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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第八十七話 軍議(藤ヶ崎防衛戦 鷹見山の廃寺にて) でござる その二

 伝七郎の手によって、絵図が皆の輪座する中央に広げられる。


 その絵図には砦内部の構造が克明に描かれていた。部分的には、所謂ポンチ絵のように寸法も記された概略図が付けられている部分もある。


 少なくとも中の構造物の配置は、これを見れば一目瞭然であった。


 おそらく東の砦を造った折に描かれた物であろうが、まさにこれは東の砦を丸裸にする一巻だった。これをしっかりと持ってきた伝七郎は、それだけで大変な大手柄だ。


 先程まで見ていた東の砦の周辺地図も併せて見てみる。


 砦は赤銅山と飯尾山の二山、通称・双子山の谷の赤銅山側にある。その谷を流れる柳川に沿って北側に街道が通っており、その街道の更に北側に砦は造られていた。


 ただし砦は街道に面してはいるものの、砦を南に出れば街道に出るという訳ではない。なぜなら、砦のある位置と街道の位置で高さが違うのだ。砦の方が上にあった。従って街道への接続は東西になだらかに降るスロープのような側道が造られており、それによって接続されていた。


 双子山の西にはちょっとした盆地があり、ここで爺さんは戦ったようだ。また赤銅山の西でそこまで街道に沿うように流れていた柳川は南へその流れを変えるが、その盆地をぐるりと囲むように円を描いて北へと向かっている。


 そして、東の砦から街道に沿って盆地に向かい更にそのまま西進すると、その北へと流れを変えた柳川にぶつかるが、それを渡った北西に今俺たちがいる場所――鷹見山があった。


「えっと、武殿? 砦の説明に入ってもよろしいですか?」


 開かれた絵図を見て本格的に攻城戦も検討できると踏んだ俺は、周辺の地理を再確認していた。要求して開かせた絵図ではなく周辺地図の方をじっくりと凝視していた為に、伝七郎から確認されたのだ。


「ああ、すまない。いいぞ、頼む」


 俺は顔を上げ、一言伝七郎に詫びを入れた。しかし伝七郎も特に気にした様子もなく、俺の意識が自分に向いた事を確認すると、こほんと咳払いを一つして説明を開始する。


「はい。では、始めます。砦の構造は主郭と副郭で構成される二郭構造です。割とよく見る構造ですね。特に珍しいものではありません。敷地全体は木柵で囲われ、主郭には本館と食料庫が、副郭には兵たちの宿舎や武器庫や厩舎、その他諸々があります。あと先程の武殿の質問の答えなのですが、東の砦の収容可能人数は二千人だったと記憶しています。なので、敵軍は全員砦内にいるものと思われます」


 これは皆に向けて説明ではあったが、伝七郎はまるで俺に説明をするかのように、時に指で絵図をなぞり、時に俺の目を見ながら説明をしている。


 これは伝七郎の期待の表れだろう。頭脳労働の相棒として、伝七郎の中で俺は位置づけられているようだ。


 そんな事を考えていたら、「北の砦もほぼ同じ構造でしたよ?」と言われる。要するに『北の砦を落とせたのだから、こちらも落とせない訳はない。頑張ってくれ』と言いたいのだろう。


 と言うか、俺顔に出ていたのだろうか?


 顔を取り繕って伝七郎を見ると、奴は俺を見ながらクスリと笑った。しかし、それ以上何も言ってこない。


 まったく厄介な奴だ。少々知恵をつけすぎたか。こいつの性格が悪くなっているような気がする。


 しかしそんな事を考えている俺をおいたまま、伝七郎は砦の説明を続けた。


「ただ、この東の砦は北の砦と異なり出入り口が二つあります。東門と西門です」


「結構この側道長そうだな?」


「そうですね。長いという程長くはなかったと思いますが……」


 俺がそう尋ねると、伝七郎は少し眉をしかめて考えるような仕草をみせる。記憶を掘り起こしているようだ。


 だがそこに、又兵衛が助け船を出した。


「はい。短くもないですが、それ程長くはないですね。東西ともに一町といった所でしょうか?」


「有り難うございます、木村殿」


「いえ。お役に立てたのならば、何よりです」


 伝七郎は又兵衛に、助かったと礼を言っている。


 一町……。記憶が間違っていなければ百メートルぐらいだったか? どうやらこちらは尺貫法らしいが、ちょっと記憶があやふやだな。昔ネットで調べたが、流石に細かい端数までは憶えていない。だが、おおよその数字としては間違っていない筈だ。


「今の木村殿の言にあった通り、それぞれ一町ほどの長さの側道で街道に繋がっています。これは砦を造る事が可能な程の広さの土地が街道と同じ高さになかった為に、このような形になったようですね」


 伝七郎はそう言って地図の上に指を置くと、砦と街道を繋ぐ側道の上を滑らせた。


 その後、俺はちょっと気になっていた点を聞く。


「なあ、伝七郎? この印は何だ?」


 俺は説明を聞きながら伝七郎の持ってきた絵図を真剣に見ていたのだが、その絵図の中に朱墨のバツ印が打たれている所があった。砦の概略図だけあって絵図には砦周りまでしか描かれていないが、それでもバツ印はいくつかある。その一つが東の砦内――主郭の北側、山の切り立った斜面と接している辺りにも打たれていた。そして、その近くには小さく『赤銅山第二坑道入り口』と書かれていた。


 おそらく、昔そこは坑道の入り口だったと思われるが、朱墨の意味がよく分からない。


「ああ、それはすでに閉じられているという印ですよ。ついこの間まで赤銅山は、その名にもある通りに銅が採れましたが、掘り尽くしてしまってそのまま閉山となっています。なので、昔掘られた坑道の入り口が山にいくつもあります。なんでも、掘りすぎて中が繋がっているそうですよ。それで熊などが住み着いたり、中を通って砦の中に出るようになると危ないので、砦を造った時に各入り口を板で閉じたみたいですね」


 と伝七郎は説明し、「ほら、こちらにも……」と再び先程の箱を引っ張り出し、中から巻物をもう一巻取りだしてくる。それは赤銅山と飯尾山――つまり双子山までが描かれた比較的狭い範囲の周辺地図だった。最初に見ていた地図よりも、その分詳細に色々と描かれている。


 それを見ると、砦の絵図と同じように赤銅山全域に渡って、朱墨のバツ印がかなりの数打たれていた。


 俺はこの時点で必死に歓喜を抑えていた。


 まだ口にするのは早い。確認しなければならない事がまだいくつかある。


「でもまたなんで、そんな所に砦なんかを?」


 俺にその双子山の地図を開いてみせた後、伝七郎は又兵衛に確認するような視線を向ける。流石にその辺りの経緯までは知らないらしい。資料には、そんな事までは書かれていないだろうしな。


 視線を感じたのだろう。又兵衛は顔を上げた。そして伝七郎が自分を見ている事に気がつくと、意図を察したのかゆっくりと首肯し、口を開く。


「掘り出した銅を含んだ石を借り置きしたり分別したりする場所として、東の砦があるあの土地は利用されていました。閉山したので当然分別場も必要なくなります。そして後には、広く(なら)された土地が残ったのです。砦の建造計画が出た折、これを利用しない手はないという事になり、東の砦はあそこに造られたのですよ」


 説明を聞き、なるほどと思う。やはり、それなりに理由はあったようだ。


 確かに、鉱石置き場のような既に均された土地を利用すれば、大幅に作業を短縮できるだろうな。


 山の斜面を削って均して、広大な平地を用意する。街道への接続も必要だ。


 あちらの世界の技術があっても大事である。まして、機械がなく人力でそれをなさねばならないとなれば尚の事だ。


 必要とあればそれもやむを得ないが、すでに使えそうなものがあるならば、それを利用しようと考えるのは自然な事だろう。そう、とても自然だ。そして、当たり前に利用したに違いない。だからこそ東の砦は現にあそこにある。


「あともう一つ。バツ印は双子山の周辺地図まで見ると結構な数があるが、これ全部坑道の入り口なのか?」


 これも気になっていた。もしそうなると坑道はすごい事になっている可能性がある。それ程に赤銅山全域に渡ってバツ印が散っていた。


「いや、入り口は確か三つだった筈です」


「はい。坑道への入り口は三つですね。他は試掘口です。ただ印が打たれているという事は中で全部繋がっているのでしょう。――――佐々木様? 確か藤ヶ崎には坑道図もあったと記憶しておりますが、今お持ちでしょうか?」


「ああ、はい。あります。武殿、こちらになります」


 又兵衛に促され、伝七郎は再び箱の中を漁る。そして見つけたその巻物も、バッと広げた。


 俺は穴が開く程、真剣にそれを見る。そして、周辺の地図と砦の概略図を併せていく。


 一人の世界に入って、周りには誰もいないとばかりに思考に没頭した。


 坑道図はまるで蟻の巣のようだった。複雑に伸びたその坑道は、極めて子細に描き込まれていた。


 そしてそれには、第一から第三の入り口も、いくつもある試掘口も――――バツ印が打ってある場所は、すべて一本で繋がっている事が明確に記されていた。


 地図の上を何度も何度も辿る俺の指が、指を走らせた回数分だけ目的点へと至った。間違いなかった。


「くくく……。ははっ、あっはっはっはっ」


 俺は馬鹿みたく笑った。もう我慢ができなかった。


 歓喜のあまり、体の震えが止まらない。


 そうだよなあ。こちらには籠城ってないんだよ。籠街だっけ? 忌避すべき行為なんだよなあ。


 戦と言えば、野戦。これ絶対な世界なんだ。


 だからこんな不用心な事が平気で出来る。あちらの世界では、これは絶対にない。百歩譲っても、もっときちんと対策をする。


 だがこちらでは、これが普通。誰もこれが変だと思わないんだ……。



 それはつまり――――。



 敵はまったく用心していない。



 そういう事なのだ。


 これしかない。そう直感的に悟った。


 これをうまく利用すれば、この危機的な状況も高確率で打開できる――そんな希望が胸の内に生まれ、脳へと走った。そしてそれは、全力で生き残る術を考えさせた。


 どう使えば、どう動けば、そしてどうやれば。


 仮定、検討、肯定。仮定、検討、否定。


 仮想で、膨大な量のトライアンドエラーを続けた。


 そして、一つの策を組み立てる。それは、他人の家に土足で上がり込んだ盗賊どもを丁重にもてなす必殺の一撃――――。


 これなら倒せると自信が持てた。だから俺は我慢をやめ、思いっきり大笑してやったのだ。


 しばらく一人で大笑いし、俺は視線を周りに向けた。そして今度は、にやりと不敵な笑みを作ってみせる。


 そんな俺に又兵衛は、唖然としていた。何か理解しがたいものでも見るような視線で、大きく見開いた目でこちらを見ている。


 だが他の皆は、むしろ期待のこもった熱い視線を俺に向けていた。


 三人衆はどこか満足げに、誇らしげに。そして伝七郎は、まるで無垢な少年のような輝く視線を俺に注ぐ。


 そしてしばらく俺を見つめた後、笑みを浮かべながらゆっくりと伝七郎は口を開いた。


「どうです? 何か良い知恵は浮かびましたか?」


 いつぞや聞いた事のある言い回しだった。確かあの時はとぼけてみせたっけ……。


 だが今回は、


「ああ。成功すれば俺たちの勝ちだ。いや、絶対に成功させるんだ。だから俺たちは、今度も必ず勝つっ。そして、生き残るっ!」


 と、はっきりとそう応えてやる。


 それが軍師の仕事だと思うから。


 不安がない訳ではない。視察だって本当はしたい。だがそれは無理な願いだ。あの時とは違い、今回はゆっくりと成功を確認している暇はない。


 これらの資料から読み解き、それだけを持って味方の命を張らねばならない。


 あの時の俺に、それはできなかった。


 だがあの時は、状況にもっと余裕があった。だから、足りぬ自信を埋める事も、より慎重に安全に事を進める事も許された。


 もっとも、それでも俺はテンパっていたが。


 今考えれば、あの時の俺は随分恵まれていた。現場を見たり、準備をしたりと十分なゆとりを与えられていた。それでテンパるなぞ、ずいぶんと贅沢な事だ。今考えると、苦笑いが漏れる。


 今回のこれが、今この時で良かったと本当に思う。あの時の俺でも、なんとかできただろうか。正直自信がない。


 でも今の俺は、これができるし、それをする事にも耐えられる。


 すでに覚悟は決まっている。


 だから、


「では説明しようと思う。ただ例によって、武人としては碌でもない振る舞いばかりだ。だが、皆泥に汚れる覚悟は決まっていると思う。それに、それだけの価値もあると思う。じゃあ、始める。聞いてくれ」


 と、この言葉を皮切りに俺は組んだ策の全貌を皆に説明していった――――。

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