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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第八十話 出陣! 東の砦へ でござる その一


 とりあえず歯を磨き顔を洗った。その間も二人と楽しく雑談などをしていた訳だが、「考えてみて下さいね」とおきよさんが言った後は、二人とも先程までの話題には一切触れようとしなかった。


 言葉通り、考えてくれという事なのだろう。


 そしてさっぱりとした所で部屋に戻ろうとすると、二人に「朝餉は、もう少しだけ待っていて下さいね」と言われる。それに「わかった」と手を振り答えながら、俺は呼び止められた足を再び動かし部屋へと向かった。


 早起きは三文の徳というが、今日はからかわれつつも、大変勉強させてもらった。三文と評せる程度のものではなかったように思う。


 それに、何よりこれから戦場に向かう身だ。生きて帰る気力に繋がる話は大歓迎であった。


 昨夜のあの幸せイベントを、死亡フラグなんぞにする訳には絶対にいかない。あの二人の話を聞いた後ならば、尚の事だ。


 そんなもったいない真似は、たとえ死に神が許しても、この俺が許しません。


 彼女らの教えを血肉に変えるにはまだまだ時間がかかるだろうが、これはその一歩を踏み出す事にも繋がるだろう。


 そんな事を考えながら自室まで歩き部屋に着く。


 そして、一晩俺の座布団と化していた寝床にひっくり返った。


 だがそうしていると、興奮して眠り方を忘れたまぶたが落ちてくる。


 朝飯まででもいいや……。今なら最高の睡眠がとれそうだ……。


 その後、俺の部屋まで朝飯を持ってきてくれたお菊さんに起こされるまで、俺はぐしゃぐしゃになった布団の上で大の字になって眠った。


 いかんせん次に気がついた時には、お菊さんに「もう、武殿っ。朝からだらしがない」と怒られつつ、肩を揺すられていた。


 うとうとと微睡(まどろ)んだというより、完全に眠りの世界に落ちていた。眠った時間は仮眠とも呼べないほど短い筈だが、妙に爽快だ。


 頭をばりばりっと掻いて身を起こす。


 するとお菊さんは、すぐに朝食の世話をしてくれた。


 昨夜の事もありお互いに気恥ずかしく、二人して無意味に笑ったり照れたりと大変だったので、何を食ったのか覚えていない。ただ、再び至福のひと時を過ごせたので、食べ終わった後は偽りのない気持ちで「ごちそうさま」が言えた。


 朝食が終わると、すぐに出陣の準備に取りかかった。


 頭の中に『戦場』の文字が浮かぶと、何かがカチリと切り替わる。


 こちらに来てからというものの問題や試練が怒涛のように押し寄せた。そのせいで、自分でも二重人格かと思えるほど、思考にメリハリが出るようになってしまった。


 爺さんをなんとか無事に連れ戻さないといけないし、その為には領内に押しかけてきた敵を始末し、徹底的に掃除をしないといけなかった。獣を躾ける時には飴と鞭が必要であり、今回用いるべきは鞭の方である。徹底的に、痛い思いをさせてやらなくてはならなかった。


 それを為す為に、”ただの神森武”は眠り、兵らを率いる為に”将の神森武”が目を覚ます。言葉にすると、そんな中二な持病が深刻になったのかのような表現になってしまうのだが、最近は本当にそんな感覚を覚える事があった。


 身支度を整え外に出ると、もう兵たちは集まっていた。伝七郎や三人衆もいて、咲ちゃんやおきよさんもそれぞれの相手を送り出している。


 そんな皆に軽く手を挙げ、視線だけで挨拶する。短い見送りの時間だ。邪魔はしたくなかった。


 するとちょうどその時、奥から婆さんとお菊さんに付き添われた千賀が姿を現す。


 兵に一言声をかける為に出てきたのだろう。ちんまい癖に中々に君主をしている。その頑張っている姿に自然と頬が緩むのを感じた。


 婆さんを引き連れ、お菊さんに手を取られながら千賀はてこてこと歩いてゆき、兵たちの前に立つ。


 そして千賀は力いっぱいに、千賀は声を張り上げた。


「頑張って欲しいのじゃ。ほんとに、ほんとにお願いするのじゃ。平じいを助けてきてたもーっ」


 もう気持ちのままに、どストレートな言葉だった。


 もっとも千賀に言葉を飾れといってもできる筈などないが、仮に飾れたとしても口から出た言葉は変わらなかっただろう。そう思えるほどにちっちゃい両拳を胸に溜めて、真剣な表情で兵たちに訴えかけていた。


 そして、最後にぺこりと頭を下げる。いつぞや見た光景と同じだった。


 でもあの時よりも、ずっと思いが強いに違いない。以前と同じように婆さんが懸命に頭を上げさせようとするが、千賀は頑として言う事を聞かない。


「……姫様、一生懸命ですねぇ」


 いつの間にか近くに来ていた与平がそう呟く。その与平の後ろで、信吾と源太も、そして伝七郎も黙ったままその千賀の様子を見つめていた。そんな皆の表情は、真剣そのものだった。


「ま、あいつに出来る事はあれだけだからな。だからあいつは、あーやって精一杯やっているんだよ。何も間違ってなんかないさ」


 おそらく先程の与平の言葉は、誰かに向けて言った言葉ではない。だが、その言葉を受けて俺はそう返事をした。言外に、(だから俺らが、なんとしてでも叶えてやらねばならんのだ)という言葉を添えて。


 皆、その俺の言葉を黙って聞いていた。しばらくの後、囁くような声で伝七郎はぽつりと呟く。


「……承知いたしました。待っていて下さいね、姫様」と。


 そして奴は、千賀に向かって静かにゆっくりと頭を下げた。




 声をかけ終えた……、いや『お願い』をし終えた千賀は、婆さんとお菊さんに連れられ、兵たちの前から下がる。


 そして、俺を含めた諸将のいるこちらに向かってやって来た。


「おう、千賀。頑張ったな?」


「うむ。そ、それでの、たける? あの、その、ごめんなさいなのじゃ」


 俺が声をかけると、最初の返事こそ元気がよかったが次第にその声は小さくなり、千賀はすぐにしゅんとなる。そしてちっこい体を更に縮込めながら、ぺこりと頭を下げた。


「ん~? ああ、あの事か。千賀は何も悪い事はしていないだろう?」


 いきなり謝られて、実はすぐにピンとは来なかった。しかし、昨日の件の何かについてだろうと当たりをつけて話を合わせる。


「でも、ちゃんとお帰りなさいしなかったのじゃ」


 すると、案の定そう言う事らしい。


『お帰りなさい』しなかったからか。どちらかというと我が愚息を跳ねた事の方が一大事であったのだが、それを言うほど俺は空気が読めない人ではない。読まない人はあるが、読めない人ではないのだ。


 それに、だ。ちっこい眉を八の字に(ひそ)めて、不安そうに上目遣いをしているがきんちょに文句を言えるほど、俺は人間腐らしてはいないのだ。


 だが昨日から続くイベントのせいか、思う事はあった。


 ……女って怖いね、と。こんなちっこいのに、無意識にこれだ。これで『いや、許さん』などと言えるものかよ。


 そう思わずにはいられなかった。


 しかし、全く嫌な気はしない。温かい気持ちがこみ上げてくる。


 子供というものは実にずるい。


 そうは思うのだが自然と笑いがこみ上げ、頬の筋肉が笑顔を作った。


「ははは。そっか、そっか。よーし、わかった。じゃあ次に俺たちが帰ってきた時には、今度こそきちんと『お帰りなさい』する事! それができたら、許してやろう」


 だから、自分の心に従った。千賀の頭に手を置いて、ぐりぐりっと撫で回す。


 すると千賀は、子猫のように目を細めた後、ニパッと笑った。こちらに戻ってきてからは泣き顔しか見ていなかったので、余計に眩しく感じる。千賀にはお日様のような笑顔がよく似合った。


「わかったのじゃ。ぜったいのぜったいに約束なのじゃっ」


 むふんむふんと荒い鼻息をつきながら、千賀はそう言って大いに張り切る。正に、今鳴いたカラスがなんとやら、であった。


 しかしそんな可愛らしい反応をされると、ちょっとばかり悪戯心が湧いてくるのも、また人の常というものであろう。そして俺は、自分の思いに素直な人だった。だから、


「えー。本当に守れるのかあ?」


 と茶々を入れた。俺は、そんな自分が大好きだった。


 それを聞いた婆さんは目を大きく見開き「なんという不敬な……」とブチブチと呟き、お菊さんは優しく微笑んだ。


 当の千賀はエヘンとばかりに胸を反らしてふんぞり返り、


「ぜぇーーったい大丈夫なのじゃっ」


 と、圧倒的なまでに自信満々である。


 おまえのその自信はどこからくるのだ? ――とツッコミたくなった俺は決して変ではないと思う。


 だがまあ、元気になったようで何よりではあった。


「お-。そっかそっか。じゃあ、楽しみにしているとしよう。きっちり皆で帰ってくるからな? それまで良い子にしてるんだぞ?」


「わかったのじゃ」


 キラキラと信用しきった目を向ける千賀の頭を、そう言いながら再びぐりぐりと撫でつけてやる。すると千賀も、先程と同じくうれしそうに目を細めて笑った。


 よー、爺さん。あんた、俺らが着くまで絶対に生き残っていろよ。さもないと、俺が大嘘つきになってしまう――――。


 そう思いながら、伝七郎の方へと振り向く。そして、告げた。


「うしっ。じゃあ、そろそろ出るか?」


「はい」


 奴はとても優しい目をして元気になった千賀を見守っていたが、その俺の言葉を聞くと顔を引き締めそう短く返事をした。


 そして俺たちは、揃って兵らのいる方向へと向かおうとした。しかしその時、


「あの……」


 と声をかけられる。お菊さんだった。

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