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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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幕 平八郎(一) 西の盆地の戦い 二回目 ――挟撃――




 伝七郎の指示に従い、隊を南西へと移動させる。そして再び伏し、谷道からの出口を睨んだ。


 伝七郎は、此度の戦では砦の奴らを皆殺しにするつもりだ。今後の為にも見せしめにするつもりなのだろう。


 今回のこの戦い方――――伝七郎は『策』という言葉で表現していたが、そこに一片の慈悲も見つける事はできなかった。


 戦のしきたりを無視するならば、今回の場合は砦の兵らが逃げてくる道の出口を囲んで抑えこんだ方が、かかる労力は遙かに少なくて済む。


 だが伝七郎は、”あえて”そこから出すと言う。”あえて”と言っている以上、伝七郎はきちんとそこには気付いている。その上でと言う事だ。


 そして伝七郎の『策』の概要は――――



 敵全員を盆地の野原に引きずり出しておいて、その背後に火を放つ。その上で、儂と伝七郎とで南北から挟む。


 すると敵は、焼け死にたくも押し潰されたくもなければ、西に逃げるしかない。


 そうして西に逃がした所で、源太の騎馬隊の機動力を存分に生かし、踏み潰しつつ一掃する。



――――との事だった。


 やられる側には救いも希望も一切ない。死の詰め将棋である。


 戦というものは非情なものだが、ここまで情け容赦のない戦の仕方には覚えがなかった。


 ただ今回のこの『策』とやらには、一つ絶対になくてはならない前提があった。それは、


 砦の兵が戦闘力を失った状態でこの場にやってくる事――――である。


 にも関わらず、伝七郎はそれを既定事項として、この『策』の中に組み込んでいた。


 もし――――とは考えなかったのだろうか。否、考えなかった訳がない。あれは、そのような無責任な将ではない。


 それでもなお採用できる程の、小僧に対する鋼のごとく硬い信頼が見てとれた。


 伝七郎は、間違いなく小僧の能力に絶対の自信を持っている。


 しかし、それだけではない。


 それでも通常これはやらないし、もっと正確に言うならば出来ない。


 どれ程の者であろうとも、手違いが起こって失敗する可能性が必ずあるからだ。


 それが推断の恐ろしさなのだ。何かあった折に出る影響が大きすぎるのである。戦や政では禁じ手とすら言えた。伝七郎も初陣ではない。その程度の事は承知しているだろう。


 それでもなおこの布陣を採用したという事は、小僧への絶対の信頼があってこそなのは間違いなかった。しかしその一方で、推断を承知でそれを強行したという事は、もし何かあろうとも、共に泥を被り何とかする覚悟と自信があるという事でもある。


 大将の胆力だった。


 あの小僧と出会って、伝七郎は色々と変わり成長もした。しかしその中で、特に変った、いや成長したのは、ここの部分だろう。


 太く大きく――――その肝が育っていた。


 すでにただの将の器には収まっていない。ここ一番では勝負に出られる――大将を担うに相応しい貫禄を備えつつあった。




 まだ待つ。


 すでにどれ程待っただろうか。しゃがんだ足腰が流石に少々痛くなってくる頃、山から吹く風にどこか焦げくさい臭いが混じりだした。


 出口を凝視していた顔を上げる。そして、山の方を見た。


 すると――――、山の腹が燃えていた。沢山の煙をもうもうと上げながら、夜空を赤く照らしていた。


 その様に目をとられていると、見る見る間にその火勢は強まっていった。


――――来る。


 あの燃え方は普通ではない。ほぼ間違いなく、丸裸同然の敵兵がここへとやってくる。


 直感的に、そう思った。


 本当にやってのけたのだ。


 あの小僧…………。


 赤々と染まる赤銅山の山肌から目が離れない。自然と口角が上がった。


「来るぞ。皆の者、気を引き締め直しておけよ」


 そして背中の兵らに、潜めた声でそう伝えた。当然声が小さすぎて後ろの方には聞こえていないが、儂に近い者から順にその声に応え、手にしている武器を構え始める。


 がちゃりがちゃりと、鎧の擦れる音がしばらく背中から聞こえ続けた。


 そして、時はやってきた。


 砦へと放った乱波らが、馬を全力で駆けさせて次々と戻ってきたのである。


「ご報告致します。神森様、三浦様――手筈通りに、館、食料庫、武器庫、兵舎の火付けに成功されましたっ!」


「犬上様、砦の東門を突破されました。只今突入中しておりますっ!」


「敵勢大混乱にございますっ! 今現在東西の門からの脱出を計る者多数。西の門を出た者らはもう間もなく、この場へと到着の見込みにございますっ!」


 次々と報告がもらたされた。


 事は、伝七郎から送られてきた書状にあった――まさにその通りに進んでいた。


 改めて、なる程と思う。伝七郎が、ああも確信を持って動く訳だと。


 おそらく、この絵を描いたのはあの小僧だ。だから伝七郎は、絶対の自信があったのだ。必ずそうなる――――と。


 伝七郎にとっては、もしかしたら儂らのこの布陣は、推断ではなく必然だったのかもしれない。


 小僧と出会って以降、まるで物語の中の出来事の様に、ただ一つの結果に向かって状況の方が流れていく様な、そんな光景を何度も見せられたのだろう。そして、魅せられたのだ。


 だから、なるべくしてなる結果に疑問を挟まない。そんな事をする者は、ただの愚か者だからだ。


 そこまでは、多少物を考えられる者ならば誰しも分かる事である。しかしそれでも、普通は『もし』を考える。


 一つの陥穽にはまるからだ。


 己の力量を基準に考えてしまうのである。


 だが伝七郎は、『もし』の可能性はあるとしながらも、それは永久に選ばれない選択だと思っているに違いなかった。


 なるべくしてなる結果に『もし』はない。それがなるべくしてなっているように見えないのは、その者の力が凡庸であるからだ――――と、そう考えているに違いなかった。


 伝七郎の構えようを思い、それを己のそれと比べてみる。すると、儂は凡庸だな――そんな言葉が心に浮かんだ。


 天賦の才を持つ者を理解できるのは、同じく天賦の才を持つ者のみ――――そういう事なのだろう。


 少々悔しい気もした。が、そう考えた時、妙に腑に落ちた。


 そしてそうこう考えている内に、砦から逃げてきた兵がとうとう姿を見せ始めたのである。




「かかれぇぇ――――っ!!」


 オオオォォ――――…………


 儂の号令に応えて、兵らは敵勢に躊躇う事なく襲いかかった。命からがら逃げてきて、ほっと一息をついていた――戦闘態勢の整っていない敵勢に対してである。


 先の戦いで、卑劣な真似をされた兵らの怒りは大きかった。その憤怒は槍の穂先に宿り、冷徹な槍捌きをもって敵兵に叩きつけられた。


 そしてそんな儂の兵に対になる様に、北から伝七郎の兵も襲いかかっていた。それは、まるで儂の突撃に拍子を合わせたかの様な伝七郎の突撃だった。


 巨大な肉食の獣が、捕らえた獲物に牙をたてているかの様だった。肉は容易に噛みちぎられ、吹き上がった血は大地を赤く濡らした。


「ひっ」


「ぎゃっ」


 短い悲鳴が幾つも上がる。そしてその声の主達は、次々と倒れていった。


「何をやっておるかっ! 早う何とかせよっ! そこの者逃げるなっ! 戦えっ!!」


 聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえる。


 見れば、ちょうど儂と伝七郎の軍に挟まれた辺りに、忠政の胸糞悪い面が見えた。


 奴は儂らに食い千切られかけている味方の兵に向かって、ただ戦えと吠えていた。周りを何も見ていなかった。死地に取り残された兵らの事すらも。


 忠政のいる場所辺りから東は、まさに死地と呼ぶに相応しい場所となっていた。


 そこは、彼奴らを背後から追いたてる為に放った火によって東側半円は炎に包まれ、山おろしの風に背中を押されたその炎が刻一刻と西へ西へと進んでいた。そして、まだ辛うじて細く残る西への逃げ道も、ただがなるだけの無能な指揮官が塞いでいた。おまけに、その細く残っている逃げ道も、儂と伝七郎とにどんどん押し潰されていっている。


 これを死地と呼ばずして、どこを死地と呼べばよいのだろうか。


 その閉じられた東側では、我が軍の槍によってばかりではなく、もうすでに炎と”味方の足”によって敵兵が命を落し始めていた。味方に踏み殺されているのである。


 将の一人として、兵をその様に死なせる目の前の男に、今まで以上の怒りを覚えずにはいられなかった。


「まだまだぁっ! 目の前に敵は残っているぞ! このまま突撃する。だが油断はするなよっ! このまま整然と押し潰すのだっ。存分に武功を上げよっ!」


 そんな時、忠政らの更に向こうで、そう声が上がった。


 見れば、東より迫る炎に照らされた伝七郎が、その手の槍を前に突き出し大号令を放っている所だった。


 その伝七郎の周りには、万に一つも許さぬと、多くの護衛らが厳に守りを固めている。『型』もまったく崩れていない。見事な指揮、見事な統率だった。


 本当によくやるようになった――――。


 大長刀の刃で周りの敵兵らを屠りながら、そんな伝七郎に喜びを覚えずにはいられなかった。

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