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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第九十八話 ぼろぼろの砦以上に意識の改修工事も必要なのです でござる

 砦に着けば、又兵衛が出迎えてくれた。砦に残った兵らを使い、戦の後始末を始めてくれていたのだが、俺たちの到着に気がつくとすぐに出て来てくれたのだ。


「お帰りなさいませ。此度も見事な勝利だったようですな。おめでとうございます」


「ああ、ただいま。又兵衛。そして、ありがとう。なんとか無事に済んだよ」


「ご苦労様です。木村殿」


 俺と伝七郎がそんな又兵衛に応じる。すると爺さんが、


「おや、お主は……」


 と、俺たちと話す又兵衛に反応した。


「ご無事で何よりでございました、永倉様。私は、山崎次郎右衛門麾下の百人組長――木村又兵衛と申します」


 流石に懐刀の懐刀。爺さんの記憶の中にも、又兵衛の姿があったようだ。又兵衛は爺さんに声をかけられると、すぐにその前に膝をついてそう答えた。


「やはりそうか。見覚えがある。伝七郎らへの助力、ご苦労であった」


「はっ。有り難きお言葉にございます」


 そんな爺さんの言葉に、又兵衛は顔を伏したまま更に深く頭を下げた。そこに俺が呼びかける。


「それはそうと、又兵衛」


「はっ」


 又兵衛は面を上げて、こちらへと向いた。


「砦の状況は……やっぱり酷い?」


 後で自分の目で見ればわかる事ではあったが、やはりどうにも気になったので聞いたのだ。


 だが、口の動きがどうにも滑らかさを欠いた。聞きたいけど聞くのが怖いって奴である。それなりに、やってしまった自覚があった。


「はっ。ああ……その……そうですねぇ。皆様方が西へと向かわれた後、私も一通り見回りましたが、はっきり言って全壊に近いかと。特に策――でしたか? その主要な舞台となった、館、食料庫、武器庫、兵舎は、完全に炭になっておりました。あれは一度更地にして、始めから作り直す必要があると思われます」


 俺の聞き様に空気を察するも、言葉の濁しようがなかったのだろう。申し訳なさそうな顔をしながら、又兵衛は思うところを正直に答える事にしたようだ。


 ああ、やっぱり……。


 むしろ、その答えに納得する。というか、そうなっていない訳がないと思っていたから。それでも聞いてしまったのは、もしかしたらちょっとくらい無事だったらいいなあという、ただの俺の希望というか願望だった。


「やっぱ、そうだよなあ。ちなみに他は?」


「館など比べればまし――といったところでしょうか。特に副郭の建物あたりは、館などと比べても大して遜色はないかと」


「そのレベルか……」


「れべる?」


「ああ、すまん。そんな状態かって事。有り難う」


「はっ」


 答えてくれた又兵衛にそう礼を言って、少々考える。


 やはり砦そのものが相当深刻なダメージを負っているようだった。敵を倒すのに精一杯でそこまで気になどしていられなかったのも事実だが、戦も終わり勝利を我が手に収めてしまうと、人間欲が出てくるものだ。


 とりあえず、やはり一度自分の目で確認をしよう。そう決める。


 俺たちは、まず兵らを休ませる事にした。残念ながら屋根のあるところでとはいかなかったが、それでも兵らは、やっと腰を落ち着けられる事をとても喜んだ。


 そして話していた通り、俺たち将のみで砦の中を歩き回った。又兵衛だけは、もうすでに把握しているとの事だったので、一人残って兵らの管理に回ってもらう事になった。


 そうして回った結果、俺たちは少々の修繕費用を浮かすネタではなく、先程の又兵衛の言葉もかなり遠慮していたのだなあと思える絶望的な結論を得たのである。


 俺も、伝七郎も、爺さんも、頬が引き攣っていた。残る三人は顔色を隠すのに必死であった。


 どこに行っても、未だ漂う焦げ臭が鼻を突き、見渡せば視界の中に燻る場所を何カ所も見つける事が出来るという有様だった。


 一番念入りに火を放った館と武器庫は、完全に消し炭。食料庫や兵舎あたりでも無事に残っている部分など存在しないという始末。他にも小屋を壊したり、柵を破壊したりした上に、バリケードだと言って火を放った訳であり、事実上この砦で無事と言えそうなのは、炭となった建物の下にある基礎ぐらいだと思われた。


 そうだよなあ……。まだ燃えている最中であんなだったんだもんなあ……。


 周りでは兵たちが敵の死体をまず始めに片付けているが、それが終わった後兵たちに片付けさせたら、主郭も副郭も更地になりそうな予感すらした。


 ただ俺は、思わず絶句してしまったが妙に納得してもいた。ちょっと、思っていたよりもすごくて引いてしまっただけである。ある意味想像通りの光景ではあったのだ。


 声を発する事を拒否している喉に活を入れて、俺は無理やりに口を開く。


「いやあ、あははは。戦の最中は、思った以上に策が成功して、ノリノリだったしなあ。『もっと、もっとお』なんて思ってたりなんかしてたんだよね。ぬははは、はは」


「あ、は、あはは。これは……すごいですね、武殿」


「小僧……。もう少し、なんとかならんかったのか?」


 二人とも、すでに何かを諦めた様な顔で、とりあえずの感想を俺にぶつけてくる。


「俺も一生懸命だったんだよっ! 熱血だったんだってばよっ!」


「いや、お主。熱血は分かるが、物事には程度というものがあるだろう……。これでは砦の基礎があるだけで、上には何も乗っていないのと同じではないか」


「言うな爺さん。言いたい事は分かるが、それ以上は言っちゃなんねぇ。現実ってものは、いつも残酷なんだ。死にたくなってくる……」


 油の撒き方が良かったのか、風の妖精さんがハッスルしたのか、あるいはその両方か。


 重要な施設は、原形を全く残すところなく見事に消し炭になっている。認めたくはなくとも、まずはそれを認めない事には何も始まりそうになかった。とてもではないが、補修して手を加えてなどという状態ではない。


 炭化して折れた柱が不規則に林立する――虚無感満載な世紀末覇者な世界がそこに広がっているのだ。心ならずも、俺はヒャッハーしてしまったらしかった。


 ひくつく頬の筋肉を両手の平でひっぱたき、俺は真顔で伝七郎らの方を見る。そして、言った。


「もう分かった。使える物なし。これからは前を見て歩こう」


 そんな俺の言葉に、伝七郎は咳払いを一つして気を取り直すと、「ですね」と一言だけ口にした。爺さんは、やれやれとばかりに溜息を一つ吐く。残る三人は、そんな俺たちを黙って見ていた。その目だけが、なぜか妙に生暖かかった。


 俺は、んんっと軽く咳払いを一つする。無論、色々と誤魔化す為に。


 ただ、ここからしたい話は、ちょっと真面目な内容だった。だから、それまで緩めていた表情を引き締め、皆にそれとなくその事を伝える。


 すると皆も、俺のその気配を察して真剣に話を聞く体勢をとってくれた。


 それを見て、俺は再び口を開いた。


「ここからはちょっと真面目な話だ。真剣に聞いてくれ。今回みたいな事があったんだ。やはり油断はならん。この砦、いや、とりあえず藤ヶ崎の四方にあるという砦はすべて早急に改修する必要性がある。防衛拠点として、きちんと使い物になるように作り直そう」


「武殿から見て、我々の砦はそんなにも駄目ですか……。いや、これは愚問でしたね。こんなに早く北と東の砦を落して見せたのです。疑問を挟む余地はありませんね……」


 伝七郎はすぐに理解を示した。幸か不幸か、築いてしまった俺の実績がこれ以上ない説得力を持って物を言っていた。


 ただ口にした言葉に反する様に、どこか哀しげに漏らす吐息が、今の伝七郎の心情を如実に語っている。


 新しく学べる事、国の守りがより強固になる事は素直に喜ばしいと思っているだろう。しかしその一方で、伝七郎の様な革新に寛容な人間でさえ、拭いきれぬ(わだかま)りが残っているのだ。


 伝七郎の見た目は、どう見ても無骨とはほど遠い優男だし、それに俺に会う以前から知将の部類だったであろうが、間違いなく”この世界の”武将の一人だった。


 であれば、それが何であれ、戦に関して、それまでのすべてを否定される様な事は悔しいだろう。いくら新しい知見に積極的な伝七郎であろうとも、おそらくそれは変らないのだ。ましてそれが反論の余地のない話とあらば、溜息が漏れるのを我慢できないのも頷ける。なぜならそれは、自分たちの武の完敗を意味するからだ。


「まあそんな顔をするな、伝七郎。お前らの価値観のすべてを否定しようとは思わんよ。ただ、お前らがやってきた戦とは違う戦もある。それだけだ。それは、どっちがどうというものじゃあない。だから俺は、お前らにそれまでの戦に対する価値観を捨てろとは言ったが、その誇りまでもを捨てろとは言っていないだろ。つか、むしろそれを捨てるというならば、俺はお前らを責める。俺が言ったのは、その誇りを掻き抱いたまま、それを忘れたように振る舞ってみせろという事だ」


 とても大事な事だった。だから俺は慎重に言葉を選びながら、改めてそう伝七郎に伝える。


 すると伝七郎は静かに目を閉じ、一つ首肯する。そして、


「ええ、承知しております。しかしそれでも、なぜか悔しく思えた。私は生粋の武人とは言えないでしょう。でも、それでも今、自然とそう思えた。……思っていたよりも根が深いですね、これ」


 伝七郎はどこか困った様な顔で笑み、俺にそう言った。その言葉を聞いていた三人の新米の将らも同意する様に、同じ様な苦笑を浮かべながら小さく頷いていた。


 そこに爺さんが口を挟む。


「小僧の言う通り、小僧が新たに目指そうとする新しい戦の形があるならば、儂らにとっての戦というものもあるからの。そしてそれは、儂らにとっては冒すべからざる神聖なものとして、儂ら武人の骨の髄にまで染みこんでいる。それを急に変えろと言われても、それは中々に難しい。それは当然の事だ。――――それにしても小僧は、随分と厳しい要求をこの者らにしていたのだのう」


 爺さんこそが説得するのが一番難しいと思っていたのだが、意外にも理解をしめしているような口調で俺たちの会話に入ってきた。


 だから、武人として一番大事なところに踏み込んだ俺を拒絶しなかった爺さんや皆に礼を失さぬよう、俺は一切を飾る事なく皆の目を順に見ながら本音で語る。


「まあな。必死に皆で生き残れる方法を考えた。そしてその為に邪魔だから、俺は伝七郎らにその価値観を捨てるように要求した。それが間違っているなどとは、今でもまったく思っていない。圧倒的に正しいと確信している。だが、それでも大概だ。もっと言ってくれても構わんよ?」


 すると伝七郎は、先程までとは違う優しげな微笑みを浮かべた。そして、言葉を向けた先の爺さんは、俺のその答えに満足したかの様に、瞑目して静かに一つ頷いた。


 すると信吾が、


「それは、もう俺たち皆が腹を括った事。すでに武様一人が背負う荷ではございますまい。俺たちはもう、一蓮托生なのです」


 そう言って、この話はここまでとばかりに締めた。源太もそれに静かに頷き返し、与平はニッと笑って俺の顔を見た。


「そうですね。信吾の言う通りです。まだまだ私の覚悟が甘かった。武殿、すみません。先程の私の言葉は、聞かなかった事にして下さい」


 そして伝七郎はそう言って、俺に向かって静かに小さく頭を下げた。


 それを見て思う。


 お前も何も間違ってはいないよ。むしろ、それで当然なんだ。


 だが俺は、今それを言ってはならなかった。だからその漏れそうになる言葉を堪えるべく、俺は口を真一文字に引き結ぶ。そして、代わる言葉を必死に探した。


 しかしそう都合の良い言葉など、俺の頭では思いつかない。結局俺は、ヒラヒラと右手の平を振りながら、殊更軽い調子で話題を変える事しかできなかった。


「それはそれとして、だ。話を戻すが、基本的な方針は、『敵の進軍自体を阻害可能な施設』――――これを造る事を進言する。今すぐにどこまでやるかは別の話として、だ。もっと決定的な表現をすると、そこに籠もって戦う事を前提とする施設の建造だ」


 今回俺たちは、”敵が中にいる”北と東の砦に攻め込んだ。


 しかしこれから先に向けて、早めにもう一歩踏み込んでおく必要性を俺は感じていた。具体的には――戦場で互いに向かい合ってから、はい始め――という戦の廃止である。敵がそうするのは利用するが、俺たちはその戦い方はもうしない。更なる価値観の崩壊、意識の改革であった。


 しかしそれでも、こちらの世界の”本来の意味での”武人の誇りというものは忘れて欲しくはない。それはどう形が変わろうとも、とても尊いものだからだ。そしてそれは、軍という兎角腐りやすい組織の中で、唯一歯止めをかけてくれるものでもある。


 ただ旧水島の家の腐敗を聞く限り、そして継直の軍勢を見る限り、こいつらは兎も角、こちらの世界でも世間一般ではすでに形骸化しつつあるように思えた。要の高潔な精神は失われ、一方中身のない容器だけが未だに原形をとどめている――そんな印象だった。


 それだけではない。


 最悪な事に、失われた中身ではなく、残った入れ物を神聖視しているような歪さもあった。


 もっともそれ故に、俺の様な素人にもつけ込む隙があるのだから、これをどうとらえるのかは難しいところだ。


 ただ一つ間違いなく言える事は、この世界にある歪さを俺たちが有効に活用して武器とするには、この水島の軍全員がここの部分でもう一皮剥けなくてはならないという事である。


 今までは騙し騙しやってきたが、今後も同様にという訳にはいかない。そんな甘い考えのまま、この先を進むのは危険すぎる。


 故に、今回の提案は、目先の国防だけを目指したものではなかった。俺はこれを、将だけでなく、兵や領民に至るまでの意識改革の布石にするつもりだった。

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