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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第七十九話 先生っ、分かりませんっっ! (キリッ でござる

「ごめんなさい」


 ここは素直に謝る。死ぬほど恥ずかしい事になったのは事実だが、よくよく考えてみれば、そのおかげであの幸せな時間が生まれたのも事実なのだ。


 悩ましい……。限りなく悩ましかった。俺は感謝するべきなのか。それとも怒るべきなのか。


「でも、なんでそんな事を?」


 ただいずれにせよ、これを聞かずにはいられない心境ではあった。


「え? 私たち二人は菊ちゃんに相談されたからですよ? 『武殿には世話になりっぱなしなので、何かお返しがしたいのです』って」


 おきよさんは、さっぱりきっぱりという言葉が非常にふさわしい口調でそう言い切った。


 てっきりこの二人に煽られてお菊さんが動いたのだと思ったのだが、むしろお菊さんの方からだったのか。


 正直、これは意外な真相だった。


 ただ、それを言うおきよさんの顔が悪戯っ子のようなのが気になる。


 はっきりと答えてはくれたが、全部はしゃべっていない――そんな気がする。横を見れば、ようやく息が整った咲ちゃんが頬を両手で挟んで、顔を赤くしながらクネクネしていた。


 なんというか、あからさまに怪しい。


 かと言って、嘘を言っているようにはまったく見えない。うーん……。


 結局いくら考えても、二人のその様子の意味は分からなかった。ただなんとなく、怪しさを感じるだけである。


 女の言葉ってのは、なんでこういつも難解なのだろう。モヤモヤ~っと、過去振られた時に聞いた言葉の数々が脳裏に浮かぶ。それと同時に心の古傷も疼きだす。


 やめやめ。これはパンドラボックスだ。開けちゃいけないものも世の中にはある。


 自慢じゃないけれど、この箱の中には、最後に残ってくれる筈の希望が最初から入っていない。俺はそれを知っている。だから、なおの事だ。


 だが、なんかくやしい。それ故に口から愚痴に似たものが漏れ出てくるのは、仕方のないことだろう。


「つか、二人はまあ百歩譲って納得するとして、だ。なんでこうも簡単に、周りの皆さんまでが楽しそうに協力してんだよ。こんな状況だってのに……」


 はい。ただいま藤ヶ崎の町は、ぶちゃけ背水の陣状態でございます。


 そう思ってその言葉を口にしたのだが、二人にまじまじと見られる。二人ともあきらかに『何を言っているの?』という目をしていた。


 え……っと……? ごくごく普通の感想だよね? 今、爺さんは生きるか死ぬかの瀬戸際ですよ?


 しかし何度見直しても、彼女らの目が語る言葉は変わる気配がない。どう見ても駄目な子を見る目をしている。


「え、えっと……。俺、何か変な事言った?」


 どうにも意味が分からず、不安を抱きながらそう聞いてみるしかなかった。


 するとおきよさんは、一つ大きく溜息を吐く。そして、ずずいと近寄ってきた。次いでぴんっと右の人差し指を一本立てて、俺に見せる。


「武様? 武様ほどの方が、どうしてこんな簡単な事がお分かりにならないのです?」


 立てた指をふりふり、おきよさんは言う。


 そうは言いますがね、おきよさん。私、ひのきの棒と布の服の人なんですよ? ええ。大きな声では言えませんが、実はまだ始まったばかりなんですよ。ははは、……はぁ。


 しかし、そんな超初心者に向かっておきよさんのお説教は続く。心の声というのは、相手に聞こえないから心の声というのである。


「いいですか? 皆が協力したのは当然ですよ? 菊ちゃん、ここではある意味お姫様みたいなものだって、さっき言いましたよね? 永倉家のお姫様です。そんなお家の存続が危ぶまれれば、家臣らは当然考えます。『どうすれば、お家を保てるか』と。まして、そのお姫様にいくらかでも気にかける殿方がいるとなれば、これは当然の話の流れですよ?」


 おきよ先生は振っていた指先をぴしりと止めて、そう言い切った。


 それを聞いた俺は思う。


 なんとなく言いたいことは分かったが、それは勘弁してくれ――と。


 いや、キャッキャウフフがしたいだけで、結婚は嫌だとか言いたいんじゃありませんよ? いずれという話ならば、それも大いに有りだと思っております。


 でも、今周りから茶々を入れられて、そこまで気持ちが盛り上がっていないお菊さんがぶち切れたら、目も当てられないじゃないか。


 俺にとって、これは生まれて初めてのチャンスなんだ。良いと思った女に興味を持ってもらえた事なんて、今の今までただの一度もなかったんだ。


 今は感謝という気持ちのせいかもしれないが、どうやらお菊さんはちょっとだけこちらの方を向いてくれている。それは俺でも分かる。


 俺はこの縁を大事にしたいんだよ。だから……。


「いや、それではあまりにお菊さんの気持ちを……」


「武様? 女子(おなご)はそこまで愚かでもなければ、弱くもありませんよ?」


『お菊さんの気持ちを無視している』と続けようとした俺の言葉は、おきよさんによって遮られた。そして彼女は、先程までの俺をからかおうとしていた表情はどこかにやって、極めて真面目な顔をして俺をそう諭す。


 そして、そのおきよさんの言葉を次ぐように咲ちゃんも、


「武様。女子(おなご)は確かに弱い存在です。でも殿方が思っているよりは、ずっと強いんですよ? 自分を守ってくれる人かどうかぐらいは、しっかりと観ています。その人を信じられれば頼ります。そして、この人ならば何とかしてくれると思えば、どんなに今が辛くても笑います」


 そう言った。


 今の咲ちゃんからは普段のぽわっとした印象ではなく、とても強い芯のようなものを感じた。こう、なんと言うのだろうか。俺がイメージするところの、いわゆる大人の女がそこにいた。


 正直内心驚き、俺は言葉を失っていた。普段の彼女のイメージからはあまりにもかけ離れたその言葉故に、尚の事強い説得力を感じた。


 呆然と、俺は馬鹿面を晒していたかもしれない。しかし、更に彼女は言葉を続ける。


「それに、武家の娘は愛などなくても嫁いでいきます。それと比べれば、今回の家臣の方たちの協力など、むしろお菊さんは感謝していると思いますよ? まかり間違っても、武様がおっしゃるように気持ちを無視してなどとは思っていないと思いますって、あの……武様?」


 脳みそでは、咲ちゃんの言っている事を理解できた。


 だが何というか、価値観の違いというか時代の違いというか。いやそう言えば、ここは世界そのものすら違ったか。


 兎に角目の当たりにしてみると、こう……あまりにも感覚が違いすぎて、理解は出来るが分からない。そう言った、なんとも不思議な感覚をおぼえた。


 ただやはり、乱世の女なんだなあ――と分からないなりに思う。


 幸いな事に、なんとかそれだけは頭も心も処理してくれた。


 確かに彼女は、いや彼女らは強い。


「あ、いや。ごめん。よくわかった。むしろ俺は、馬鹿にしてしまったんだな」


 そう口にする。そして口にしてみると、あちらとこちらの差を分かっているようで分かっていなかった自分に気づき、少々凹んでくる。


 そんな俺を見て、おきよさんはクスリと小さく笑う。そして、


「ふふ。武様、おかしな顔をしてる。ねぇ、武様? 分かって頂けたならば、もう一つだけお教えしちゃいますね。女子(おなご)は時に自分を強くも弱くも見せますが、本当に弱ったところは、この人という人にしか見せませんよ? そして、その人に向ける顔だけは特別なんです」


 と、まるで秘密の話でもするかのごとく小さく囁くようにそう言った。


 赤裸々に女を語る彼女たち。そんな彼女らの言葉に、俺は今日沢山教えられた。


 もっとも、それ以外にも一つ分かった事がある。


 それは、どうやら彼女らも、俺とお菊さんをくっつけようとしているらしい――という事だ。


 今回の話は、要するにきちんとお菊さんを支えられるようになり、その女の特別な顔とやらを見られるように精進しろ――という話なのだろう、多分。


 そう思っていた所に俺が間抜けな事を言ったものだから、教育されたに違いない。


 ただ、お菊さんとくっつけようと思ってくれているならば、俺にとっては渡りに船である。リアル女に疎い俺にとって、頼りになるとても強力な味方だった。


「ああ、うん。わかった」


 そう理解したら、とても素直に頷けた。


「本当にですか?」


 そう言うと、おきよさんは俺が暴れる前までの悪戯っ子のような顔に戻り、上目遣いに俺を見上げる。


「…………多分」


 俺は弱かった。


 だって、仕方ないだろっ。ちょっと教えられたくらいで埋まる程度の経験のなさじゃあないんだよ、俺はっ。わかってよっ。


 と、そう思いを込めて彼女らを見た。この私めの体がやや縮こまってしまったのも、無理からぬ事だと思って頂きたい。


 そんな俺を見て、二人は顔を見合わせると揃って眉を八の字にして苦笑する。おきよさんなどは、わざとらしく大きな溜息なども吐いていた。


 ごめんなさい。できの悪い生徒で。


 だって、しょうがないじゃんかあっ! と喚きたい気持ちで一杯だが、それはぐっと堪えた。


「まあ、良いです。でも今の話……、本当によくよく考えてみて下さいね? 武様っ」


 そう言って、おきよさんは俺の目を見て微笑んだ。咲ちゃんも、頬に手を当て微笑む。


 そんな風に生暖かく微笑む二人を見て、一つ再確認をした。


 それは……、俺が女というものを理解できるようになるのは、やはりまだまだ先の事だろう――という事だった。

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