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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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幕 平八郎(一) 西の盆地の戦い 二回目 ――勝ち鬨――




「よしっ。我らも伝七郎めに後れをとる訳にはゆかぬぞ。このまま押し込むのだっ!」


 雄々しく叫ぶ伝七郎の声に合わせ、儂も自らの兵に活を入れる。


「「「「「応っ!」」」」」


 そしてその号令に応えた兵らは、より激しく前に突き進み始めた。


 もうあと少しで、この大長刀が忠政の首へと届く。


 前後から激しく攻めたてられている忠政に、先の戦の時に見せていたような傲慢な笑みはない。迫る死に表情を無様に歪め、口角泡飛ばしながら、ただ只管に自分の周りへと兵を集めている。そしてそれを前へ前へと必死で追い立てていた。


 ある意味、分相応の姿だった。本来、この程度の器の男なのである。


 少々小賢しく、下衆な知恵を使うのを得意とするが、所詮その程度なのだ。そこまでなのである。


 故に眼前のこの光景は、当然の結果だった。


 路傍の石と玉が比較になる訳がない。


 石には石の役目、戦い方というものがある。が、この小さい男には、それが分からない。


 此奴の最大の不幸は、あの二人がここに来てしまった事だろう。横に本物の玉があるのに石を玉だと偽っても、誰も騙せはしないのだ。


 あの様に、歴然とした違いを見せつけられる事になる。


「早う行かぬかっ! 儂が立て直す時間ぐらい作って見せよ。どこまで主らは無能なのだっ! もしもこのまま終わってみよ。主らは家族もろとも縛り首だぞっ!!」


 相も変わらず忠政は、胸糞悪くなる言葉を大声で喚き散らしていた。


 だがそれでも、奴は間違いなく将だった。地位だけは。故にその口から発される言葉は、それなりの力を持ってしまう。


 彼奴の兵らは、その言葉に震え怯えた。そして、狂気に駆られて襲いかかってくるのである。


 その手には武器すらも握られていないというのに、儂ら、或いは伝七郎らの方に向けて、狂気の形相で突進してきた。


 そのすべてが、何事をなす事なく死んでいく。


 そしてその間に忠政自身は、西へ西へと兵をかき分け逃げていくのである。


「逃がすなっ! 敵将が西へと逃げるぞっ!」


 それを見て、大声で配下の兵らに注意を促す。それとほぼ同時に、


「右翼そのまま西方へと広がれ。敵将が撤退行動に入っているぞっ! 包み込むのだっ!」


 と、伝七郎がそう叫ぶ。


 うむ。冷静だな。よく見ているし、指揮も細かく的確だ。


 聞こえた伝七郎の号令に、満足感を覚えた。


 そして我が軍の兵らは、儂らの指揮に応えて更に圧力を高めていった。


 その様子を見て、儂はすぐに忠政から視線を切った。


 今この局面で出てこられると不味い『本物』が、敵にもいるからだ。いつまでも贋物(がんぶつ)などと戯れている場合ではないのである。”あれ”は、伝七郎らが必ず仕留めるだろう。


 だから儂が注意するべきは――――。


 三森敦信。こちらだった。あの若き槍武者の武は、間違いなく本物である。


 あ奴を無視する訳にはいかなかった。


 ところが、この野原で戦が始まってからというものの、一度もその姿を見ていない。


 今この状況で、あの者に出てこられるのは厄介だった。あ奴ならば、或いはこの状況からでも忠政を逃がしかねないからだ。


 あの下衆の首は、この場で取らねばならなかった。


 だから、もしあ奴がいるならば、儂が相手をするしかなかった。あれは、兵でどうにかなる相手ではない。


 戦場全体に視線を巡らす。懸命に探した。


 しかしあ奴の姿は、この戦場のどこにもなかった。他人の事は言えぬが、あの大柄だ。いれば、すぐに見つかる筈であった。


 砦で討ち取られたか。或いは東門から逃げたという兵を率いていたか。


 いずれにせよ、敦信不在と儂は結論づけた。


 いないのならいないに越した事はなかった。この戦の結末も、容易に目処(めど)が立つというものである。


 武人としては、今一度戦ってみたくはあった。


 が、これで我が軍の勝利は更に盤石となるのだ。手間もかからない。それを喜ぶべきだろう。


「そろそろ敵将に手が届くぞ! あきらめるなっ! 右翼はそのまま堪えよっ! 包み込んでしまえっ!!」


 その時、伝七郎が飛ばすそんな檄が聞こえてきた。


 見れば、忠政が味方の兵を次々と屍に変えながら、伝七郎の包囲網に無理やり穴を開けて、逃げようとしている。


 忠政は残った兵らを、伝七郎の兵らの手薄な場所へと、一点に集中して注ごうとしていた。


 ついには、堪えられず包囲網に小さな逃走経路が開いてしまう。


 そして、その時であった。


 忠政は、迷う事なく騎馬の尻に槍の柄を当てた。


 乱戦の中の馬は怯えきっている。たとえ優秀な戦馬(いくさうま)と言えども、程度の差があるだけだ。


 そんな状態で、鞭を入れる様な真似をすればどうなるか。


 恐慌状態の馬は、狂気のままに走り出す。当然、手綱など碌に利きはしない。


 忠政の馬は、当たり前に目を血走らせて走りだした。目の前の”物”を跳ね飛ばしながら――――。


”物”は飛んだ。


 それは伝七郎の兵だった。そして、忠政の為に戦っていた兵だった。


 屑が。


 逃げて行く忠政の背中に注ぐ儂の視線の温度は、更に下がる。


 しかし、とりあえず今はそれをおいておく事にした。不快感に堪えるよりも、怒りに燃えるよりも、優先すべき事は奴の首を”もぐ”事だった。


 奴が向かう先には、南北から儂と伝七郎が挟んだ時に、千切れて西側に取り残された者らが生き残って逃げていた。


 東側の者たちは、すでに炎か、兵らの槍の餌食となって、もうほとんど生き残っていない。そちらは、もう間もなく綺麗に片付く筈であった。


 儂は周りを警戒しながら、伝七郎のいる方へと進む。


 すると、儂に気がついた伝七郎が声をかけてきた。


「あっ、平八郎様っ。ご無事で何よりです」


 儂はそれには一つだけ頷き返し、言うべき事を口にした。


「見事だ、伝七郎」


 しかし伝七郎は、少し気まずそうに首を横に振る。


「いえ、みっともない所をお見せしてしまいました」


 ああ、あれの事か。


「忠政か? 少々詰めが甘かった……と言った所か?」


「はい。申し訳ございません」


「あれは形振り構わずといった感じだったな。吐き気がする」


「同感です」


 儂のその感想に、伝七郎も真顔で頷き返してきた。


 もう周囲では、ほぼ戦いは終わりかけていた。


 まだ必死の抵抗を続ける者らもいくらかは残っていたが、間もなくそれも片付く事だろう。


 とは言え、普通ならば未だ敵将が健在であり逃走している最中に、これ程のんびりとする事などない。


 伝七郎も、みっともない所を見せたと儂に謝りながらも、その失態を取り戻そうとする素振りすら見せない。


 理由は簡単だった。


 どのみち忠政は逃げられはしない。そう確信していたからだ。もう、あれにはこの場で死ぬ未来しか残されてはいないのだ。


 忠政以外は、残っている兵はすべて徒歩である。


 只でさえ馬と人との足を比べねばならぬのに、あれだけ消耗していては一人二人が運良く逃げ延びる事すら出来はしないだろう。ましてや、源太の騎馬隊をどうこうできる訳がないのだ。かといって、忠政一人で源太とその隊を撒けるかというと、出来る訳がない。


 伝七郎は、儂の心とまったく同じ事を口にした。


「――――ですが、無駄です。あれも、あそこを走るあの者の兵たちも、源太の隊から逃げ延びる事は万に一つもあり得ない。一人残らず討ちとられるでしょう」


 そう言う伝七郎の横顔に表情はなく、未だ燃える炎の光に照らされていた。




 大地を馬蹄が叩く音が、すぐにここにも届き始めた。


 遠く見れば、夜明け前の薄暗い野原を縦横無尽に駆ける騎馬の影が見えた。そして、その影たちが野を逃げ惑う人の影と交差すると、その度に断末魔が響き渡った。


 高速で動く馬の影に比べ、人の影のなんと鈍重な事か。比べものにならない。あっという間に、立って動く人の影は数を減らしていった。


 そして――――。


 走る人の影がほぼなくなる頃、数頭分の騎馬の影が、とある一頭の騎馬の影を追い回し始める。


 その頃には、薄暗かった野へと急速に光が供給されつつあった。陽が昇ろうとしているのだ。まさに刻一刻と、影を目で追うのが楽になってくる。


 逃げ惑う騎馬武者が忠政だと、辛うじて視認もできた。


「終わりですね」


 隣で、同じく目をこらして遠目をしていた伝七郎が言う。


「そうだな。終わりだ」


 そして儂が伝七郎にそう応えた時、右へ左へと逃げ惑っていた忠政は、まるでずり落ちる様にして馬の背から落ちた。何かを叫んでいた様であるが、その言葉までは聞き取れなかった。


「落馬……ですかね? 変な落ち方をしましたが」


 伝七郎は首を傾げながら言う。


「いや。確実とは言えんが、首の辺りにうっすらと影が見えた様な気がする。矢だろう」


「矢ですか」


「うむ」


 そんな会話を伝七郎と交わしながら、ゆっくりと馬首を件の方向へと向けた。それに付いて、周りの兵らも歩き出す。


 そうして現場に向かって歩き始めると、幾分も立たず前方で勝ち鬨が上がった。



 エイ、エイ、オ―――――――



「どうやら間違いないようですね」


「その様だな」


「では平八郎様、我々も。お願い致します」


「ん? 何を言うか。大将はお前だと伝えた筈だろう」


「あっ。はは、つい。そうでしたね。では、参ります」


「応っ」


「者ども、大義であった。我々の勝ちだっ! 勝ち鬨を上げよっ!!」



 エイ、エイ、オ―――――――



 こちらの兵らも、伝七郎のそのかけ声に応えて、武器を天に突き上げ吠えた。その声は、朝日が昇る夜明けの野に響き渡った。


 そんな歓喜の声の中、


「ああ、平八郎様」


 伝七郎が儂を呼んだ。


「ん?」


「首元の影……、正解みたいですよ?」


「どういう事だ?」


「ほら、あそこです」


 朝日が昇り、周りが急速に明るくなった所で、伝七郎はそう言って前方を指差した。


 そこには、低木の影やら藪の影から出てきた兵らがいた。そして、その一番手前に与平の姿があった。


 砦に行っていた者が? ――――と、改めて周囲を見回す。すると、離れすぎていてはっきりとは確認できぬが、谷道の入り口にも兵らしき姿があった。こちらは、おそらく小僧らであろう。


 来ていたのか。


 本当に大した物だと、心から感心した。そして、町も姫様も託すに足る者だと、改めて確信もした。


「与平の弓は、本当に大したものですからね。未明のまだ薄暗い中、駆ける騎馬武者の首を狙い撃つなど、十中八九彼の仕業でしょう」


 伝七郎も同じく周りを見回していたが、視線を与平の方に戻すとそう言った。


「なる程」


 与平や源太らは勝ち鬨を上げ終わると、すぐにこちらへと向かって歩き始めた。小僧らの部隊も、こちらに向かって移動し始める。


 その様子を眺めながら、儂はただただ(本当に見事だ……)と感じいった。


――――…………



 目の前で伝七郎と小僧とが、互いの右手を握り、勝利を讃え合っている。


 そうこうするうちに、信吾、源太、与平らも、その二人の元へと集まってきた。


「与平。おいしい所を持っていったじゃあないか」


 信吾は与平と顔を合わせると、開口一番そう言って与平をからかった。


 そしてそれに乗る様にして、


「俺、一生懸命後片かたづけ頑張っていたんだがなあ……」


 と、源太はわざとらしく溜息を吐いたりなどしている。


 しかし与平は、そんなものなどどこ吹く風だった。


「へっへぇ。早い者勝ちだもんねぇ」


 と、悪びれる様子も見せずに胸を張って見せる。


「ご苦労様でした。本当に皆がいてくれて、よかった。心から、そう思います」


 そんな三人に向けて、伝七郎は静かに頭を下げた。


「あはは。そこまで言われてしまうと、流石に照れてしまいますよ、伝七郎様」


「でも本当の事ですよ、与平。信吾も、源太も。本当に有り難う」


 照れくさそうに頬を掻きながらも、与平は伝七郎の謝辞に嬉しそうにしている。信吾や源太も、口を開く事こそなかったが、同じく嬉しそうにしながら、伝七郎に向かって静かに軽く頭を下げていた。


 そして、そのよい雰囲気を壊しに来る者がいた。というより、変えに来たのだろうな。


「よーし、よし。じゃ、さっさと戻って、皆で打ち上げしようぜ。宴会だ。論功行賞が楽しみだなあ、与平? 喜びは分かち合おうか。皆も喜ぼうぜ? 与平がおごってくれるらしい」


「ええっ?!」


 小僧のその言葉に、与平が慌てる。


「それはそれは」


「ご馳走様だ、与平」


「ふふ。それは楽しみですね」


「そんな伝七郎様まで?! 武様、それはないっす」


 小僧が投げ込んだその言葉に、場は一転した。皆、小僧に乗っかってしまったのだ。


 与平が騒ぎ出す。皆もその様が面白かったのか、そのまま悪のりして楽しそうに与平をからかった。


 ああ、なる程――――とその様を見て思った。


 小僧と伝七郎ばかりを見ていたが、そうではない。皆が、とても強い信頼関係で結ばれているのだ。


 これは強い。強い訳である。


 その絆が見て取れた事が、とても嬉しかった。


 未だ「そんなぁ」と項垂れている与平に近づいていく。


「ははっ。まあ、一番良い所をかっ攫っていったのは確かだからな」


「永倉様まで……」


 儂がそう言うと、与平はいよいよ凹んだ。


 するとそこに、再び小僧が口を開いた。


「よお、爺さん。流石にしぶといな。生きていたか」


「当然だ――――と言いたいところだが、正直危なかった。皆にはどう礼を言って良いかわからぬ」


 相変わらずの口を利きようだが、儂が素直にそう礼を言うと、小僧は慌ててしまう。だがすぐに、


「よせよ、爺さん。今日はやけに素直じゃあないか。つか、爺さんよ。知ってるか? 仲間を助けて聞きたい言葉なんざ、古今東西一つしかねぇよ。さっき伝七郎も言ってただろう? 『有り難う』。 これだけで十分だ」


 そう言って、邪気なく笑った。


 ああ、こうやってこの小僧は、伝七郎らの心の中に入っていったのだ。ただ能力があるだけでは、あの絆は生まれない。”きずな”は”きづな”。貴き綱だ。人と人の心が縒り合わされば合わさる程、より太く強靱な物となる。


 石だの玉だのの前に、忠政では勝てる訳がなかったのだ。あのような、他人を利用する事しか出来ない者では、端からどうこうできる相手ではなかった。


 ちらりと視線をずらせば、奥にいる与平の隊の者だろうか――――恐怖にゆがみきった表情のまま刎ねられた奴の首が、首袋に入れて下げられているのが見えた。


「そうか。そうだな。分かった。皆の者、有り難う。この永倉平八郎、心から礼を申す」


「応っ!」


「「「はっ」」」


「はいっ」


 小僧の言葉に従い儂が礼を言うと、それぞれがそれぞれに応えてくれる。皆、うっすらと笑んでいた。


 本当に、心から有り難かった。


「よしっ。それではその宴会は、儂が開こう。このままでは、あまりにも与平が可哀想だからな?」


 故に少々の照れ隠しも兼ねて、皆にそう宣言する。すると与平が、一番に食いついてきた。


「えっ?! ほ、本当ですか? 永倉様っ」


「無論だ」


「やったあっ!」


 そう儂が答えると、与平は諸手を挙げて喜びの声を上げた。他の皆も、その与平のはしゃぎぶりに、とうとう声を出して笑い始めた。

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