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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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幕 平八郎(一) 二度目の出陣




 男を送り出し、引き続き翌日も砦の状況を窺いつつ軍の再編作業を進めていた所、儂へ面会を求める伝七郎からの使者がまたもやってきたと兵が報告にやってきた。夕刻の事だった。


 陣と言っても、このような状況である。天幕などという気の利いたものは、ここにはない。儂は陣奥にある岩に腰掛け面会に応じる事にした。


 使者が通されてくるのを待つ。


 そうしてやって来た者は、紛う事なく昨日送り出した筈の男だった。


 一体どうしたのだと尋ねてみれば、無事伝七郎らの元に戻り、再び派遣されてきたと言う。


「永倉様のお言葉、確かに佐々木様と神森様のお二方にお伝え致しました」


 男は儂の前に通されて跪き頭を垂れると、開口一番でそう切り出した。


 見れば、確かに昨日と男の服装が違っていた。無論実用重視で質素なものである事は先日と変わらぬが、ぼろぼろの上に土と汗と血で酷く汚れているなどという事はなかった。見られる姿になっていたのである。


 言葉通り、一度は無事に帰り着いたようだった。


「そうか。ご苦労だった。それで今日はどうしたのだ?」


「はっ。お二方よりの永倉様へのご依頼にございます。まずはこちらをご一読下さいませ――――」


 そう言い、男は懐より書状を取り出し、側にいた兵に渡す。兵はその書状を受け取り、儂の元まで持ってきた。


「うむ」


 儂はそう一つ頷き、その書状を受け取り開いた。


 するとそこには、この戦をどう戦いどう勝つつもりなのかが子細に書かれていた。


 少数の分隊で砦を襲撃し燃やす。そうして敵を裸で焼きだした後、あの盆地へと誘導し、そこで殲滅するという。


 書状を読んで絶句した。


 なるほど、確かに儂らとは異なる。


 武人の戦ではなかった。少なくとも、今まで儂らが武人の戦としてきたそれではなかった。


 忠政のように、言葉の端々に腐臭が漂っているような事はないものの、どちらかと言えば、彼奴の方に近いやり様だった。


 正直、読んでいて若干の抵抗を覚えた。それは紛う事なく事実だった。


 しかし――――。


 書状の最後にある言葉に打ちのめされた。本当に、負うた子に教えられる思いだった。


 そこには伝七郎の決断が綴られていた。


 何を守り、何を成さんとするのか――――そして、その為に何を捨てたのか。そこには、その思いと覚悟が詰め込まれていたのだ。


 それはおそらく、小僧に促され、迫られた決断ではあったであろう。だが、異世界の人間だとかいう小僧と異なり、伝七郎はこの世界の、しかも武人だ。


 これを決断するには、相当苦悩したに違いない。しかし、伝七郎はそれを選んだ。



――――万より万の誹謗があろうとも、百に百の勝利を欲す。



 これが姫様の為にあ奴が選んだ道であり、腹に刻んだ覚悟なのだ。絶対に負けられぬ戦を勝つ為に、あ奴は己が変わる道を選んだのだ。


 殻を破るべく足掻いているとあ奴は言っていたが、本当に変ろうとしていると、この書状一枚からですら十分に窺い知れる。


 これでは、短期間に著しく成長してみせたのも道理だった。


 そして――――、わざわざこの書状にこれを書いて寄越したと言う事は、儂にもその覚悟を求めたいという事だろう。名を汚す事も厭わないでくれ、と。


 武人にそれを求めるのは、あまりに酷ではないか……と、まったく思わなかったと言えば嘘になる。だが……。


 ひよっこどもが。これでは否やとは言えぬではないか。


 若者らがこれ程の不退転の覚悟で事に当たっているというのに、儂がそれを覚悟できぬでは格好がつかぬどころではない。


 儂のような人間を説得するには、実に良い手だった。小憎らしく思える程に。


 しかしその一方で、水島に芽生えた新芽の力強さ、頼もしさを感じずにはいられない。それが嬉しくてたまらなかった。


「相分かった。それで、この書状には儂にどうして欲しいのかがまったく書かれていないのだが、其の方が聞いているのか?」


「いえ。この書状を私が佐々木様より手渡された折に神森様もいらっしゃったのですが、その時、神森様はこうおっしゃっておられました。『その中には爺さんへの指示は何も書かれていないからそれを聞かれるかもしれないが、聞かれたら臨機応変に頼むと伝えてくれ』と。此度は永倉様への指示は不要とお二方ともおっしゃっておられました。なんでも、今回の場合はむしろ邪魔になりかねない、と」


 小僧め。だが、それも一つの手か。こちらの正確な状況も分からぬだろうしな。兵ら一つとっても、かなり繊細な状態でもある。この場にいない人間には、こちらが今どれ程戦えるのかを判断するのは難しいかもしれぬ。


「そうか。では、戦況を見ながら動く事にする。基本的な方針はここより北進し、最後の仕上げを手伝う事としよう。そう伝えてくれ」


「はっ。確かにお伝えいたします」


「うむ。頼むぞ」


「はっ」


 男はそう返事をして、深く頭を下げる。そしてすぐに、伝七郎らの元へと帰って行った。


 それにしても、と思う。


 随分と思い切った真似をするものである。もっとも、だからこそこうも容易く北の砦を落せたのか。


 戦の有り様、そして武士(もののふ)の有り様というものを、この歳にして今一度考え直す事になるとは思わなかった。


 とは言え、此度は一騎打ちの最中に兵をけしかけるような、恥を知らぬ輩が相手だ。それにこう対応する事には、大して抵抗はない。


 が、おそらくこれは、それだけの話ではないだろう。


 小僧は言うに及ばず伝七郎も、これから先は敵対する者には容赦なくその『知』を振るうに違いない。『武』のみで戦に臨む事はない――そう思われた。


 今後水島の臣は、儂ら将から末枝(まつえ)の兵らに至るまで、それと折り合いをつける事を求められるに違いなかった。


 我らが、水島が、戦そのものを変える事になっていくのだろう。


 なんとも、なんとも。


 長く親しんだ水島の家だが、今大きく変ろうとしていた――――伝七郎らを見、そして言葉を交わし、感じてはいた。しかし今日、それを肌身に感じた気がした。




 砦の攻略は、明後日の夜半過ぎから開始される予定だ。


 あの盆地に砦の兵が追われてくるのは、順調ならおそらくは早朝日の出前と言ったところだろう。


 そう予想されたので、砦攻略開始日の夜半に、儂らも盆地へと出る事にした。


 もし仮に、なにがしか事態の急変があったとしても、多少は助けてやれるかもしれない。そう考えたからだ。


 儂らはこの三日ほど世話になった山裾の森を出て、月明かりのほとんどない中、星の光を頼りに暗い野原を行軍する。


 しばらく北東へと歩くと、東の砦へと続く道に出た。


 周りに人の影はなかった。敵も味方もなく、その場にいるのは儂らだけだった。


 さて、どこで時を待つか――――。


 それを考える。そして同時に数少ない騎馬隊の生き残りから、砦へと乱波を出した。


 部隊を谷道と盆地の接点から、やや西に移動する。そしてそこで、砦へと出した乱波が戻るのを待った。


 ほぼ光のない中、息を殺し山おろしの風に揺れる枯れ草に紛れる。膝を屈したまま砦へと続く道の方を睨み続けた。


 こうして動かずにいると、風が少々肌寒く感じた。それでも周りで虫が鳴くほどに、儂らは大地に同化し続けた。


 その様にして待つ事しばし、乱波が戻る前に突然伝七郎の使者がやってくる。


 これには流石に驚いた。誰もいないと思っていたのに、突然伝七郎より使者が送られてきたのだから当然だ。驚くなという方が無理な話である。


 しかし、その動揺はすぐに治める。もう戦は始まっている。暢気にいつまでも驚いている時間はないのだ。


 すぐにその使者を通す様にいい、連れてこさせた。


「永倉様。佐々木様よりの言伝にございます」


「うむ、ご苦労。それで?」


「はっ。永倉様には、現在の位置よりもう少し南西への移動を求む――との事です」


「南西へ?」


「はっ。ご覧いただけますでしょうか? あそこの林。あそこに佐々木様は兵と共に潜んでいらっしゃいます」


 そう言って、その遣いの者は北北西を指差した。暗くて見にくいが、少し離れた場所にちょっとした雑木林の様なものが確かにあった。


 誰もいないと思っていたのに、すぐそこに伝七郎の部隊はもう布陣し終えていたらしい。


 その話を聞き、驚くと共に感心せずにはいられなかった。


 やりおる――――。


 その男に、伝七郎はこの後やってくる敵とどう戦うつもりでいるのかを尋ねた。この使者はその説明も受けている筈であった。


 案の定、男は極めて子細な説明を開始した。


 なるほど、その為に儂を南移動させたいか。


 納得した。


 が、確かに納得はいったが、今度は感心するのを通り越して恐ろしいと感じた。


 小僧は、伝七郎を眠った龍だと言っていた。そして今、それが目覚め天に昇ろうとしていると。


 その例えに、心底同意したいと思った。


 伝七郎は自身の殻を破り、その希有な才能を覚醒させようとしていたのだ。そしてそればかりでなく、まるで逆鱗に触れられた龍のように怒り荒ぶっていた。

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