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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第九十一話 強襲! 東の砦 ――合流―― でござる

 郭の周囲にある堀の中を、郭に沿ってひた走る。合流地点に向かって。焼き出された敵兵たちの目を警戒しながら――――。


 道中ごうごうと巻き上がる炎によって、辺り一帯赤く染まる副郭の一画を見る。


 兵舎のある辺りだった。


 兵舎は何せ数がある。燃え広がれば、それは当たり前に激しいものとなっていた。


 兵舎が燃えている――という事は、与平らも作戦を完遂できたようだ。第一目標である武器庫も、今頃はさぞ美しく橙色に染まっている事だろう。


 堀の縁に身を隠し、息を潜めながら郭の上の様子を伺った。


 そこは建屋から焼き出された兵らが右往左往していた。


 ある者はわめき散らし、ある者は呆然と燃える建物を眺め、そしてごく僅かな者たちだけが忙しそうに駆け回っている。駆け回っている者は、おそらく状況把握の為に情報を集めているのだろう。


 そんな統制が失われた者たち――そのいずれもに辛うじて共通するのは、粗末な衣を纏っている事だけだった。武器は勿論のこと鎧も身につけていない。


 すでに兵とは呼べず、実にただの人であった。この分ならば、無事生き残った兵をかき集めてみたとしても、そのほとんどが兵として十分には働けそうにない。


 俺たちの『兵』の敵ではない。これならば、相手の数が多かろうが十分戦いになりそうだった。


 少し、ほんの少しだが頬が緩む。


 策はまず大成功と見ていい。


 無論まだまだ気を抜くのは早い。が、ここまで俺の計画通りに事が進んでいるのも間違いなかった。出来として、十分『良』と言えるだろう。


「神森様。このまま郭の外周に沿って進めば、合流予定地点に辿り着けます。急ぎましょう」


「ああ、分かっている。このまま一気に駆けよう。おそらくは、与平らももうすでにそこにいる筈だ」


 燃える兵舎の方を見て足を止めかけた俺に、護衛の兵がそう進言してくる。きちんと状況を把握できている。俺に付いてくれている護衛たちの優秀さが見て取れた。


 だから俺は、すぐにそれに応え再び足を動かした。そして皆を安心させる為に、急ぐ旨を再度宣言したのだ。


「「「「「はっ」」」」」


 それに護衛の兵たちは短い返事で応え、俺たちは再び堀の陰を駆けていった。




 幸運にも、敵将二人の会話を盗み聞く事まで出来た。


 しかしそのせいで、館前でギリギリまで粘ってしまった。おかげで情報を得る事は出来たが、俺自身の合流地点への到着は予定よりも大きく遅れていた。


 俺の隊の者たちは館に次いで食料庫にも火を放った後、すぐに合流予定地点へと向かっている。おそらく、もうすでに与平の隊と合流している筈だ。


 そして与平の隊と協力して、俺たちが砦内で粘る為の簡易的な拠点作りを進め、抗戦準備を着々と整えている事だろう。


 おそらく今頃は、皆をやきもきとさせているに違いない。急がねばならなかった。



 ハァッ……ハァッ……ハァッ……。



 生え放題になっている草に、何度も足を取られそうになる。が、それに構わず駆けに駆けた。


 この東の砦は、郭とする区画を残してその周りが深く堀られていた。伝七郎に聞いていた北の砦の造りとは、ここが大きく違っていた。


 俺のイメージする砦としては、どちらかというとこちらの方がイメージに近い。


 あちらの世界では砦に敵が攻め込んでくるからだ。重厚な物であろうと簡易な物であろうと、砦と言うからにはそれに対する備えが必ずあるものだ。


 しかしこちらでは、俺の知る常識的に、本来あるべきその造りは必要ない筈だった。こちらの皆の話を聞いている限り、こちらの砦には前線における行動拠点という意味しかなさそうだったからだ。


 にも関わらず、ここはそうではない。しばしその理由について考えてみた。そして、一つ思いつく。


 これって所謂『高床式』の『鼠返し』みたいなものなのではなかろうか、と。跳ね返すものが、鼠か熊とか野犬の類いの猛獣であるかの違いだけなのではないかと。


 人の寝起きする建物や食料庫など、重要な施設のある郭の部分と堀の底で二、三メートル程の高低差があった。作られた堀の中は野ざらしの状態であり、今現在俺たちが走れているように、水もなければ罠もない。雑草が生え放題で風に揺れる草の丈は腰を超えている。


 どう見ても、人を警戒しているものとは思えなかった。


 しかし、それだけに安全に移動できた。文句を言っては罰が当たるだろう。


 ただ、やはりそこはそれ。人間疲れてくると愚痴が零れだすものである。


 なにせ獣相手に作ったと思われる穴の中は、いささか安全かもしれないが当然メンテナンスなんぞは行き届いていない。そこを進むのは激しく体力を使うのだ。


 俺は野人ではない。たいへん難儀だった。


 それでも全力で俺たちは駆けに駆けた。


 当然その意味するところは、『俺の走る速度で』である。俺が一番遅いので、皆さんそれに合わせてくれていた。


 ここのところ、切実に鍛錬の必要性を感じている。今のままという訳にはいかない。現に支障がでているのだ。どう贔屓目に見ても、良いも悪いもない。もう少し落ち着いたら鍛錬せざるをえないだろう。


 しかしそう考えてみたところで、今の今突然に体力がつく訳ではない。ごろごろと岩が転がり草に足を取られる堀の底を、俺はひーひー言いながら力の限りに走るしかなかったのだった。


 だが、どんな事にも始まりがあれば終わりがあるものだ。地獄のフィールドアスレチックにもようやく終わりが見えてきた。そうこうして走り続けるうちに、目的地である合流地点が見えてきたのだ。


 堀の上で、人影が集まっているのが見えた。何かを話し合っているようだった。


 ただ遠すぎて、その内容は聞こえない。というか、その人影が与平たちかどうかすら俺には判別できなかった。


「はぁ、ひぃ、はぁ。あ、あそこにいるのは与平たちか? 残念ながら俺には判別がつかん」


 聞き取れないし、見えない。だから、聞いてみるしかなかった。


「はい、間違いありません。三浦様のお姿も見えます。ご安心下さい。お味方です」


 すぐ横で俺を守るようにして併走している男が、涼しい顔をしたまま目を細め、再確認するように合流地点の方を遠目する。そして、そうきっぱりと答えてくれた。ほとんど呼吸が乱れていなかった。


 やはり見えるのか。つか、本当にこちらの人間の身体能力はどうなっているんだろうな。


 そう突っ込みたい気持ちで一杯になったが、とりあえず無事着く事が出来たのだ。それでよしとする事にした。事が終わった後、あの三馬鹿どもを相手に思いっきり愚痴ってやろうと心に決めながら。


「ひぃ、はぁ、ふぅ。そ、そうか。まだ敵も寄せてきてはいないようだな」


「はい。あっ、三浦様がこちらを見ておられますね。あちらも我々に気がついたようですよ」


 敵が押し寄せているにしては、上がやけに静かすぎた。そう思い聞いてみれば、やはり男の目にも敵の姿は見えなかったらしい。代わりに、こちらに気がついた与平の姿が見えたようだった。


 明かりがないので、まだ押し寄せていないのは間違いないと思っていたが、確実に視認できていた訳ではないので、その言葉に俺は安心した。


 もう大丈夫だと確信した俺たちは、走る足を緩めた。そして腰辺りまである雑草をかき分けながら、与平らのいる合流地点へとやや早足程度で歩いて行ったのだった。


「遅いですよ、武様。心配したじゃあありませんか。今も、兵を館まで向かわせようか検討していたところですよ?」


「すまん、すまん。あまりにもおいしい話が聞けそうだったのでな。つい粘りすぎた。許してくれ」


「いや、無事ならいいんですけどね」


 与平たちの足下に着くと、上にあがるのを待つのももどかしいのか、与平がそう文句を言ってくる。


 ごもっともだった。本当に心配をかけてしまったようだ。その軽い口調とは裏腹に、与平は心底安心したかのように胸を撫で下ろしていた。


 本当に申し訳ない事をしてしまったな。無駄に危険を冒した訳ではないが、待っている方は気が気ではなかっただろう。


 だから俺は、もう一度「すまない」と与平に謝る。


 すると与平も、もう一度「無事なら良いんです」と返事を繰り返して、堀の上から手を差し伸べてくれる。俺が上へと上がる手助けしてくれた。


 俺の護衛をしてくれていた者たちも、次々と仲間たちから差し伸べられた手を取り上へと上がった。


 堀の上に上がり周りを見渡せば、もうすでに退路の確保と、敵を迎え撃つ準備が整っていた。


 与平は一見子供っぽく、三人衆揃って並ぶと軽く見えがちではあったのだが、その能力は決して他の二人に見劣る事はない。それが今この場でも、遺憾なく発揮されていた。


 砦内の主道は、砦南西部と南東部にある出入り口から館まで続く経路である。南部中央にある副郭入り口を経て、南西部に広がる副郭を通り、北西部から北東部まで横に長く広がる主郭に副郭北西部で繋がっていた。


 そして、各郭から砦の外周部に接続されている枝道があった。この枝道のおかげで、郭の周りに堀があっても、外周部への行き来が容易に出来るのである。接続されているところを関のようにすれば、警備もいくらか楽という事なのだろう。


 俺たちが陣取る場所は、砦全体から見れば西部中央辺りだ。


 副郭と外周部とを繋ぐ枝道の一本をまるまる占領したのである。そして、その後の迎撃戦に備えてあった。


 周りの小屋を破壊して作ったのだろう廃材や、大八車など周りにあった物を手当たり次第に積み上げて作られた、人の背たけほどのバリケードもすでに完成していた。


 準備は万端である。


 迎撃用のバリケードを確認すると、俺は与平を引き連れ退路の確認にいく。占領済みの枝道沿いに北へと向かった。


 少し進むと、外周部へと接続しているT字が見えてくる。


 正面の柵はすでに外され、すでにいつでも砦の外へと出る事が出来るようになっていた。


 T字の左右方向――外周部からのこの枝道への侵入に関しては、副郭側に作った迎撃用バリケード同様に、外した柵などで作ったらしい簡易的なバリケードが作られていた。


 こちら側も、しっかりと防衛対策が施されている。もし敵がこちらから回って攻撃しようとしてきたならば、このバリケードに油を撒いて火をかけてやれば、それだけで近寄れなくなるだろう。


 十分だった。これならば副郭側――東からの攻撃のみに集中できそうだった。ほとんどの敵兵は今副郭にいる筈なので、この程度で用は足りるだろう。


 一つ一つ、俺は確認していく。与平も、俺が考え事をしている間は黙ったままで決して声をかけてこない。


 これでよしと結論すると、そんな与平に俺は言った。


「よし、十分だ。指揮を一人でやらせて済まなかったな」


「今度おごって下さいね?」


「了解だ。つか、俺給金どうなってるんだろうな? まあ、それは後でいいや。あと、与平」


「はい」


「外周部からの敵の攻撃には与平も十分気をつけてくれ。後ろを取られて、いざという時に撤退できなくなるのが一番不味い。外した柵などで作った防壁にはいつでも火をかけられるように、ある程度油を撒いておけ。外周部へと敵が回り込むようならば、火を放ってすぐに撤退だ」


「わかりました」


 俺の言葉に対する与平の返事で、兵たちはすぐに動き出した。


 そこへ、副郭側にいた兵たちから報告が届く。


「副郭側で先程からちらちらと人影が見えます。まもなく敵がやってくるかと」


 来るか。


 焼き出された兵の数から言って、今この時までここで敵兵の姿が全く見えないのは不自然だった。


 敵は俺たちがここにいる事を元々知っている。だから、今敵はここにいないのだ。敵がやってくるのは時間の問題だった。


 遠くでちらちら見えるという人影は敵の斥候だろう。


 伝令の言葉通り、もう間もなく敵がわんさかと押し寄せてくるに違いない。


 どこまで耐えられるかは分からない。


 だが、一人でも多く削ってやる。今ここでの俺たちの役目は敵を打ち倒す事ではなく、まさに削る事なのだから。


 そう心の中で目的を再確認し、敵がやってくるだろう方向を睨み続ける。


 そこはまだ、夜の闇に沈んだまま静かなものだった。

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