を残す事になるだろう。
相手がわかっている策に、それでも尚且つ嵌らせる為には、当然それなりの状況なり前準備なりが必要だ。そして、何よりこちらの地力もある程度必要になる。
しかし、どれも今の俺たちにはない。足りないどころか、ないのだ。
と、いう事は、だ。やっぱ、奴らにとって初見であろう策に頼るのがベター……だな。こんなの用兵術としては邪道もいいところだろうが、やむをえん。
はやく完璧に兵站を整えた蝗ローラー作戦を実行できるようになりたいものだ。
そうなれば指揮官は昼寝してても、有能な副官あたりがちゃちゃっと済ましておいてくれるだろう。そういう副官が欲しい。お飾り指揮官万歳。俺は喜んでなるぞ。楽だからなっ。
でも、ちょっと待とうか。確か大陸の偉い先生が言ってた気がするな?
『は? 戦った? なにやってんのお前? 馬鹿なの? 阿呆なの? 戦う前に勝って、初めて童貞卒業だろ。腐れレイパーがドヤ顔とか笑える。素人童貞の方が遥かにマシ』
って。つまり、俺ごときが考える範疇では、どちらでも同じって事ですよね? よし、問題ない。大した差はないんや。
…………小勢で粋がるとか死んだ方がいいとも言ってたような気がするが、それは忘れておくべきだよな、うん。
「うーむ。この隘路をなあ……」
俺が悩んでいる間に伝七郎は偵察部隊を新たに出し、また、将候補をここに呼ぶように指示しているようだ。伝令の出入りの音と奴の出す指示の言葉だけが俺の耳に届いている。
……いや、遠くでまだ幼女が騒いでいるな。まあ、あれはあれで役に立ったと言えなくもないがな?
「先程と同様に出口で部隊展開しますか?」
「いや、それは駄目だ。確か相手に二十程騎馬がいたな? あれを統制のとれた状態で運用されて、一度こじ開けられたらお仕舞だ」
「そうですか……」
「なんのかんので小規模戦闘だからな。統制はとりやすい。し、また、どれだけ騎馬を減らせているかわからんが、こちらは待ち伏せをするなら、槍隊で塞いで弓隊で攻撃というのが基本戦術になるだろう。しかし、槍隊も槍衾も複数組めるほどはなく、また訓練もできていない。弓隊との連携も期待できない。これではいくら出口が狭いとは言っても、正直突破される可能性の方が高いと思う。さっきはあの将の脳筋ぶりに助けられはしたが、一度痛い目にあえば、次の大将が同じく脳筋でも多少は考えるかもしれん」
そこまで話した時、伝七郎が最初に放っていた方の偵察が戻ってくる。
「申し上げます。敵騎馬隊ほぼ無傷で離脱したようです。敵足軽隊は半数を討ち取り、
残りは一部傷を負わせるも逃走されました。谷道を抜けて戻っていく所までは確認しましたが、そこから先はご指示により、ついていかなかったので不明です。お味方は死者なし。乱戦中に怪我をした者が三名いるだけで、いずれも軽症で戦闘の継続は可能だそうです。騎馬槍隊ともに追撃をすでにやめ、こちらに向かっています」
「ご苦労でした。下がって休んでください」
「はっ。有難うございます」
うーむ。完勝だな。一方的じゃないか。死者なしってすごいよ? おまけに壊滅させてるじゃん。これは嬉しい誤算だったわ。
「どうです? 何か良い知恵は浮かびましたか?」
伝七郎の奴め、もうおもっきり頼る気満々だな。こいつの中では俺はいったいどういう存在になってるんだ? もう目があきらかに期待してますってキラキラしてるんだが?
「いや、残念ながら、まだこれといったものは浮かばんな」
「……そうですか」
奴は特にそれ以上問うような事はしなかったが、あきらかに落胆させてしまったようだ。つか、仕方ないだろ? 俺は普通の高校生なんだぜ?
「んー、よし。伝七郎。陽が暮れる前に現場を見て回ろう。特に隘路の部分を見たい」
本当の事を言うと、今頭に浮かんでいるものがあるにはあるんだがな。しかし、この地図ではそれができるのかできないのか、正直わからん。
哀しいかな、俺たちの感覚で言うとこれは地図ではなく絵だ。だいたいのイメージと方向と配置くらいはわかるから、まったくいらない子という訳ではないが……。現場を確認しなくてはどうにもならない。
「えーと、わかりました。それではまいりましょう」
「あと、源太たちがこちらに来ましたら、『戻った後呼ぶので、近場で待機していて欲しい』と伝えて下さい」
「はっ」
伝七郎が俺に応えながら、近くにいた兵に言伝を頼んでいる。さっき将の候補を選んでおいてくれといった件だろう。