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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第九十二話 強襲! 東の砦 ――副郭・枝道の戦い―― でござる

「左翼弓隊、敵正面へ斉射っ! 正面槍隊前列は斉射のあと後ろに下がれ。槍隊後列はそれに合わせて前に出ろよ。右翼弓隊は矢を番えたまま待機だ。まだ撃つなよっ!」


 俺は与平を副官に、副郭側から雲霞ごとく押し寄せる敵を処理していく。


 あれからさほど待つ事もなく、目を向けていた先で小さな松明の明かりが一つ見えた。


 一つ見えたと思えば、二つ三つ、いや四つ八つとあっという間にその数は増えていった。


 そこには、この細い枝道に攻め寄せるには過分と思われる兵の”ようなもの”たちがいた。身に纏っている物は煤などで薄汚れた夜着一枚の者がほとんどである。更には、その手に棒を持っている者さえ少数であり、ほとんどが武器らしい武器も持たず素手であった。


 ある者は石を握り、またある者は表面が炭化した丸太のような物――おそらくはつい先程まで柱だったものを抱えている。


 武器庫を抑えた効果が如実にでていた。明らかに本来の戦闘力は持っていない。


 だが、数はこちらより圧倒的に多かった。


 俺らは百人。相手は少なく見積もっても三百以上はいる。この砦にいた兵の数を考えれば、もしかするともっといるかもしれない。


 だが、奴らは俺たち”だけ”に割り当てる訳にもいかないだろうから、おそらくは目の前のこいつらを何とかすれば良い筈だとすぐに頭を切り換える事が出来た。


 そう思える程に、ここまでのすべてが計画通りに進んでいた。


 もっとも、だから楽勝などとはとても言いがたいが。


 その姿は確認できなかったが、奴らの指揮官はすぐにその唯一の武器である数を頼りにした戦いを仕掛けてきた。


 こちらの布陣は、俺と与平の隊の弓隊をそれぞれ左右に分け、槍隊の斜め後方に配していた。各槍隊は前列後列に分け、正面で敵を受け止める為だ。そして、その疲労度合いを見ながら適度なところで交代させて、長く粘る戦いをするつもりでそのようにしたのだ。


 塞いだ枝道の縁には、枝道の点在していた小屋などを破壊し作った瓦礫が積まれていた。奴らの姿が確認されると共に火が付けられ、そこにぶち撒かれた油がごうごうと燃えた。


 それによって目の前の奴らは、狭い範囲で正面から俺たちにぶつかってくるしかなくなった。


 つまり、そのように力押しをしてくるのも計算のうちに入っていた。


 そして、今に至っているのである。変わらぬ奴らの力押し、それで敗れぬ俺たちの防御。そして一方的に数を減らしてゆく敵兵。


 膠着状態になるのも、もう間もなくの筈だ。


 撤退路のあるT字にいる兵たちからも連絡はない。後ろには回られていない。多分このまま正面の敵の処理だけ済むだろう。敵の指揮官の無能さに乾杯だ。


 その正面の敵は、相も変わらず数を頼りにこちらを押し潰そうとしている。こちらの計算通りに動いてくれていた。


 敵の兵も必死の形相で、指揮官の無茶な命令に従って懸命な突撃を繰り返してはいる。碌な武器も持たず鎧も身につけないまま、数だけを頼りに少数の俺たちを押し潰そうと必死に戦っていた。


 ただ、そんな状況で戦わされているせいだろう。見るからにその士気は低かった。


 それでも奴らと俺らとの間にあった燃えさかるバリケードの破壊に成功し、じりじりとこちらへと押し込んできてはいた。


 今も敵の一人がやや太い杭のようなものを振り回し、正面の槍隊に突っ込んでこようとしている。しかし周りの味方の腰が引き気味で十分なフォローが得られず、その兵一人が突出するような形になるのである。


 するとどうなるのか。


 簡単だった。あっさりとその喉へと俺たちの兵の槍先が突き込まれ、そしてそいつは自身の足下に重なるようにして転がっている肉の塊へと仲間入りを果たすのだ。すでに敵の死体は山となっていた。


 その山は、そうやって少しずつ高くなっていくのである。


「よしっ。そろそろまた下がるぞっ! 槍隊後列は油壺投擲用意。狙いは正面に山積みの死体だ。壺を投げ次第、火種も投擲しろ。もう一度炎の壁を作るぞ。左右両翼の弓隊は下がりながら、下がる槍隊を支援しろっ。おまえらっ! まだまだ気を抜くなよっ! 気張れぇっ!!」


「「「「「応っ!」」」」」


 早口で出す俺の指示に、兵たちからの力の籠もった応答が返ってくる。数だけで見れば絶望的なまでに劣勢だというのに、士気は比べる苦もない程にこちらの方が高い。


「武様。とりあえずは順調に進んでいますね――――って、そこっ! 火勢が甘い。もっと油を撒くんだっ。そのままじゃあ、敵が容易に飛び越えてくるぞっ!」


 与平は周りを見渡し問題点を見つけては、それを修正していく。


 俺に話しかけている今この時も、それは変わらない。普段と明確に異なる鋭い視線は、戦況を見据える事を一時も止めなかった。流石は元猟師の集中力といった所か。


「ああ。だが、やはり数が多すぎる。予想通りなだけだとは言え、やはり厳しいな、これは。切りがない」


「ええ。このままではじり貧……かなあ。あまり口にしたくはありませんが。でもまあ、それも信吾の奴が来るまでの事。耐えきれるものならば、多少きつかろうが何だろうが、なんとか耐えきりたいですね」


「ああ、同感だ」


 俺たちは下がる兵らに合わせて共に後ずさるようにじりじりと下がりながら、そんな言葉を交わす。無論、視線は倒しても倒しても減っている実感の湧かない大量の敵兵を見据えながら。


 与平の言う通り、俺たちは信吾の到着を待っていた。


 予定では、奴の到着と共にこの刈っても刈っても無限に生えてくるかのような草刈りが終わる筈だったからだ。


 矢や油も無駄に消費しないように、適切に使用しながらかなり気を遣って戦っていた。当然その負担は兵たちに被ってもらっているのである。


 にも関わらず、兵たちは頑張ってくれており未だに士気も十分に維持している。しかし、精神力をがりがりと削られている事に変わりはないのだ。


 そういつまでもこのまま持つ訳がなかった。信吾の到着という明確な終了地点を設けているからこその、士気の維持なのだから。


 というか、そもそももし信吾に何かがあってこちらに来る事が出来なくなった場合、俺たちがここに残る意味はない。


 無論敵を削るという意味は変わらずにあるが、信吾が到着できない場合、それをここでやり続けるというのはリスクが高くなりすぎるのである。その場合も即撤退の予定だった。


 信吾や又兵衛らの、砦東の門へと続く側道に布陣した隊は、砦で火の手が上がるのを合図に東門へと突撃を開始する手筈になっている。


 だが今現在、誰にもこの事は言っていないが一つ問題が発生していた。


 策を立てた段階でもある程度の賭けになっている部分があった。だが、正直自信はあった。しかし今、その自信がかなり揺らいでいた。


 三森敦信の動向について、だ。


 もし奴が、又兵衛の言う通りの優秀な人物であるか、或いは箸にも棒にもかからない臆病者であれば、信吾が突入してきたまさにそのタイミングで撤退を決めるだろうと考えていた。


 もしそうしない場合は、いくら数がいようとすでに内部に入り込んだ敵――つまり俺たちと、新たに入ってきた敵――信吾らによって挟撃を受け、しかも逃げ場も失う事になるからだ。


 それは為す術もなく全滅する事を意味する。兵は裸では何も出来ないのだ。


 だから俺は、奴の優秀さに山を張った。


 しかし、である。今はそう想定した自信が揺らいでいた。


 種田忠政とのあの会話の内容ゆえである。下手をすると撤退すら選ばない可能性までも出てきてしまったのだ。


 それに無事撤退を選んでくれたとしてもである。その撤退方向が今後の作戦に大きく影響するのだが、それも正直想定通りになる可能性は下がってしまっていた。


 西に逃げるのか。東に逃げるのか。


 もし又兵衛の話通りの男なら、まず東に逃げるだろう――そう俺は予想していた。東からは信吾や又兵衛が来る。つまり、攻撃を受けている方向ではあったが、その向こうは奴らの国である。かなりの犠牲を築く選択にはなるが、それでもそれは、最大数を生き残らせるという観点から最も安全で確実な方法だからだ。


 来る敵を真ん中から食い破って逃げる。それを選ぶには中々に肝がいるだろう。しかし、聞いたような優秀で剛胆な将ならば、絶対にそれを選択すると俺は考えたのだ。犠牲を山と築く覚悟と食い破る自信があれば、これを選ばない手はないのだから。


 伝七郎より聞いた人物像と先程見た三森・種田両名の様子から、種田忠政は想定通りまず西に逃げる。これには今現在でも自信があった。


 だから、まずここで戦力を大きく分断できる筈だったのだ。


 しかし先程見た三森敦信の様子から、三森が東に逃げるだろうという想定に対する自信が揺らいでいた。


 三森が無能で臆病者に見えたという訳ではない。それ以外の要因で三森敦信という人物らしい行動がとれない可能性もあり得ると、あの二人の会話から感じたせいだった。


 じりじりとした焦燥感に心を焼かれる。それに耐えながら、考えに考え続けた。


 そんなふうに思考に没頭する俺を、与平が呼んだ。


 はっと気づき顔を上げる。奴は考え込んでいた俺の代わりに、兵たちへと細かな指示を送り続けてくれていた。


「武様、あちらを!」


 杭やら半分燃え落ちて短くなった槍などを手に、こちらへと襲いかかる敵の後方――奴らの指揮官がいるだろう方向が急に慌ただしそうにしていた。砦の二つの門がある南方へ向けて目の前の敵兵たちが動き出そうとしていたのだ。


 そしてしばらくして、遠くから「わーーーーっ」っと雄叫ぶ声が聞こえてくる。


 待っていたものが、ついに到着したようだった。


「お待ちしておりました……ってね?」


 俺は安堵の溜息とともに、横の与平に軽く巫山戯た調子でそう言う。


「はい、やっと来ましたねぇ。まったく信吾の奴、遅いんだよ。でもまあ、なんとか持ちましたね。正直冷や冷やでしたよ。でもこれで、ここは完全に落ちる」


「ああ、もう撤退の線はないな。このまま目の前の敵を追い立てて、ここで信吾と合流だ。ただちょっと三森の兵がどっちに行っているか分からなくなってしまったがな。だが予想通り東に行っていれば、又兵衛によってうまく通り抜けさせられた後、炎で遮断され西に逃げた奴らとは合流出来なくなるだろうし、西に逃げていれば爺さんや伝七郎と一緒になって頑張ってお掃除をするだけだ。まあそうなると、狩らねばならん数が倍になるから、できれば予想通り東であって欲しいがな」


 同じくほっと一息を吐いて信吾に毒づいている与平に、俺はそう答えた。


「へ? 金崎……三森は東に向かう公算が高いって、武様言ってませんでした?」


「ああ、そう言ったよ。今でもそうなるだろうとは思っている。だが、所詮は公算。予想だ。絶対じゃあない。それにな……」


 聞いていた話と、俺の話す内容に誤差を感じた与平がすぐに確認してきた。将として当然の事だった。


 そして、それに俺が答えるのも、また当然の責任だった。


 俺は少々の前置きの後、先程主郭にある館の前で聞いた三森敦信と種田忠政の会話の内容を掻い摘まみ、与平へと話して聞かせた。それに対する俺の感想も付して。


 すると与平は「なるほど、そういう事ですか」と頷き、なんとも面倒くさそうに顔を歪めた。


 気持ちはとてもよく理解できた。俺もまったく同じ気持ちだったから。


「まあ、戦は水物。やってみなければ、本当のところは何も分かりませんよ――って事だな。そういう訳で少々予定とずれるかもしれないが、大筋の流れはどちらになっていてもそうは変わらない。俺たちは立てた策通りに、勝利への道を進んでいる。このまま押し切るぞ」


 だから、そう言って俺は与平の肩をぽんと軽く一つ叩いた。


 すると与平はそれに応えすぐに背筋を伸ばす。そして面倒そうに歪めた顔を引き締め直した。


 短く「はい」としっかりとした返事をこちらに寄越してきた時には、すでに与平は将の顔に戻っていた。

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