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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第九十九話 軍師 でござる

 一通り砦を廻ってみて思ったのは、幸か不幸か、いずれにしても手を加えなくてはならない状況であるという事であった。


 だから放棄させるなら、この機を逃すべきではないと直感した。象徴とも言える造りのこの砦と共に、その古い思考を丸ごと廃棄させる絶好機なのだと。


 修復作業も一切進められていない。おそらく又兵衛は砦の破壊状況を見て、後片付けのみを進める事にしたのだろう。


 俺は、それに満足していた。そして又兵衛は、やはり優秀な副官だと改めて確信した。


 だからこれを機に今見てきた現状を踏まえ、俺は皆に俺の生まれた世界の砦とその使われ方、主な役目などを説明していった。


 正念場だった。俺に好意的な思考をしてくれるこいつらにすら、そのメリットを感じさせる事ができないようでは、その先にある兵や民への説得など到底できる訳がないからだ。


 無論、少々オタ気質とはいえ、俺は只の高校生だ。少なくともそうだった。


 それ故に、その説明はあちらの世界の専門家たちのそれとは比べる苦もなく稚拙なものだ。しかしそれでも、知る限りをできる限り噛み砕いて説明していった。この世界でそれを実行する事によって、俺らが明確に優位に立てる点をピックアップする事も忘れない。


 その説明に、伝七郎と爺さんは神妙に耳を傾けていた。しかし、残りは時折首を傾げた。


 話としてはそう難しい事ではない筈なので、俺にはどこが分からないのか理解できなかった。が、話の内容が分からなかった訳ではない――と、すぐに分かった。


『あちらでは』とか『向こうだと』といった言葉を俺が使った時に反応して、首を捻っていたのだ。それを見て、俺が異世界から来た事を知っている人間と、そうでない人間の差だとすぐに気がついた。


 合点がいって、俺は自分の出自を改めて明かした。隠すつもりなど端からなかったし、確かにそこの部分が分からないと、俺の話の内容は妙な言い回しの連発に聞こえるだろうと思われたからだ。


 その結果の三人の反応は中々見物だった。


 信吾は糸目を見開いたし、源太はほうと思わず感嘆の声を漏らした。


 なかなかの面の皮の固さをしていると思っていた二人が思わず表情を変えた時には、なぜか勝った気がした。


 そして与平は、誰はばかることなく子供の様に顔を輝かせた。


 こいつの反応だけは思った通りだった。しきりに「すっげぇ、すっげぇっ」と繰り返した。


 いや、与平? 俺、お前らの前に突然出てきたじゃん? 妖術師も異世界人も珍しさではそう大差はないだろう?


 ただ爺さんは特に反応もなく、普通にしていた。


 意外だった。異世界などといきなり聞かされれば、普通は相手の正気を疑うか、真面目な話の最中に巫山戯るなと怒るか、驚いて目を丸くするかのどれらかの筈だ。だが、ものの見事に無反応だったのだ。


 すでに知っていたらしい――そう結論づけるのに大して時間はかからなかった。おそらく伝七郎辺りから話を聞いたのだろう。


 そんな皆の反応を密かに楽しみながらではあったが、俺は砦をこう改修し、こう運用したい――という説明を丁寧に説明していった。


 当然その話は、この世界の武将達が好印象を抱く類の話ではなかった。俺も、それは承知をしていた。


 しかし今度は、そこに言及しようとする者は誰もいなかった。


 これを考えると、先ほど思わず伝七郎が心の澱みを口から漏らした事は、良いタイミングだったとさえ思えた。あれはおそらく、皆が大なり小なりそれぞれの心にこびりつかせていた言葉であったと思うから。


「まあ、そう言う訳で、だ。今までは戦場の礼法として、あくまでも互いが戦場で向かい合い戦を行ってきたと思う。これから俺たちが戦う者たちも、当然それに従って戦おうとするだろう。だが俺たちは、もうそうは戦わない。俺たちは『より利のある戦』を目指す。――――そうした方が得ならば古来に倣う。が、得がないならば、それを選ばない」


 俺は、はっきりとそう宣言した。そして、一人一人と視線を合わせて行く。


 だが、俺のその視線から目を反らす者は、そこには一人もいなかった。それを確認し、


「これが俺の考える、これからの俺たちの戦――新しい水島の戦い方だ」


 と、俺は論を結んだ。


 伝七郎や三人衆には、道永と戦った時に似た様な事を言った覚えがある。そのせいか、みな再確認した様な顔で頷き返してきた。


 一方で爺さんはほうと感心した様な、俺をからかう様な、そんな調子で一息を吐いた。そして、


「それはまた、随分と過激な方針だのう」


 と、片目を瞑って顎を撫でる。


 だが、俺には分かった。言葉の調子ほど爺さんは巫山戯てはいない、と。


 なにせその目は全く笑ってはいなかった。それに、俺を見据える目が将の目だった。


 だから俺も、それに相応しい態度で応じた。統べる者の一人として。


 当然だった。俺も、二束三文で買える様なものを譲られたつもりはなかったから。目の前の男より託されたものは、そんなに軽く安っぽいものではない。


「ああそうだ、爺さん。皆にもそう言われたよ。場合によっては、臆病と世間に見なされるという事も」


「それを承知でか」


「ああ」


 俺と爺さんは、しばらく視線を交差させた。だが、決して睨み合っている訳ではなかった。


 爺さんも、先の論戦の時のように殺気を放ってはいなかった。しかし、互いの間に緊張は満ちていた。


 だがそれは、相手を打ち破ろうとして生まれているものではなかった。話している内容の重みが、それを生んでいたのだ。


 俺はそのまま言葉を続ける。


「俺たちの状況は、今以て非常に不味い状態だ。これは、今更俺が爺さんに説明するような事ではないだろう。他の誰よりも爺さんが一番知っている筈だ。真正面から馬鹿正直にやって、どうにかなるような温い状況ではない」


「そうだな」


「そんな状況下で従来通りに行く事の何が不味いって、一番不味いのは無駄に人を消費する事だ」


「人を消費……か」


 この言葉だけは思わず口から零れたという感じで、爺さんは呟く。


 そしてその爺さんの呟きの意味は、正確にはっきりと俺に伝わっていた。


 だから俺は、その呟きに対してはっきりと応える。


「ああ、『消費』だ。将として率いる時は、俺も『失った』だ。だが今の俺は、それを『消費』と言う」


 そう言うと、爺さんは俺の目をまっすぐに見据えてきた。それは心の中まで見透かされそうな、穏やかだが鋭い視線だった。


 一方俺は、未熟のせいだろうか、その視線から爺さんのどの『感情』をも読み取る事は出来なかった。


 そんな、ただただ一方的に心を読まれていく様な時間が過ぎていった。


 そして、


「なる程のう。小僧、主は武人ではないのだなあ……」


 と、爺さんはただ一言、そう俺に向けて言った。


 次の言葉に詰った。


 今の俺の中身があっても、もしこの世界の武人であったならば、やはりこういう言い方にはならなかっただろうなと、俺も思ったからだ。


 人の心があれば『失った』と言うだろうし、なければ言及さえしないだろう。俺たちが今までに使った鉛筆の本数を数えていないのと同じ事である。


 爺さんは水島の宿将として、多くの将兵を率いてきた。それ故に、失われる命などに対する理解の仕方などは、無論大将のそれの筈だ。そして、俺や伝七郎にも同じものを求めるだろう。


 しかし、これはその事を言っているのではない。それははっきりと分かった。


 だから俺は、俺の有り様をはっきりと示さなくてはならなかった。武人ではないものが、武人の聖域に土足で入るのだ。それ相応の覚悟を見せる責任ぐらいはあるだろう。


 故に、武人ではないものが武人を束ねる為の覚悟を示す事にした。それは、この世界ではまだ根付いていないであろう役目でもあった。


「ああ、俺は軍師だ」


 下腹に力を込め、爺さんの目を真っ直ぐに見返したまま、そう言い切る。


「ぐんし?」


 爺さんは聞き直してくる。


(ぐん)()と書いて軍師。最後に必ず勝つべく謀る者だ。だから俺は、過程を誇ってはならない。俺が誇ってよいのは、結果だけだ。そして、過程で失われるものを嘆いてはならない。嘆いてよいのは、最後の勝ちが見えなくなったその時だけだ」


 そうあらねばならない――あるべきと思う己の姿をそう答えた。


 すると爺さんは、ふっと口元を緩める。そして、俺と爺さんの間にようやく温度が戻った。そして爺さんは言う。


「そうか。主は強いな。そして怖い男だ。だが……、優しいの」


 は? 俺としても精一杯気張ったつもりだから、強いや怖いはまあよしとして、優しいはないだろう。


「いや。少なくとも今の俺の言葉は、優しいというのとは対極だと思うが……」


 だが爺さんは俺の言葉をまったく聞いていなかった。そして、どこか心配そうな表情で言うのだ。


「そうかの? ……まあ、よい。だが、小僧。ちょっとした老婆心だと思って、心に止めておいてもらえるとよいのだが……」


「ん? なんだよ、爺さん。そんな風に改まって」


「そう思い詰めるなよ?」


 俺は無言で爺さんの目を見た。向こうもこちらを見ている。


 思い詰めてなどいないと思うが、爺さんの目にはそう映っているのだろうか。


 俺は軽く首を振り、爺さんに「いや何も思い詰めてはいないぞ」と答える。が、先程同様爺さんは、俺のその言葉に対しても「そうかの?」と言っただけだった。

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