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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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幕 平八郎(一) 北の砦攻略に向けて


 報告を受けた後も、手を尽くして探すよう再度命じた。しかし、結局女を捕らえる事はできなかった。


 何か残っていないかと女が残していったものも徹底的に洗った。しかし現在の居場所に直結するようなもの、或いはその正体に繋がるものは勿論の事、怪しいもの一つ見つからない。伊達に一年間、正体を隠しきってはいなかった。


 この女……おそらく本職の手練れであったに違いない。


 これまで始末してきた者らのように、元々ここ藤ヶ崎の者であった者をその場限りの間者に仕立て上げたような輩とは明らかに違う。まず間違いなく本格的に業を修めた者だと思われた。


 ただ、やはり不自然すぎる。


 そんな手練れにしては、撤退する時に後を濁しすぎていた。これ程の者ならば、もっと自然に撤退する事もできたであろうに。


 そもそも決定的な何かを残してはいないとはいえ、これ程の者が何かを残している事自体が不自然なのだ。儂が知る限り、そういった手練れたちが何かを残す時には、相手の思考を誤誘導したり混乱させたりする意図があるものばかりだった。


 つまり、わざとそうしていたのだ。


 だが、今回それがない。正体を誤らせる様な仕掛けもなく、ただ単純に撤退している。だが、もしそれが予定通りのものだったならば、物も不自然さも、何もかもを残さずに撤収しているべきである。


 あまりに統一感のなさと言おうか、混乱が見えるのだ。そう、まるで本当に慌てて撤退していったかのように。


 これから北の砦を取り戻す事を考えれば、これ以上の情報をあ奴らにくれてやる訳にはいかぬ。そう言った意味では、これは小僧の大手柄と言えなくもなかった。


 しかし、正体を見抜いた事をうまく誤魔化せていたらと思わずにはいられない。それがどれ程贅沢な事かは十分理解しているが、それでもそう思わずにはいられなかった。


 捕らえられていればどれ程損益を防げたかと思うと、そう思ってしまうのである。


 一年だ。その間多くの情報がすでに漏れ出てはいるだろうが、そこに一年いた人間その者ほどの情報の塊は存在しない。


 口惜しかった。


 が、とりあえず小僧の元に使いを出す。大見得を切りながら、折角教えられた間者を逃がしてしまうなど情けないにも程があるが、この結果を教えない訳にはいかなかった。


 これは儂の失敗でもある。詫びを入れねばならない。


 この頃にはすでに日は暮れ、夜となっていた。


 翌日、小僧は伝七郎ら共に北の砦攻略の準備に入った様だ。小僧からは、この間者の件でそれ以上何かを言ってくる事はなかった。武士の情け……だろうか。


 その埋め合わせという訳ではないが、以降影ながらその助けとなるべく動いた。


 伝七郎といい小僧といい、儂の目から見てもあきらかに得がたい人材だったが、この者らはそれを自らの力で証明せねばならない。


 己らならば水島を支えられると。


 何も証立てるものなく支えられると言われて、そうかと言ってやれるほど水島も姫様の命も軽くはないのだ。


 故に表だって手伝う事はできぬが、最低限の助力程度を惜しむつもりはなかった。


 まず最初に、北の砦の継直軍を抑えこんでいる次郎右衛門に使いを送る。彼の者の能力は今更言及するまでもない。儂の部下の中で最も信用でき、最も能力があると信じる――この永倉平八郎の懐刀である。


 そんな次郎右衛門に『まず見よ。主が本物だと思うならば、あらん限りの協力を惜しむ事なく力を貸すべし』とだけ(したた)めた手紙を出した。


 あの者ならば、それで十分の筈である。あとは、あ奴らが次郎右衛門に認められるか否かだけだ。これで、認められさえすれば、まだ若いあ奴らの足りぬ所をきっちり埋め合わせてくれるだろう。


 ここ藤ヶ崎の兵を、これ以上は割けない。


 あ奴らの兵でなんとかしなくてはならない事はすでに言ってある。そして、北の砦方面に次郎右衛門とその兵がいる事も。


 だからあ奴らは、必ずや次郎右衛門を本気で口説く筈であった。次郎右衛門があ奴らを検分するのに十分な状況は整うだろう。


 以降もぽつぽつと手伝えそうな事を見つけては、陰ながら手を回す。


 またそうしている間、伝七郎や小僧は自身の仕事の合間を見つけて、何度も儂の元を訪れた。その相手も務める。


 二人とも情報を集めに来ていた。


 戦において情報という要素は、一般的には重要視されない。将のほとんどは互いに兵を並べて、目の前のそれを正面から食い破るものを戦だと考えている。故に、その食い破る力のみが重要視され、どう食い破るかなぞは誰も考えない。


 それが当たり前だった。ずっとそうやって、儂らは戦ってきたのだから。


 だがこの二人は、そんなもの知った事かとばかりに、少しでも何かを聞き出そうとした。


 正直、これには驚かされた。


 自分で言うのも面はゆいが、儂は世に二人といぬ名将などと言われている。そしてその儂の名声を作ったこれまでの実績は、まさにこの二人のような事前の情報収集と、そこからの考察をもって積み上げたものだった。


 ただしそれは、酸いも甘いも経験しながら儂がたどり着いた、一般論とはかけ離れた儂の持論によるものである。戦は武人がその力を誇る場であり、それ以外のものはあってはならない――それが一般的な戦に対する認識であり、礼法だった。


 だが二人は、この若さでその考え方に到達し、当たり前のように実践していた。


 これは、極めて非凡に儂の目には映った。


 伝七郎や小僧との雑談で、あの者らが戯けるように言った『鳳雛』だの『伏竜』だのという大層な渾名も相応に思えてくる。そして、


 戯れ言では終わらぬかもしれぬ――――。


 と、ふと、そう思った。


 そうして日々出兵の準備やら何やらに追われる伝七郎らを、影ながら手伝った。表だってやっては、伝七郎らの顔を潰す事になるからだ。


 今回の砦攻略を成功させれば、あ奴らは新しい水島を支える屋台骨となる。嘗ての水島で、儂が務めてきたような。


 その時には体面も大事になってくる。


 本人がどう思っていようと関係ない。大事になってくるのである。だから汚さなくてよいところで汚してよい程、あ奴らの面子というものはもう安い物ではないのだ。


 普段は好きにすれば良い。若いのだ。時に無様を晒してみるのさえ、一興だろう。


 だが、ここ一番それぞれの実績に繋がる部分では、確実に白にしておかなくてはならない。


 今あ奴らにそれを言って、理解してもらえるかどうかは分からぬ。だから、そうしておいてやるのが先達としての務めというものだった。


 また、新たに将になった者らとも話す機会を積極的に持った。


 信吾、源太、与平。皆伝七郎と同年代だ。皆若い。


 始め呼んでみれば、皆緊張して固まってしまった。一度挨拶を交わした信吾でさえもだ。話をしても「はい」としか言わない始末。


 この者らは皆、元は一兵卒の身だったのを伝七郎や小僧が抜擢したとの事。それを聞いてこの反応もやむをえないかとの思いも湧いたが、かと言ってこのまま放っておく訳にもいかない。


 この者らはもう将なのだから。


 そう思い、事ある毎に話しかけるようにした。すると、二日程でようやく普通に会話が成立するようになった。


 それにしても一兵卒からいきなり将とはな――と思う。そんな話は聞いた事もない。前代未聞の大出世だ。


 無論、三人がそれだけ優秀だったのだろう。現に追っ手と戦いながらも、無事姫様をここまでお連れしている。伝七郎や小僧が優秀だったにせよ、二人と共に戦ったこの三人は、それに付いていけたという事だ。


 ただそれでも、こうもあっさりと前例を無視して引き上げる決断をした伝七郎には感心させられた。


 そして、それを進言したというあの小僧にも……。


 あの小僧は水島の有り様を大きく変える――――。


 その話を聞いた時、それまで朧気に感じていたその事を確信した。

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