表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
11/454

幕 道永(一) 追撃命令

 お館様、いや継直の機嫌は大変良いようだな。これは我々のような新参者にとって大変都合がよい。主の機嫌一つで、すべてが無駄になっては堪らないからな。家臣団に溶け込み、我が家が磐石の地位を築くまで、安心はできない。


 奴は二つのしゃれこうべを手に高笑いをしている。我々は側に控えたまま、その様を静かに見ているだけだ。


「ふっ、ふふっ、あっはっは。いやあ、兄上。ずいぶんとお姿が変わられたようで。その容姿も私などとは異なり大層もて囃されたものだが、更に男前になられましたなぁ? ふっ、ふふ。眉目秀麗で、賢く、民を愛し護る仁愛の領主。まったく、私の自慢の兄上でしたよ。最期まで夫婦揃って自刃して果てるとは……素晴らしいですなあ? ええ、そりゃもう、素晴らしすぎて、笑いが止まりませんよ。くっくっくっ、あーはっはっはっ」


 なぜなら、奴は高笑いをあげているが目だけはまったく笑っていない。一見その目も血走り、まるで狂人のようだが、そうではない。その証拠に狂気に満ち満ちているようで、ただ一点、血走る目の奥だけが目に見えて正気のまま我々を観察しているのだ。


 要らぬ口を挟むのは馬鹿の所業と言えた。あれは己に逆らう芽を探っている。そして、そのついでに溜まりに溜まった妬み嫉みの類を発散しているのだろう。……小さいな。器が知れる。


 それでも私にとっては良い主になるだろう。奴ならば民草をいくら搾ろうが、女を攫おうが一顧だにするまい。


 あのしゃれこうべの持ち主は頭が固すぎた。民草など家畜に過ぎない。富を生むために働かせ、その実った富を刈入れる。それの何が悪いのか? 牛馬に等しい人形を慰んだとして、それがいったいなんだというのだ? 奴はそれを探り、己の臣下に源流があるとみるや、我らを切り捨てようとした。永きに渡って、水島の地を護ってきたのは我々譜代の臣下の一族だ。なのにそれを粛清しようなどと。


 巷では賢き領主などと言われていたが、物の道理もわからぬ阿呆としか評価のしようがない。そして、現にこうして命を落としているのだ。自業自得というものだろう。


 その点、この男は己の欲に忠実な小物だけあって、他人の欲望にも敏感だ。我々は良い主従関係を築けるだろう。


 ただ気をつけるべきも奴の足りない器か。その小さき器ゆえ猜疑心も強く、疑われれば、まず消されるだろう。極めて小心なのだ。だが、それは御せばいいだけの事。最悪、先の領主同様、やられる前に消してしまえばよい。主は愚物に限るのだ。




 その翌日、奴に呼び出された。


「お館様。八島道永、三島盛吉、お召しにより参上いたしました」


「おう。道永、盛吉来たか」


 奴は昨日に引き続き機嫌が良いようで、笑顔で我々を迎えるともっと近くに寄れと手招く。


「可愛い我が姪っ子の居場所がわかったぞ。侍女どもが攫って、佐々木伝七郎らとともに東南方向に向かっているそうだ。隣の金崎領に逃げ込む事はあるまい。あそことうちは古来犬猿の仲だ。となると、おそらく向かった先は藤ヶ崎の館であろうな」


 くっくっと喉を鳴らしながら、奴は笑っている。これはつまりあれか、捕え……いや、おそらくはどさくさに紛れて始末しろという事だろうな。


「愚かでございますなあ。所詮、女と青二才という事ですかな。あのような所に逃げても、我らの手から逃れる事など不可能というもの。おっしゃられるように、まだ水島との外交関係が比較的良好な霧賀あたりを選べば、そのまま領外へという選択もできたであろうものを……しかし、これでお館様の勝利は不動となりましたな」


 横で盛吉は奴の言葉を肯定し、持ち上げるようにそんな所見を漏らしている……が、違うな。奴はそんな言葉を聞きたくて、我々をここに呼んだ訳ではあるまい。


「……それはなんという恥知らずでございましょうな。お館様の胸の痛み、お察しいたします。しかし、まだお館様の元に参って日が浅く、手柄らしい手柄を立てる事ができておらぬ身には朗報でございます。私どもが参って、千賀姫様を無事救い出して御覧に入れましょう。無事何事もなく……」


 無事何事もなく……そう私が言った所で、奴は私の顔を見てニタリと厭らしく笑う。間違いないな。捕えるのではなく、始末しろという事だ。


 盛吉はしまったという顔をしているが一手遅かったな。


「おお。さすがは水島にその人ありと言われた八島道永よ。我が胸中を汲んで、自ら骨を折ってくれるのか。ああ、そうともよ。我が愛しき姪っ子を無事救い出してくれればよい。だが、佐々木めはどこからかき集めたのか八十ほどの兵とともに逃亡中だ。十分な兵を持っていく事を許そうぞ。総大将八島道永、副将三島盛吉とし、足軽三百と騎馬二十を与える。くれぐれも乱戦になどなって、姫を傷つけるような事などないよう十分に注意を払ってくれ。……っくっ、あっはっはっ」


 相変わらずの人を探るような目と馬鹿笑いだが、まあよい。確か姫の侍女どもは器量の良い娘たちが多かったな。捕えて楽しんだ後、いずこかに売り飛ばせば、幾ばくかの金にはなろうし、一緒に逃げているのがあの青瓢箪なら、まず負けはしない。大した労もなく功を立てることができよう。


「はっ。畏まりましてございます。では、足軽三百騎馬二十お借りして、直ちに救出に向かう事にいたします」


「はっ。この三島盛吉。必ずやお館様の期待に応えて見せましょう」


「うむ。二人とも実に頼もしい。よろしく頼むぞ。見事手柄を立てて見せてくれ」


 奴はこの三文芝居がよほどツボに入ったのだろう。まるで役者が舞台でやるように大業な仕草で嘆いてみせながら、その目は『必ず始末して来い。失敗は許さぬ』とはっきりそう伝えていた。




 我々は即座に準備を整え、姫を追う。隊の先鋒として盛吉が出ている。継直の前で私に出し抜かれたのが気に障っていたのだろう。大将は後ろに構えて待っていろと騎馬二十と足軽百を連れていった。念の為にもう少し持って行った方がよいと忠告はしたのだが、伝七郎ごときこれで十分すぎるほどだと息巻いて発った。


 あの小僧は見た目以上には危険な気もするが、奴にそれを言った所で言う事を聞くまい。故にそのまま行かせたが……まあ、実際の戦力差は歴然であり、私の取り越し苦労と言えよう。


 何せ騎馬は全部持って行っているし、足軽も倍いる。それにあの男は少々頭は残念だが、槍働きというだけなら、確かに強い。伊達に私と共に足軽大将をしていた訳ではない。


 私は奴の言うように、おとなしく待つ。すでに継直の中の私はあの瞬間に決定した。故に私自身の戦果はいらない。討伐を成功させれば、それだけでその決定はより盤石なものとなろう。もうひっくり返らぬのだよ。盛吉。それがわからぬ所が貴様の限界よな。




 そのまま後方で奴らを始末したという連絡を待つ。多少の誤差はあれど、届く報告の内容に然したる違いはあるまい。あの男が敵に倍する戦力で戦っているのだから。間もなく先触れが届くだろう。


 だが……。


「三島隊戻りましたっ。現在騎馬のみです。三島盛吉様討ち死にっ。足軽隊も撤退行動には入ったのですが、追いつかれ敵の猛追を受けました。確認できているだけで半数程が戦死、壊滅ですっ」


「な、なんだとっ?!」


 ば、馬鹿な。あの盛吉が敵の倍近い兵を持っていって、部隊は壊滅し、当人は戦死……、私は何か悪い夢でも見ているのか? ありえぬ。


 伝七郎……、あんな青瓢箪なんぞに盛吉が負けたというのか? 


 奴は大して強くはない。腕も背中も足腰も肉の着き方の足りぬ大したことのない男だ。青瓢箪とは言いえて妙だと思っていた。


 それが、盛吉率いる部隊を壊滅? いったい、どういう事だ。


「どういう事だっ。もっと詳しく報告しろっ!」


「はっ。ここより一日行った先、山間に谷あり。その狭道を通った先に佐々木伝七郎率いる兵八十。内訳は騎馬十足軽七十。狭道の出口にて開戦。しかし、鋭き光とともに現れた何者かによって三島様は討ち取られ、それに混乱した部隊も突撃を受け、また更に追撃され、壊滅しました……」


 愚か者が。逸ったか……。小僧じゃあるまいに、戦場での切り替え位はできるだろうと思ったが……。連絡一つ寄越さずに、本隊から離れすぎだ。


 だがしかし、それにしてもだ。


「鋭い光とともに現れるとか、それに討ち取られたとかどういう意味だっ。明瞭に話さんかっ! あの盛吉が抵抗もできずに討ち取られたりする訳がなかろうっ!」


「はっ。申し訳ありません。しかし、私たちにもわからないのです。三島様が突撃の合図をされ、ご自身も先頭に立ち、果敢に突撃されました。しかし、敵元に着く前に強烈な閃光とともに現れた何者かによって、刹那のうちに三島様は討ち取られました」


「馬鹿な……。本当に一瞬のうちに討ち取られたというのか……」


 そして、なんたる面妖な話だ。いったいなんなんだ。そやつは何者なんだ?


「はっ。御意にございます」


 戻ってきたのが騎馬隊のみという事は、報告に来たこの男も騎馬隊という事だな。そして、事実上戦わずして部隊を壊滅された訳だ。戦もできぬ、報告も満足にできぬ。本当に使えぬ。


 それにしても、あの小僧。戦の作法も心得ぬのか? あの先に少し行けば平野に出る。そこならいくらでも合戦にふさわしい場所があろうに、谷の出口で開戦などと……。


「奴らの陣に行くのに、その道を通らずに行く事はできるのか?」


「はっ。可能ではございますが、山を迂回し、かなりの大回りになる為、あまり現実的ではないかと。三島様もそう判断されておられました」


「わかった。戻れ」


「はっ」


 これで残りは騎馬二十足軽二百と少し、いや二百だな。仮にいくらか戻ってきたとしても、もう使い物になるまい。


「全軍に伝令。明日には陣を引き払い、進軍する。そう伝えよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ