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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第九十三話 強襲! 東の砦 ――副郭の戦い―― でござる その一

「進め、進め、進めぇーっ! 刃向かう奴らには遠慮は無用ぞ! 遠慮なくその喉に穂先をくれてやれぇっっ!!」


 遠くで聞こえていた雄叫びは、今やはっきりとした言葉として耳に届く。もうすでに近くまで来ているようだ。


 間違いない。あれは信吾の突貫だ。


「おお、おお。信吾の奴気合い入ってんねぇ。敵さんも可哀想に。ありゃ本当に容赦なく跳ねられてますよ、きっと。あの様子じゃあ、怒った牛にだって正面からぶつかっていきそうだ」


 信吾が兵たちに飛ばす檄を聞いて、与平がにひひと奴らしく笑いながら、横にいた俺にそう話しかけてきた。


「お前なにげに酷い事言うね? あれでも俺たちにとっては救いの神よ? たとえ牛の姿をしていようが熊の姿をしていようが、敬意を払おうとは思わないのかね?」


「おお、なるほど。流石は武様。ご立派なお考えだと思います」


 信吾が聞いていたら間違いなく文句を言うだろう軽口を、俺と与平は交わす。


 不安と、浴びせられる押し寄せる多勢の圧力に耐えに耐えてきた。そこに待ちわびていた者が無事にやってきたのだ。感じた安堵は筆舌に尽くしがたい。


 そのせいで、二人して多少口が軽くなったとて許して欲しかった。


 信吾が己の役目を果たしてくれたからこそ――だからこそ俺たちは、安心して軽口を叩けたのだ。


 まあ与平は兎も角俺自身は、今こうして自分が戦場で心のゆとりを持てている事に少し驚いてもいた。以前の自分では、これはできなかったな――と。


 実は耐えきれずに感覚が麻痺した故か、それとも経験が血肉となって慣れたのか――慣れたと思いたいが、それはこの戦が終わって落ち着いてみないと分からない事だった。戦場のような特殊環境下で己が正常であるかどうかなど、己自身で分かる訳もないのだ。


 だが己が人として正常かどうかはわからずとも、将あるいは兵としては『慣れた』し、間違いなく『冷静』だった。その判断はつく。


「さて、俺たちもいつまでも観客でいる訳にもいかん。後で信吾に『戦場で怠業せんで下さい』などとどやされるのは勘弁だ」


「同感です。で、武様。どう動きましょう?」


「とりあえず二隊に別れよう。今信吾は左回りに敵を追っている」


 そう言って副郭の方向を指さし、ぐるっと左回りに小さく虚空に円を描いた。


 そして、そのまま言葉を続ける。


「だから俺たちも、その動きに合わせよう。正面から南西方向に向けて斜めに敵を追う。そうすれば副郭の西端が奴らの脱出路となる。細い細い枝道を通って、奴らはそこからひたすらに逃げようとするだろう。俺たちはそれを後ろから圧殺すればいいという訳だ」


 そう言って副郭の方へ向けて伸ばしていた腕を下ろし、与平の方へと俺は向き直った。


「了解しました」


 そんな俺の目を見据えながら、与平は将の顔ではっきりと諾と答える。


 そしてすぐに動き始めようとした。


 だから俺は慌てて言葉を付け足す。策としてはすでに述べた通りだが、その時に注意してもらいたい事をまだ伝えていなかったからだ。


「逃げ道があればこそ、逃げる敵を一方的に狩っていける。閉じれば向かってくるぞ。無駄に戦うな。狩るんだ。だから、決して逃げ道を塞がないように。敵を逃がしながら、可能な限り数を減らしてやればそれでいい。最後の仕上げは西の盆地――爺さんや伝七郎たちの役目。あちらが主役だ。ここでその出番を奪うような真似はするなよ? 忘れないようにな」


「了解です。では武様。行ってきます。武様も十分に気をつけて下さいね? もし武様に何かあったら水島のお家としても大問題ですが、姫様やお菊さんが大変ですよ? たとえ永倉様を無事お救いする事が出来ても、絶対泣かれます。俺はそんなの御免被りますからね」


「わーった。わーった。それ以上の軽口は、この戦が終わってからにしろ」


 まったく、さりげなくお菊さんまで混ぜてくるか。こりゃ俺は本格的に晒し者になっているようだ。


 そう考えながら、しっしっと纏わり付く野良犬を追い払うような仕草をしつつ、与平にそう言ってやった。


 だが奴は、にやっと奴らしい嫌らしい笑みを浮かべて言葉を返してくる。


「わっかりました。じゃあ、『後』にします。ではっ」


 そう言った与平は、右手を軽く振って寄越した。かと思うと、すぐに背を向け歩いて行ってしまう。


 歩きながら右翼の弓兵と後列にいた槍隊に声をかけ、もうすでに一隊として纏める作業に入っていた。


「……あー。やっぱ後じゃなくて、俺で遊ぶのは止めといてくれ……って言っても、もう聞いていないですか。そうですか」


 兵たちに指示を出しながら離れていく与平の背中に向かって、そう独り言を呟く俺が残ったのだった。


 一応俺ってばここの最高指揮官なのだが、威厳が迷子になっている。そう思えてならなかった。それは、実に哀しいお知らせだった。


 とは言え、いくら信吾が到着し、戦の流れが完全にこちらに傾いていたとしても、まだ戦が終わった訳ではない。敵は未だ健在で、すべき仕事も山のように残っているのだ。


 いつまでも哀しみに暮れて、遊んでいる訳にもいかなかった。


 さて、こちらも始めるとするか――――。


 そう気持ちを入れ替え、腰にある竹筒に手を伸ばす。そして穴を塞いでいる栓を抜き、そのまま呷った。


 温くひどく竹臭い水が、喉奥へと流れ込んだ。


 だがそんなものでも、今まで指揮を執る為に叫び続けた喉を優しく潤し、また少々緩んでしまった気持ちを引き締め直すには十分な代物だった。


 うしっ。


 呷っていた竹筒に栓をし腰へと戻す。そして前方を見据えて、再び声を張り上げた。


「よーし。残った者は皆俺の隊だ。これから目の前の奴らを追い立てるぞ。聞いてくれ」


 そして俺は、皆の前へと歩いて行きながら説明を開始する。


「弓隊は弦を外して、矢筒も背負ってしまっていいぞ。それは後で使うかもしれないから、今ここでは無駄に減らすなよ? 代わりに槍隊の奴らから、油壺を回収しろ。弓隊は、ここでは投擲部隊として働いてもらう。壺の口に巻いたぼろ布に火を付けて投げつけてやれ。火付け用の松明を忘れないようにな」


 弓は強力な武器ではあるが、持てる矢の数が限られる。そして、今の状況では補充ができない。無駄には使いたくなかった。


 その為、投擲部隊として働いてもらう事にしたのだ。


 まだ油はいくらか残っていた。それをここで使ってしまおうというのだ。


「次に槍隊だ。槍隊の皆は、追撃戦だからといって敵の背中ばかり見て突出しないように。あくまでも集団として動け。その結果逃がしてしまう敵がいても、それは構わない。そいつらは、後でちゃんと始末する。無理をしないように。あと、もし気でも狂ってこちらに襲いかかってくる馬鹿がいたら、一人が防御のみに徹して、周りが始末しろ。わかったか?」


 そして正面で敵と直に接する槍隊の皆にも、細かい注意と指示を与えた。


 ここまで来て、戦果に逸って無駄に死傷者など増やしたくはなかった。もうすでに俺たちは十分な戦果を上げている。ここからは無理をするのではなく、確実にそしてより安全に勝利への道を歩めばいいのだ。


「つー訳だ、お前ら。目の前のあれを始末すれば、とりあえず一息だ。ぬかるんじゃねぇぞ。いいかっ!」


「「「「「応っ!!」」」」」


 俺の檄に、未だ高い士気を保ったままにギラギラと闘志をみなぎらせる兵たちが応えてくれる。


 十分にいけそうだった。


 それを見て、そして聞いて、俺は自信を持って下知を下す。


「じゃあ、いくぞっ。いざ進め! 哀れな獲物どもを追い立ててやるんだっ!!」

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