表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
112/454

第八十六話 軍議(藤ヶ崎防衛戦 鷹見山の廃寺にて) でござる その一

 報告にやってきた兵を解放し、小さく揺れる油皿の明かりの下、東の砦周辺の地図を再度開く。そして、俺たちは敵連合をどう叩くかの検討に入った。


「先程の報告によると敵兵力は約千五百。残念だが、爺さんはほとんど数を減らせていないだろう。真っ向勝負でぶつかるには、兵力差がありすぎる。一方的にやられ壊滅したと見ておいて間違いないと思う。だから、作戦立案はこの数を基準に考える事にする。そして敵将だが……、継直軍が種田忠政。金崎軍が三森敦信とかいう将だ。伝七郎。種田忠政についてはこの前聞いたが、この三森敦信という将に関しては何か知っているか?」


「名前は聞いた事があります。が、詳しくは知りません……」


 俺の問いに、伝七郎はとても申し訳なさそうな顔をしてそう答えた。


 伝七郎とて、何でもかんでも知っている訳ではないだろう。


 それは当然の事。知らない事があったとしても何も悪くない。そこまで申し訳なさそうにされると、返って聞いたこちらの方が申し訳なくなってくる。


 そう思うと、思わず顔が微かな苦笑を作った。そして「気にするな」と口を開きかけたのだが、そこへ、


「佐々木様。神森様。詳しいという程ではありませんが、私が少々存じております」


 と又兵衛が口を挟んできた。


 なるほどと思う。又兵衛は次郎右衛門の下にいた。それはすなわち、藤ヶ崎を拠点に金崎の軍勢とも小競り合いを続けていたという事だ。


 であれば、又兵衛が三森敦信を知っているというのも納得だ。巨視的な視点の情報はともかく、微視的な視点の情報は本拠よりも前線の方が詳しくても何も不思議はないだろう。


「本当か? 俺たちは本当にツイているな。それで? 続きを頼む」


 俺は即座に食いついた。今はどんな情報でも聞いておきたい。


「はい。三森敦信は、金崎領内にいた国衆の頭領の一人息子だったかと。自身も相当の槍達者で、槍組を率いる将だったと思います」


「土着の豪族の一人息子で、今回大将で出てきている……。槍大将あたりの地位だろうか? あるいはもう少し下かな?」


「おそらくそのような所かと。そして敦信自身の人となりは、風聞になりますが剛胆な気性で、戦も武士(もののふ)に相応しい戦い方を好むとか。残念ながら直接戦った事はありません。が、実際に戦った同僚からはそう聞いております」


「ほう。できれば、このような出会い方はしたくなかったな」


 又兵衛は、所々穴が開き蜘蛛の巣が張った天井を時折眺めるように上目している。そうしながら記憶を掘り返しているようだった。そして整理しおえた整然とした内容を、ゆっくりと語っていくのである。


 俺がその話の受け手となり、伝七郎や三人衆は、黙ったままその説明に耳を傾ける。


「ええ。直接の面識がある訳ではないので、あくまでも風聞に聞く限りにおいての評価となります。そして他に聞いた噂では、情にも厚い好漢であるとか、民の信頼が厚いとの話もありました。これらは主に行商らから聞いた話になります。まだ年若いそうですが、なかなかの人物のようです。ただ、やはりその家系と若さのせいもあって、金崎家家中での地位はその評判程高くはないようです。三森家はそれほど古くから金崎に仕えていた訳ではなく、どちらかと言うと家中では新参のようですな」


 どうやら詳しくはないと言いつつも、噂に聞く若き猛将として、それなりには調べて把握しているらしい。


 その上での結論として、又兵衛は三森敦信を高く評価しているようだった。その思いのせいか家中の評価が低いと言及した折には、やや残念そうな表情を見せた。


「それでも戦時は槍大将あたりを任されているようなんだろ? 十分大した評価じゃないか」


 うちは特殊な事情のせいで、筆頭の伝七郎から始まって将たちも、おまけに客将の俺に至るまで小僧で構成されている。爺さんを筆頭とする藤ヶ崎の面々が降っても、その異様さは突出していると言えよう。


 そのせいか感覚が麻痺しがちだが、あくまでもこれはうちが異常なのだ。ごくごく普通の常識的な感覚では、俺たちくらいの年齢であれば、卵の殻が尻に付いたひよこ扱いというのが相場の筈である。


 これはあちらの世界でも、こちらの世界でも変わりはしないだろう。


 にも関わらず、もし本当に槍大将ならば、侍大将の下あたりという事になる。それは戦時の役柄ではあるが、決して低い地位ではない。仮に俺たち程に若くはなくとも、少なくとも『年若い』と表現される年齢である事を考えれば、むしろ異常に高い地位とさえ言える。


 まあそれは、又兵衛とて十分に承知しているだろう。それでもなおそう言ったという事は、それだけ三森敦信という将を高く評価しているという事だろうと推察できた。


 つまり、今回戦う相手はそれだけの敵だという事だった


 そんな事を考えていたら、又兵衛は笑いながら、


「ははは。まあ、確かに高くないというのは語弊がありましたな。それだけの人物だと思って、ご注意下さいと申し上げたかったのです」


 と言った。


「いや、分かっているさ。有り難う。せっかく貴重な情報を教えてくれたというのに、いらん茶々を入れた。すまない」


 その様子に俺は軽口を詫びる。それに又兵衛は「いえ」と短く答え、軽く頭を下げてきた。


 ただまあ、思った通りだったようだ。やはり、そういう事らしい。いつも以上に気を抜けそうにない。


 しかし、今の話を聞いて思う事もあった。それは、


「ん~。まあでも今の又兵衛の話からすると、その三森敦信とやらは今回の戦……、相当気に入らんだろうなあ」


 という事である。


 それが、先程の話を聞いて浮かべた人物像と、今の現状を照らし合わせて出した俺の感想だった。すると伝七郎も、


「でしょうねぇ……」


 と相づちを打ってくる。


 俺たちのその所感に、又兵衛は顎に手を当ててしばらく考え込む。そして、


「そうですね。確かにそうである可能性は高いかと」


 と同意した。


「ただ問題は、それでも最後まで喰らいついてきそうである所だ」


「ええ。種田忠政とではおそらく反りが合わないでしょうから、一見狙い目のように見えますが……。三森敦信の方は最後の最後まで喰らいついてきそうですねぇ。金崎だけでも七、八百はいるでしょう。分断工作は成功して、策としては失敗しそうです」


 伝七郎は俺の考えている事を正確に読み取ったようだ。『策』いう言葉を自然に使っている辺り、もうすでにだいぶ染まってきている。そして染まりつつあるばかりでなく、モノにしつつもあるようだった。


 奴の言う通りになると俺も思う。


 離間工作自体は成功するだろう。しかし敦信の剛胆な性格と有能さ、そして俺たちを相手にするだけなら十分に足りる金崎の兵の数が、策としての成功を高確率で邪魔しそうであった。


 この場合、奴らの侵略から藤ヶ崎を完全に防衛しきって、はじめて策の成功と言える。つまり離間工作を成功させても、それぞれを個別に撃破するなり戦闘不能にしなければならない。しかし今の三森敦信の人物像を聞く限り、離間工作を成功させただけではそこに繋がりそうにない。それだけでは勝てそうにないのだ。


 他の皆もそれぞれ考え込んでいる。だが、これといった名案は浮かばないようだ。黙ったままこちらに耳を傾けつつ、顎に手を当てたり、天井を見上げたり、腕を組み胡座を組んだまま足首をぴくりぴくりと動かしたり……、思い思いの姿で今なお思案に暮れている。


 そんな空気の中、俺は発想の転換を図るべく聞く事にした。


「そういや、東の砦ってどんな感じなん? いま奴らは砦の中の筈だよな……。数百で守っていたような砦に千五百とか入るのか?」


 如何せんイメージがはっきりと湧かなかった。


 北の砦攻略戦では、麓で戦っていたせいだった。


 圧倒的に知見が不足しているのだ。こちらの砦がどのような物なのか、想像の域を出ない。伝七郎から聞いた北の砦の様子が、俺が知っているこちらの世界の砦のすべてという状態だった。


 だから、それを少しでも埋めるべく聞いてみたのである。


 ちょっと大胆な事を思いついたのだが、それが実行できるかどうか検討する上で、この事は極めて重要だった。


 今までは彼我の戦力差から、なんとか誘き出すなり、分断できないかと考えてみたり、或いは勢いを反らしたりしてなんとかできないかと考えていた。しかし、どうにもうまくない。


 ならば一層の事、こちらから砦に攻め込んでみてはどうだろうと考えたのだ。


 よく攻城戦は、攻撃側は防衛側の三倍の兵力が必要と言われる。普通に考えれば、今の俺たちが攻めるなど無謀の極みである。しかしそれだけに、敵の半分にも満たないこちらがいきなり攻城戦に出るというのは、虚を突く事は出来るのだ。


 攻城戦という概念がないこちらの世界で、更に圧倒的に不利な俺たちがいきなり攻め込んでくる――敵に少々の変態思考の持ち主が仮にいたとしても、そんな事はまず想定するまい。


 ただし変態の上に狂気の思考の持ち主がいた場合は、きっちり対応される可能性があるにはあるが。


 だがまあ、奇襲をかければまず成功はするだろう。先程の離間工作ではないが、それそのものは成功する筈だ。ただ、やはり定石は正しいから定石と言うのである。落とすところまで持って行けるかどうかは話が別だった。分の悪い賭である事には変わりないのだ。


 それを少しでも何とかする為には、より詳しい情報が必要になる。


 攻め込む先の構造、敵兵の状況など、普段よりもそれらの情報の重要性は増す。危険を承知の上でもやれるかやれないかを検討するならば、せめてその上での事であるべきだった。同じ博打をするにしても、適当に運頼みするのと、ある程度の計算の元にするのとでは結果は大きく変わってくるのだから。


「東の砦ですか? えっと、確か絵図があったかと……。ちょっと待っていて下さいね。――ああ、ありました。これです。まずはこれを見て下さい」


 俺が尋ねると伝七郎は、部屋の隅に(うずたか)く積み上げられた木の箱の前へと移動する。そしてその中から、とある一つを引っ張り出した。


 その木箱を開けると、数巻の巻物がその中に収められているのが見えた。その中の一巻を紐解き開きながら、伝七郎は見ろと言いながら戻ってくる。


 やはり、それもあるのか……。


 その姿を見ながら、俺はいろいろな意味で喜びを覚えた。


 まず不幸中の幸いと言うと何かが違う気がするが、東の砦の内部情報が丸裸であると言う点が一つ。


 そう。東の砦はつい先日までこちらの物であったし、造ったのもこちらなのだ。当然いま中にいる奴らよりも、俺たちの組織の方がはるかにその構造を知っているし、また正確な記録も残っているのである。


 そして、その記録がここにあるという事自体がもう一点であった。


 俺は今回何も要求していなかった。自分の担当分の仕事が忙しすぎて、伝七郎に言っておくのを忘れていた。なのに、これがここにある。


 北の砦を攻略する前に行った軍議でも、伝七郎は砦周辺の地図を用意してきた。それは、爺さんの所へ走ってくれていた早馬が戻るまでに見ていた地図と同等の物だ。これはまだわかる。道永との戦いの折に、俺が地図地図と騒いだからだ。


 しかし、今度はそれとは違った。


 攻略予定のなかった東の砦の図面である。明らかにこの世界の将が、今回のような戦に用意する物ではないだろう。


 にも関わらず、それがここにある。


 それは、先ほど俺が伝七郎に対して感じた事が正しかった事を意味していた。


 すなわちこれは、伝七郎が従来のこの世界の因習に囚われず、本当に新しい考え方を受け入れようとしてくれている事の証左に他ならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ