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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第八十四話 待ちわびた早馬の帰還 でござる

 東の砦へと続く道に沿って進むと、麓に深い森を抱えた一際高い山が見えてくる。周囲の山々と比べると、頭二つ分以上高いその山は、高さもさる事ながら険しく切り立っており、その威容は見る者の心に某かの印象を確実に残すだろう。


 現に俺も、移ろう空を背にどっしりと立ちはだかるその姿を見て、思わず感嘆の声を漏らした。


 その山こそ、この地の者に霊峰と崇められ、また親しまれる大山にして霊山――鷹見山であった。


 その麓の森には、今は廃れた寺がある。


 かつてそこは霊峰鷹見山にて修行をする修験者たちによって、大層盛んな寺社であったそうだ。しかし、ある戦のおり修験者たちはとある領主の味方をした。しかし、その領主は戦に負けたらしい。結果勝利を収めた側によって後日寺は攻められ、修験者たちは皆殺しにされ、寺は廃寺になったという。


 今回俺たちは、その寺跡を本拠地に使おうという事になっていた。伝七郎の話では、いくつか残る朽ちかけた建物と広い敷地が、現在その場所にはあるとの事だった。


 そして霊峰の威容に感動してしばらくの後、目的地のその廃寺に無事到着した。


 到着すると俺たちは、すぐに陣を敷設に入った。


 確かに嘗ては立派な寺社であったろう事が窺える――壊れ朽ちてはいるが大きな木造の建物がいくつかと荒れ放題ではあるものの広い土地があった。


 しかし、真っ当に使用に足るような状態ではなかったのだ。


 敷地内は荒れ放題に荒れている。草木も生え放題であり、周りの森との差はかつて立派な建物がありましたという名残だけであった。大半は妥協して使用する事すら出来る状態ではなかった。


 故に陣の施設は思いの外重労働となりそうだった。


 俺は補う形でいくらかの天幕を張ればいいと思っていたのだが甘すぎたらしい。ただ伝七郎はこの状況を把握していたようで、何事もないようにいくらかの天幕などの敷設を指示している。おかげでそれらの天幕はすでに張り終わりつつある。


 またそれらの作業をしながら、警戒の為に周囲に偵察を放った。


 敵との不用意な接触は避けたかったからだ。幸い近くに敵影はなく、予定通りにこの場を使用する事が出来そうだった。


 その報告が入り、俺と伝七郎は二人して胸を撫で下ろす。今から場所を移らねばならないなどという事になったら、建屋の状態など比較にならないほどの大事である。かといって、事前に調べるような時間もなかった。だから、この廃寺を第一候補としてはあったものの博打になっていたのだ。


 しかしこの報告により、俺たちは本格的に陣の施設を開始し戦に備える事となった。


 陣の施設ばかりではなく、手分けをして様々な準備を開始する。


 ただ、気にするべき事やるべき事はいくらでもあったが、今一番の気がかりは伝七郎が出した早馬の行方であった。


 伝七郎の話では、今日の正午までにこちらに戻れない場合はこの廃寺で待つように指示がしてあるとの事である。なので、先にこの場所にいてもおかしくはないくらいであったのだが、日が暮れた今もその者はまだこの場に着いていない。


 あまり考えたくはないが、これは某かの理由で任務を果たせなかったか――と考えざるをえなくなってきていた。最悪の状況を想定して動くか決断を迫られる。


 だがその時、本部として使用しているかつての本殿の外が騒がしくなった。


 何事かと、俺と伝七郎は顔を見合わせる。しかしそれから時を置かず、すぐに連絡の者がこちらにやってきた。


 伝七郎の走らせた早馬が、ようやく戻ったとの事であった。




 早馬が戻ったと知らせを受けた時、本殿においた参謀本部にて、俺は伝七郎と東の砦周辺の地図を見ていた。


 伝七郎は、知らせにきた者に、すぐにここに通すように伝えた。そして今、兵たちの方へ行っている三人衆と又兵衛にも、すぐにこちらに戻るようにとの言葉を持たせた伝令を走らせた。


 正直、最悪の事態を想定せねばならないと考えていた矢先のこの知らせは、本当に嬉しかった。


 これでやっと落ち着いて次の事を考えられる。あれもこれも仮定では、真っ当には何も決められない。


 走る伝令の背中を見ながら、安堵の吐息が漏れるのを抑えられなかった。


 そして、伝令が走り去った方を見る。


 とても暗い。いや、暗いと言うより闇である。


 これは俺の指示によるものだった。


 月はもうほとんど欠け星明かりしか天然の光源がない夜であるが、篝火(かがりび)はほとんど焚かれていない。森の中の廃寺とは言えど、あまりに遠慮なく火を焚くと、その光や煙で遠くから見つけられる可能性が高まる。


 それを避ける為に、と皆には説明した。


 これは正しい考え方ではある。言った内容は間違っていない。それ故に、皆も疑問を挟む事なくこの言を受け入れた。


 しかし、俺の本当の狙いは別にあった。


 焼け石に水かもしれないが、水をかければその分だけ石の温度は下がるのだ。やらないより、やった方がマシと言う考え方もある。その効果の程は疑問ではあったが、やるだけの事はやっておきたかった。


 使うか使わぬか分からない策の為の下準備だった。


 そしてそれがまったくの無駄に終わるのかそうではないのかは、これから聞く報告の内容次第なのである。




 将らに伝令を出してからほとんど待つ事なく、帰還した兵が報告の為に俺たちの元へとやってきた。


 顔にも腕にも、そして(もも)にも血が滲み、他にも細かい傷は数え切れない満身創痍の状態である。おまけに泥まみれ埃まみれであった。


 俺も伝七郎も、早馬に走った筈の兵がまるで戦場のど真ん中を駆け抜けてきたような姿をしている事に目を丸くする。


「……すごい格好だな。本当に大変だったろう。お疲れさん。今、将らに招集をかけている。もう少し待ってくれ」


 俺はそう言って、自分の使っていた茶碗の中身を飲み干し、そこに新しく水を注いでその兵へと差し出した。碗はこの場ですぐに用意できる物は、俺のか伝七郎の物しかない。新しい碗は取りに行かねばならず、手近ですぐに用意できるものはこれしかなかったのだ。


「はっ。有り難うございます。頂きます」


 兵は俺から碗を受け取ると、(あお)るようにしてその水を一気に飲み干す。


 帰ってくるまでに時間がかかったが、その理由は詳しく聞くまでもなくその姿が物語っている。極めて厳しい帰路だったのだろう。


 そして到着早々に、水の一杯も飲まずにここに来てくれたようだ。


 その様子を見て、俺は急須を持ち上げた。


「もう一杯いるか?」


「有り難うございます。頂きます」


 兵はそう言うと、再び注いだ水もたちまちの内に飲み干した。しかし、それでようやく満足したのか、ふぅっと大きく一つ息を吐く。そして、


「ご馳走様でした。生き返りました」


 と頭を下げながらそう言って、両手に持った茶碗を俺に返してきた。


「いや、こんなものですまんな。その有様じゃあ飯も碌に食っていないだろうが、時間が惜しい。先に報告を頼む。でもそれが終わったら、飯場に行ってたらふく食ってきてくれ。好きなだけ食わせろと、こちらから指示をしておく」


「本当にご苦労様でした。もう間もなく皆集まる筈です。申し訳ありませんが、もう少し待って下さい」


「はっ」


 そんな兵に、俺たちはそれぞれ労いの言葉をかけた。


 本当はすぐにでも報告を聞きたかった。が、今は二度の手間をかける時間も惜しいし、疲労困憊の兵に余計な手間をかけさせたくもない。


 だから、ぐっと堪えたのだ。伝七郎も、その心の内は大差ないだろう。


 そして少々待つと、まずは信吾が。次いで又兵衛。最後に与平と源太が二人揃ってやってきた。呼んでそれ程の時間は経っていない。皆も気になっていたのだろう。本部の招集だからという早さではなかった。


 皆が集まったのを見て、伝七郎は口を開く。


「では、報告をお願いします」


 その伝七郎の言葉に、兵は「はっ」と一言応えると、速やかに報告を開始した。



 ――――まず平八郎の爺さんだが、とりあえず無事であった。


 この報が兵の口から出た時、皆が一斉にほっと一息吐いたのは言うまでもない。


 ただ俺たちが間に合ったのではなく、一戦して敗れたが生き残っている――そんな状況であるとの事だった。


 爺さんはお菊さんから聞いた通り、始め東の砦に向かったそうだ。しかし着いた時には、すでに東の砦は敵方の手に落ちていたらしい。


 爺さんは金崎が攻めてきたと報告を受けていたらしいが、東の砦を襲ったのは、俺が予想した通り連合軍だったとの事だ。例の富山から出た将・種田忠政率いる継直の軍と、金崎家の将・三森敦信率いる金崎軍の連合軍である。その数併せて千五百程はいたそうだ。


 爺さんはその数を見て方針を変更する。


 北の砦の継直軍を押さえ込んでいた次郎右衛門同様に、それ以上の藤ヶ崎方面への侵攻を許さぬよう動いたとの事だった。爺さんは、東の砦のある赤銅山と併せて通称『双子山』と呼ばれる飯尾山に陣取った。


 飯尾山は赤銅山のすぐ南西に連なるようにあり、その二つの山で作られる谷に藤ヶ崎から東方へ抜ける道が通っている。伝七郎によると、軍のような大人数の移動では、東方から直接藤ヶ崎を目指す事が出来る経路はこれのみだそうだ。


 その道を挟んだ双子山の両山に、敵味方が別れて陣取った形になる。


 しかし爺さんは、八百程しか兵を持っていなかったらしい。戦力差はほぼ倍である。真っ当に戦ってどうこうできる訳がなかった。それは爺さんも分かっていただろうが、こちらの世界の武将としてはそれ以外に打つ手がなかったのだろう。


 当然それでは、北の砦のように敵を抑える事はできない。


 逆に宣戦布告をされ、赤銅山の西にある盆地――ちょうどここ鷹見山から少し東に行った所を南から北へと流れる柳川を渡った先で、今朝がた一戦を交え敗北したそうだ。


 幸い爺さんは大怪我を負う事もなく、戦場を離脱する事が出来たらしい。その辺りは流石に歴戦の名将だった。


 ただ、八百の兵からはかなりの死者を出したらしい。また生き残った者も、敵の追撃により散り散りとなったとの事だった。


 最終的に逃げ延びた爺さんの元に再集結できた数は、四百を割っていたそうだ。


 そしてその爺さんらは、現在その戦場の南にある山の中に身を隠しているとの話だった。


 又この早馬として走ってくれた兵は、最初爺さんが向かったという東の砦に向かったそうだ。


 しかし着いてみれば砦はすでに落ちており、敵軍に追われる事となったそうだ。それでも追撃を振り切り情報を集め、なんとか飯尾山にいた爺さんと合流に至ったとの経緯らしい。


 ただ合流できたその時はもう夜明け近くで、戻る道には敵軍が陣取っておりどうにもならず、爺さんの指示で行動を共にする事になったとの事だった。


 戦そのものには加わらず、少し離れてその戦を見ているように言われたらしい。結果が出たらその結果も合わせて確実に俺たちに伝えられるよう、なんとしてでも逃げ延びろとも指示されたという。


 ただ実際は、敗走した爺さんと合流し、南方へ移動したそうだ。


 そして俺たちに情報をもたらす為に、連合軍と爺さんが戦った戦場を囲むように流れている柳川を橋なき所を南へ泳いで渡り、川沿いを通り森の中を抜け、ようやく俺たちの元へとたどり着いた――――。



 報告の内容を掻い摘まむと、そんな内容であった。

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