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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第九十四話 強襲! 東の砦 ――副郭の戦い―― でござる その二

 燃え上がる炎と立ちこめる黒い煙。そして、響き渡る悲鳴――――。


 深夜の赤銅山は地獄と化した。特に継直・金崎の連合軍の兵たちにとって、そこは真に地獄だったろう。


 その地獄を創った俺が言うのだから、間違いない。


 不完全燃焼した油と、つい先程まで”(なま)もの”だった肉が焼け焦げてゆく臭いが一帯を満たしていた。その中を逃げても逃げても、逃げる先に待ち構える狩人たち――――。


 獲物は、決められた方向に整然と追われていった。


 ある者はこの場で処理され、無事そこから逃げられたある者はその先で捕まり処理される。そしてそこからも無事逃げられた者は、西の盆地という名の屠殺場へと送り込まれてゆくのだ。


 今夜の赤銅山――東の砦はそんな場所だった。




「追え、追えっ! 次の油は準備はできているか? 逃げ道を固定しろっ! 後は神森隊、犬上隊に任せれば良い。直接倒す事よりも、追い詰める事に集中するんだっ!」


「俺たちはこのまま横撃をかける。槍隊構えろっ! 弓隊の者は、トチ狂ってこちらに走ってこようとする奴らに火のついた油壺をくれてやれっ。生きたまま何人か火だるまにしてやれば、大人しく引き返す。いいか? 考えるなよ? やるのは俺だっ! お前らじゃないっっ!! お前らは俺の命令のままに動くだけだっ!! わかったかっっ!!」


「武殿は横に回り込んだか……。よしっ! 俺たちも神森隊と共に奴らのどてっ腹を抉るぞっ! お前ら気合いを入れ直せよっ? 突撃っっ!!」


 そこかしこで生まれる悲鳴や絶望に狂ったわめき声に混じって、俺たち水島の将が出す命令や、それに応じる兵たちの強く練り上げられた気迫の豪声が轟く。


 敵味方ともに狂騒の体だった。それは、ある意味正しく戦場だった。


 耳が拾う音だけではない。


 油と肉の燃える臭いが酷い。そして、血臭。すでに覚えた臭いだが、それでも嫌な臭いには違いない。


 多分この先、何度も嗅ぐ事になる臭いだろう。そして、いつかは慣れるだろうとは思う。だが、いつまで経っても好きにはなれそうにない――そんな臭いだ。そんな臭いが、この場には充ち満ちていた。


 それは野外にもかかわらず、まるで密室で嗅いだかのようなとても濃密な死の香りがする。


 その中を俺たちは駆けに駆け、さらにその臭いを強くしていくのだ。嫌だ嫌だと言いながら、進んでそちらに向かう。なんとも業が深い事だった。


 それでも俺たちは、その行為を止める事はない。その結果、目の前で逃げ惑う獲物は瞬く間のうちに数を減らしていった。


 俺たちの兵は的確に獲物を追い詰めている。なにせその姿から、獲物を見つけるのは容易だった。奴らはそのほとんどが寝間着のままだ。判別するのに何の苦労もない。敵味方の判別が容易であるように味方の兵は腕に白布を巻かせたが、結果論的にはその必要すらなかったかと思える程だ。


 そして、獲物は闇に紛れる事も許されなかった。


 炎の明かりは煌々(こうこう)と周りを照らす。


 狩人たちはいとも簡単に獲物の場所を見つけ、獲物が獲物である事を確認できた。そして、容赦なく狩る。


 武器も防具も持たない人間と遠距離武器まで持つフル装備の人間――――。仮に練度が同じであったとしても、この差は十倍程度の数の差では埋まらない。敵全員が先程までここにいたとしても七、八倍程度である。どうにかなる訳がないのだ。


 一方的に、まさに『狩り』という言葉に相応しい光景が繰り広げられるだけであった。


 半数は無事に逃げおおせただろうか――逃げられた先は屠殺場だが。


 残りのほとんどは、ここで炎に巻かれるなり槍に貫かれるなりして屍を晒していた。


 いくらかは絶望と混乱の果てに小便を垂れ流し、呆然と立ちすくみながら青ざめた表情で両手を挙げた。


 こうして俺たちは、砦を完全に制圧したのである。


 すべてが終わった後には、抵抗らしい抵抗もできずに一方的になぶり殺しにされた敵兵の骸がそこかしこに転がっていた。無論やったのは俺たち、いや俺だ。それらから流れ出る細い血の川は、寄り集まって太く堀の方へと流れている。


 それは紛れもなく勝利の証であった。しかし、やはり見ていて気持ちの良いものではなかった。


 かといって目を背ける訳にもいかない。


 この惨たらしい光景のすべてが、俺の策、俺の命令による結果である。どれ程見るに堪えなかろうが、他の誰かには許されても、俺だけはそこから目を背ける事は許されない。それが策を立てた者の責任だった。


 その事を忘れた時、俺は血に狂うだろう。


 故に無道の中の仁義といった意味だけではなく、俺自身の為にもこれは忘れてはいけなかった。


 最近俺は、それを強く感じていた。


 だから俺は、副郭のど真ん中で落ち着きかけている戦場を眺め続けていた。


 もう周りに敵はいない。


 今目に映る『物』はすべて『者』ではなかった。


 さっきまで人間だった『物』ばかりだった。恐怖に顔を引き攣らせたまま体中に穿たれた穴から血を流すそれも、そして夜空に向けて伸びる――表面のみが炭化し、所々その炭が剥がれた腕を持つそれも。


 それらを見渡し安全を確認して、一時の休憩を兵たちに与えた。


 しばらくそうしていると、信吾と与平がやってくる。


 その二人を出迎え、俺は声をかけた。


「お疲れさん。特に信吾。グッジョブだ」


「ぐっじょぶ? なんですか、それは?」


「『いい仕事してますね?』って意味だよ」


「ほう。初めて聞きました。都の言葉か何かですかな? 武殿は流石に博識ですなあ」


 信吾はそう言って、土埃と返り血で汚れた顔を緩めて笑う。


 あー、そっか。そういや、まだこいつらには俺の出自を話していなかったな。特別吹聴するような事でもないし、そんな話にもならなかったから、ついうっかりしていたわ。そのうち機会でも見て話すか。


 俺はそう決め、この場は適当に「そんなもんだ」とだけ返す事にした。今がその時に相応しいとは、到底思えなかったからだ。


 そして、もう一人の功労者の方を向く。


「そっちもうまくやってくれたようだな。ご苦労さん」


「武様こそ、お疲れ様でした。それにしても武様? もしかして武様は昔猟師か何かをされていた経験でも?」


「いや。何でだ? 自分で言うのもなんだが、見ての通りの体力のなさだ。そんなものが務まっていた訳がないだろう」


 いきなりこいつは何を言い出したんだ?


 そう思った。


 が、それを言った当人はいつも俺をからかう時の顔ではなく、至って真面目な表情で「うーん……」と唸りながら首を傾げている。


 むしろ俺が首を傾げたかった。


「いや。だって、さっきの追い込みのかけ方なんか、明らかに素人のそれではなかったですよ? そういう仕事の経験があるようにしか見えませんでした。かと言って、そんな事武様言ってませんでしたし……。不思議に思った訳です。ほんと武様は面白いや」


 納得した。そう言う事か。


 だが、これは真実を教える事はできないな……。ゲームの廃プレイと、中二病に冒されて狂ったようにネットあさりしたせいだなどと。


 言葉が通じる通じないの問題ですらなかった。説明できる訳ない。


 だがそれを置いておいてもだ。


 そう特別な事をした訳でもないにも関わらずのこの反応。それに俺の事を軍事関連の知者と見ている節のあるこいつらからの、『素人のそれではない』と言う言葉……。


 要するに、これも世界の差が生んだ発言なのだ。


 俺がいま与平の言葉の意味を理解しても感覚的な部分では共感できていないように、仮に俺が説明をしたところで、同じく意味は分からないに違いない。


 やった内容は、俺たちが追い込みたい場所が敵の逃げ先となるよう、手持ちの道具や人員そして状況を利用しながら、こちらが決めた逃走経路を敵に走らせる。それだけだ。そうなる様に追い込んだだけだった。


 それは、確かに狩猟にも通ずる手法ではある。しかし戦争と言えば正面からぶつかり合って力比べをするこちらの世界では、それが戦にも通ずるものとしてイメージできないのだ。


 それ故の疑問と発言だろう。


 だから先程の信吾と同じ対応をする事にする。その理由は異なるが、これで正解の筈だ。


「その話はまた今度な。ここじゃあ茶飲み話なんかする気にもならん。ゆっくりしている時間もないしな」


 俺はそう言いながら、死屍累々の有様を呈している周りを、大きな身振りで腕を振って指し示して見せた。


 如何せん今目の前に広がる光景は、モニターの映像ではない。


 生臭さと焦げ臭さが鼻を直撃し、額から頬を伝わり時に口の中へも運ばれる汗には舞い上がった土埃や浴びた敵の返り血が混じる。


 五感に訴える生々しさが、ただの映像とは違いすぎた。


 俺がまだまだ未熟というばかりではなく、この光景を見慣れた人間でも決して心落ち着く環境ではないだろう。


「「確かに」」


 現に俺よりは慣れていると思われる二人も、声を揃えて同意し苦笑した。


 これは俺たちが誇るべき戦果ではある。が、見ていて爽快なものではないのも事実だった。


「それはそうと、信吾」


「はい?」


 信吾を呼ぶ。早急に確認したい事があるのだ。


「金崎の三森敦信……。お前らの方へ行ったか?」


 これだ。これに尽きた。


 どちらであっても結果は変わらない。だがこの答え次第で、過程での骨の折れ具合が大いに変わるのだ。


「ああ、その事ですか。武様がおっしゃっていたように、確かにこちらへと向かってきましたぞ。三森敦信自身は木村殿の言っておられたように、ものすごい武士(もののふ)でしたぞ。一騎打ちになりましたが、まだこの手にその時の感触が残っている程です」


 ほう。本物か。


「それになんとかではありますが、指示されていたように無事貫かせて逃げ道を確保させる事にも成功しました。戻ってくるかどうかは分かりませんが、今頃は木村殿の手によって炎の壁が作られ、こちらには戻ってこれないようになっていると思います」


 つまり、作戦は完遂した訳だな。


 ホントこいつら有能すぎ。俺は恵まれている。多少の拙さくらいは、こいつらが余裕でカバーしてくれるからな。


「それにしても本当に見事な武者ぶりでしたぞ。俺を抑えこむ為に自ら突っ込んできて一騎打ちをし、その間に配下に風穴を開けさせました。俺の隊のど真ん中に、です。いくら俺の隊がうまく後ろに逸らそうとしていたといっても、相手はそれを知らない。あれを実行できる肝と実力を持った将はそうはいないでしょう。奴は金崎の将――我々水島はまた戦う事があるかもしれません。名前を覚えておくべき将だと思います」


 信吾は顎に手を当てながら回顧し、どこか満足そうにそう語った。


 ほう……。信吾の奴がいつにも増して語るな。それ程の将だったか。


 それにしても三森敦信……。部下をとったか。やるじゃん。まさに知勇兼備の勇将って所か。


 おかげで金崎の兵を減らし損ねて、今後の戦にはマイナスだ。


 だがそれを防いで見せた三森敦信の有能さが、敵の事ながら俺は嫌いではなかった。

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