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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第九十六話 藤ヶ崎防衛戦勝利 ――水島の夜明け―― でござる




 未だ燃え上がる炎に、砦上の夜空は焼かれていた。


 そんな赤く染まった空を背に、俺たちは西へとひた走る。


 隊は三つあった。犬上隊――槍兵七十名。三浦隊――弓兵五十名。そして俺が率いる本隊が槍兵五十名。以上の合計百七十名の支援部隊である。


 西の盆地にいるだろう敵兵の数と比べればかなり少ない。が、あちらにいる伝七郎や爺さんの部隊の数と合わせれば、数の差がほぼ埋まる。十分支援部隊たり得た。


 これも圧倒的に優位な状態で砦内の戦闘を終える事が出来たおかげであった。なにせ死者は勿論の事、負傷者もほとんど出さずに東の砦を落とす事が出来た。これは流石に予想を遙かに上回る成果であった。出来すぎとさえ言える。


 しかしそのおかげで、予定よりも遙かに多い人数を支援として西の盆地に振り向ける事が出来たのだから、素直に喜ぶべきだろう。


 正直、百名も送れたら御の字だと思っていた。その倍近い数を連れて行けるのだ。これで少ないと愚痴を漏らすのは贅沢が過ぎるというものである。


 それに策の成功具合の影響は、なにも俺たち増援部隊だけに留まるものではない。


 なにせ西の盆地で倒す敵は、先程俺たちが仕留め損ねた残りである。つまり、ほぼ非武装なのだ。


 先程倒せて、今回同様に倒せぬ道理はない。油断なくしっかりと仕留めにいけば、同じ結果を導くことはさほど難しくはない筈だ。


 いま西の盆地にいる敵兵は対戦相手にあらず。それらは正しく獲物である。



 我が策、すでに成れり――――。



 すでに勝つか負けるかの段階は終わっていた。どう勝ち、どう始末をつけるのかという段階になっているのだ。


 もう俺たちが決定的なミスでも犯さない限り、奴らに逆転の目はない。俺たちが許さなければ、奴らにはどう死ぬかを選ぶ権利しか残されていない。


 戦と呼べるような段階は、すでに終わっているのだ。


 故に俺たちがするべき事はただ一つである。


 最後まで気を抜かず、安全かつ確実に仕事を完遂する事――――。ただ、それだけだ。


「武殿、そろそろ着きます」


 信吾は駆ける馬の背で、後ろにいる俺に首だけで振り返りながらそう言う。


 今回俺は、信吾の後ろに乗せてもらい西の盆地へと向かっていた。


 丸くなってしがみついていた背を伸ばし、遠く前方を見る。


 間もなく夜明けだと思うが、まだ周りは闇、闇、闇で、星と松明のみが明かりという状況だ。当然遠くを眺めてみたところで、何も見えやしない。


 しかし前方に注意を向けた事で、風に乗って人の叫び声らしき物が聞こえてきた。


 なるほど、もうすぐのようだ。


「与平っ」


 それを確認すると、俺は与平に呼びかける。


「はい」


「行けっ!」


「はっ! では、行ってきますっ」


「応っ。よろしく頼むな?」


「了解ですっ!」


 俺の指示を受けた与平は、すぐさま行動に移る。


 与平は右手で手綱を繰りながら半身振り返ると、後ろに続いている自分の兵たちに向かって、大きな身振りで腕を振り前方を指した。


 そして、


「行くぞっ! 俺について来いっ!!」


 と鋭く吠えた。


 その号令と同時に、与平は並足で歩いていた馬を速歩に切り替える。するとそれに合わせるように、三浦隊の者たちは与平の背中を追って全力で駆けていった。




 戦場に響き渡る悲鳴――――。


 周りを囲まれ追い詰められた獲物たちは、四方八方から押し迫る死に怯え、そして狂った。


 俺も砦ではかなり手厳しい対応をしたつもりであった。だが、伝七郎もそれに勝るとも劣らぬ苛烈な追い込みをかけていた。


 それは――――、普段の優しげな奴とはとても結びつかぬ程に過激なものだった。


 俺と信吾は砦の西にある盆地の最東部――砦からこの盆地まで続く道と盆地との接続部にいた。


 戦場となっている盆地は、伝七郎や又兵衛の話を聞く限り、十キロ四方あるかないかだと思われる。極めて小さな盆地だった。


 その盆地の東部が現在の主戦場となっていた。


 東の砦から追いたてた獲物を狩るのだから、その逃走経路と地形から見て、本来今現在俺たちがいる場所である『盆地と道の接続部』が主戦場になるのが普通である。


 この状況であれば道の出口を囲うとそれだけで、自軍と敵軍で一時にぶつかる兵数に差を生み出すことが出来るからだ。その状況を生み出せば、あとはそのまま包囲殲滅してしまえばいい。戦における絶対法則『数』によって、まず高確率で圧倒的な戦果を手にする事が出来る筈だ。


 だが伝七郎は出口ではなく、やや盆地の内に入った所でそれをやっていた。


 夜に吹く山おろしの風を利用し、山のある東側に火が放たれている。ちょうど半円を描くように。


 その炎は風に乗る。そして種田忠政とその兵を、背中から盛大に炙った。


 目の前の光景に、伝七郎の意思を見た気がする。すなわち、ただの一人も逃がさない。そこで死ね――――と。


 近くでは、腰程までもある枯れ色の草が夜風にさざめいて、まこと静かな夜だ。暢気に虫も鳴いている。しかし遠くでは、その伝七郎の意思が乗り移ったかのような炎がごうごうと盛り、夜風に乗り人も草も何もかもを呑み込まんと踊り狂っていた。


 断続的にあがる断末魔――炎に追われて逃げ道を求めた兵が、待ち構えた伝七郎や爺さんの兵に槍で貫かれている。伝七郎率いる部隊は北から、爺さんの部隊は南から、炎に押し出される敵を押し潰していた。


 悲鳴――――、いやもっと濃い。死を悟った動物が発する絶望の嘆きが戦場に木霊となって響き渡る。


 時折伝七郎の部隊から投げ込まれる油壺の油を被った者らは、風に乗って伸びる炎の指先に撫でられ動く火柱と化した。そしてその者は程なく空気を裂くような声を発して、黒くなり倒れていった。


 その映像は、音声付きで延々と届く。視力がこちらの人間ほどない事を感謝すべきだろう。それでも赤い火柱の中で悶える影ぐらいは見える。大変えぐい光景だ。


 戦局はすでに終盤に入っている。


 しかし、それでもまだ諦めない者たちもいた。もっとも、勝利ではなく自身の命を――ではあったが。


 東から火で炙られ、北と南から挟まれる。


 であれば、当然怯えた獲物は西へと逃げるだろう。現にいくらかはそちらに向けて走っている。


 西には柳川にかかる橋があった。そこはこの屠殺場唯一の出口と言えるだろう。そして、伝七郎はそこに向けて道を開いていた。


 そう。”開いていた”。


 その先に何があるのかは容易に想像がついた。今、目の前に源太の部隊がいないのだから。


 まず間違いなく、そちら方面で待ち構えている事だろう。


 徒歩で、しかも武具の一つも持たない者が、高速の騎馬隊から無事に逃げ切れるだろうか?


 絶対に不可能だ。森や林というなら兎も角、平地だ。人間の足では、どれ程早くとも馬の足には勝てない。


 なんとかそこまで生き延びた者たちも、悉く狩られるだろう。


 馬蹄を響かせ縦横無尽に駆ける部隊を率い、源太は門番として正しくその役目を果たすに違いなかった。


 駆けつけては見たものの、明らかにもう俺たちの手は必要なさそうだった。偶然だろうが、北の砦の意趣返しという形になるだろうか。あの時は逆に俺が呼びつけて、呼びつけただけに終わったのだから。


 まあ、大人しい人間が怒ると怖いという事だ。


 俺はこの戦の仕方に伝七郎の本気を見た。この戦は間違いなくこちらの戦ではない。伏竜は間違いなく昇ろうとしていた。


 この戦はもう終わりだ。


 俺たちは念には念を入れて、このままここで道を塞いでいればそれでいいだろう。それだけで、程なく勝ち鬨が聞こえてくる筈だ。


「……伝七郎様も、武殿に出会ってからずいぶんと変わられた。なんというか……。そう、今の伝七郎様からは何かから解き放たれたような自由さを感じます」


 激しい伝七郎の戦いぶりを眺めながら、信吾は微かに嬉しさを感じさせる口調でそう呟きを漏らす。


「あいつって、意外に過激だよな?」


 その呟きに、俺は戯けるようにそう答えた。


「ははっ。かもしれませんな。ですが、継直が逆鱗に触れてしまったせいでしょうな。伝七郎様にも、個人として抑えきれぬ怒りは勿論あるでしょう。ですがそれ以上に、姫様に手を出してしまったのがいけない。あの方はなんとしても姫様を守ろうとしておられます。だから、姫様を傷つける輩はどうしても許せない」


 それを聞いて思う。他人事のように言っているが、大なり小なりお前らも同じだろうと。


 ちらりと、横目で信吾を見た。すると同じく目の端で俺を見る信吾の視線とぶつかった。糸目のくせに、こちらを見る目だけわざわざ大きく見開いてやがる。


 視線が交わったのを確認すると、信吾はニィッと笑った。なんとも意味ありげに。


 くそう。その面が気にいらん。


 言葉よりも、言わんとする事が伝わってくる。


「…………コホン。俺は平常心だぞ?」


「それはそうでしょう。しかし、それとこれとは違いますよ? 私には武殿も伝七郎様に負けず劣らずのように見えますよ?」


 ぐっ。話を逸らそうにも誤魔化されてくれない。


「俺はあいつ程に過保護ではない。お前は糸目だから物が見えてないだけだ。うん、きっとそうだ」


「ははは。これは酷い言われようですな」


 そう言って、信吾は笑う。ただ、それ以上言葉を重ねようとはしなかった。


 だがしかし俺の目には、奴が考えを変えたようには見えなかった。


 そうこうしている内に、戦場が最後の局面を迎える。


 うっすらと夜が明けようとする中、伝七郎たちのいる場所の更に西で勝ち鬨が上がった。


 すぐに、高所へと張りつけていた物見の兵らの一人がこちらへと駆けてくる。


「我らが勝利にございますっ。西方へと逃げる一団に、鳥居様の騎馬隊が幾たびも突撃をかけておられました。ちりぢりになった敵部隊へ、北から三浦様と思われる部隊が奇襲。そこに敵将がいた模様です。すぐに勝ち鬨が上がりました」


 与平は北に回り込んで伏せていたのか。ホント良い感してるな。流石は元猟師。


「そうか。ご苦労。皆こちらに戻ってくるよう伝えてくれ」


「はっ」


 兵はそう返事をして、すぐに走って戻っていった。


「与平ですか? あいつ、おいしい所を持っていきましたな」


 横で聞いていた信吾は糸目を更に細くして笑い、そう言った。


「ま、流石は本職かな? 待ち伏せはお手の物ってところだろう」


 俺は肩をすくめて、そう答える。。


 すると、「はは、そういう事になりますかな」と信吾も乗ってきた。


 そしてそうして話している内に、みるみる内に周りが明るくなってくる。


 夜明けだった。砦の方角を見れば、山の際から朝日が昇っているところだった。眩しいが、それが美しい。


 それにつれて、戦場の様子もよりはっきりと見て取れるようになってきた。


 闇の中で赤々と大きな存在感を放っていた炎の光が、差し込む朝日に溶けてゆく。


 そうしてはっきりと見えるようになった俺たちの前方には、源太や与平らの部隊が上げていたと思われる勝ち鬨に遅れて勝ち鬨を上げる――伝七郎と爺さんの部隊があった。


 兵たちが皆、槍や腕を大きく天に突き上げ吠えている。


 間違いなく俺たちの勝ちだった。


 藤ヶ崎……、いや水島は守られたのだ。

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