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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第九十話 強襲! 東の砦 ――主郭の館前にて―― でござる


「何事だあっ!?」


「火事だっ!!」


「火元はどこだっ!?」


 館の中から怒鳴り合うように状況を確認し合う声が聞こえている。


 夜闇に緋が走る――――。


 実用重視の砦のような建造物の中にあって、比較的体裁が整えられている目の前の木造平屋の建物は、所々梁が燃え棟が落ちようとしていた。


 そうして開いた穴から、新たな炎が立ち昇る。


 まるで手招くかような仕草を見せるその炎は、共に生まれる黒煙と手を取り合い、踊り狂った。その躍動は天をも焦がそうかという勢いだった。


 もうすでに、その勢いに逆らう事は不可能だと思われた。この火勢に抵抗する術があるとは思えない。


 館はすでに半分ほどが炎に包まれている。全焼に至るのも時間の問題だった。


 俺は今わずかな護衛を連れて、その燃え上がる館の側にある小さな物置小屋の陰にいる。隠れて、館の様子を伺っていた。


「神森様。そろそろ移動された方がよろしいかと。火勢も強くなってきて、そろそろ危険です。それにこう明るくては、いくら隠れていても身を隠しきれるものではございません。速やかに次の段階に移行されるべきかと」


 護衛として、いま俺の側に付いてくれている者の一人がそう進言してくる。


 吹き込む山谷風のせいか予想以上に館は激しく燃え上がっており、近くに隠れているのは危険だった。


 火の粉がこれでもかと飛んでくるかと思えば、燃え崩れる館の柱が方向を選ばず倒れようとする。館にある程度の大きさがあるせいでまだ全焼には至っていないが、油をかけて火を付けた辺りはすでにそんな状態だ。


 それに進言してきた兵の言う通り、燃え上がる炎のせいで、昼とはいかないまでも夕暮れ程度の明るさはあった。確かに、姿を隠すのに向く環境とは言いがたい。


 また、何より人の目だ。


 燃え上がる館からなんとか逃げおおせた奴らの数が、刻一刻と増えていっていた。


 だがその中に、俺がここに留まっている理由がいた。これを確認する為だけに、わざわざ危険を冒したと言っても過言ではない。


 もし火で仕留められなかったとしたら、姿を現さない訳がないのだから――――。


 あきらかにただの兵とは思えない奴らが二人いた。そしてその二人は、周りの兵たちから様々な報告を受けては、次々に指示を出していた。


 一人は信吾に負けないような大きな体躯を持った若い男。白い夜着に太く長い十字槍を携え、仁王立ちで部下からの報告を受けている。火勢によって生まれた風に乱れた髪を踊らせるその姿は、歳に見合わぬ威風を持ち、見るからに敵に回せば危険な人物であろうと映った。


 もう一人は中肉中背の中年で、部下の報告を受けては目をきょろきょろと落ち着きなく動かし、誰彼構わずがなり散らしていた。同じく白の夜着のまま飛び出してきているようだが、その手は空だった。余程慌てて飛び出してきたのだろう。乱れた髪をそのままに、まるで狂人のように見えた。同じ乱れ髪でも、もう一人の男とは印象にかなりの差がある。


 総じて、この中年の方は特に見るべきところがあるとは思えなかった。そう思える程に、先程の若い男と比べるとかなりの差が見て取れた。


 おそらくこの二人が、三森敦信と種田忠政だろう。


 自然と舌打ちが漏れる。


 この二人の生死は今後の作戦の遂行に多大な影響を与える為、それを確認するべく残っていた。


 この最初の火計で火に巻かれてくれるなどと甘い事を考えていた訳ではないが、それでも何かの拍子で死神が笑う事もある。ここでどちらか一人でも焼き殺せていたら、後が楽だったのに――と軍師としての俺は思わずにはいられなかった。


 二人とも完全武装の状態ではないとは言え、予定通りしっかりと生き残っていた。


「神森様っ!」


 先程進言してきた兵が、ひそめた小声ではあるものの、やや強く再度俺を呼んだ。


 返事をせずに件の二人の方に気を取られていたので、再び呼びかけてくれたのだと思われる。


「ああ、ちゃんと聞こえている。少々状況の確認をしていただけだ。後もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ」


 館に火を放った俺の部隊の者たちは、そのほとんどが今は食料庫の方へと行っている。そちらを見れば館と同じく、赤々とした炎を上げているのが見えた。おそらくは、もうすでに与平の隊との合流地点に向けて移動を開始しているだろう。


 これで与平の方も成功していれば、策はこの上のない大成功となるだろう。少なくとも現段階は、最高の結末に向けて筋書きを辿っている。


 先程から進言をしてくれている兵が言うように、様々な意味でそろそろ移動するべき頃合いではあった。


 しかし、最高の情報を得るチャンスでもあった。


 この場を統括する敵将二人が目の前にいるのだ。今討ち取る事が出来なくとも、今後の敵の動きが分かるかもしれなかった。


 何せ耳を澄ませば、その会話もなんとか聞き取る事ができるのだから。


 炎に追い立てられる者らの喧噪に紛れ、二人の将が交わす会話が聞こえてくる。


「種田殿、早急に兵を纏めた方が良いかと。報告によると、食料庫も武器庫も、そして兵舎も燃えている。これは火事ではない」


 燃え上がる館の炎のせいだろう。額に汗を浮かべ頬に付いた煤を擦りながら、三森敦信と思われる将は手にした十字槍の石突きを地面に突き立て、もう一人の種田忠政と思しき将に向かってそう言った。


「言われなくとも分かっている。だが、誰だ。誰がやった? 先に(ぬし)が仕留め損ねた耄碌爺(もうろくじじい)か? はっ、死に損ないが。永倉平八郎――水島にこの人有りと言われた名将も落ちたものだ。こんな野盗がごとき真似をするとは」


 種田忠政らしき将は顎をしゃくり上げながら乱れた頭髪を鬱陶しそうに跳ね上げ、そう返している。


 それに、だ。慌てて走ってきてそのままと思われるまくれ上がった裾のせいで、いま俺の目は大変な忍耐を強いられていた。


 端的に言って見苦しいのだ。


 着崩れたおっさんの半裸なんぞ見たくはなかった。が、必要に迫られているので我慢しなくてはならなかった。


「種田殿。そのような事を言っている時ではないかと。これがもし永倉の手によるものであるならば、なおの事危険です。戦で負けた訳でもないのに口惜しくはありますが、ここは一度引くべきです。残念ながら、このままでは戦を継続する事もままなりません」


「わかっていると言っているっ! しかし、お主……。余程やる気がないようだな。これは金崎殿の命による戦でもあるのだぞ? それに、主には戦わねばならない理由もあるだろう。もう少し真面目にやったらどうだ? 金崎家の若き勇将――三森敦信の名が泣くぞ?」


 意見を述べる三森に種田は怒鳴ると、まるで小馬鹿にするような視線を向けた。


「…………」


 三森敦信は黙ったままだ。怒るでもなく、表情の抜け落ちたような平坦な表情で、ただただ種田忠政を見ているだけである。


 だが、なぜだ?


 明らかに種田の態度は無礼である。仮にも連合を組んだ他家の将に対してとってよい態度ではない。


 そして、その種田に対する三森の態度も明らかにおかしい。


 これは連合だろう。主家が異なるのだから上下はない。普通そこまで我慢する必要はない筈だ。


 継直は自分だけでは攻めあぐねたから、金崎を利用した……。あるいは、俺たちを攻めている間に金崎に攻め込まれるのを懸念して巻き込んだ筈だ。


 なのにこれはどういう事だ? 連合内での継直と金崎家は立場は五分の筈。そうでなければ、金崎は釣れまい。


 特別な背景でもなければ、金崎が継直に下手に出なくてはいけない理由などないだろう。


 まさかそう言う事なのか?


 いや、それはまずないな。金崎家と水島家は因縁のある間柄だ。金崎にしてみれば水島にへつらう理由などないだろう。やはり単純な利害の計算の下に、一時的に手を結んだと考える方が余程自然だ。


 継直の奴が、金崎を釣る餌として何を用意したのかは分からない。


 が、『落とした方が取る』というような早い者勝ち的な約定ではない事は間違いなさそうだ。もしそうであれば、三森の態度はこうはならない。


 となると、某かの条件を達成した時に、領土なり他の何かなりを譲るような約定を交わしていると見るのが妥当か。


 これは大いにあり得るが、ただそうであれば最初に想定したように両家の立場は五分となり、やはりこの三森の態度が解せん。三森が下手に出る理由がない。種田がふんぞり返る事など、できはしない筈だ。


 金崎家は内乱で分裂した水島の分家である継直よりも下か? ありえない。分裂前の代々の水島家と因縁の間柄でいられる実力が、金崎家にはあるんだぞ? 継直が下という事はあっても、金崎が格で劣るなどという事は絶対にない。


『家』じゃあないのか?


『家』と『将』とを一緒に考えたのが間違いなのか? 金崎家と三森敦信は別々に考えなくてはいけない?


 では『家』ではなく、『将』の方で考えてみるとどうなる?


 とりあえず連合内の主導権争いではないな。もしそうであれば、三森敦信が引いているのは変だ。


 それに種田忠政のこの強気の理由は何だ? まるで何か弱みで掴んでいるかのような態度だ。


 種田忠政は上に(おもね)り、下を見下す――そう伝七郎は言っていた。この種田の態度はあきらかに三森敦信を下に見ている。


 糞っ。それができる理由がまったく見当つかん。


 個人的の話になってしまうと、情報量がなさすぎて検討する事すら不可能だった。


 考えれば考える程、分からなくなってくる。しかし、である。


「神森様。流石にそろそろ不味いかと。人が増えてきました。これ以上は危険すぎます」


 状況の確認がしたいと俺が言って以降、黙って俺の側に控えて守ってくれていた男が、静かにではあるが今度は本当にこれ以上はこの場にいてはいけないという意思を込めて、真剣に俺を説得してきた。


 タイムアップだった。


 視線を戻せば、敵将二人はまだ何かを話していたが、話がうまく聞き取れない。俺に進言してくれた男の言う通り、館全体にまわった炎から逃げ延びた者たちで館周りの人の数は随分と増えていた。その者たちがざわめくせいで、いつの間にか肝心の二人の会話すら聞き取りづらくなっていたのだ。


 考えに没頭しすぎて、注意が散漫すぎた。


 確かにこれ以上は危険だった。それにまた、その危険を冒す価値もありそうになかった。俺は読心術はマスターしていない。


「わかった。では、移動しよう」


 進言してくれた兵を含めた護衛の者たち全員に向けそう言い、俺たちはその場を後にする。


 向かう先は、副郭の西の合流地点だ。

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