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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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幕 平八郎(一) 水島の腐敗

 (たぎ)った感情を抑え込む。そして、心を落ち着け再び思考する。


「意味がない……か」


 己の口から思わず漏れた言葉に、はっとする。


 本当に意味はないのか?


 御館様をお守りするべきだった。


 それは間違いない。最悪の結果として、すでに結論が出ている。


 が、今となってはそれを言ったところで何にもならぬ。切歯扼腕(せっしやくわん)した所で、御館様も奥方様も生き返りはしない。


 せいぜいが、己の無能を気が済むまでなじって慰める事にしかならない。


 主をむざむざ死なせてしまうなど……。それもあのような薄汚れた姦物の手によってっ。


 儂には己を慰める資格すらない。


 あの愚か者が危ういのは分かっていた。だが所詮は一人と高を括ったのと、御館様の実弟という事で遠慮をしすぎてしまった。その結果がこれなのだ。


 それに、ゆっくりと省みる時間すらも今はない。


 あの奸賊は、自身の欲望と御館様への劣等感を満たす為にこの水島領を完全に掌中に収めようとする筈だ。当然この藤ヶ崎もその中に入っているだろう。


 冗談ではなかった。


 御館様より託されたこの土地をあのような者にくれてやるなど、とてもではないが許容できぬ。受け入れられぬっ。


 徹底抗戦しかない。なんとしてでも、この藤ヶ崎と民をあの奸賊の手より死守してみせる。


 だが現実的な話として、守れるのか? 何もせず降伏などありえぬが、それが叶う事を念頭に動くのは危うすぎだろう。


 それに、だ。守りきったとして、その先はどうする?


 姫様はまだ幼い。この藤ヶ崎一つを姫様にお渡ししても、不幸な事にしかならぬ。


 どうしたらよいのだ…………。


 かつての水島領ほどの国土と国力があれば、儂ら臣下の者がしっかりとお支えすれば、姫様が成長なさるまで、周りの餓狼がごとき領主どもを退ける事も十分可能だった。


 だが、ここ一つではそれは叶うまい。


 御館様の遺志でもあるとはいえ、ここを渡せぬなどという儂の意地に姫様のお命を賭けるなどとんでもない。そんな事は絶対に出来ぬ。賭けてよいのは、この老いぼれの命までだ。


 不幸中の幸いなどとは言いたくないが、それでも幸いにも姫様はご無事なのだ。絶対にお守りせねばなるまい。


 ほんに、流石は我が娘よ。あれを残してきて本当によかった。もしそうしていなかったならばと思うと、背中に冷たいものが走る。


 菊ならば、不甲斐ないこの父などよりも、ずっと姫様に尽くしてお支えするだろう。あれは本当に出来た娘だ。



 よしっ――――。



 腹を決める。


 そしてふと考え込んで伏せていた視線を上げてみれば、もうすでに辺りは暗く、夕闇を過ぎて完全な闇の中にあった。締め切った部屋の中では月の光も碌に届かない。ずっとその中にあったので目は慣れていたが、それでもほぼ周囲が見えない程だった。


 儂以外に誰もいない謁見の間は、しんと静まりかえっている。


 皆気を利かせてくれたのだろう。明かりも持ってこられていない。少し気配を探ってみても、少なくとも部屋の周囲には人気(ひとけ)はなかった。ただ、庭で鳴く秋虫の声が聞こえるだけである。


 静かにその場を立つ。


 そして廊下のある方へと進み、障子を開け放ち叫んだ。


「誰かあるっ!」


 これから将を集め、すべてを話す。それで付き合えぬと言うのなら、それでもよい。その身の振り方は彼奴らに決めさせよう。無理に付き合わせても、むしろ邪魔にしかならぬ。


 必ずや御館様の無念を晴らしてくれる。


 あの愚物の思い通りになど、絶対にさせぬっ。




 そうして集まった皆に、御館様が継直に殺された事、儂はこの藤ヶ崎の地で継直に徹底抗戦する事、そしてそれに付き合えぬ者は去って構わぬ事などを話した。


 この藤ヶ崎も、水島の重要拠点だけに腐敗はかなり進んでいる。腐った者らはかなりの数がいた。御館様が案じられていた家臣団の腐敗は、何も本国に限られる話ではないのだ。


 だから、ある程度想像してはいた。が、騙し討ちにあって殺された主を思い憤る者よりも、自身の保身を気にする者が大半だった。いや、もっと正確に結果を受け入れるべきだろう。残った将は腹心の次郎右衛門とその配下、その他はほんの一握りといったところか。大半と言うよりも、ほぼ全部と言った方が近い結果だった。


 このあまりの結果に、怒りさえも湧いてこなかった。


 だが、物は考えようだ。これで我が手には本物の将兵のみが残ったのだ。


 傷口が膿んで蛆が湧いた腕で、思う存分槍が振るえようか――――不可能だ。


 純然たる数としては、此度多くの将を失う事になった。だが、これできちんと戦えるようになったとも言えるのだ。


 まさに、痛し痒しだった。


 以降は当初の考え通り、去る者は追わず、継直に対し徹底抗戦の構えをとる事に集中した。


 その最中、少々想定外の事も起きた。


 一つは去った将が、兵もかなりの数連れて行ってしまった事だ。兵にも身の振り方を選ばせるつもりではあったが、民に対して悪事を平気で働くあの腐った者らに、これ程の数がついていくとは思ってもいなかった。


 いくら儂でもこの藤ヶ崎一つで、旧水島領の大半をその手に収めようとしている継直には勝てぬと見限られたか。それとも将の腐敗に見劣らぬほど、兵らの腐敗も進んでいたか。


 その理由はわからぬ。が、知りたいとも思わなかった。


 理解すべきは、それだけの数の兵が減ったという事実だけだ。


 もう一つが、その去った者らのほぼすべてが、どうやら継直の元へと収まったらしいという事である。


 腐っているとは思ってはいたが、ここまでとは流石に考えていなかった。


 忠義などまったくない。武の誇りなどまったくない。あやつらは武士ですらなかった。ただ刀を差しただけの野良犬だったのだ。


 正直、これは哀しかった。水島とはなんだったのだろうと思わずにはいられなかった。


 御館様は嘆き憤っておられた。そして、立て直そうと懸命に努力をしておられた。しかし、記憶にある御館様のそのお姿が今は空しかった。


 家臣団が腐っているのは、当然儂も知っていた。だが水島のすべてが、ここまで腐っているとは流石に思ってもいなかった。


 本当に、ただ水島の国力に(たか)っていただけなのだな――――と。


 今、悟った。


 そして、なぜ御館様がどうしてこうもあっさりと、抵抗らしい抵抗もできずにご自害なされたのかも。


 兵がほとんどいなかったのだ。だから抵抗できなかったのだ。


 ――――富山に、継直によって鼻薬を嗅がされた兵しかいなかったが為に。


 無論、これは想像だ。だが、確信できた。


 吹き上がる怒りが強すぎて、逆に頭から血が降りてくる。


 御館様を馬鹿にするのも大概にしろと、我慢できなかった。


 あの者らにも相応の結末を用意してやる――――。


 そう決めた。


 しかし、今この町の兵は少ない。が、今残っている者は本物の将兵である。


 厳しい戦いにはなるが、あの膿を抱えたまま戦うよりはましだろう。此度の件で、幕下の膿はすべて出した。


 あとはこの将兵らとともに新しい藤ヶ崎を作り、守る。そして、いつか必ず継直の首を取る。それだけだった。


 以降何度も、継直から降伏せよとの勧告の使者が来た。だが、その(ことごと)くを叩き返してやった。


 その中、継直の元に行ったはいいが功に焦った元藤ヶ崎の将が使者でやって来ないかと思って待っていたのが、流石に誰一人としてやってこない。


 愚物の割には頭がよく回っているようだった。


 真に残念だった。もしやって来たならば、首だけにして継直の元に送り返してやろうと思っていたのだが。


 真に残念だった。

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