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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第八十三話 馬上の軍議 でござる

 しばらくはそんな会話を続けた。


 とてもこれから窮地に陥った仲間を救いに、死地に飛び込もうとする者たちの行軍だとは思えなかった。


 今回相手が強大である事は、すでに皆の知るところである。呑まれて悲壮感漂わせているよりも――といった所だろうか。


 まあ何にしても、どんよりとしているよりは遙かにマシではある。それは間違いなかった。


 さんざんに不利な戦を強いられ続けた俺たちは、それを知っている。


 だから、多分これも成長と呼ぶべきものなのだろうと思う。


 窮地にこそ太々しく――――。


 俺たちはそれを学ぶ事になり、そしてすでに血肉に変えてもいた。


 俺たちの心はすでに麻痺し、壊れてかけているのだろう。いや、そういう風に生まれ変わりつつあると言うべきか。


 それは強要された変化でもあり、そうなるべき変化でもあった。


(なんとも切ない事で……)と思いながら、これを結論とする。心の中でそっと溜息を吐いた。


 そして、再び肺に新しい空気を入れる。


 それと同時に、緩ませていた心の糸がピンッと張る音が聞こえた。


 その後、まず伝七郎に尋ねる。


「さて、そろそろ真面目にお仕事するか。又兵衛は今何をしている?」


 するとその言葉に合わせるように、それまで俺をからかって喜んでいた与平は表情を引き締めた。信吾や源太もその笑顔をしまい馬列の間隔を詰めてくる。


「木村殿は列の先頭で先導してもらっています」


「ああ、そっか。まあここでは軽くしか出来ないから、又兵衛はこのままでいいだろう」


「わかりました」


「昨日、東の砦に送った早馬は?」


「まだ戻っていませんが、昼前までには流石に戻るかと」


 伝七郎は空を眺め、少し考えるような仕草を見せた後そう言った。自分が早馬を出した時間と東の砦までの距離から計算していたのだろう。


 東の砦は北の砦と同じく藤ヶ崎から徒歩で約一日といった距離らしいので、昨日俺たちが千賀の前から下がってすぐに早馬を出したならば、現時点で戻っていないのは少々到着が遅い。


 何事もなければいいが……。


 頭をよぎる不吉な考えを振り切るように、俺は小さく頭を振る。今は爺さんの力を信じるしかなかった。


「そっか。じゃあ、詳しい情報はそれ待ちになるな」


「はい、そうなりますね」


 馬上でしかも行軍しながらでは、やれる事には限界がある。しかし時間が惜しかったので、やれる事だけはやっておきたかった。


 この確認作業を皮切りに、俺たちは情報の共有化、確認作業等を中心とした軍議を始めた。




 今、向かっている先は東の砦のある赤銅山の手前――大山(たいざん)・鷹見山。その麓にあるとある廃寺である。俺たちはそこを拠点として動く事となっていた。


 東の砦はまだ陥落していないと思いたいが、如何せんその保証はなかった。仮に落ちていなくとも、近くに継直・金崎の連合軍の陣がある可能性は極めて高い。というか、まず間違いなくある筈だ。


 それを踏まえれば、このまま何も対策をとらずに東の砦へと直行するのは無思慮が過ぎる。故にまず拠点を設け、それから適切に次の手を選ぼうと考えたのである。


 俺たちが持ち出せた兵は、騎馬隊百、弓隊百、槍隊百五十の計三百五十名。これでも藤ヶ崎の町から百名ほど増員してもらっていた。又兵衛から藤ヶ崎防衛の代理責任者に話を通してもらって、無理を押して捻出してもらってこれだった。


 このような事態になっている以上、藤ヶ崎を手薄にする訳にもいかない。かといって寡勢で援軍に向かうのも実に厳しい選択となる。


 しかしそう嘆いてみたところで突然兵が湧いて出てくる訳もなく、今いる人数だけでなんとかするしかなかった。はっきりと言ってしまえば、妥協点として落ち着いたのがこの数字だった。


「正直この程度しか余剰兵力がない事自体、極めて問題だよなあ」


「まあ、使える戦力のほとんどを平八郎様が連れて行っていますからねぇ。この程度でも援軍が出せるだけ、まだ幸運だったと思うべきでしょう。もし私たちがあれ程速やかに北の砦を落とせていなかったら、おそらく本当に不味い事になっていたと思いますよ?」


 思わず零した俺の愚痴に、伝七郎が見解を述べた。その言葉の通りに、どこかほっとしたような顔さえしている。


「確かに……。正直、ぞっとしますなあ」


 そんな伝七郎に、信吾も同調した。


 確かに『もし』の世界の事はあまり考えたくない。


 その『もし』が仮にあったとしたならば、俺たちはまず間違いなく滅ぼされる事になっただろうから。


 それは、今の苦境など比べものにならない攻略不可能なシナリオだから。


 確かに伝七郎が言う通りラッキーだったのだ。これでも風向きはこちらに向いているのである。


 与平や源太の顔を見ても、非常に苦々しいものとなっていた。その『もし』を想像しているだろう二人は、どう見ても幸せな結末を想像している顔には見えない。


『もし』を想像して、五人が五人とも、揃って浮かない顔を並べているだ。その『もし』は碌なものではないとしか言いようがなかった。


「まあ、それはそれとしてですね。武殿? 先程見た時に荷駄隊がものすごい量の油を運んでいましたが」


 しかしそんな沈鬱な空気を振り払うように、伝七郎がわざとらしい軽快な調子で俺に尋ねてくる。


 気持ちを入れ替えましょうという事だろう。妥当な提案だった。考えても沈鬱になるだけである。だからそれに乗って、俺も『もし』は横に置いておく事にした。


「ああ、俺の指示だ。出発までに集められるだけの油を集めさせた。他にも細々と用意させてある。まあ、できれば使わずに済めばそれに越した事はないのだが……」


「何か問題でも?」


「いや、出し惜しみではないのだがな。如何せん大した訓練もなくいきなりやれるかどうかが問題でなあ。やるとしても結構綱渡りになる。だから本音としては、今回はまだあれを使う作戦はやりたくないんだ」


 運ばせている大量の油、小ぶりの壺の山、そして布と弓矢の束を見ての伝七郎の質問だった。


 三人衆も振り向き、兵列の後方を進む荷駄隊を見ている。


「そうですか。毎度まいど武殿の知恵頼りなのは心苦しいですが、もし武殿が予想されている通りになっているならば、今度こそ真っ当に戦をしたところで勝ち目はないでしょう……。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」


 そんな三人を他所に、伝七郎は本当に申し訳なさそうな顔をしながら、軽く振り向き後ろにいる俺に頭を下げてきた。


 そんな伝七郎に、俺は笑って応える。


 もうすでに巻き込まれるだけ巻き込まれていて、今更後には引けんよ。それに、そもそも引く気などない。


「おう。つーか、すでに千賀とお菊さんに約束しちまったからな。今更後には引けんよ。なんとかするべく全力を尽くすだけだ。また泣かれたら、敵わんからな」


「ぷっ。なるほど。……武殿、貴方は本当にすごい人だ」


 だから俺は軽く肩をすくめて、そう言い返してやった。まったく気にかけてもらえないというのも癪ではあるが、そう申し訳なさそうな顔をされても、まるで自分が余所者のようで寂しくなる。余所者だけど。


 でも、もうすでにどっぷりとこの新生水島家に漬かってしまっている。今更他所に行く気になんかなれはしない。そもそもそう軽々しくやめたと言えない程度には、すでに俺の命令で人が死んでいる。


 逃げるという選択肢を選ぶには、明らかに時を逸していた。




 俺たちは、その後も現在持っている情報の共有化と整理を進めた。


 そしてそれが終わると、各々がそれぞれの持ち場へと散っていった。信吾は荷駄隊の後ろの槍隊を統括し、後方の警戒。源太と与平は中段。俺と伝七郎は軍の先頭だ。今までは俺たちの代わりに又兵衛がその指揮をとっていてくれたが、彼と交代である。又兵衛は俺たちの警護にまわった。


「さて、今現在どういう状態になっているのか……。酷い事になっていなければいいのですが……」


 伝七郎は周りの兵に聞こえないよう、背中にいる俺だけに聞こえるような小さな声で、囁くようにそう言った。


「そう願いたいものだが望み薄だろうな。『酷い』か『とても酷い』かのどちらかだろう。爺さんが生き残ってくれていれば、まず喜ぶべきだと俺は思う」


 俺も伝七郎にだけ聞こえる声で答える。


 周りの兵たちに聞かせられる内容ではない。折角奴らも奴らなりに、自分を鼓舞し前向きな気持ちで俺たちについてきてくれているのに、とてもではないが聞かせられるような内容ではなかった。


「やはりそう見ますか」


「ああ」


 そんな密やかな言葉を交わしながら、俺たちは東の砦へと続く道を行く。目的地の廃寺に布陣し、そこで出した早馬が戻るのを待つのだ。


 その者からどんな情報がもたらされるのか。まずはそれこそが重要だった。

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